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第十八話

「さぁ、いい加減話してもらうぞ……」

 リットはシルヴァとアボーナを地面に座らせると、腕を組み威圧するように見下ろした。

「お兄ちゃんだって楽しんでたくせに……」

 シルヴァが口答えをしてくるが、いちいちかまっていては一向に話が進まないと、リットはシルヴァを無視してアボーナに話しかけた。

 聞いたのは浮遊大陸の宝石のことだ。

 グリム水晶ではない別の宝石のことを知らないかと聞かれたアボーナは、悩むこともなく足を切り株の上に乗せると、足につけた指輪を見せるように足の指をクイクイと動かした。

「それってこれのことでしょ?」

 リットは顔を近づけて指輪についてる宝石を見た。基本は透明だが、雲を閉じ込めたような乳白色が混ざっている。

「なんかイメージと違うな……」

 リットはクーに確認を取ったが、クーも同じように疑問顔で肩をすくめた。

「ハーピィでは『別れの涙』って呼ばれる宝石だよ。これ凄い高いんだから、グリム水晶と同じくらいするよ。浮遊大陸の大地の鉱物が雲に磨かれて出来るんだって」

「それって不思議な力があったりするか?」

 アボーナは「あるよ」と艶かしく笑みを浮かべた。「こういう格好で、指輪を見せることで男を誘惑できるの。まじ多いんだよ足フェチのハーピィ好きって。長い足の指がいいんだってさ」

 アボーナが足の指でピースサインをしてみせると、クーが足首で揺れるアンクレットに触れた。

「高いんじゃないの? アンクレットにも同じ宝石がついてるよ」

「実家が宝石屋だから。触るのはいいけど、絶対に傷つけちゃダメだよ。勝手に持ってきてるんだから、もし傷つけたらお買い上げしてもらうから」

「それ、私も欲しいんだけど」

 シルヴァは身を乗り出すと、アボーナの指から指輪を抜きとって自分の指にはめてみせた。

「まじ? 買う? シルヴァにも似合うと思うよ」

「買った!」シルヴァは気に入ったと指を握りしめると、リットの背中を叩いた。「お会計はお兄ちゃんで」

「買うわけねぇだろ」

「だって、お兄ちゃん恋人いないんでしょ? 女にお金使う癖つけとかないと、肝心なとところでケチの本性がバレて逃げられるよ。財布の紐を緩めれば、女も緩むって知らないの?」

「知ってるぞ。それで最後には財布の紐を握られるんだ。買いたきゃ自分で買え、オレより金持ってんだろうが」

「ダメ、無理。マジでモントお兄ちゃんって厳しいの。このお金はなにに使ったのかっていちいち聞いてくるわけ? お昼ごはんを食べるついでに服買っただけだよ? 服って衣食住の衣じゃん。衣食住って生きるのに重要なことでしょ。なんも悪いことしてないのに、無駄遣いだの。服はもう必要ないだろって、マジ最悪。なら裸でいろっての? って、だからリゼーネで愛想振りまいて想像画を売って、服とか化粧品買ってんの」

「まぁ、体を売るよりましか」

「なに言ってるの……当然でしょ。私が売ってるのは顔。それも飛び切りの笑顔」

 シルヴァはニッコリ笑うと、代金をせがんで両手を差し出した。

「買ってほしけりゃ、恩を売るこったな」リットは指輪を抜き取ると、アボーナに返した。「宝石屋ならもうちょっと詳しいこと知らねぇか?」

「私が知ってるのは浮遊大陸の大地にへばりついてる鉱物で、さっきも言ったように雲に磨かれて出来るもの。ものすごい柔らかいけど、空気に触れると固くなること。あとは大陸がなくなる時に採れるから『別れの涙』って呼ばれるようになったってことくらいかな」

