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第三話

「さて……どこから話せばいいのやら……」

 クーは腕を組んでもったいぶると、難しい顔して目を閉じたまま黙ってしまった。

「じゃあ話しやすいように、先にオレが質問をしてやる。他のランプ屋になにかしたはクーだろ」

 リットは異常に金払いの良いクーを不審に思っていた。昨夜は訪問とテンションに押し切られて考える暇はなかったが、一晩経ってすっきりした頭で考えると簡単に繋がった。

 宝石の原石なんていうのは、いかにも冒険者が手に入れるものだ。それも店を閉めて家族旅行が出来るくらいの価値があるもの。クーが酒屋の客全員に好きなものを頼ませて、奢ったのと同じくらいの値段はするはずだ。

「嫌だなぁー……その針を含んだ言い方。別に悪いことをしたわけじゃないんだからさ。みんな幸せになる素晴らしいことじゃんねー?」クーは屈託なく笑ってみせたが、リットの表情が険しいまま変わらないのを見ると、観念のため息をついた。「あー……そうだよ。根回ししたのは私。他の冒険者に情報を流してこの噂を流行らせたのも、情報を持った冒険者がリットの店に行くように、他のランプ屋を閉めさせたのも私。だって、こうでもしないとリットは興味を持たないでしょ? いつも腰が重いんだから」

「他のランプ屋にばらまいた宝石でオレを雇おうっていう考えはなかったのか?」

「考えないねー。だって依頼主になっちゃったら、理不尽な命令だせなくなるでしょ。私とリットのいつもの関係なら、好き勝手使いたい放題。無理難題言いたい放題だもん。どうせ、獣人のお酒には興味出てきたんでしょ? 断片的に噂を聞いたら、真実を知りたくなるよねー。だって、子供の頃からそうなるように教育したもん」

 クーの言う通りなので、リットは強く反論することは出来なかった。

「洗脳だろ……。まぁ、今のところは協力的だぞ。最近無駄骨に終わってることが多いからな。でも、協力するのは、ハスキーを気絶させた理由をうまく説明できたらの話だ。国に背くつもりはねぇぞ」

「大丈夫。話の内容はそこのワンちゃんと一緒だから。でも、依頼人は別の人。だからリットが友達料金で依頼を受けたら困るの。こっちが提示した依頼料でふんだくらないと大赤字。先の冒険で手に入れたお宝を全部つぎ込んでるんだから」

 クーが強く拳を握って決意を新たにするので、リットは更に興味が増してきていた。

 元々行動も金銭感覚も豪快な性格ではあるが、クーが執着するということはそれなりの物ということだからだ。

「そんなに価値のある酒なのか?」

「純粋なお酒としてはそこそこかなー。癖が強いし、愛好家向けだね。愛好家向けってことは、手に入らないとわかると値段が跳ね上がるわけ。そして、私の人脈には好きなものの為なら財産をつぎ込む困ったちゃんがいっぱいいるわけ? この意味わかるでしょ?」

 クーはこの話に乗るかどうかと聞く代わりに、了承なら握手をするようにと手を差し出した。

「のった! ――と言いたいところだけどよ」と、リットはクーの手を握る直前で止まった。「実は報酬なしのタダ働きでした。なんてのはなしだぞ。つい最近にドワーフのおっさんの割に合わねぇことに付き合ったばかりだからな」

「大丈夫大丈夫。心配なら、今までの話をちゃんと自分でまとめてみなさいな」

 クーは子供にクイズを出すように言うと、リットが答えを出すのを笑顔で見守った。

 なにか言うまで話を先に進めるつもりがないのがわかったので、リットは少ない情報をまとめてみた。

 クーが獣人の酒を狙っているのは言うまでもない。

 ハスキーの故郷で依頼を受けたということは、獣人の酒を作っているのはポンゴの村だ。

 そして、酒が作られないのは『狂獣病』のせいだという可能性が高い。問題を解決すれば、獣人の酒が流通する前に手に入れられるので、一番高い値で売り切る事が出来る。

 問題を解決出来たならば、獣人の酒は確実に入手出来ると決まったようなものだ。なぜなら、ポンゴの村で作られた酒が、リゼーネで密売されているお酒ということだからだ。

 つまり依頼人は請負人に、リゼーネにバレないように口を閉ざして貰う必要がある。

「まさか……脅すのか?」

「それは向こうの出方次第。病気を治してあげるんだから、お酒の十や二十なんて安いものでしょ。さぁ、頼んだよ、ランプ屋くん」リットが断らないとわかっているクーは、止まっている手を迎えにいって自ら握ったが、素直に握り返されないのが不満なので「不満なら、ほっぺにちゅーでもしようか?」と顔を近づけた。

