第二十一話
「ちょっと! 私のイヤーカフは?」というシルヴァの声など耳に入らず、牙宝石と思われる石を食い入るように見ていた。
「本当にこれか? 八割ただの石だぞ」
訝しく思って目を細めるリットの隣では、ハスキーが首を傾げていた。
「形はそれっぽいのですが……。他の宝石の原石のように磨けば光るのでしょうか?」
「原石じゃなくて、魔力の結晶って話だからどうだろうね」
クーは石の向きを変えて、一部透明になっている箇所を太陽に反射させた。
天然の原石は母岩にくっついたままの物が多く、一部が宝石に見えるのも珍しいことではない。そこから分離して原石になるものだ。
しかし、今クーの手のひらに乗せられている石は、まるで誰かの手が入ったかのように完璧な牙の形をしていたのだ。石の部分と透明な部分につなぎ目は見られない。
これが完全に透明なままで転がっていたら、疑うことなく牙宝石だと決めつけていただろう。
「一見……指輪の宝石と同じには見えるんだけどな」
リットはボケットから取り出した指輪を石の横に並べた。
石の透明な箇所は、別れの涙と呼ばれているハーピィが採る宝石と同じ透明感だった。
「ですが牙宝石の色は透明ではないですよ。黄褐色です。そうですね……ちょうどこのような色をしています」
ハスキーは足元落ち葉を拾うと石の横に並べ置いた。
「君達……私の手はテーブルじゃないんだよ」と、クーは全てを鍋の蓋に裏に乗せると、それを地面に置いて座った。「まぁ、僅かに魔力は残ってるみたいだし、これが魔力の結晶ってことには違いはなさそうだけどね」
「オレには水晶混じりの石にしか見えねぇけどな」
「それは二人が人間と獣人だからだよ。私はダークエルフ。魔力に疎い君達とは根本的に違うわけ」
「でも、牙宝石って断言できるわけじゃねぇんだろ?」
「そりゃあねぇ。もう一つ、液体化した方の魔力も必要だって話をしてたでしょ」
「知り合いの魔女に話は聞けるけどな。作るとなると別もんだろ」
リットはウィッチーズ・マーケットで、ある魔女が小さな魔力の結晶を作っていた研究を思い出した。特殊な水草が水中の魔力を吸い、余分な魔力を吐き出して結晶化させるというものだ。魔法陣で魔力を供給して大きくさせる予定だが、今の魔女の技術では元の結晶を維持するだけで精一杯ということだった。
つまり、結晶化も液体化も人工的には出来ないということだ。
「それが人間に出来るんだったら、今頃魔女は精霊を呼び出して異常気象を引き起こしてるよ。まぁ、ディアドレなら出来たかもしれないけどね」
「儀式の過程とかで石が変化するってことはねぇのか? オークが木を叩いたら、それに魔力が籠もるみたいによ」
リットに聞かれたハスキーは困った。
クーの時とは違い。リットには付き合いの長さと、共に困難を乗り越えた信頼があり、良き親友だと思っているので、牙宝石のことを話すのにためらいはないのだが、自分が知っている範囲では特別な儀式などはなく、盗まれた牙宝石はかなりの昔のものなので、手に入れて使うようになった詳しい経緯はわからないからだ。
「あえて言うのならば……光を浴びて狂獣病を治すことが儀式と呼べるかも知れません」
「それは牙宝石になってからの話だろ。それにする為の経緯が知りてぇんだ。そもそも――」
リットが深く聴き込もうとした時、耳元でシルヴァが叫んだ。
「私の――イヤー――カフ――は!! どう――なったのよ!!」
あまりに大きな声だったので、リットは耳を抑えるとよろめいた。
「おい……オレの耳がどうにかなるだろ……」
「このままじゃ、私の人生がどうにかなっちゃう。あのイヤーカフ超大切なの。アレがなきゃ、死んだも同然なの」
「まさか親父の形見か?」
「そんな大切なものをほいほいつけて歩くわけないでしょ。アレが一番私の耳がセクシーに見えるイヤーカフだったの。シルバーでただの単リングなんだけど、厚みも細さも超調整してもらったの。半年もかけて、朝昼夕方どの太陽でもいい具合に輝いてくれんの。ちょっとコーデ迷っても、これつけてれば一発で決まりみたいな。しかも、それって――」
シルヴァの話はここから更にヒートアップして長くなりそうだと思ったリットは、もう喋るなと口を押さえた。
「さっさと戻るぞ。一応目的のものは手に入ったんだ。後はペルセネスに話を聞いたほうが確実だからな」
他の二人はリットの言葉に賛同して帰り支度を始めたのだが、シルヴァはしつこく食い下がった。
「ちょっと! 私のイヤーカフは?」とあまりにもしつこいので、リットはため息に混じりに「わかった。買ってやるから」と約束してしまった。
