俺がモテだしたのは遺産のせいらしい!
俺、傘松 知寿雄は六畳一間のアパートに住む平凡な大学生……だった。
「ねぇ、傘松くん今度一緒にご飯食べにいこっ」
「知寿雄くん、すっごいお洒落なお店みつけたの。遊びに行こうよ!」
周りに群がるのは美女や、可愛らしい美少女。
人生にはモテ期があると聞くが、俺がモテ出したのには理由がある。
それは3ヶ月前のこと。
中学の時に両親を亡くした俺を、親代わりとして育ててくれた爺ちゃんがこの世を去った。
厳しくも優しかった爺ちゃん。
親族は俺しかおらず、喪主を務めることになったのだが、あまりの弔問客の多さに驚いたものだ。
慌ただしく葬儀が終わって数日後、かっちりとしたスーツ姿の男が俺のアパートを訪ねてきた。
お悔やみの言葉をかけられ、一枚の名刺を渡されて視線を下ろす。
「……弁護士、ですか」
「はい。遺産相続については、知寿雄さんのお爺さまから相談を受けていまして」
俺には何がなんだか分からなかったが、爺ちゃんは結構有名な投資家だったらしい。
もちろん俺はそんなことは知らない。
てっきり年金で生活していると思っていたのだが、確かに思い返せば大学の学費は爺ちゃんがポンと出してくれたものだ。
弁護士が言うには「孫には自分で生きる力を身につけて欲しい」と、必要以上の援助はしないと常々言っていたらしい。
実際に学費はともかく、このボロアパートの家賃や生活費は俺がバイトで稼いでいる。
「相続における税金は私の方で処理は終わっております。遺言に従い株も全て売却しておりますので、こちらが知寿雄さんに相続される金額になります」
そう言って机に置かれた紙を、俺は何度も見返した。
「こ、これ、冗談ですよね?」
「いえ、知寿雄さんに相続される金額は5億円で間違いありません」
こうして俺の通帳には大金が振り込まれ、それから周りがどんどん変わっていくのだった。
せっかく爺ちゃんが残してくれたお金。
『無駄に使うな』との遺言もあって、贅沢をする気にはなれなかった。
強いていうのなら学業を優先させようとバイトを辞め、生活費として毎月12万円を使わせてもらっている。
そんなある日、大学でも5本の指に入る美人と噂される同じゼミの日向先輩から、突然声をかけられた。
「傘松くん、課題は順調かな?」
「えっ、あっ、はい」
同じゼミとはいえ話したこともない日向先輩。
そんな先輩が俺の名前を知ってることに、なんともいえない嬉しさが込み上げた。
体を近づける日向先輩の綺麗な黒髪から、鼻をくすぐるような甘い匂いがする。
俺はドキマギして「分からないことがあったら聞いてね」とか「今度、課題を手伝ってね」と言われても相ずちを打つことしか出来なかった。
あれよあれよと連絡先を交換し、手を振って去っていく先輩。
俺は正気を戻るまでの5分間、直立不動のままだった。
まぁ、年齢=ほぼ女性に縁のない生活だったのだ。美女耐性などないに等しい。
ついに俺にも春が来たのかと思ったのも束の間、それは始まりにすぎなかった。
別の学科の女の子や、美人OL。はては女子高生まで、俺には高嶺の花と思っていた女性達から声をかけられる毎日。
密かにチートな能力にでも目覚めてしまったのかと思っていたある日、俺のアパートの扉がガンガンと叩かれた。
チャイムを鳴らせよと思いつつ玄関の扉を開けると、1人の女が立っている。
見覚えのある真っ黒なショートボブ。
いつの間にかかけ始めたオーバル型の眼鏡の奥には、くりっとした猫目。
白Tシャツワンピースにグレーレギンス。
唯一俺とまともに喋る女、幼馴染みの智香だった。
いや、コイツを女性としてカウントしてよいものなのか悩むところだ。
高校と大学こそ違うが、近所に住んでいた為に、保育園、小学校、中学校と一緒だった腐れ縁。
男勝りな智香に、女を感じたことは一度もない。
「よっ!」
手を上げた智香は俺の横をすり抜けて、許可もなくズカズカと部屋に入ってしまう。
「相変わらずボロい部屋ねぇ」
まるで定位置のようにビーズクッションソファに体を沈めると、「喉が渇いた」と冷蔵庫を顎で指す。
遠慮がないを通り越しているが、まぁ、いつものことだ。
「はいはい、麦茶でいいんだろ?」
この幼馴染はたまにこうしてぶらりとうちにやってくると、喉を潤し満足そうに去っていく。
今も出された麦茶を音を立てて飲んでいるが、飲み終えれば「邪魔したな」と帰っていくのがオチだろう。
だが、「ぷはぁ」とオヤジのような声を出し、口を腕で拭った智香は、意地の悪そうな笑みをこちらに向けた。
「知寿、あんた最近モテモテなんだって?」
「はぶぁ?」
思わずすっとんきょうな声が出てしまった。
いや、モテている気はしているが、いろんな過去を知っている智香に言われると、まるで悪いことをしている気分になってしまう。
落ち着け。今まで生涯童貞などと馬鹿にしてきた智香を見返すチャンスなのだ。
「まっ、まぁな。ようやく俺の良さがわかる人に巡りあったっていうか――」
「ばーか。普通に考えれば知寿がモテるはずないでしょ? ちょっとこれ3週間前の書き込みだけど見てみなさいよ」
ポイと投げられたスマホの画面を見ると、どこかのサイトの掲示板が映し出されていた。
――――――
239 超狙い目!
