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第十三話

 屋敷に帰ったリットは驚愕した。奇妙な格好をしたクーが、廊下のど真ん中で待ち構えていたからだ。

「なんちゅう格好をしてんだよ……」

「なんでも、これが若さってやつらしいよ。どう?」

 クーは丸出しのへそを強調するように、上体をのけぞらせたポーズを取った。

「……痛々しい。母親が色気のある下着をつけてるの知った時みてぇな気分だ」

「うそ? ルーチェさんって、そんなにすごいパンツはいてるの? それってスケスケ? それとも布だか紐だがわかんないタイプのやつ?」

「それくらい気まずいもんを見たってことだ。小娘に付き合っても、振り回される必要はねぇんじゃねぇか?」

 リットはクーが付けている耳飾りを指で弾いた。妖精の羽根をかたどったもので、砕かれたクズ宝石がちりばめられており、ロウソクの光を反射してわずかに輝いていた。

「人に押し付けておいてよく言うよ。そっちがお酒を飲んでる間。こっちは服にアクセサリー化粧に大変だったんだから。あの物欲……ヴィクター並みだよ。絶対に目的を達成するっていう執念を感じるもん」

「執念よりも、気温を感じろよ。腹下すぞ……秋にそんな格好をしてたらよ」

「もう着替えるよ。リットに見せるために、わざわざこの格好で待ってたんだけど……男としても、弟してもゼロ点の回答だったね」

「百点の解答を出せる時は、高い報酬をもらった時くらいのもんだからな。少なくとも……身内が腹を出した格好で、人の家をうろついてるのに褒め言葉は出ねぇよ」

「まぁ、たしかにインパクトは足りないかもねぇ。私のおへそなんか、リットにとって珍しいものでもなんでもないし。エミリアなんかはもっと面白い格好してたんだよ。なんと頭にうさみみバンド。手には猫の肉球手袋。今頃は羞恥と疲労で爆睡だろうね」

 クーは惜しいものを見逃したと、リットの背中を慰めるように叩いた。

「これ以上奇妙なもんを見たら、こっちまでおかしくなる……」

 あのパッチワークの行動はなんだったのかと、リットはため息をついた。普通に考えれば酔ったという答えが出てくるのだが、結局そのまま街の闇に消えていったことになにか引っかかりを感じるが、酒も入っていることによって思考が定まらず、ふわふわした気分になっていた。

「なんかさぁ、色々あって大変だったみたいな顔してるけど、色々のあるのはこれからだよ」

「わかってる。とりあえず明日はポンゴに帰る。それでいいだろ?」

「それは構わないよ。リットに思うことがあるなら、それを優先しよう。でも、私が言ってるのはそのことじゃない。妹なんだから、ちゃんとリットが説得してよね」

 クーは言うだけ言うと、体を伸ばして大きなあくびをした。

 着替えて寝てしまおうと、服に手をかけながら廊下を歩く後ろ姿を見てリットは頭を抱えたが、自分の部屋に戻るとさらに頭を抱える人物が待ち構えていた。

 いつもより一層派手な化粧と、セクシーな服のシルヴァは、リットが部屋に入ってくると「はぁい」と声をかけた。

「なんでここにいんだよ……」

「別に兄妹なんだからいいでしょ」

 シルヴァはベッドの上でくつろぎ、勝手にリットのリユックを漁って、中にあるナッツを食べていた。

「オレが言ってるのは部屋にじゃない。なんでエミリアの屋敷にいるかだ」

「なんでって、お兄ちゃんの屋敷じゃなくてエミリアの屋敷だから。エミリアがオッケーって言えばオッケーなの」

「オマエのオッケーはエミリアからじゃなくて、国から許可を出されないとダメだって話をしてんだよ」

 リットは送ってやるから帰れとベッドから引き離そうとするが、シルヴァは手元の枕で叩いて拒絶した。

「絶対に戻らない。お城つまんないんだもん。ちゃんと許可取ってるよ。ゴウゴお兄ちゃんに」

「その化粧のこともか? オレに耐性がなけりゃ気絶してたぞ。闇夜に見る顔じゃねぇよ……」

 シルヴァの厚化粧は、南の海賊よりも酷いとリットは呆れた。

「もう……パパみたいな事言わないでよね」

「オレがヴィクターだったら、リゼーネによこさねぇよ。こんなぶっとんだ娘を。言っとくけどな、買い物のしすぎだからって金は貸さねぇぞ」

「ちょっと! お説教はやめてよね! こっちが怒ってるんだから。私がどれくらい怒ってるか、お兄ちゃんにわかる? これみよがしにコーデをパクってくる女並にムカついてるの。その格好まんま私じゃん!? 本当にマジで絶対にスカートからネックレスまで私まんまだったの。これマジね。それだけで最悪なのに、次の日には髪型までパクってきて、オマエはドッペルゲンガーかっての。マジな話それってヤバいじゃんってやつ。だって見たら私死んじゃうもん。でもセーフ――なんでかわかる? そう、私のほうが超絶可愛いから、それまではドッペルゲンガーもマネできなかったの。バイバイ哀れなまねっこちゃーん。勝者は私ィ! イエーイ! 死ぬのはオマエー!」

