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天満月(あまみつつき)の牙宝石 ランプ売りの青年外伝3  作者: ふん


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第十話

「――それで? なにか私に言っておくことはあるか?」

 散らかったままの書庫で仁王立ちするエミリアは、旋風による本の破損と泥だらけの床を見て、怒りがこみ上げてきていた。

 リットとクーは同じ移動方法で書庫へと戻ってきたのだが、レプラコーンが目測を誤ったせいで二人は本棚へとぶつかってしまった。

 その音に駆けつけた兵士達に見付かったのはリットとクーだけ。

 レプラコーンは関わる前に姿を消していた。目測を誤ったのは二人が移動中に暴れたせいなので、説明する義務はないと逃げたのだ。

 リットとクーはぶつかって倒れて落ちた本に埋もれたまま、エミリアに正座をさせられていた。

「巨大獣の墓場ってところへ、満月の夜は獣の瞳のように光るって石を取りに行ったんだけどよ。なんと正体は獣の骨で、空いた穴に満月を空かしてみれば獣の目に見えるってもんだ」

「わーお! それは驚きだね!」と言うクーの合いの手が合図のように、二人は同時に立ち上がって去っていこうとするが、エミリアの座れというジェスチャー一つで、二人は再び正座した。

「朝も早い。寝ぼけるのは仕方ないが、それならしっかり睡眠をとってから書庫を使うべきだ。二人が書庫を使うために、何人もが動いてくれているのだぞ」

「そりゃ大変だ。皆帰って寝てくれ。よく寝て、起きたらもうひと仕事だ」

 リットは手を叩いて周りの兵士達を労って解散させようとした。

 その上官のように振る舞うリットに、兵士達は皆困惑していた。

「あとは私がやる……。皆は自分の仕事に戻ってくれ」

 エミリアが言うと、兵士達は素直に解散した。

「いやー出世したもんだな。それもこれも闇に呑まれる現象解決したからだ。つまりオレのおかげも入ってるってことだ」

 リットの恩着せがましい言葉などまるっきり無視で、エミリアは城の書庫がどういう場所なのか、二人に書庫を使わせるために何人の人が動いたのかと説教が始まった。



 エミリアの説教が終わる頃にはすっかり昼になっており、リットとクーは同時にため息をついた。

「パワフルな子だね……。こっちはひと仕事終えたばかりで疲れてるっての言うのにさ」

 クーは座ったままで、両手を高く上げて体を伸ばした。

「ただ働きだけどな。しょうもねぇうわさ話を載せやがって……」

 リットが見付けた動物の骨を投げ捨てようとすると、クーが手のひらから奪い取った。

「ただ働きはリットだけだよ」

「そんなものが売れるのか?」

「さぁね。でも、ピンっときた。冒険者の勘ってやつ。そんじゃそこらの冒険者じゃないからね。クー様の感って言ったら、そりゃもうよく当たるってもんだよ」

「巨大獣の墓場って呼ばれてるけど、巨大な獣なんてどこにも見えなかったんだぞ。視界を遮るものがない荒野だってのによ」

 リットはクーが手のひらで遊ばせている折れた骨の一部に、胡散臭そうな目を向けた。

 元の形とはかけ離れているので、どの部分の骨なのかもわからない。わかることは、古すぎて化石化しているということくらいだ。

「こういうのってマニアには売れるんだよ」

「どういうマニアだよ……。元がなにかもわからねぇようなものだぞ」

「まぁ、一言で言うなら変態さんだね。変態さんの知り合いをいっぱい作るのが、冒険者として第三歩くらいのステージだね。四歩目も気になるでしょ?」

 クーがしつこく頬を突きながら聞いてくるので、リットはため息をついて諦めた。

「四歩目はなんだよ」

「変態さんを選別する。変態さんはお金払いはいいんだけど、困ったちゃんも多いからね。人魚のきわどいところに生えてる鱗を持ってこいだとか、ゴーストが乗り移ってたリビングドールの服を持ってこいだとか。そんなものに家を買えるくらいのお金を出すんだから、変態さんの執念ってのは凄いよね。ある意味尊敬しちゃうよ。だって一個じゃないんだよ。十個も二十個も集めるんだから」

「誰が変態の習性を教えろって言ったんだよ」

「習性を覚えないと、誰に売れるかわからないでしょ。冒険先で拾ったゴミみたいなものでも、高く買い取ってくれることもあるんだから。一度冒険に出たら、その冒険で次の冒険資金を貯めるのは鉄則だよ。お金がないと拓けない道もあるからね。冒険者というのは、常にいくつも道を見据えてないといけないのだ」