 それからアボーナはシルヴァと適当な話をして盛り上がっていたのだが、無断外泊をしたら怒られると、太陽が落ち始めたので慌てて帰っていった。

 よっぽど慌てていたのか、切り株にははめずに忘れていった指輪が一つ。

 目ざとく見付けたシルヴァはさっそく指にはめた。

「やた! アボーナに返すまでつけてよ。どう? 女が上がった気がしない?」

「人として下り坂だけどな」

 リットはネコババするつもりかと責めるような視線を送ると、シルヴァは心外だと腰に手を当てた。

「ちゃんと返すわよ。しょっちゅううちの城に宝石売りに来てるから、アボーナとはいつでも会えるもん。それとも、追いかけろっていうの? なら翼の生やし方を教えて」

「籠の鳥になる方法なら教えてやるよ。その指輪に傷でもつけて買い取りなってみろ。モントに一生外出禁止を言い渡されるぞ」

「うわ……こわっ! そんなの呪いの宝石じゃん。お兄ちゃん持っててよ」

 シルヴァはなにかあったら大変だと、リットに無理やり押し付けた。

「二度と会うことのねぇオレに渡してどうすんだよ……」

「これからなにかあっても、私のせいじゃなくなるもん」

 シルヴァはハスキーに今日見たことを話してこようと、楽しげな足音を鳴らして離れていった。

 リットはこれが牙宝石の可能性もかけて、月に向かって指輪をかざしてみたがなにも起こらない。角度を変えても、かざす高さを変えても同じだ。

 原石は人の手によって始めて鮮やかに輝く。研磨によって形作られることで、始めて宝石になるのだ。指輪の宝石は夜に見るとかなりくすんで見えた。透明な部分が見にくく、内容物の白や靄のような模様がよく見えるせいだ。

「どれどれ、貸してみそ」クーはリットから指輪を取り上げると、同じようにして観察した。「宝石にはよくあることだね。中に傷があったり気泡が入ってたり。魔力も感じないし……ハズレかねー」

「それも水晶の一種なのか?」

「どうだろうね。結晶なのは間違いないと思うけど。リットの友達に聞いてみれば? 宝石屋がいたでしょ」

 リットは少し考えてから、クーの胸を見て「無理だな……」とつぶやいた。

 クーが巨乳と呼ばれる部類に入るのなら話は簡単だったのだが、遠くの家まで見渡せそうなほどなだらかな平野だった。

 ローレンは巨乳のためならば、ありとあらゆる手段を使って知らないことを調べてくれるが、そうでなければ非協力的だ。理由は一つだけ。女性を口説く時間がなくなるからだ。

「パッチワークにでも聞いてみるか。発症して弱ってるから、協力するだろ」

 リットは耳を傾けた。猫や犬、それに豚の鳴き声などがわずかに響く。狂獣病を発症した者達の声だ。今日は月がよく出ているので、話を聞けそうにもない。明日改めてパッチワークに話を聞くことにした。



 翌日リットはパッチワークがいるという小屋に案内された。お互いに身に何かあっては大変だと、ハスキーの見張り付きだ。

 獣人との既成観念の温度差に苦笑いを浮かべながら、リットは壁の向こうにいるパッチワークに話しかけた。

「よう、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「その声は!? お兄さん……。ニャーの惨めな姿を笑いに来たのかニャ……。あんな猫そのまんまの姿を見られては、ニャ―はもう生きて行けないのニャ……」

「普段から猫をかぶってるくせになに言ってんだ。聞きたいのは宝石のことだ。宝石に詳しいやつを知らねぇか? この指輪のことを聞きてぇんだ」

 リットは窓の隙間に指輪を置いた。しばらく何もなかったが、床が軋む音が聞こえると窓の指輪も消えていた。

 その動作の遅さから、パッチワークのやる気の無さが感じられたが、リットが宝石の名前は『別れの涙』だと言うと、パッチワークは猫の声で「ニャーーーーーー!!」と悲鳴のような大声を上げた。

「なぜ、お兄さんがこんな貴重なものを!?」

 パッチワークは窓の隙間から顔を出すと、これがどんなに高価なものなのかと説明を始めた。

「預かりもんだ。傷つけるなよ」

「当然ニャ。傷一つでどれだけ値下がりするかは知ってるのニャ。これを持っているということはハーピィとの信頼の絆でつながっているということニャ。なぜなら、宝石になる別れの涙は有翼種族にしか採れないからなのニャ。手に入れるには、お金だけじゃとても無理なのニャ。信頼関係を結び、それからやっと売ってもられるのニャ」

「オレじゃなくてシルヴァの友達だ。あんな高え宝石は買うつもりはねぇよ」

「お兄さんはアホなのニャ……。それも底なしのアホニャ。買うチャンスがあったなら、全財産を投げ売ってでも買う人がほとんどニャ。元は十分取れるニャ。獣人の酒と一緒ニャ。手に入らないと価値が跳ね上がるのニャ。なんならニャーが買っても……いや、ここにいるのはニャーとお兄さんだけ」

