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第四話

 乗っている者に配慮など全くしない暴れ馬車は、数日でリゼーネへと到着した。

 クーは町から勝手に乗ってきた馬車を、城壁の外へ逃げていたと兵士に押し付けると、余計なことを聞かれる前に街の中へと踏み入れた。

「いやー……久しぶりに来たよ。リゼーネには」

 クーは田舎者のように目に映るすべてものに目をやって、キョロキョロと忙しそうにしていた。

「冒険者のくせに、こんなでけえ城下町に来ねぇのか?」

 リットは歩くのに邪魔だと、手を引いて横を歩かせたのだが、クーは一歩前に出ると、まるで踊るようにくるっと周り、リットの顔を見ながら後ろ向きに歩き出した。

「冒険者だからだよ。権力者に近い街ほど情報規制が入るからね。小物狙いの冒険者くらいしか、こういう街には寄らないよ。まぁ、お城から遠い街ほどガセネタが多いっていうのもあるから、絶対にどっちがいいっていうのもないんだどけね。さて、そんな真偽不明の情報を見極めるにはどうする?」

「さんざん聞いたよ……。酒場に行くんだろ」

「そうそう、酔うとポロッと口を滑らせるからね。重要な情報っていうのは、口を滑らせないことも多いけど、失敗談っていうのはポロポロこぼすからね。他人の失敗から学べ、リスクが減らせる。これは重要だよ。とかく夢見がちの冒険者にはね」

 クーは正解のご褒美だと、いつのまにか買ったリゼーネ名物のふかし芋をリットに渡した。

 リットはとりあえず芋をひとかじりすると「あのなぁ……」と溜息をつくように切り出した。「冒険者になるつもりはねぇよ。なるんだったら、ランプ屋を開く前になってる」

「それがおかしな話なんだよ」クーは怒った顔で、リットの鼻を人差し指でついた。「せっかく将来相棒にしようと思って、あれこれ仕込んだのに……全部無駄になっちゃったよ」

「オレは役に立ってるけどな。立ってるせいで、結局あちこちと行く羽目になってる……。まぁ。感謝が四の迷惑六だな」

「感謝が四もあるなら、そろそろ一緒に冒険者をやってくれてもいい頃だと思うんだけどなー。リットの妹のチリチーなんか、早く世界に出たくてウズウズしてるよ」

「ならリッチーの方を連れ出してやれよ」

「まぁーだダメだね。慎重さが足りんないんだよ。思い切りがいいところは合格点をあげるけど、停滞の大事さを知らないからね。まぁ、ウィル・オー・ウィスプの寿命は長いし、気長に成長をするのを待つさ」

 クーはリットの背中を強く叩いて言った。

 言葉にはしないが、人間の寿命は自分達と違って短いのだから、やりたいことをやれと言っているような気がした。

 リットがそう思ったのは、クーの昔のことを少し知っているからだ。生まれも育ちも、実年齢も、シャレー・クーという名が本名なのかもさえ知らないが、出会いと別れを自分の何十倍もしてきたことは知っている。身近なヴィクターの死というのも、彼女には相当堪えたはずだ。ここ数十年の一番の親友だと言える間柄だからだ。

 急にベタベタと子供の頃のようにお姉ちゃん風を吹かせて来たのも、そういう寂しさからだろうとリットは理解していた。

 それは『ダークエルフや堕天使のようなハグレ種族は、一人ぼっちの期間が長い』とこぼしていたのを聞いたことがあったからだ。

 その頃は、まだリットは子供で意味を理解していなかったが、それが後にも先にも初めて見るクーの憂いの表情だったせいか、意味を理解出来る年齢になるまでその言葉を覚えていた。