「わーったよ……協力するから。酒臭え口を近付けるな」

 クーの思惑通りだと思いながらも、リットは手を握り返した。

「なら、もう一眠りしようかな。起きた頃にはお酒のニオイもマシになってるだろうし、きっと料理も作られてるだろうしね」

 クーは握手のまま別のお願い事も無理やり了承させると、大きなあくびをしながら二階へと戻っていた。


 クーが二階のドアを閉めるのとほぼ同時に、目覚めたハスキーがむくりと上体を起こした。

「一体なにが……」と寝ぼけ眼で辺りを見回して夢と現実を行き来していたが、リットの足を見付け、そこからたどるように見上げるとリットの顔があったので、ここは現実だと理解してハスキーはほっとした。

「目が覚めたなら、椅子に座ったらどうだ?」

 リットが椅子を引いて座るようにうながすと、立ち上がったハスキーはおぼつかない足取りでふらふらと椅子に腰掛けた。

「……疲れているんでしょうか。ボーッとしていたのか、寝ていたかのもわかりません。急に時間が飛んだ……そんな感じです。申し訳ありませんでした。大事な話の最中に」

「気にすんな。話ならまとまったからよ。ハスキーの依頼は受けられねぇけど、故郷の村の問題は解決してやることになった」

「……なぞなぞですか?」

「まぁ、すぐに答えが出ないことに関しては、なぞなぞかもな……。とにかく、詳しい話はポンゴについてからだ」

 リットがポンゴに来ると聞いて、ハスキーはほっと胸をなでおろした。リットの言っていることは理解できないが、村に来てくれるということは、助けになってくれるということだから。

 のんきに喜ぶハスキーを見て、リットはなにも知らないのにと呆れた。

 この様子だと、故郷の村で酒が作られ、それをリゼーネで秘密裏に取引されていることも知らないだろう。

 知らされていないと言ったほうが正しいかも知れない。村ぐるみで酒を作っているのか、個人で作っているのかはわからないが、ハスキーがそれを知れば持ち前の正義感から大いに騒ぎ立てることはわかっている。

 誰が中心に動いていたとしても、ハスキーにだけは絶対に言うことはない。

 この件で暗躍してるのは、おそらくパッチワークだろうとリットは考えていた。

 パッチワークならリゼーネの路地にも詳しく、人気がなく取引に適した場所などいくらでも探せる。野良猫を使えば、他の者には言葉がわからないので隠蔽も楽だ。

 それに、城の会計士と表向きで働く一方。城に入ってくる情報を先取りして、土地売りをしている。元々そういった裏取引をしているので、そっち方面の客に顔が利く。

 今回パッチワークが忙しくしている理由は、獣人の酒を買う予定だった客と、謝罪と今後の詳細を打ち合わせているに違いない。

「パッチにも話を聞かねぇとな」

「パッチワークならリゼーネにいますが、こちらに向かうように言っておきましょうか?」

「いや、こっちの話だ。気にしなくていい。それより、ハスキーはこれからどうすんだ?」

 リットはハスキーに泊まっていくかと尋ねたが、返事はノーだった。今回の訪問の為には休暇を取っておらず、仕事で遠出をした帰りにリットの元へと寄ったので、すぐにリゼーネへと戻らないといけない。

 ハスキとーは後日。リゼーネで待ち合わせることになった。



「いいか……言われたことだけをやれ。余計なことは絶対にするなよ……」

 出発当日の朝。リットはこの日、起きてから何度も同じ言葉をノーラに言っていた。

「もう……旦那ってばしつこいんスからァ……わかってますって。旦那が用意していったオイルとかロウソクとかを売ればいいんでしょ? そして、ランプの修理は受けない。もし修理の依頼が来たら、お得意様にだけ新しいランプを貸し出す。こんなのそこらの犬だって出来ますぜ」