「うそ!? マジ? 冒険っていいじゃん。これなら、毎日冒険でもいいよ。靴でもイヤーカフでも、めっちゃ買ってもらえるもん」
「めっちゃは買ってやらねぇよ。靴とイヤーカフだけだ」
「それはどうかな?」
シルヴァは自分の力が必要になるかも知れないと、根拠のない自信の笑みを浮かべた。
「そうなんだよ。いいから、オマエは帰り支度を始めろ」
シルヴァは「はーい!」調子よく返事をする。「マニキュアも塗り直したいし。帰ろ、帰ろ」
ポンゴの村に戻る頃には夜中になっていたので、一同は一度解散して、朝にもう一度集合することにした。
そして朝になり、ハスキーの家で朝食を食べながら、昨日見つけた牙宝石のことをペルセネスに話していた。
大まかなことは既に昨夜のうちにハスキーが話していたので、聞きたいことには直ぐに答えが返ってきた。
形を整えていない天然石で、台座にハマるということは牙宝石の可能性が高い。だが、全ての牙宝石に効力があるものなのかもわからないということだ。
口頭伝承では、磨くでもなく、研磨するわけでもなく、落ちていたものをそのまま使うと言われてきている。なので、石の成分が多いものは、別れの涙であっても牙宝石ではない可能性のほうが高い。
色の問題に関しては、最初牙宝石は透明だということだった。月の光を数日浴びせると、ここの土地で取れた石ならば、月と呼応して次第に色を変えていく。
「仮にこれが牙宝石だとしても、不完全体ということになるので、月の光を浴びせても変色するかどうか……」
ペルセネスはハスキーとシルヴァの間に割り込み、お茶を注ぎながら言った。
「結局もう一つを手に入れないと判断がつかねぇってことか。でもよ、魔力が液体化したなんてものどうやって見付けんだよ」
リットは液体化した魔力というものにピンときていないので、想像しようにも頭の中がモヤモヤしてしまっていた。
「なに言ってるのさ……」とクーは呆れた。「リットは似たようなもの持ってるじゃん」
「そんな珍妙なもの持ってるかよ」
「ウンディーネにお酒作らせたんでしょ。魔力たっぷりのお酒。あれの魔力が安定して人間が飲めるようになったら、魔力が液体化したってこと。魔女のお酒デルージは魔力を具現化させようとした時に、たまたま出来たってわけ。まぁ、魔女が制御できる魔力なんてたかが知れてるから、魔力の液体化と呼ばれるものにはなってないのと思うけど、ウンディーネのほうはチャンスがあるかなって感じ」
「おいおい……この依頼にそんなにかけろっていうのか? デルージの魔力が安定するのは十数年後だぞ」
リットはそれなら新しい牙宝石を見付けたほうが速いと言ったが、クーは慌て過ぎだと肩をすくめて落ち着くように言った。
「私はイメージをさせやすくしただけ。魔力の具現化なんて普通はピンとこないからね。似たようなものだって言ったでしょ。同じじゃないの」
クーはリットのことなどお見通しと言わんばかりに笑みを浮かべた。
そして、ハチミツたっぷりのホットケーキにかじりつくとなにかを話し始めたが、咀嚼音の方が大きすぎてなにを言っているのか全くリットに伝わらなかった。
「大事な話をしてる時に、気の抜けるようなことをすんなよ……」
「ハチミツは蜂がいるから食べられるものだって言ったの。人間が花蜜をハチミツに変えるのは無理でしょ? 魔力の世界も似たようなもの。魔女は自分達で使うために色々試行錯誤してるけどさ。魔力が当たり前の種族には、その種族なりの使い方があるってこと」
「まぁ……身近に両方いるからな」
魔女というのはグリザベルのことで、魔力が当たり前の種族というのはドワーフノーラのことだ。
ドワーフの女性は『ヒノカミゴ』と呼ばれ、火力を自在に操る能力を持っている。これによって、様々な鉱物を溶かして加工できるのだった。
「ハーピィが『牙宝石』を『別れの涙』として採掘するように、液体化した魔力を採取出来る種族がいるかもってこと」
「それならハーピィから買ったほうが、手っ取り早くていいんじゃないですか?」
ペルセネスはまたもお茶を注ぎながら言った。
ハスキーは出されたお茶を全て飲むので、シルヴァも真似して飲む。そして、飲み終えたらハスキーにアプローチをかけるのだが、そうするとまたペルセネスが間に割り込み、おかわりのお茶を注ぐのだたった。
「そうしたいなら、そうしてくれ」
リットは指輪をペルセネスに投げ渡した。
値段を告げると、あまりに高額の値段にペルセネスの全身の毛が逆立った。
持っているのも怖いと指輪を返すペルセネスを見て、クーはほっと胸をなでおろした。
