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第十六話

 地面に描かれた絵は、リットから見ると下向きに生える牙に、シルヴァから見ると雫模様に見えていた。単純に上下逆さまになって見えているだけだ。

 昨夜描いた地面の落書きを囲んで、リットとクーは首を傾げあった。

「……関係あると思うか?」

「まぁ……牙宝石は天然石だし、形には意味があるけどね……」

「琥珀になる前のやつがあるだろ」

「コーパルだね。半化石化した琥珀になる前の宝石。あれなら稀に樹木の中から見つかることもあるらしいけど……。この村の木は伐採するんだよ。化石化する暇なんかないよ。何万年かかると思ってるのさ」

「地面に落ちて、土の中に出来ることもあるだろ」

「そうだとしても、コーパルは結構安く売られてるよ。地層だって一緒に調べたでしょ。こんな形になるような穴が空くような地層じゃないよ」

 リットとクーはあくまで一つの可能性の話を広げていると、シルヴァが割り込んできた。

「ねぇねぇ、なんの話? 宝石って聞こえたけど、アクセサリーの話でしょ。混ぜてよ」

 リットは邪魔なシルヴァを追い返そうと手を伸ばしたが、ふと思いついてその手を肩に置いた。「……シルヴァ、牙の形をした宝石を持ってるか?」

「お兄ちゃん……。それって、鳥に翼があるかって聞いてるようなもんだよ。もしくは魚にヒレがあるかとかでもいいね。つまり、人間の足は二本だけどケンタウロスの脚は四本ってこと。どうせ多いなら手が多いほうがいいよね。スキュラとかさ、化粧して、髪の毛梳かしながら今日着る服まで選べるんだよ。マジ最強じゃん。最強っていえば、なんで男って誰が強いって話するの好きなわけ? 喧嘩に強いだとか、酒に強いだとか、マジ時間の無駄。少しはスキュラを見習って時間短縮しろっての」

 シルヴァは忙しく動く身振り手振りを交えて、間断なく喋り通した。

「時間を無駄にしないためにも、聞かれたことにだけ答えろよ」

「もちってこと。お兄ちゃんこそ、時間を無駄にしたくないならちゃんと話を聞いててよね」

 シルヴァはハスキーの腕を組むと、持ってきてるから戻ろうと歩き出した。



 ハスキーの家へと戻ると、シルヴァはまるで自分の家のようにくつろぎ出した。

 ペルセネスは仕事に出ているので家にはいないが、明らかにシルヴァとひと悶着あったであろう形跡が残っていた。

 シルヴァはタンスのような大きなカバンをあけた。

 中は着替えの服がほとんどで、他にあるのは化粧道具箱とアクセサリーケース。

 これは、ポンゴの村についていくからとまとめられたもので、実際には同じ大きさのカバンが五個あったのを置いてきた。さすがにシルヴァでも、全て持っていったら邪魔になるということはわかっていたので減らしたのだ。

 ケースをあけたシルヴァは、まるで宝石商のようにアクセサリーをテーブルに並べた。

「獣人の村に連れてってくれるって言ったから、私のそれっぽいの選んだの。民族アクセとか、ボーンカービングものとか」

「連れてくとは一言も言ってねぇよ……」

「連れてきたんだから同じことだよ。ほら、これとか可愛くない? ココナッツビーズにボーンビーズが混ざってて、それにワニの歯を一つ入れてブレスレットにしてるの。ワニの歯を挟むとこだけ、ターコイズ使ってて、マジアクセント効いてるの」

 シルヴァは狼牙のネックレスや、サメの歯のブレスレット。牛の骨や鹿の角を使ったボーンカービングの飾りなど自慢と説明を混ぜて色々見せてくるが、リットが探しているような宝石はなかった。

 休むことなく今度は服と化粧品の説明が始まるが、リットは聞くだけ無駄だとハスキーにシルヴァを押し付けた。

 隣国のお姫様の話を無視することもあしらうことも出来ないので、ハスキーは馬鹿正直に相槌を打った。

 普段は無視されるような話題にも相槌を打つので、調子に乗ったシルヴァは上機嫌で喋り通しだ。

 リットはキッチンにあるパンを勝手にちぎると、さらにそれを半分にして、一個をクーに投げ渡した。

「そういや、魔女は『落し種』って呼ばれる、鳥の糞から見つかる浮遊大陸の種を育てるようなことをしてるらしいんだけどよ。鉱物ってのも落ちてこねぇのか?」

 クーはパンを食べようと開いていた大口を静かに閉じると、眉間に深いシワを作った。

「これから食べようって時に糞と言うかね……」

「ちょうど思い出したんだ、しょうがねぇだろ。他にも昔に魔女が浮遊大陸に行くのに使ってた、地面ごと浮かばせるって魔法。そこにある水晶が、空に打ち上がる過程でグリム水晶ってもんに変わるって話もな」

