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第十五話

「さて……どうしたもんか……」

 翌日の昼過ぎ、しっかり睡眠も食事もとったリットは森を見てため息をついた。

 広大な森。ここから『牙宝石』を探すというのは、途方も無い作業だ。

「どうするもなにも、なにも思いつかないなら歩くしかないでしょ。それに歩いていると、いい考えが浮かぶもんだよ」

 クーはナイフで自分の後ろ髪を切ると風に流した。風の吹く方角を調べたかったわけでもなく、ダークエルフの髪になにか効力があるわけではない。ただ伸びてきて邪魔なので切っただけだ。

 がしがしと頭を掻くようにして、最後まで髪の毛を飛ばすと歩き出した。

「まったく考えなしに、この依頼を受けたのか?」

 リットは呆れ顔で、よりぼさぼさになったクーの後頭部を見ながら後を続いた。

「考えたよ。考えに考えてリットを連れ出したんだから、役に立ってよね」

 クーは整備された街の大通りを歩くように森を歩くが、リットは足首にまとわりつく草の浅瀬を歩いているような気がして、ただついていくのにも一苦労だった。

 そんな集中力が続かない場所で、草の根をかき分けて石を探す。それに加えて、クーのあーでもないこーでもないという森についての講釈や、森の中での実践が始まるので休む暇もなかった。

 木の根や石の障害物を避けるために膝は上げて歩く、後ろ足に重心を残すなどの初歩的なことから、クー独自の目線で培った技術などを教えられるので、リットは疲れる一方だった。

「いい加減……休憩を入れろよ」

「まぁ、いいでしょう。こまめな休憩も大事だからねぇ」

 クーは休憩に適した場所までもう少しリットを歩かせると、リットがぜーぜー言いながら歩いている間に採った木の実を渡した。

「行動食を現地調達するのも実践させたかったんだけど……リットは体力なさすぎだよ。本当は歩きながら、食べ物を調達するのがベストなんだけどね」

「そんなに色んなことを考えながら歩けるかよ」

「冒険者は足よりも、頭のほうをいっぱい動かすもんだよ。行く道の安全を考え、目的物のことも考え、食事や体力のことを考える。時間配分もあるし、進むか戻るかも考える、天気もあるし、風向きもある」

「んなに考えてたら、先に進めねぇだろうよ……」

「足と比べたら考える割合が大きいってだけで、歩く距離が減るわけでもないよ。足は休まず、頭も休まず。それが出来るようになって、ようやく冒険者の第十六歩目くらいかな」

 クーは手早く木の実を何個も口に入れると、すぼめた口から種だけを器用に飛ばした。

「その冒険者の歩数ってのは何歩まであるんだよ」

「さぁね……私は他の冒険者よりも何十万歩も先を歩いてると自負してるけど、それでもまだ先は見えないからね。『あっちの世界』を歩くにはまだまだ足りないだろうしね」

「そもそも歩けるもんなのか? あの世界は」

「歩けないと言うより、歩いちゃいけない世界だよ。今のところはね」

「ガキの好奇心と一緒だな」

 リットの皮肉にもクーは笑顔のままだった。

「そうそう好奇心と一緒。でも、禁忌に触れたものほど成長するものだよ。子供も大人も歴史もね」

 クーはぐっと手を高く上げて体を伸ばすと、休憩は終わりだと飛び跳ねるように勢いよく立ち上がった。

 そして、その話も終わりだとリットの手を引っ張って立ち上がらせた。

 あの世界のことというのは、ただ好奇心満たす場所であり、クーはリットを連れて行く気などさらさらなかった。むしろ興味を持ってもらっては困るのだ。

 今になってあの世界を見せたことを後悔していた。あの時は自慢したくなったと言うよりも、急に自分の目に映っている世界をリットにも分けてあげたくなったのだ。

 更に言えば共有したかった。ヴィクターがこの世にいなくなってから、自分が死んだ時のことを考えるようになったからだ。自分のことは記録にも記憶にも残らなくていいが、この目で見てきた事実だけは残したくなった。

 それがおとぎ話や噂の類と思われても構わない。信頼しているリットの中に残しておこうと思った。

「言っとくけどよ。今のところ興味ねぇぞ、あんなところにはな」

「あらら……顔に出てた?」

「口に出してた。あのレプラコーン共は嫌いなんだ。利用するつもりもねぇよ」

「ほっとしたよ。本当はレプラコーンにあげた神の産物を使わない扉の開き方を見つけてから、リットに見せるはずだったからね。心配事はなくなったし、本腰入れて牙宝石を探すよ!」クーは高く拳を掲げて「おー!」と叫ぶと、森の奥へとリットを引っ張っていった。