あの傘松大治郎の遺産を受け継いだ大学生!
軽く見ても3億以上は持ってると予想!
240 マジで!?
多少ブサメンでも良し!
情報詳しく!
241 ◯◯大学二年生!
彼女はいないらしいよ!
242 これは
過去に例のないほどの争奪戦の予感!
――――――
「な、な、な、なにこれ?」
「くっくっくっ、ウケるでしょ? アタシも友達から見せて貰って大爆笑しちゃったよ。ネットって怖いねぇ」
スマホを持つ手が震える。
確かに事実ではあるが、こうもプライバシーが簡単に暴かれるものなのか!
「これは『玉の輿向上委員会』ってサイトで、いわゆる結婚や恋愛を考えた時に、お金が最初に頭に思い浮かぶ女性が見るところなの」
「ってことは」
「そう! アンタがモテてるんじゃなくて、遺産がモテてるのよ!」
ビシッと人差し指を俺に向けた智香。
だが決めポーズも一瞬で、怒りと恐怖と悲しみを味わう俺を見て、腹を抱えて笑いだした。
そりゃ、急にモテ出しておかしいとは思ったさ。
今までに告白されたことがないと言ったら嘘になるが、自他共に認める平凡な容姿の俺。
しかし、まさか遺産でモテていたとは。
智香曰く、その手の世界では結構有名だった爺ちゃんに、傘松という珍しい名前。
比較的簡単に結びつき、俺がバイトを辞めたことで信憑性が増したそうだ。
いや、全く贅沢はしてないのだが。
「でも、それはそれでアリなんじゃない?」
「はぁ? お金目当てがか?」
「童貞のアンタは夢見てるかもしれないけど、結局お金は大事でしょ?」
確かにネットで見かける恋愛や結婚のコラムでは、お金にまつわるものも多い。
が、やはり俺自身ではなくお金を見られるのはいい気分ではない。
俺が稼いだお金でもないし。
へこんでいる俺に、右手を差し出す智香。
「……なに?」
「情報料の1万円。何億も持ってる男が1万円すらケチるとモテないぞー」
「――っ!」
昔から何かことあるごとにジュース奢れだのせびられてきたが、今回ばかりは俺も頭に血が上ってしまった。
「智香も金の亡者かよ! もう帰れよ!」
「ふーん、まっ、帰るけど。もしアドバイスが欲しかったら……一回1万円で引き受けるよ」
手をひらひらと振り出ていく智香を見て、俺は畳に拳を叩きつけるのだった。
夜になってもなにもする気が起きず、布団に寝転がりスマホを手にする。
未読のラインが10件ほど入っていたが、お金目当てと判明した美女たちからだ。
開いた内容も、今の俺にはご機嫌とりにしか見れない。返事をする気にもなれない。
電気もつけず漠然とネットでニュース一覧を見ていると、パパ活をする男の記事が載っていた。
金で女性をとっかえひっかえする、胸糞の悪くなる男の自慢話だ。
だが、そういう形の恋愛を否定することは出来なかった。
智香のいう通り、恋愛でさえお金は無関係とはいえない記事が続々と出てくる。
そもそも俺は恋をしたことがない。
そりゃあ美人だとか可愛いって女性を見ることはよくある。
だが、お金を外見と同じようにその人が持っているものと捉えるのならば、やはり無視出来ないものなのかもしれない。
よく分からなくなった俺は……再度ラインを開いた。
「はい、そこに正座」
「はぁ? なんでだよ?」
「アタシの講義を受けたいんでしょ? つべこべ言わない!」
