第二十四話
夜になり、リットはパッチワークと共に台座がある森の中へ来ていた。
既に数人の獣人が先に来ていて、酒造りの準備を始めている。
その中にペルセネスの姿もあり、二人を見つけると作業を中断して近づいていった。
「お姫様の様子は?」
ペルセネスは汗に湿った額の毛をタオルで拭きながら聞いた。
「一日中ハスキーに子守を頼んだからな。疲れてぐっすりだ。二人共な」
「まさか二人で一緒に寝てるんじゃないだろうな……」
ペルセネスはどすの利いた声でリットに詰め寄った。
「心配なら、その顔でハスキーに詰め寄れよ。女不信になって、女を作ろうなんてしばらくは思わねぇだろうよ」
ペルセネスの形相は凄まじいものだった。ハスキーの前ではいつもメガネを掛けて、細い目でいつもニコニコと温厚にしているのだが、ハスキーがいないとメガネを取り、半眼に開いた目でこれでもかと言うほど睨みを効かせる。
パッチワークはリットのシャツの裾を引っ張り「余計なことを言わないほうがいいニャ。理不尽な暴力が飛んでくるニャ……。村長なんて肩書は表向きで、ほとんど山賊の頭みたいなもんニャ」
「余計なことっていうのは、そういうことを言うんだ」
ペルセネスに首根っこを掴まれ、乱暴に持ち上げられたパッチワークは愛想を浮かべて笑った。
「ちょっとした冗談ニャ」
「とにかく――」と、ペルセネスはパッチワークをその場に落とすように手を離した。「ちょっと人手が足りないんだ。手伝ってもらうよ」
「オレの仕事は狂獣病を治すことだぞ。そして、その仕事はもう終了してんだ。なんで酒造りを手伝わなきゃなんねぇんだよ」
「誰かが早くよこせと言ったからだ。そのせいで、村の動ける奴が総出で働いてるんだぞ。それでもまだ足りないから、手伝えと言っているんだ。遅くなっても構わないなら、そこで指でも咥えて待ってな。赤子のようにね」
ペルセネスは挑発気味に言った。人手が足りないのは本当だからだ。
リットに急ぎの用事があるわけではないので待つのは構わないのだが、クーの不審な動きを考えると、待っている間にまた何かに巻き込まれそうだった。かといって、報酬は後から送れと先に帰ってしまうと、クーによって勝手に取引内容を変更されるかもしれない。
そのことを考えれば、酒造りを手伝うのが聡明だとリットは判断した。村の売り物でもあるため、無茶な手伝いはさせないはずだからだ。
「わーったよ。それで、何を手伝えばいいんだ?」
「そうだね……。水を運ばせるには貧弱な体をしているし……果実を探せるほど森に馴染んでいるようにも見えない。新芽を採って来てもらおうか」
「新芽だ?」
「詳しいことはパッチワークに聞きな。こっちは忙しいんだ」
ペルセネスはパッチワークについて行くように手で合図すると、木材を運んできた村人に新たな指示を出して台座の周りに棚を建て始めた。
リットは何をしているのか気になったが、パッチワーク「遅くなったら、何かされるニャ」と裾を引かれたので、案内のもと森へと入っていた。
台座の広場から離れると、途端に森は暗くなったのでリットはランプに火をつけた。
なんの変哲もない森。この中でどんな特別な植物を探すのだろうと思っていたリットだったが、パッチワークに案内されたのは、森と同様になんの変哲もない木だった。
「さぁ、この木ニャ。ところでお兄さんは、木のぼりが出来るかニャ?」
パッチワークが素早く木を登っていったので、リットも続いて木に足をかけた。
「……今はな。それで、新芽ってはどれでもいいのか?」
「葉が開き始めてるのはダメなのニャ。葉が出たばっかりで、まだ丸まっている新芽。動物の爪みたいになってるって言ったらわかりやすいかニャ?」
「これか?」
リットは試しに一つ取って見せると、パッチワークは頷いた。
「そうニャ。それを採れるだけ頼むニャ。瓶に詰め込むから大量に必要になるのニャ」
「こんなもんが酒になるとはな……いったいどういう原理なんだ?」
「それがわかってれば、牙宝石探しに苦労なんてしないのニャ」
パッチワークはリットが登れなさそうな高い場所まで新芽を採りに登った。
「まぁ、そりゃそうだ。どこの種族が作る酒も、よくわかんねぇものばっかりだ。やたら甘かったり、火をつけて飲んだりな」