「猫らしくネコババか……まぁ、ハスキーがいるからその計画はパァだけどな」

「ニャ!? なんでハスキーなんか連れてきたのニャ……」

「獣人の既成観念のせいだろ。誰かを襲わなきゃ、こんなところ閉じ込められなくていいと思うけどな」

「それは獣人によりけりニャ。暴れる獣人もいるのも事実。でも、今のニャ―はそんなことより、目先のお金ニャ。お兄さんに恩を売っとくと、ハーピィとの信頼関係を結ぶ近道が出来るのニャ」

「シルヴァの友達だって言ってんだろ」

「そのシルヴァ様のお兄さんニャ。普通は王族と信頼関係を結ぶのも一苦労。お兄さんは便利な存在で助かるのニャ」

 パッチワークは本音をポロッとこぼしたことにも気付かず、上機嫌に鼻歌を歌った。歌のリズムをとるように爪で引っかく音が聞こえたかと思うと、バキバキと木が折れる音が響いた。

 そして、窓の隙間から木片が放り投げれた。

「なんだよ……これ」

 リットは爪痕だらけの木片を拾って首を傾げた。

「ニャーのひっかき手形ニャ。それをゴルドーにいる猫の獣人の『ジェミー』に見せれば、きっと答えてくれるはずニャ」

 その言葉を最後に、パッチワークは窓を締めた。

 すると、小屋の中から爪を研ぐ音と狂ったように泣き狂う猫の鳴き声が響いたので、リットは不安になった。

「アイツ本当に正気なんだろうな……」

「昼間は症状が出ないはずなのですが……。ですが、これを聞かれているのは、あまりに不憫です。早く離れましょう」

 ハスキーに言われリットは小屋から数歩離れたが、「おっと……待てよ」と踵を返した。「おい――狂ったふりして指輪を盗み取ろうとしてるだろ」

「お兄さんには敵わないのニャ……。気が向いたら、ニャーに売ることも考えてほしいのニャ。損はさせないのニャ」

 パッチワークは再び窓を開けると、指輪を置いて返した。

「元気じゃねぇか……」

 リットがため息をつくと、ハスキーも同じくため息をついた。

「まったくです……」



 テントへと戻ったリットはクーに指輪を渡した。

「なに? プロポーズ? 盗んだ指輪で? こんなんで愛を誓ったら、一生忘れられない思い出になりそうだね」

「オレが持ってると落としそうだからだ。ゴルドーにいるジェミーって猫に聞けとよ」

「ゴルドーって、この大陸にはないよ。あぁ……確かに、リットは落とすかもね」

 大陸にない街に行くということは、あの方法で移動するということになる。自分が持っていたほうが安心だとクーは納得した。

「行ったことあるのか?」

「あるよ、自由都市地帯にある街の一つ。訳ありさん達がいっぱい住むうちに、国として独立しちゃったってやつ。簡単に言えば小国の連合地域だね。ゴルドーっていうのは、嘘と真実が入り乱れる町だよ」

「ろくでもねぇ街なのは伝わった」

「まさしくその通り。とても若い子には見せられない世界だね。そんなわけで、シルヴァに見つからないうちに行っちゃおうか」

 クーは木笛を取り出してさっそく吹いた。すぐに旋風が目の前で巻き起こり、コンプリートの二人が現れたのだが、その顔は見てわかるほどうんざりしてものだった。

「また……」「ですか……」「クー様……」

 レフトとライトは自分達にも仕事があるのだと文句を言うが、クーはそんなことお構いなしだ。

「うちの弟は甘えたちゃんでねー。すぐに頼ってくるの。それに、仕事があるのは誰のおかげだと思ってるの? 私が神の産物の靴をあげたからでしょ」

「クー様は」「すぐにそれです……」

「さぁ、行くよ」とクーがリットに抱きつくと、レフトは右足を、ライトは左足を軸にしてくるっと回る。すると旋風が四人をさらっていった。



 時間は変わらず、場所はゴルドーへ。

 道の真ん中に突然抱き合った男女が現れたというのに、周囲の人々は驚くことをしなかった。いつもと同じ生活をするだけ。

 それだけ他人に興味を持たない街だ。特に今は昼時ということもあり、不思議な現象よりもお腹を満たすことが優先だったのだ。

「私達もご飯にしちゃう? 一応聞いたけど、決定事項だからね。お昼ってのは人が動く時間だから、人探しには向いてないの」

 クーはリットの手を引くと街の中を引っ張り回した。






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