指定席のビーズクッションソファで足を組み、眼鏡をクイとあげる智香。
俺は渋々、座布団の上で正座した。
そう、俺は智花にアドバイスを求めたのだ。
仲の良い男友達に相談することも考えたのだが、遺産のことで友情にヒビが入らないかと躊躇った。
智花に1万円を取られるのは癪だが、全てを知られている分だけまだマシだろう。
「まずは知寿、アンタどうしたいの?」
「えっ? どうしたいって?」
「高めの女を手懐けたいとか、ハーレム作りたいとか、なんかあるからアタシにアドバイスを求めたんじゃないの? そこから聞かないと始まらないって」
うーん。
現状が嫌すぎて智香にラインをしたんだが、どうしたいか……か。
「まぁ、恋愛の価値観の中にお金ってものがあるのは呑み込んだよ。でも、こう、それだけの関係じゃない恋愛がしたいんだ」
「――チッ。童貞が」
小さな舌打ちと、ボソリとこぼれた言葉にイラッとしたが、ここでキレたら昨日と同じだと心を落ち着かせる。
「あー、まぁ、分かった。ようは遺産目当てだけじゃない女を見極めたいってことね」
「そう……かな?」
ちょっと違うが、女性目線だとそうなのかもしれない。
「よし、じゃあ特別サービスよ。初回はアタシ自ら動いてあげる」
「えっ、初回って?」
どうやら講義は一回では終わらないようだ。
何回あるかは……聞けそうにない。
スマホで何やら打ち込んでいる智香。
「こんなもんかな。いい? 教えの1。『金を使いたいだけの女は切り捨てろ』、よ」
人差し指を立てた智香は、昨日見たサイトを開けと言った。
掲示板には新たな書き込みがある。
――――――
463 割り勘!?
あの遺産大学生とついに食事に行ったけど、まさかの割り勘(怒)
あれは金はあるけどケチなやつだった。
私は抜ける!
――――――
「これって……智香が書き込んだの?」
「モチのロン! これでただ金が使いたいだけの女は消えるわよ。これでも残る女は知寿に堅実性を求めるまだまともなヤツのはず」
モチのロンは分からないが、確かに「お金、お金」とガツガツした女は消えそうだ。
予想以上に智香は優秀なアドバイザーのようだ。
「で、次はどうすればいいんだ?」
だが返ってきたのは言葉ではなく、俺の頭上で響く乾いた音だった。
はたかれた痛みで頭がジンジンとする。
「がっつくな。アンタは童貞か!? あぁ、童貞だったわね。書き込んだからってすぐに答えが出るわけないでしょ? しばらくすれば今いる周りの女たちが半減するから待ちなさい!」
そう言って右手を差し出す智香。
「……5分で1万かよ」
「むしろ安い方よ」
納得出来ないまま財布から万札を取り出すと、「毎度あり」と、掠め取られる。
「どれだけの効果があるかは身をもって体験しなさい。きっとアタシに感謝するから」
お金を仕舞い込んだ智香は冷蔵庫を顎で指し、喉が乾いたと仕草でしめす。
コイツは麦茶を出さないと帰らないらしい。
それから1週間。
智香の予言通り、俺に言い寄る美女達は3分の1に減っていた。
すごいと思う反面、去っていった女性達の目には、俺がお金に見えていた現実にショックを受ける。
またそれとは別に、新たに言い寄る美女が2人増えたのは喜ばしいことなのだろうか?