 それからクーは落ちている岩石を拾っては割って、中の鉱物を見定めたり、深く土を掘って層を確認した。

 リットのやることは主にその手伝い。

 掘る道具は太い枝を削った作った槍のような即席のスコップなので、掘って出てきた根を切ることも出来ず、穴を一つ掘るだけで時間がかかる。

 だが、それをクーが使えばあっという間に掘れるのでリットは感心していた。

 そうしてこの土地のことを調べて、稀有な鉱物が採取できるような場所なのか確認していた。

 結果は希少なものはない。あるのはありふれたもので、宝石になるような鉱物はなかった。

「クーが嫌われる理由がわかった……」

 リットは森の中で寝転び、赤く染まる空を見上げてため息をついた。

「うわ……ひどっ。どうせなら好かれる理由を探してよね」

「こんだけ森を荒らしてたら、そりゃ悶着が起こる」

 リットは何個穴を掘るのを手伝わされたかと、豆ができた手のひらを見た。

「掘ったから、明日から闇雲に森を歩かなくて済むんだよ。明日からは闇雲に下を見て歩こう」

 クーは誰かが投げ捨てた指輪を拾うようなものだと、珍しく疲れた様子で言った。

「腰が曲がって治らなくなりそうだ」

「いっそ老人でも雇う?」

「迷子になったら、余計な捜しものが増えるだろ。こうなったら、全世界の獣人の村をまわるか?」

「ほら、もうあっちの世界を頼りにしようとしてる。だから心配だったんだよ」

「そうは言っても、判断できる材料が少なすぎるだろうよ」

「まぁ、リットがどうしても見たいって言うなら連れて行ってあげてもいいけど……どこも同じ宝石だったよ」

 クーは焚き火を起こしながらひょうひょうと言ってのけた。

「おい……オレにはすでに調査済みだって聞こえたぞ」

「そうだけど? だって獣人の村なんてそう多くないんだよ。それがわかったのも今回の依頼のおかげだね。こんなに手に入りにくいものに頼ってるんじゃ、いくつも村を作れるもんじゃないしね。先に言っとくと、どこの村も同じ問題を抱えてたよ。これは……牙宝石の世代交代って言うのかね?」

「もっと早く言えよ……他に隠してることはねぇのか?」

「そんなのいっぱいあるに決まってるじゃん。リットが一生私の手のひらで踊るって言うなら話してあげるけど」

「オレが言いてぇのは、フルーツムーンツリーの街に行かなくてよかったじゃねぇかってことだ」

「あるよ。リットがいたから入れたんだもん。あそこは元の住人以外は恋人か夫婦しか入れないの。で、聞き耳を立てたら他の村と同じようなことを言ってるから、もう用済みだとトンズラしてきたの。問題と言えば、将来リットが獣人のお嫁さんをもらって、あそこに行きたいって言われても連れていけないことくらいだね」

「連れて行き方も、連れて行く意味もわかんねぇよ」

「そう? 健全なマウンティングだと思うけど。人生かけて夫婦旅行をする獣人も多いんだよ。老いて益々盛ん。あそこに行けば、獣人なら誰でも発情期。それもやっぱり牙宝石と魔力が関係してるのかね?」

 クーは自分の腕くらいある太い枝同士を叩き合わせ始めた。

「それが目的で行くからだろ。元々発情してんだよ」

「なるほど。本来はあの宿に行くまでに、少なからず旅をするはずだからね。気持ちも盛り上がるってもんかぁ。ある意味野生に戻る場所だもんね。獣人に流れる僅かな魔力に作用するって言うなら、高いところを探すべきなのかね」

「太陽や月や星がよく見えるところは魔力に満ち溢れてるってやつだろ。それって遮るものがなけりゃいいってことなのか?」

「おっ、知ってるねぇー」

 クーは茶化すように褒めた。

「知り合いの魔女から聞いた話だ。深くは知らねぇよ。……説明してたかも知れないけどな」

「本来は太陽や月や星と関わり合いが深い土地ってことなんだけど、木からもよく見付かったりもするって聞いてるからね。明日の帰り道に揺らしながら帰ってみるのも手かもね」

「木って言えば……ヒッティング・ウッドっていう魔力が籠もる木があるな」

「それってオークが木を叩いて楽器にするってやつでしょ? まぁ、木は魔女も杖に使うくらいだから、魔力とは関係してるけど……まさか樹液って言いたいの? まぁ、樹液から出来る琥珀って宝石があるし、月の色をしてるしねぇ。でも、ポンゴは木を切って売って生活してるんだよ。もし、牙宝石が樹液だったらわかるよ。琥珀だったら、宝石商が買ってくだろうしね」