「ニャー達が造るコボルトクローに必要なのは、新鮮な水と芽吹き始めた新芽。それに、特殊な果実の種ニャ。それを牙宝石が反射させた月の光に当てれば、あら不思議。翌朝にはお酒になっているのニャ」
「そりゃ、魔女の酒よりは期待出来そうだな。……まさか、すぐのは飲めねぇってことはねぇよな」
「ご心配なく。すぐもすぐ。完成した瞬間から飲めるのニャ。ニャー達はさらに二晩三晩と月の光に当てさせて熟成させたものを飲むのが普通だけど、そこまですると普通のよくあるお酒と変わらなくなってしまうのニャ。売れているのは、一晩だけ月の光に当てて造られた癖のあるコボルトクローなのニャ」
「そんなに簡単に造れるなら、大量生産が出来そうなもんだけどな」
牙宝石の反射光という条件はあるものの、素材さえ揃えばいつでも作れそうなものだとリットは思っていた。
「それが難しいのニャ。その夜の月の具合によって、お酒にならないこともあるのニャ。売るようになってから、試行錯誤を繰り返しているけど、お酒になる条件はまったくの謎なのニャ。でも、その希少さから高値で売れるので悪くないのニャ」
リットはふーんと頷いてから、急に辺りを見渡した。こういう話題で話していると、クーが現れると思ったからだ。
しかしクーの姿はどこにもなく、パッチワークに「キョロキョロしていると危ないのニャ」と心配された。
「てっきりクーがいると思ったんだけどな。どうやら、思い違いみたいだ」
「ニャーはどうも苦手なのニャ……」
「クーがか? まぁ得意そうな奴はいねぇな。全員クーの手のひらの上で踊らされてるようなもんだからな」
「そうなのニャ。どうも見透かされてる気がするのニャ。それに……臭いがとても苦手なのニャ。あのハーブの臭い……鼻がきかなくなるのニャ」
「そういや、虫除けのハーブをずっと服につけてるな。虫なんて気にしねぇタイプだったと思うんだが……」
「メスの美意識なんてすぐに変わるものニャ。だから、オスは振り回されて商人に泣きつくのニャ」
「まぁ、シルヴァを見てたらそう思う」
「シルヴァ様で思い出したのニャ!」パッチワークは上の枝葉の塊から顔だけ出すと、媚顔で微笑んだ。「お友達のハーピィの宝石屋さんの紹介を忘れなくニャ」
「シルヴァには話しといたぞ。覚えてるとは限らねぇけどな。だから、もっと連絡のとりやすい奴を紹介してやるよ。リッチーっていうウィル・オー・ウィスプだ」
「ニャーもバカじゃないのニャ……チリチー様もディアナの姫様ニャ。ニャーみたいな城の会計係が、気安く話かけられる相手じゃないのニャ」
「安心しろ。なんでも屋もやってるから、むしろ庶民の味方だ。あいつも世界を観たがってるから、二つ返事で了承してくれるだろうよ。心配ならオレの名前を使え」
「なら、遠慮なく使わせてもらうニャ。さて、新芽はこんなものでオッケーなのニャ」
パッチワークはクルクルと回転しながら枝から飛び降りると、リットを手で招いた。
台座の広場へと戻ると、台座の周りに背板のない高い棚が設置されていた。新芽を集めていたのはリット達だけはなく、既にたくさんの材料が運び込まれていた。
木の芽を酒瓶に詰められるほど詰め、中に水を入れる。最後に果実の種を蓋のように詰めて瓶口を塞ぐ。そうして準備出来たものから、棚に並べられていっていた。
「遅かったね。新芽は同じところに並べて、もう少しそこにいな」
ペルセネスはリットに座るように言うと、果実でも食べて待っていろと、種を取り出し終えて、カットされた果実が乗せられた皿を指して作業へと戻った。
リットはその見たことのない果実を口に入れた。期待していた甘さとは違い、果実というよりも甘い野菜という表現がしっくりくる味だった。しゃくしゃくとした食感に食欲を刺激され、二切れ、三切れと口に運んでいると、急に作業がより慌ただしくなった。
「さぁ、火が入るよ! 邪魔になるから全員どきな!!」
ペルセネスが怒鳴るように言うと、一斉に全員が台座から離れて、急いでかがり火を消した。
すると、今まで何も変わらなかった牙宝石が、消えたかがり火の煙の向こうで熱をもった鉄のように赤く光り始めた。
それはまるで薄雲に陰る月のようだった。