 シルヴァは早口で一気に言い切ると、満足げな笑顔で一息ついた。

「安心しろ。その性格は長生きするからよ」

「そんな言葉じゃ騙されないからね。マックスばかりずるいって言ってるの!!」

「意味がわかんねぇよ……。マックスがここにいなけりゃ、マックスの話も出てねぇだろ」

「そんなの当然でしょ。いたら背中の羽をむしって布団に詰めて売って、新しいドレス買うっての。お兄ちゃん知ってる? リゼーネって多種族国家だから、種族服とかめっちゃ売られてるの。ナチュラルなアースカラーのスリーブで地味めなんだけど、それって今の季節にぴったりじゃん。あー……お兄ちゃんのその目。私にはなにを言いたいかわかってるよ。私の栗毛色の毛に埋もれて目立たないって思ってるでしょ? でも、コンシャストップスの白いのが売られてて、それもパールホワイトのシワのやつ。これ合わせたらめちゃ可愛くないって? しかもそのトップス、最近流行りの天使染めってやつで、浮遊大陸で染められた特別な布なの。天気の良い日だと、マジのパールみたいに光るって話。その反射が顔を照らして、影をなくして美肌に見えるって噂のやつ。したっけ――」

 シルヴァがその服がどれだけほしいのかと夢中で話し出したので、リットは枕を顔に押し付けて無理やり話を遮った。

「――ちょっと! 化粧崩れちゃたじゃん! こんなんで廊下に出られない!」

 シルヴァはベッドから飛び降りると、慌てて鏡の前まで走った。

「崩れた化粧のまま部屋を追い出されたくなけりゃ、寄り道をしないで本筋だけを話せよ。……聞いてやるからよ」

 リットは今までシルヴァが乗っていたベッドに腰を下ろすと、飲まないと聞いてられないとリュックからウイスキーを取り出した。

「お兄ちゃんがマックスばかりえこひいきしてズルいって言ってるの。店番させたり、旅に連れ出したり。イジリーナから聞いたよ。スリー・ピー・アロウでめっちゃ楽しそうにしてたって。私なんて、駄々こねてこねまくって、三日三晩モントお兄ちゃんに張り付いて、ナイフを持ったソアレ王妃に睨まれながら、ようやくリゼーネ行き勝ち取ったんだからね」

「そりゃ苦労が偲ばれるな……」

「でしょ? 本当にもう大変だったんだから」

「モントの苦労がだよ。リゼーネで十分遊んだんだからいいだろ。クーとエミリアまで引っ張り出して買い物までしたんだ。これ以上なにをしてぇんだよ」

 リットの言葉にシルヴァは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。

「私もポンゴについてく! いいでしょ? 可愛い妹の頼みなんだから、二つ返事で引き受けてよ」

「帰って、寝ろ」

「そうじゃない……」

「二つで返事したろ。オマエが納得しようがしまいが、んなことはどうでもいいんだ。部屋に戻って寝ろ。こっちは遊びで来てるんじゃねぇんだよ」

「それ知ってる。仕事の出来ない男がよく言うセリフだよね」

 シルヴァは勢いで同行許可を貰おうと煽ったが、リットは魂胆が見え見えだと鼻で笑った。

「よくわかってるじゃねぇか。仕事が出来ねぇからついてくるな」

「違ーう! 仕事の出来ない男の言い訳だって言いたいの。じゃあ、わかった! ついていくのがダメなら店番させてよ。マックスにだってさせてたじゃん。マックスに出来るなら私にも出来る。ついでに服なんかもうちゃってさ、有名になるの。したっけ、アラクネのスパイダーシルクが、ここに服を置いてくれって言ってくるの。そしたら毎日スパイダーシルクの新作が着れるんだよ? これって最高じゃん」