 きっと今はそういう時期なんだろうと、リットは解釈していた。

 今日の秋空のように、暮れ始めの物悲しさに浸され、空高く世界が広く見えて、自分が小さくなったような。自分がノーラを家においておくと決めた時の頃のようにと。

 リットのなにか言いたそうな瞳に気付いたクーはため息をついた。

「もう……そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「心配はしてるけど、そんなにはしてねぇよ」

「またまたぁー、だって顔が言ってるもん。大丈夫ちゃんとわかってるから。さぁ、行くよ!」

 クーはリットの手を握ると引っ張って走り出した。



「さぁ、これでいいんでしょ。もう、いくつになってもわがままなんだから……」

 クーがリットを連れてきた先は酒場だった。

「なんだってんだよ……」

「なにって、ワンちゃんとの待ち合わせは明日だから酒を飲ませろってことでしょ。違うの?」

「ちが――わねぇな。まぁ、いいか。とありえず、ウイスキー」

 リットが注文すると、クーは「二個ね」と便乗した。「あと、なんでもいいからお肉もちょうだいい」

「それでリットは見当付いてるの? 獣狂病の治療について」

「ついてねぇから、ポンゴの村まで行くんだっっつーの。そっちこそ、依頼を持ってきたんだから、なんか考えねぇのかよ」

「考えた結果、リットを頼ることに決めたの。今や光のことはリットの方が詳しいじゃん。噂じゃなんて呼ばれてるか知ってるんでしょ」

 クーは茶化して肘でリットの肩をつついた。

「光を呼ぶ者だろ。その噂を当てにした冒険者は、揃いも揃って肩を落として帰ってくぞ」

「今回は違うね。肩を怒らせ、胸を張って、闊歩して凱旋だよ。……今、張るおっぱいなんてないのにって思ったでしょ」

 クーは腰に手を当ててジロリとキツく睨んだ。

「思ったのは自分だろ……。ガキの頃から知ってんだぞ。そのない胸も、ボサボサの頭もとっくに見慣れて、今更言うことなんてねぇよ」

「言うことなしの胸だなんて……ずいぶん女を褒めるのが上手くなったね」

「そうだろ。怒らせるのはもっと得意になった」

「ヴィクターなんて上手くやってたのに……まぁ、でもそういうとこは似なくて良かったよ。ヴィクターとはなんだかんだ六、七年くらい一緒に行動をともにしてたけど、女癖だけは直ることはなかったもんね。何度夜逃げのように宿を逃げ出したことか……」

 クーは昔を懐かしむように目を細めたが、頼んでいた酒と油まみれの豚バラのハムエッグが来ると、目を見開いてかぶりついた。

「それで、実際のところどうなんだ?」

「んー? まぁ、おっぱいはちっちゃいほうが狭いところも通れるし、男装もしやすいからなにかと便利だよ」

「……そりゃよかったな。オレは本当になんも情報を持ってないのかを聞いてんだよ」

 リットは呆れると、ウイスキーの入ったコップに口をつけた。一口飲むと喉が熱くなり、その熱が徐々に広がるように体を温めた。

「ないねー。肝心なところは向こうも誤魔化してたし、こっちも切羽詰まってたたからさ。とりあえず話だけ聞いて、リットのところに向かったってわけ」

「クーが切羽詰まってるのはいつものことだけどよ。なんで向こうに誤魔化されてんだ? 話を聞いたのは依頼人なんだろ?」

「だって、獣人の村では――」

 クーが密造酒という単語を出そうとした瞬間、酒場では猫鳴き声が一際大きく響き渡った。

「ニャーーーーン!! ――と! お兄さんではないですか。これもご縁ってことで、お隣失礼しますニャ」

 突然現れた猫の獣人のパッチワークは、クーを無理やり隣の椅子に移動させると、その二人の間の椅子に座った。

 そして何か注文するわけでもなく、小袋をカウンターに置くと、それを受け取った店主は声が届かないカウンターの端まで、なにも言わずに移動した。

「ちょいと……お二人さん……。こんな酒場で堂々と話されては困りますニャ―」

「せっかくのリットとの時間を邪魔されて、こっちも困りますにゃー」

 クーがパッチワークの語尾をおちょくるように言うと、パッチワークは不機嫌な顔をリットに向けた。

「お兄さん……逢瀬の邪魔をして申し訳ないと思ってますニャ。でも、メスの選び方がなっていないようですニャ……。なんならニャーがもっと可愛いナイスな猫耳ちゃんを紹介しますニャ」