 クーは腰に手を当てて威張ってみせた。

「知り合いに聞かせてやりてぇ言葉だな。……で、その骨の売り先に当てはあんのか?」

 聞きながらもリットはあまり興味がなかった。適当に本を取って、狂獣病を治す宝石の情報がないかと探し始めた。

 クーは「あるよ」と、骨に空いた小さな穴を覗き込んでリットを見た。

「そのゴミ……まだクーにやるとは言ってねぇよな」

「言ってないねぇー。……返してほしいの?」

 クーは骨をグイッとリットの眼前に近づけると、ニヤニヤと笑った。

「いらねぇよ。……今のところはな。情報による」

 リットは嘘かもしれないと、急いで飛びつくのを止めたが、もう既にクーの術中にハマっていた。

「自分をドラゴニュートだと思いこんでるリザードマンがいてね。自分のルーツを探るためにドラゴンの骨を集めてるのさ。ドラゴンの骨の特徴ってわかる?」

「わかったら、今頃さっさと答えてクーを黙らせてる」

「素直にわからないって言いなさいな。ドラゴンの骨ってのは、こうやって穴があいているものなの。重い体を少しでも軽くするためとか、体に魔力を溜め込みすぎないように分散させるためとか色々あるらしいけど。これはドラゴンの骨ってこと」

「そりゃすげえや」

 信じていないリットの相槌など気にせずに、クーは喋り続けた。

「肉体が朽ちる時に魔力が漏れ出す影響で、骨も分解されちゃうの。丸のまま骨が残ってるのなんて、私は一度も見たことないね。ほとんどが化石化した石みたいのばっかり。でも、それを集めてるマニアも結構いるんだよ。なんでも、月とか太陽を見た時の穴の内側の反射が違うんだって」

 クーはシャンデリアのロウソクを、骨の穴から見ながら言った。

「おい……クー」

「ん? 返して欲しい?」

「さては知ってたな」

「聞いてただけ。知ったのは、これを手に入れた瞬間。そう言えば、昔に見付けたら持って来いって言ってたマニアがいたなって。私はドラゴンなんか興味ないから探さなかったけど、たまたま見付けたものを上手に売るのも冒険者の腕の見せ所だね」

 クーが見せびらかすように見せてくるドラゴンの骨だが、リットが興味を持つことはなかった。

「それを餌に、オレになにかやらせようとしてるんだろけどよ……。オレにドラゴンの骨を欲しがってる顧客はいねぇよ。冒険者じゃなくて、ランプ屋だからな」

 クーはもっともだと頷いてから少し考えると「実はこの骨のドラゴンは火を吹く種類で、ランプに活用できるとかなんとか……誰かが言っていたような……」と、インチキ臭い商人のように話し始めた。

「なんだよ……なにが望みだ?」リットは言うだけ言ってみろと本を閉じた。

「ご飯を食べに行こうよってこと」

「それだけかよ。いちいち恩着せがましいことしなくても、飯くらいどこでもついてく」

「どこでも? いやー良かったよ。これを見付けてからさ、急に『ドラゴンの卵』って呼ばれてるフルーツを食べたくなってウズウズしてたの。南の島の森にしかなくてさ、そこにあるハーピィの店が食べごろのを出してくれるの。でも――」

 リットは「――待て」とクーの言葉を遮った。「……今なんて言った?」

「リットは食べられないって」

「そんなこと言ってねぇだろ……」

「言わせてくれないから今喋ったの。でも、リットが聞きたいことの答えは一緒だよ。南の島に行くのに、またあの世界を通るんだけど、一日に何度も通ったら人間の体だと負担がかかっちゃうからね。たぶんリットは疲れて寝ちゃってるよ。残念だぁねぇ」

 クーは笛を吹いた。

 リットが覚えているのは、旋風の中で満面の笑みのクーの顔だった。

 


 リットが覚えのない睡眠から目を覚ますと、最後の記憶と同じ顔をしているクーが一番に目に入った。

「起きた? もう夕方だよ。まぁ、私の極上の膝枕で寝てるんだから、寝すぎるのもしょうがないよね」

 クーがよしよしと頭を撫でると、リットは慌てて飛び起きた。恥ずかしさからではなく、クーの背後に映る景色がまったく見たことのない景色だったからだ。

「……南の島って言ってなかったか?」

「そんなのリットが寝てる間に済ませたよ。ここは……そうだね……南の大陸ってところかな。私も詳しいことは知らないよ」

 クーは自分の体ほどの大きな葉で、熱気を扇ぎながら言った。

 周囲は鱗のような幹の木が生え、髪のように何十本も細いツルが垂れ下がっている。

「なにが目的なんだよ……こんなとこに連れてきて」

「なにって、月を反射させる宝石でしょ。獣人のことは獣人に聞くに限る。――てなわけで、新たな獣人の街に向かうことにしましたー!」

 クーがパチパチと自画自賛の拍手を響かせると、リットは体の力が抜けるのを感じた。

「オレに一言でも相談したか?」

「私が実行すると決めたことに、一言でもリットの意見を聞きたいと思う? 大丈夫、損はさせないから。それに、リットも好きでしょ? 私に振り回されるの」

 クーは返事も聞かずに、リットの腕を組んで歩き出した。

 背丈ほどの高い草をかき分けて、ずんずんと進んでいくと、とりわけ大きな木が三本伸びているのが見えた。そこに近づくに連れて、ジャングルの匂いが消えていくので、そこに街があるとリットにもわかったのだが、なぜクーがここを選んだのかは不明のままだった。