「浮遊大陸から落ちてくる宝石……。可能性は大いにあるね」クーは訳知り顔で頷いた。「浮遊大陸の土地って言うのは、謎だらけなんだよ。誰も真実を知らない。もちろんこの私もね。理由は簡単、一つだけ。調べる者がいないから」

 浮遊大陸というのは、元々『始まりの地』という一つの大陸があるだけだった。それが魔女に打ち上げられた大地によって増えていったという話がある。

 そして、大陸ごと浮かべる魔法は現代では使われていない。使えるほど大きな魔力を持った魔女がいなくなり、ウィッチーズ・カーズの反動を恐れて使おうと思う魔女もいなくなったからだ。

 新しい大地が生まれないので、大規模な大地調査し資源を減らすと、住む場所がどんどん減っていてしまう。グリム水晶もそういった意味で採れなくなってしまったのだ。

「魔力によって鉱物が変化することはわかってんだ。それがたまたま落ちてきたのを獣人が拾ってる可能性がある。浮遊大陸は世界をぐるぐる回ってるんだからな」

「その落ちてきた宝石が、種のように大地に根付いて、その土地にあった宝石に変化するってわけ? ……うん、なかなか面白い考えだね。木に刺さった状態でよく見つかるっていうのは、空から落ちてきた威力かもね。それが食いちぎった痕に見えるのかも知れない」

 光明が見えて来たという意味の言葉とは裏腹に、クーは重いため息をついた。

「問題があるならはっきり言えよ」

「いやね。リットの牙宝石が浮遊大陸産だって考えには、八十点くらいあげちゃうよ。なんならチューもおまけしてあげちゃう。でもその浮遊大陸産が問題なわけ」

「さっき話してた調べる者がいないって奴だろ」

「まぁ、それは正直なこと言うと、裏でちょこちょこっと悪いことをすれば、ハズレ島なら一つや二つくらいどうとでもなっちゃうんだけど……リットは浮遊大陸に行ったんだよね? どの島に行った?」

「弟のマックスの母親の故郷があるところだ。あとは……キュモロニンバスの天空城がある島だな」

 クーは意味深に「ミニーさんはキューピットだもんね……なら、入れないね……」とつぶやくと、またも重いため息をついた。「浮遊大陸ってのは、二層に分かれてるんだよ。リットが行ったのは二層で普通の天使が暮らすところ。一層っていうのは更に上にある浮遊大陸のことで、そこは天使しか入れない島で、その天使っていうのも限られてるの。簡単に言えばお城みたいなもんだね。もし、そこの島から牙宝石が採れるんだとしたら絶望的。あの世界を通る前に、あっという間にヴァルキリーに追い詰められるよ。そもそもレプラコーンが協力しないだろうしね。そうなったら、この依頼は諦めてトンズラだね」

「情報を聞こうにも、マックスは地上生まれ、ミニーはもう地上で暮らしてるほうが長いからな……」

「浮遊大陸行ってみる?」と言ったクーの姿はリットの隣にはなかった。キッチンに入り込んで鍋のスープを温め直しているからだ。

「大陸の上のことならともかく、鉱物があるのは大地の中。話題的にはタブーだろ、行って聞くだけ無駄じゃねぇか?」

 リットは軽く穴を掘るのとはわけが違うと、浮遊大陸行きを拒否した。

「それならハーピィとかはどう? 浮遊大陸は天使だけじゃなく、ハーピィも活用するからね。一部は住み着いたらしけど、殆どのハーピィは下から飛んでくる。つまり浮遊大陸の下の部分を、一番良く見てる種族ってわけ。話を聞くなら、ハーピィのほうが良さげじゃない?」