「リットにはナイスなエルフ耳ちゃんがいるから問題ないにゃー。なーうなうなうなーう」

「ニャ―はなーうとは言わないニャ!! なんて失礼なメスニャ! ニャーはお兄さんとお話があるので、席を外してそのまま干物にでもなってくれると嬉しいニャー」

 パッチワークは毛を逆立てて威嚇するが、クーはどこ吹く風で楽しそうにお酒飲んでいた。

「たぶんその話ってのは、オレじゃなくてそっち宛だぞ」

 リットが顎をしゃくったので、パッチワークは嫌そうな顔でクーを見た。

「お兄さんの恋人が、請負人ニャ?」

「違うよ。私はリットのお姉ちゃんだよ。つまり、リットより偉い存在おわかりかニャ? なーう」

 クーは猫手で招いてからかうが、パッチワークは先程のように怒ることはなかった。

 それどころか「なーう! なーう!」と甘えた猫声で返事をした。

「お兄さんのお姉さんとは! なるほどなるほど、気品と知性があふれる人だと思っていたニャ」

「姉じゃねぇよ。ギリギリ家族みたいなもんだ」

 リットの訂正をパッチワークは口元に肉球を押し付けて制した。

「そんなことどうでもいいのニャ。大事なのはお兄さんより偉いってことニャ。決定権のある人に媚びるのは当然のこと……。あっ、お兄さんにもう用事はないので、どっかで好き勝手に飲んでていいのニャ」

 パッチワークはしっしとリットを手で払うと、今度はその手で揉み手をしてクーにしなだれかかった。

「なーう! ポンゴの村の代表として大事なお話があるのニャー」

「ちょうどいいね。私もあるよ。依頼料のこととか」

 クーは意味ありげにニッコリ笑う。

「なうなうなーう! ニャーもまさしくその話をしたかったのニャ。ニャンとも……ニャー達は気が合うようで。まるで猫とマタタビ。ニャーハッハッハニャ」

 パッチワークは最大限の猫かぶりとゴマすりをするが、クーは惑わされることなく鼻歌を歌って自分のペースを保っていた。

 お酒の入ったコップに指を入れて先を濡らすと、水滴を使ってカウンターに数字を書いた。

「こんなところかねー。なんて言ったって、こっちの相方はおたくのお城の恩人でもある光を呼ぶ者だからねー」

「まさしく、まさしくニャ。お姉さんの言うことには、何一つ間違いがないのニャ。猫は身軽というくらい間違いなしなのニャ。ニャー一人の案件なら、今すぐにでも頷いてお酒の一杯でも奢ってるところニャ。でも、ニャーの故郷はしがない獣人村ニャ。この数字で受けられると、首吊村に名前を変えて、ニャー達は獣人じゃなくゴーストになってしまうのニャ」

「ゴーストは死んだ場所では生まれ変わらないよ」

「ニャンと!? お姉さんは知識も豊富なようで。聡明で、思慮深く、ウイットに富んだお方ニャ。なら、ニャー達がゴーストになった後も村に帰ってこられるように、旅の資金のことも考えてほしいのニャ……」

 パッチワークはツメを出すと、それで水滴の数字を書き直した。

「あらら……これはどうだろうね。ゴーストになった村から失敬したほうが、手っ取り早い数字だよ」

「皆楽しみにしてるものなのニャ。もちろん解決した暁には、お姉さんを優先させてもらいますニャ。でも、ニャーにも譲れない付き合があるのニャ。そこのとある権力者からお達しが出たら、お姉さんは今後満足に冒険ができなくなるかも知れないのニャ」