「もう一つ言いてぇことがあんだけどよ……さっきからポカポカなにやってんだよ……」

 リットはうるさくて考えがまとまらないと、クーの持っている枝を睨みつけた。

「なにってご飯の支度でしょ。この木は叩いて叩いて柔らかくして焼くと、食べられるんだよ。ほら、樹液が出てきてるでしょ。これを多く出せば出すほどふっくら仕上がるの。本当はリットの仕事なのに、疲れてダウンしてるから代わりにやってあげてるんだよ」

 クーは叩いてしなしなになった枝を焚き火に放り入れると、今度は細い枝に木の実を刺して、焚き火で炙り始めた。皮が焦げてい裂け目を作ると甘い匂いが漂い出す。

「さっきから気になってんだけどよ。まさか……帰らねぇつもりか?」

「まさか帰るつもりでいたの? もう夜になるっていうのに? そっちの方が驚き。それに、明日の朝木を揺らしながら帰るって言ったでしょ」

「ポカポカうるせぇから聞こえなかったんだよ」

「いいじゃん。ベッドじゃないと眠れないようなそんなお姫様に育てた覚えはないよ」

「一言言えってことだ。そうすりゃ、飯くらいリュックに詰めて来れるだろ」

「たかだか一晩過ごすだけなんだから大丈夫だよ。それとも、わざわざ荷物を増やして長距離を歩きたかったの? 文句ばかり言うなら、明日は薪を拾いながら帰るよ」

 クーは腰に手を当てて、不機嫌な顔で頬を膨らませた。

「思いつきで行動しただけだろ……」

「まぁ、そだね。リットもだいぶ森の歩き方に慣れたからか、結構進んじゃったからね。疲れたでしょ?」

 クーは焚き火で焼いていた食用の枝をとると、手早く樹皮を剥いだ。水が多めのパンのようにペラペラの中身に、炙っていたどろどろになった木の実を塗りたくるとリットに渡した。

 リットは一口食べると「……木臭えな」と呟いた。

「木なんだから当たり前。でも悪くはないでしょ? ウイスキーだって木の香りがするんだから」

 クーは自分の分にも木の実を塗ると、くるくると筒状に丸めて口に入れた。

「まぁ、食えないことはない。……けど、臭えことには変わりねぇな」

「本来は香草を入れて臭みを消すからね。今日は特別。まずは素材のまま食べてみようってやつ。香草が採れない時もあるからね。木の実はお情けだよ、それだけでもだいぶ食べやすいでしょ? 香草の知識はあればあるほど、冒険先で困らないよ。食べられるものが増えると、それだけどこでも行けることだからね」

 クーはさっさと食べ終えると、次の支度に取り掛かった。雨も降っていないのに、天井も壁も作っていられないと、体を冷やさないように枯れ葉を集めて寝床を作るだけなので、あっという間に終えると早々にそこへ横になった。

「寝る前に聞きてぇんだけどよ。他の村も牙宝石って呼ばれるようなものなのか?」

「そうだよ」とクーは地面に枝で抜けた牙の形をいくつも描き始めた。「こんなのばっかり。リットがフルーツムーンツリーの町で見たのと一緒でしょ」

「そうだな……」

 リットは特に思いつくこともないと、クーの隣で横になった。



 翌朝。リットとクーの元へ二つの足音が近付いてきていた。

「これが私のトレーニング方法。走るんじゃなくて歩く。それもゆっくりね。お互いの顔を見つめ合いながら、寄り添って呼吸を合わせるの」

「言われてみればたしかに……。いつもより大地を感じて歩いているような気がします」

「クーじゃないんだから、ぺったんこの大地じゃなくてもっと山を感じてよ。あとは……谷とか」

 シルヴァはハスキーの腕に抱きつく力を強くするが、あっと今に抜け出てしまった。

「大変です! 誰か倒れています!!」

 ハスキーが一目散に走って行くので、「あーもう! どこのバカが倒れてるのよ!!」とシルヴァも続いた。

「あーもう……知ってるバカ二人だった……」

 シルヴァはまたもリットに邪魔されたと肩を落とした。せっかく早朝のトレーニングだと偽って、ハスキーと二人きりで遠くまで歩いてきたのに台無しだと、鬱憤を晴らすようにリットのお腹を脚で乱暴に押して起こした。

「なにすんだよ……」

「こっちのセリフ。なにしてくれてんの……。そういうことしたいなら、お兄ちゃんって紹介する前にしてよ。超気まずいじゃん。もし、文句があるなら、地面で眠る身内を紹介する時になんて言うか教えて」

「野営だって言えよ」

「雫の落書きをするのが野営ならね」

「なに言ってんだ。こりゃ牙だ」

「……どう見ても雫なんだけど」






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