そして煙が風に流されて消えると、牙宝石が弾けた――ように見えた。赤い反射光がすべての瓶に反射したのだ。
しばらく反射光は瓶の一部を赤く照らすだけだったのが、牙宝石の赤い光が消えるのと一緒に消えてしまった。
月はまだ雲に照らされることなく昇っている。だが、牙宝石は役目終えたかのように元の姿に戻っていた。
だが、酒瓶は違った。
次々と自ら発光を始めたのだ。
それを見てペルセネスは「今夜はちょっと少ないねぇ」と残念そうに呟いた。
棚に並べられた酒瓶の数は数十本だ。そのうち光っているのは六本程度。この光ったものだけが、酒に変わるということだった。
瓶の中で光っている正体は新芽だった。燃えるように光っていて、新芽同士が飛び火するかのよう瓶の中で光を増やしていった。まるで瓶の中にホタルが閉じ込められているような光景だ。
「あとはあの光がすべて消えれば、コボルトクローの完成さ。どうだい? 最後まで見て行くかい?」
ペルセネスはこれ以上もう見どころはないと言うので、リットは朝の完成を楽しみにしてテントへと帰ることにした。
テントではクーがぐっすり眠りこけていて、今晩のことなど何も興味がないようだった。
その姿を見たリットは妙な安心感に包まれて、すぐに眠ってしまった。
そして起きた時にはクーの姿も荷物もなく、テントも無くなっていた。
リットはすぐにペルセネスの元へ事情を聞きに行くと、クーは報酬の酒を受け取ってさっさと出て行ったとのことだった。
帰りの馬車の中でリットは「おかしい……」と呟いた。
「お兄ちゃんが女に逃げられるなんてらしいと思うけど? 昔の恋人だって、隣町の男に取られたんでしょ」
帰宅にわがままを言ってゴネると思われたシルヴァは、旅を満喫したと上機嫌だった。
「そういうこっちゃねぇんだよ。クーの行動にぴんとこねぇってことだ。こういう最後は意地悪な答え合わせをしてから消えるのがクーだろ? なのになんもなしだぞ」
「寂しいならそう言えばいいのに。なんならリゼーネに帰った後は、ディアナ寄ってく? みんなお兄ちゃんに会いたがってるから、手厚く歓迎してくれるよ。というかちょくちょく帰って来いってさ」
「今度な」
「本当に来てよ。あと、私のイヤーカフを買ってくれるって約束も忘れないで。絶対お兄ちゃんの趣味で買わないでよ。趣味悪いんだから、買う時は私もついてく。わかった?」
シルヴァのおねだりはリットが帰るまでギリギリまで続いた。
そして、無事に自分の家へと帰ったリットだが、そこでもまだ頭を悩ませていた。
「わかりますよ、旦那ァ……。商売って、どうしてこうも難しんでしょうねェ……。旦那に出来るなら、私にもって思ったんスけど、結果は散々っスよ。いやー参った参った」
ノーラは頭を掻きながら売れ残ったパンを口に詰め込んだ。
「オマエほど単純なら、オレも悩みはしねぇんだがな……」
「あらら……言ってくれちゃってまぁ。今回はお酒は手に入るんでしょ。それでいいじゃないっスかァ」
後日リットにお酒を届けに来るのはハスキーかパッチワークだ。約束を違うことはない二人なので、リットは心配していない。今も頭を悩ませているのはクーのことだ。
クーの不審な行動。その答えが出ないまま消えてしまったので、気持ち悪さがリットには残ってしまっていたのだ。
「酒が手に入るのはいいんだけどよ。……表の看板は外しとけよ」
「外しちゃうんスかァ? カッコいいと思うんスけどねェ……」ノーラは腕を組んで躊躇うと、名残惜しそうに唸った。「共同経営ってことにしません?」
「しねぇよ。追い出されたくなかったら外しとけ」
リットは立ち上がると外へと出た。ドアの看板には『ノーラの美味しいパン屋』と書かれてる。それにため息を一つつくと、その足でカーターの酒場へと向かった。
そこでは既にクーが一杯やっており、リットの姿を見つけるとコップを持った手をひらひら振って、こっちに来いと呼んでいた。
そしてリットが文句を言いに来るのを見て、なにを悩んでいるのかはお見通しだと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「遅かったねぇー。リゼーネで遊んでたの?」