「あらら、このクー様を脅すとは悪いネコちゃんだね」

「クーということは、冒険者に名高いシャレー・クー様とお受けしましたニャ。まず、繋がりが持てたことに感謝しますニャ。だけど、その名高さは名声だけで積み上げられたものではない。というのはご自身が理解なさってるはずニャ」

 お互いの腹の中を最後まで明かさないやりとりは長く続けられた。クーは少しでも多く依頼料をふんだくりたいし、パッチワークは安く済ませたい。それをはっきり言葉にした方が負けだ。

 クーがそれを言葉にすれば、他の冒険者の名を出されて値切られてしまう。

 パッチワークがそれを口に出せば、嫌なら他に頼めとふっかけられてしまう。

 クーはこんな美味しい依頼を外の冒険者に渡したくないし、パッチワークはクーの冒険者としての功績、それとリットの闇を晴らしたという実績を踏まえて頼むならここに頼みたいという気持ちがある。

 あまりにも不毛なにらみ合いが続いたので、リットは面倒臭い気持ちが大きくなっていた。

 何度目がわからない交渉が始まると、リットはカウンターに飲みかけの酒をこぼした。

 クーは「あー!」と悲鳴のような声を上げた。「なにするの!! ここには今までの交渉の後があったんだよ」

「乾いて消えてんだろ」

「ニャー達の頭の中には残ってるのニャ」

「もう消しとけ、どうせ役に立たねぇんだからよ。いいか? これからオレが言う条件を飲めなきゃ、オレは受けねぇ。酒は十本寄越せ」

「またまたお兄さんってば……話を聞いていなかったのかニャ?」パッチワークはジョークだと思って盛大に笑ったが、リットが一緒に笑っていないのを見て真顔に戻った。「お兄さん……現実問題不可能な話ニャ……。お兄さんだから腹を割って話すけど、どうあがいても五本で限界なのニャ。そうじゃないと、ニャーの毛皮は剥がされ、目玉をくり抜かれて各国に飾られてしまうのニャ……」

 パッチワークは自分で言いながら、恐ろしいと身震いした。

「どういう相手と取引してんだよ……。でも、十本は譲れねぇ。それもオレ達に一番に最初に渡せ」

「わかったニャ……」とパッチワークは観念したように頷くと「生きたまま毛皮を剥がされるのは嫌ニャ、せめてこの場で殺してほしいニャ」とカウンターに仰向けで寝転がった。

「勘違いするな。今すぐ十本ってわけじゃねぇよ。騒動が落ち着いたら、残りを持って来いって話だ」

「ちょっと……それじゃあ、全然儲けられないじゃん。こっちは宝石までバラまいたのに……」

 クーは不満気に口をとがらせたが、リットの提案を強く否定することはなかった。

「最初の五本を売りゃいいだろ。オレは獣人の酒を飲めりゃいいしな。どのみち数は少ねぇんだろ? 別に今じゃなくても、そこそこの値段で売れる」

「まぁ……リットがそう言うなら。どうせこき使われるのはリットだし」

 クーが渋々了解すると、パッチワークは笑顔でカウンターから飛び上がった。

「お兄さんは命の恩人ニャ!! そうと決まれば、他にも連絡しなければニャ! 失礼するニャ!」

 パッチワークがいなくなると、クーは「よく出来ました」とリットの頭を撫でた。

「なにがだよ……」

「最初に依頼を受けた時は、すぐに渡せるのは三本までって言われたからね。それが五本だもん。欲を言えば、切り良く二倍といきたかったけど……。まぁ、いいでしょ。残り五本が手元に来るのは、値崩れした後だからねー。向こうも流通させた後に渡してくるだろし、たいして高くは売れないから。全部リットにあげるよ」

「なるほど……オレを利用したわけだ」

「利用だなんて……リットは私のピンチを救っただけ。利用されるのはこれからだよ。獣人のお酒飲みたいんでしょ? 頑張ってね」

 クーはにっこり微笑むと、カウンターに置かれたリットのコップに乾杯をした。






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