「なんでどいつもこいつも人の店を乗っ取ろうとすんだよ……」

「お兄ちゃんがいつも店を空けてるから、必要ないと思われるんでしょ。私は本当にランプ屋かさえ疑ってるんだからね。この目で店を見るまでは」

「シルヴァにしては考えたな。でも答えはダメだ」

「話を聞くって言ったじゃん! うそつき」

「そうだ。話を聞くって言ったんだ。言うことを聞くとは言ってねぇよ。約束通り話は聞いてやったんだ。おとなしくディアナに帰れ。わかったな」

 リットは文句が止まらないシルヴァを追い出し、そのまま一緒に部屋を出ると、これ以上ついてくると言わないうちに、早めにポンゴに戻ろうとクーに伝えに向かった。



 翌朝。クーに起こされたリットは、既に馬車を呼んであると言われ、顔も洗わないまま玄関へと向かった。

 そこで待っていたのは、馬車が一台と、パッチワークとシルヴァの二人だった。

「私は知らないよ。二人共リットが最後に会ったんだから、リットがなにか言ったんでしょ。私は追い返しても、乗せてもどっちでもいいんだから早く決めてよね」

 クーは馬車に乗るのとあくびをした。

 太陽は出ているが、まだ早朝。早起きのエミリアも起きていないような時間だ。尤も今日は昨日の羞恥疲れのせいでちょっとやそっとの物音じゃ起きそうになかった。

 そんな時間なのに、なぜ二人が起きているのかとリットが目をやると、パッチワークは「話してる暇はないのニャ。一大事なんだニャ」と、ここで話している暇がもったいないと慌てて馬車に飛び乗って、馬車を出すようにリットを急かした。

「そういうわけだ。ゴウゴにはよろしく言っといてくれ」

 リットも話す時間がもったいないと、シルヴァを放っておいて馬車に乗ったのだが、動く気配はまったくない。何事かと思って、身を乗り出して前方を覗くと、引っ張る馬がいなかった。

 シルヴァの文句一つも聞こえてこないので、シルヴァがなにかやったと思ったとリットは馬車からが顔を出した。

 すると、シルヴァが勝ち誇った笑みで立っているのが見えた。

「お兄ちゃん、わかってないでしょ。私がリゼーネでどれだけ人気があるか。私が可愛くお願いすれば、大抵のことは叶うわけ」

 最初から相手にするつもりがなかったので、リットは気付いていなかったが、シルヴァの服装はいつもの派手なドレスとは違っていた。

 シックで機能的なスカートで、どこかの種族の模様入りのシャツ。首にはスカーフ代わりにタオルをかけていた。

「まさか……馬車馬になってまでついてくるつもりか?」

「その通り。私の本気度がわかったでしょ? それに働く女ってかっこよくない?」

 シルヴァは首元のタオルを巻き直してポーズを決めてみせた。

 その時に手紙が落ちたのでリットが拾うと、シルヴァは「それ、ゴウゴお兄ちゃんから」と告げて、同行が決定したかのように、馬車を引くハーネスを体に取り付け始めた。

 手紙には仕事の邪魔で外交に支障をきたすのでシルヴァを連れて行ってほしい旨と、たまにはディアナに顔を出すようにと書かれていた。

 パッチワークが尋常ではない表情でヒステリックに「時間がない!」と叫んだので、仕方なくシルヴァに馬車を引かせることにした。

 リットがまいったと頭を押さえながら「行け……」とつぶやくと、シルヴァは「やった!!」と意気揚々と馬車を引き出した。




 シルヴァが元気だったのは最初だけで、すぐに「もうやーだー! 足疲れたー! 死んじゃうー!」と音をあげた。

「たまには肌じゃなくて、根性を見せろよ」

 リットは馬車に乗ったまま、足を止めるシルヴァの背中に声をかけた。

「肌を見せたら誰かが手伝ってくれるけど、根性を見せても誰も手伝ってくれないもん……。もういい休憩!」

 シルヴァはハーネスを外すと、道脇の木陰に座り込んでしまった。

「戻るのも面倒くさいところで音を上げやがった」

 リットはどうしたものかと来た道を振り返った。今からリゼーネに戻るのも、このままポンゴに向かうの同じような距離まで来てしまった。

 しかし、肝心のシルヴァはもう二度と場所を引くことはないだろう。

「まーったく困ったちゃんだね。まぁ、焦っても気が変わるわけじゃないし、私達ものんびりしよ」

 クーは水筒を持ってシルヴァの隣に腰を下ろした。

「悪いな。なんか急ぎで呼ばれたんだろ?」

 パッチワークの様子がいつもと違っていたので、ポンゴでなにかあったのだろうと思っていたリットだが、パッチワークはすっかり馬車の中でくつろいでいた。

「もう心配ないのニャ。少なくとも今日の天気なら」

「今にも雨が振りそうなこの天気にか?」

「雨は触れ触れ、風よ吹け吹けニャ。リゼーネで最速のハーピィ便を出しておいたから、迎えもこっちに向かってるはず。お兄さんもゆっくりするニャ」

「そんな根回しをする余裕があるなら、馬をどうにかしとけよ」

「ニャーも切羽詰まってたのニャ。それに、隣国のお姫様にどうこう言える立場じゃないのニャ」

 パッチワークがまたたび入りの小袋の匂いを嗅いで、甘えた猫声をだしてリラックスすると、リットは「そういえば、昨夜の――」と切り出したのが、パッチワークのよりも甘ったるいシルヴァの猫なで声によって遮られてしまった。






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