「とうちゃーく!」とクーが大きな声で言う。

 ついた獣人の街というのは、縦に長い街だった。

 三本の大きな木には、いくつも斜めに橋がかけられ、ツリーハウスへと繋がっていた。

 ツリーハウスはどれも特徴的な形をしており、蜂の巣のように枝から下がってるものもあれば、横たわった酒樽のような円柱のものもある。

 まだリットがどういう街か把握する前に「いらっしゃいませー」と声をかけられた。

 赤毛の猿の獣人がニコニコと、手をすり合わせながら近付いてきた。両隣にはカラフルな羽根のオウムのハーピィが二人、声揃えて「いらっしゃいませー」と真似をした。

「一番いい部屋をお願いね」

 クーが言うと、猿の獣人はぐるっと三本の木を見渡してから「枯れ木のてっぺんが空いてます」と値段を言う前に案内を始めた。

「案内されまーす」とクーはリットの腕を抱きしめるように組んだまま歩き出した。

 案内された場所は、もう成長するのことのない木の枝のてっぺん辺りだ。木の板で作られた足場が広々としており、手すりだけで壁はない。中心には大人が五人も寝られそうなシルクの蚊帳付きの大きなベッド。その横にはおしゃれな椅子とテーブル。テーブルにもシルクのクロスが敷かれ、もう既に器に盛られたフルーツがあった。

 垂れ下がった一番高い木の枝の先にはランプが吊るされて、フロアをムーディーに照らしていた。

「それではごゆっくり。夜はベッドのカーテンだけはお閉めください」

 猿の獣人が意味ありげに笑みを浮かべると、オウムのハーピィが「お閉めください」と重複注意をして、猿の獣人を持ち上げて木から降りていった。

「それで……」と、リットはさっそくフルーツに手を付けるクーに説明を求めた。

「なんと!? ここは!? 街が全体が宿になってるだと!? 驚き!? そんな獣人の街だよ」

「それだけじゃねぇだろ……どう見ても」

「もう怒りすぎよ……ダーリンってば」

 クーは機嫌を直してと、ぶどうを一粒もぎってリットの唇に押し付けた。

 だが、リットは機嫌を直すどころか、ますます眉間のシワを深くした。あまりに謎が多すぎるからだ。

 確かにクーの言う通り、ここは獣人の村らしい。というのも、リットとクー以外は、客も店の者も皆獣人やハーピィだからだ。そして、客は全員が体を寄せ合ってイチャイチャしていた。

「いいから説明しろよ……ハニー」

「私がハチミツにハマってる事を覚えててくれたのね。嬉しいわ」

 クーは感激と言わんばかりに、リットに抱きついた。

「とうとう……ボケたか」

「もう、失礼な……。ここは愛し合う獣人の憧れの街。『フルーツムーンツリー』。新婚から老夫婦まで、ここへは様々なカップルが、それぞれの甘い時間を楽しむために来るんだよ」

「ドラゴンの卵はもう食ったって言ってただろ……」

 クーはわかってないなと首を振って呆れると、リットをベッドへと押し倒した。

「愛し合うために来るって言ってるの。そうして大事なものを見付けるの。わかった? わかったら、ちゃんと見て」

 リットに跨ったクーは、指先でリットの鼻をちょこんと触った。

 その時リットはクーの髪色の変化に気づいた。黒であることには変わりないのだが、夕日とは違う琥珀色に照らされているのだ。

 その光はベッドにかかるシルクの屋根を見ると、もっとはっきりわかった。ランプの色とも違う色で、三本の木全体を照らしている。

「これが獣人が使うっていう月の光か?」

 リットの言葉にクーは満足げに笑うと、覆いかぶさるのを止めてリットの横に並んで寝転んだ。

「半分正解だね。まだ月は出てないから月の光じゃないよ。でも、夕日の色も変わるなら、月の色も変わると思わない?」

「そうならそうと言えよ……」

「だって、ここには一度来てみたかったんだもん。一人だと泊めてくれないし、少しくらい甘いカップルの雰囲気を味わいたいじゃん。言っとくけど、リットは今のところ男しては三十点くらいだからね。もう一度私とフルーツムーンツリーに来たければ、頑張って男を上げるんだよ」

 そう言うと、クーは疲れたと寝息を立ててしまった。

 リットはしらばく夜へと変わる空に照らされるシルクの天井を見ていたが、クーの寝息が子守の唄のように、いつしか眠りについていた。






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