「それはいいな……ってなにしてんだよ」

 包丁の音が聞こえてくるので、リットはキッチンを覗きに行った。

「スープの味が薄いから、濃くしようとしてるの。それより、今までの会話聞いてた?」

「オレの独り言に、クーが独り言を交えてんじゃなけりゃな」

「二人で一つの答えを導き出す。良いコンビになれるんじゃないってこと」

 クーは鍋に蜂蜜を垂らし入れながら笑みを浮かべた。

「コンビってのは、盗人コンビか?」

 リットはパンをもう一欠けちぎりながら言った。

「冒険者に決まってるでしょ。どう? 今からでも遅くないよ。当然このクー様のスパルタ訓練は受けてもらうけど」

「問題起こしすぎて相方が見つからねぇのか?」

「いいや……どっちかという問題は向こう」クーは渋い顔をした。「まぁ――とにかく。宝石のことに詳しいハーピィに情報を聞いてみよう」

「そんな都合いいのが転がってるのか」

「転がってるよ、そこにね」

 クーは勝手に味付けを変えたスープをよそってテーブルへと戻ると、スプーンでテーブルを叩いて注目させた。

「どうかしましたか? お水でも用意しましょうか?」

 ハスキーは家の勝手がわからないなら手伝いをすると言ったが、クーは首を振った。

「ワンちゃんじゃなくてシルヴァに話があるの。お友達を紹介して、ハーピィの」

 クーの言葉にリットはなるほどと頷いた。シルヴァと友だちになるようなハーピィなら、間違いなく宝石に興味があるからだ。

 シルヴァは否定的に眉をひそめるた。

「ハーピィ? なんで、独り身で寂しいハーピィを呼ぶわけ? ハーピィって女しか生まれないんだよ。ここに呼んだらどうなるかわかる? 絶対にハスキーに言い寄るに決まってるじゃん。そんな迷惑女チョップだね」

 鼻息荒く言い切るシルヴァの頭めがけて、リットは軽くチョップした。

「これで満足したか?」

「お兄ちゃん……本当に話聞いたほうがいいよ。ハスキーに言い寄る迷惑女にチョップだって言ってんの」

「いいから呼べよ。そいつにもチョップしてやるからよ」

「もしかしてお兄ちゃん、女探してるの? それ普通妹に頼む? 悲惨も悲惨、オヤジの靴下だよ。これ穴があいてて威厳なしってことね」

 クーはリットの口を手で押さえて文句を言えなくすると、勝手に話を進め始めた。

「リットに紹介するっていうなら、その子もハスキーに言い寄らないでしょ」

「まぁねぇ……でも、アボーナがお兄ちゃんとねぇ……」シルヴァはリットの姿をよく見ると、今度は目を閉じてアボーナの姿を思い出した。「合わなくない? アボーナ超派手だよ。……それに、友達にお兄ちゃんの下半身事情聞かされるの最悪なんだけど」

「いいから呼べ……。依頼の話があんだよ。嫌だって言うなら、今すぐマックスにオマエを引き取りに来てもらう。こっちには一瞬でマックスを呼ぶ手段があるんだからな」

 リットはクーの手から逃れると、シルヴァを威圧した。

「マックスのお兄ちゃんの名前出すとか最悪……。絶対言われるもん、他の国でも迷惑を掛けるなんて顔から火が出る思いだとか、無駄な浪費は反感も買うとか、もう意味わかんなーい。どっかの国で友達が出来たか知らないけど、手紙見てニヤニヤしてるの。マジキモいよ、あの時のマックスの顔」

「イエスかノーかで答えろよ……」

「イエス。でも、渋々のイエスだよ。あっ! でも、リゼーネで買ったマニキュアを誰かに自慢したかったかも。お兄ちゃんは女に気を使えないから参考にならないし、クーもオシャレに興味ないから反応悪いし、アボーナとかちょうどいいじゃん。自慢も出来るし、意見も聞ける。一石二鳥。ハーピィだけにね。今の超上手くない? ってことはノリノリのイエスだね。手紙書こっと」

 シルヴァはハスキーに手紙と筆を用意してもらうと、なにを書こうかと口に出して確認し始めた。

「やっぱりお兄ちゃんだね。シルヴァの扱い方が上手いよ」

「勝手に解釈して、勝手に話を進めだしただけだ。オレはなんにもしてねぇよ」

 リットは疲れたと、椅子に浅く座って、だらしなく背もたれに背中を預けた。

「それじゃあ、私もちょっと自由行動するよん」

 クーは残りのスープ一気に飲み干すと立ち上がった。

「おい、勝手な行動するなよ」

「あらら……そんなにお姉ちゃんと一緒に行動したいの?」

「依頼を受けたのは、そっちだろってことだ」

「別にどっか泊まりに行くわけでもないよ。ぶらぶらっとするだけ。それに、手紙を届けるなら早いほうがいいでしょ。これで運び屋に連絡をとってもらうの」クーはコンプリートを呼び出す木笛を見せると、こういう使い方もあるのだと言うと、意地の悪い笑みを浮かべた。「リットの希望なら仕方ない……お手々つないで一緒に行こうか」

「そのお手々を繋いだら、土産に酒を持って帰れないだろ。安酒でいいぞ」

「わがままなら、もうちょっと弟らしい可愛いものにしてほしいよ。ほんじゃあね」

 クーはリットに差し出していた手をバイバイと振ると、家を出ていった。






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