リットはその様子を見て「なんだよ」と不審に思った。
「リットがプロポーズしたのかと思ったの」
「あの話の流れでありえねぇだろ」
「まぁ、とにかくハーピィに頼む価値はあるかも知れないけど、それを買ったら別の意味でこの村が破滅しちゃうよ。そもそも、どうやったら完全な牙宝石が採れるのかわからないしね。別れの涙は完全な牙宝石になる前の、一部の透明な部分を取り出したものだろうし」
「牙宝石は同じ土地で採れたものにしか、狂獣病を治す力がないってことだけどよ、結晶も液体も同じなのか?」
「それは実に難しいことだね。私の考えでは結晶はその土地で採れたものだけど、液体はそうじゃなくてもいいと思うよ。たぶん結晶は特定の魔力を引き寄せるもので、液体は反射させるものだと思ってるから」
「話を聞きに行った猫も、条件が揃えば魔力が反射するって言ってたからな。つまり結晶は火種で、液体は反射鏡ってことか?」
リットは東の国の大灯台を思い出しながら言った。普通なら絶対に届かない光を、特殊な火種を竜の鱗で反射させて、呑まれた闇の中まで届くようにさせた。
牙宝石というのは月からの魔力を、獣人の体に作用するように反射させるものだと。
「良い答えだよ。及第点じゃなくて合格点をあげちゃう。結晶が火種ってところには引っかかるけど、他で例えるよりはわかりやすい。でも、謎の芯を捉えるには――」
クーが冒険者とはなんぞやと語り始めたので、リットは手で制した。
「いいんだよ、冒険者談義なんてしなくて。なるつもりはねぇんだから」
「そう? なら、どうやって液体化した魔力を探すか考えようか」
あっさりと話題を戻したクーに、リットはなにか引っかかるものを感じたのだが、そのなにかの招待は少しもわからなかった。
「なんか誤魔化したか?」
「なんかってなにさ」
「わからねぇから聞いてんだよ」
「今はねぇ、リットの心の謎を解いてる暇はないの。悩み事があるなら、今度ゆっくり聞いてあげるから」
これは絶対になにか誤魔化してると確信したリットだが、そのなにかが思い浮かばない限り突き詰めようがないので、仕方なく一旦忘れることにした。
「オマエの友達に、なんか詳しそうなのいないか?」
リットはシルヴァに向かって聞いたのだが、振り向いた先にシルヴァはいなかった。
「シルヴァ様なら、姉を連れてどこかに行きましたが」と、ハスキーが答えのでリットは首を傾げた。
「オマエじゃなくて、姉の方を連れてったのか?」
「リット様とクー様が話してる内容がまったくわからないので退屈だと、姉を連れて家を出ていきました」
「姉が連れ出したんじゃなけりゃ大丈夫だろ。シルヴァがいねぇなら、先にもう一回台座を見ておくか、案内してもらえるか?」
リットが言うと、ハスキーは「任せてください」と立ち上がった。
「クーは来ねぇのか?」
リットは座ったままのクーに言うが、その言葉を聞いてもクーが立ち上がる気配はなかった。
「私はホットケーキの続きを食べるよ」と、クーはペルセネスがいない内にハチミツをたっぷりかけ始めた。「台座なら一度見てるしね。なんかわかったら呼びに来てよ」
「まぁ、そういうことなら」
リットはハスキーを連れて一度外に出ると、その場で足踏みをした。始めは大きく徐々に小さく、そして最後に静かに両足を置いて、ハスキーに喋らないようジェスチャーをした。
そして少し間を開けてからドアを勢いよく開いた。
家の中では、見てるだけで胸焼けがする量のハチミツをかけたホットケーキを、クーが食べているところだった。つまり先程となにも変わっていない。
「なんかよう? 行ってきますのちゅーでもしてほしいの? 今ならちょうど甘々なちゅーが出来るけど……する?」
リットは「いや……」と首を傾げて「行ってくる」と、再び家を出ていた。
ハスキーは不審に思い「どうしたんですか?」と聞くが、リットにも答えようがなかった。
先程と同じだ。クーがなにかしてるような気がしていたのだが、なにかがわからないので説明の仕様がなかった。
「尻尾がつかめると思ったんだけどよ……。まぁ、気まぐれなのはいつものことか」
リットとハスキーは、台座がある森の中へと入っていった。
その頃家の中では、楽しそうに笑みを浮かべるクーに「どうしたんですか?」と、コンプリートが聞いているところだった。
「可愛いなと思って。この私が偽物の足音に気付かないと思ってるんだから。さぁ、様子を見に行くから、いつもの場所まで頼むよ」
クーはコンプリートの旋風と共に姿を消した。