「出来るなら、オレは犬に頼んでる」

「あらあらまあまあ……そんなこと言っちゃって。私だって傷つくんスよォ」

 ノーラは顔を伏せると、目元に手をやって鳴き真似をしたが、リットはイライラとした様子でカウンターを指で叩いた。

「なら、そこのフライパンはなんだってんだよ。説明してみろよ」

「なにって……料理するためのものに決まってるじゃないっスか」

 ノーラは手近なランプの火屋を撮ると、芯に火をつけた。それは普通のランプの火ではなく、薪を一本燃やした程の大きな火だった。

 そして、火屋を戻すことなく、その火でフライパンを温めだした。

 もう『火ノ神子』と呼ばれるドワーフの女だけが持つ力を完璧に使いこなしているので、ランプで使うような小さな火種でも、十分に料理が出来るほどの火を起こすことが出来るのだ。

 普通はこの力を鍛冶に使うのだが、ノーラは料理ばかりに使っていた。

 まずフライパンで卵を焼き、下が固まってくるとスライスしたパンを乗せる。そのまましばらく焼いて、パンと卵がくっついたらひっくり返す。最後にパンが焼けるまで火力を上げて焦がすと、見事なエッグトーストが完成していた。

「ね? 旦那ァ。こんなこともお茶の子さいさいでさァ」

 ノーラは火事を起こす心配などないと自信満々の顔で言うが、リットの文句顔が変わることはなかった。

「……売るなよ」

「まさかまさか……旦那ってば、私がここで冒険者相手に『ノーラ印のスペシャルトースト』を売るとでも思っているスか?」

「思ってる。なんだ? このオマエの顔は」

 リットはトーストを持ち上げるとひっくり返し、焦げで描かれたデフォルメされたノーラの顔を見せた。

「それはパパが作ってくれたんスよ。いいじゃないっスか、焼いたら娘の顔が出てくるフライパンなんて、いかにも子供のニーズを理解してない父親のプレゼントっぽくて。それとも旦那は、家を開けている間の私のご飯にもケチをつけるつもりっスか?」

 ノーラが腰に手を当てて目を三角にして怒っていると、店のドアが開いた。

 入ってきたのは「ほら、焼き立てのを持ってきたよ。ひっくり返しやすいように、フライパンのサイズに合わせた。あたしゃ久しぶりにワクワクしてきたよ!」と、年甲斐もなくはしゃいでいるイミル婆さんだった。

 それも、持てるだけのパンと卵やジャムなどが袋に入っていた。

「イミル婆ちゃん! まだ早いっすよ」

 ノーラはカウンターから慌てて飛び出すと、イミル婆さんの元へと駆け出した。

「そうかい? 商売を始めるなら、なんでも早いほうがいいと思うけどねー」

「まだ、旦那がいるんスから。隠して隠して……」

 リットはとっくに出発していたと思っていたイミル婆さんは、リットの姿を見るとおっとと口元を手で隠した。

「これは失態を見せちまったね。まぁ、気にせず出掛けておくれよ。ノーラちゃんの面倒は任せておいておくれ。さぁ――さっそくキッチンを借りるよ」

「少しは隠せよ……。だいたいな――」

 リットが文句を言う前に、クーはシャツの襟首を掴んでドアまで引きずった。

「もう……気にしないの。私達には別にやることがあるんだから」

「気にするに決まってんだろ。あれは絶対に共同経営者だ! またドワーフに店を乗っ取られる!!」

「はいはい。乗っ取られたら、一緒に取り返してあげるからさ。だから自分の足で歩いてよ。もう、子供じゃないんだから抱っこもおんぶも出来ないんだよ? それとも、そいうプレイがしてほしくてわがまま言ってるわけ?」

「オレの店に意見を言うのがわがままか?」

「わがままだよ。今は私と一緒に行動してるんだから、私のことだけ考えてればいいの。そしたら、店のことなんてすぐ忘れるよ」

「忘れるか」

 リットが吐き捨てるように言うと、クーはニヤリと悪戯に笑った。

「それはどうかな? 私のことを考えてないと、不測の事態には対応できないよ」

「なにするつもりだよ……」

「さぁ、当ててみそ。はい――」と手を叩いて考える時間を与えかと思えば、すぐに考えさせる気のないカウントダウンを始めた。「――いち、に、のさん。はい時間切れ」

 クーは落ちている小石を拾うと、ためらうことなく無人の馬車の馬のお尻に向かって投げた。

 突然の痛みに馬が走り出すと、荷物を運んでいた御者が慌てて「誰か馬を止めてくれ!」と叫んだ。

「私にお任せあれ!」とクーはリットの首根っこを掴んで御者台に飛び乗ると、「えい! やー! どうどう!」と馬をなだめるふりをしながら、りっかり手綱を握って馬をリゼーネの方角へと誘導していた。






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