「いいことに決まってるでしょ。知寿さぁ、結局これって消去法って分かってる? 分母が多いほど、アンタに選択肢が生まれるんだよ?」
「消去法?」
「そう。知寿の理想に合うように、言い寄ってくる女性を厳選してるところ。知寿がいいと思ってる女を金で靡かせたいんじゃないでしょ?」
脳裏に好みの女性の頬を札束で叩くイメージがよぎる。
うん、俺がしたいのはそれではない。
けど恋愛が消去法ってのも……。
「納得してない顔してる。だいたい知寿は恋とかしたことないでしょ? じゃあ消去法しかないじゃん」
「そういう智香はどうなんだよ? 高校の友達の恋愛話は聞いたことあるけど、智香の浮いた話なんて聞いたことないぞ」
俺の反論に勝ち誇った笑みをみせる智香。
「あら、知寿。アタシの恋愛話に興味あるの? もしかしてアタシに彼氏がいないとでも?」
「い、いるのかよ」
「そうね……知寿がかわいそうだから、いないってことにしておいてあげる」
ふふん、と鼻を鳴らした智香はドヤ顔だ。
「それじゃあ、教えの2にいくよ。今から連絡のある全員に――」
その後、教えのその2、その3、その4と行動を起こすと、連絡のある女性は2人にまで減っていた。
まぁ、「手料理を見れば女の質がわかる」などと、手作り弁当を持ってこさせる無茶振りもあったので仕方がない。
ちなみに「智香は料理できるのかよ?」の問いに、「ふふん、馬鹿にしてるの?」と豪快な肉盛り丼(ご飯の上に肉だけが乗っていた)を出された時には唖然としたものだ。
大詰めを迎えると、今度は俺の改造計画にも手が入る。
「知寿は一応見れる顔なんだから、少しは努力しなさい。相手にも失礼でしょ?」
と、智香に怒られたのだ。
今まで無頓着だった服装や髪型。
ネットや雑誌を見ながら智香はあーでもないこーでもないと注文をつける。
それなりの服を買っては、家でのファッションショー。観客は智香1人。
明らかに遊ばれてる感はあったが、自分でも変わったなと思えるほどになっていた。
その中で2人とはデートが出来るほどに仲良くなり、いよいよ俺はどちらかに決めなければならない時が来る。
いつも優しく接してくれている日向先輩と、気配り上手で癒しをくれる、とある会社の受付嬢をしている香里さん。
俺は……。
「ここまでくれば、知寿がいいと思う方と付き合うだけでしょ?」
「いや、それは分かってるけどさ」
それでも俺は、智香にアドバイスを求めていた。
情けないがここまで智香の教え通りに進んでしまうと、自分で自信が持てないのだ。
もちろん決めるのは俺ってのは分かってる。
でも、最後に背中を一押しされたかった。
「ふぅーっ」と、盛大なため息をついた智香は呆れた顔をこちらに向けた。
「本当にヘタレ。2人とも知寿にはもったいなさすぎる美女なのに。じゃあ、教えその5。もう核心を話すしかないよ」
「核心?」
「そう。遺産の話。その話の飛びつき方を見て判断しなさい。あくまで知寿が遺産にこだわりたくないなら『遺産は半分寄付した』って言うのもいいかもね。お金を失っても態度を変えない女は手放すな! ってね」
確かに俺のわだかまりは俺=お金で見られていることだ。
あの2人に関しては、とてもそういった目で見られてる気はしない。
「ただし、半分寄付したって言ったら、それで離れていく可能性があると思いなさいよ。ただ遺産の話をしてそれで決めるのが一番よ」
「……分かった」
俺は少し悩んで……教えの5を行動に移した。
「日向先輩、待たせてすいません」
「ううん、待ってないよ。でもいい加減先輩呼びはもういいかな?」
優しく微笑む日向先輩。
『ちょっと大事な話があるので会って話したい』と言ったせいか、いつも以上にお洒落な格好だった。
ネイビーニットの上に黒カーディガンを羽織り、カーキタイトスカートと、清楚な大人を感じさせる。
分かってはいたけど、日向先輩は芸能人と比べても遜色のない美人だ。
「じ、じつは先輩に話したいことがあって……」
「……うん」
俺の目を上目遣いでまっすぐ見つめる先輩は真剣な顔つきだ。
俺の心臓もバクバクとうるさく音を立てている。
「お、俺、ちょっと前に爺ちゃんが亡くなったんだけど、その遺産がーー」
先輩と別れた俺は、がっくりと肩を落としながらフラフラと銀行に入った。
そして窓口で寄付の申請用紙を差し出す。
「……寄付をお願いしたいのですが」
「はい、寄付ですね」
受付のお姉さんは愛想の良い笑顔を向けたが、用紙を見ると目を見開き、紙と俺を何度も見比べる。
俺の周りを急変させたお金。もともと考えていたことだ。
爺ちゃんも無駄使いではなく寄付ならば分かってくれるだろう。
「あっ、あのっ、ほ、本当にこの金額でお間違えないでしょうか?」
「はい、口座に入っている分で足りるはずですが」
「しょ、少々お待ち下さい!」
慌てたお姉さんは転びそうになりながら席を離れると、お偉いさんらしき男性を連れてくるのだった。
「で、2人ともアウト?」
「あぁ、アウトだ。全て寄付したって言ったら、見事に手のひらを返されたよ」
「くっくっくっ、そりゃそうでしょ。金がなけりゃ知寿はただの大学生だもん――って、全部寄付したって言ったの!? 馬鹿だねぇ。そりゃ100%アウトだよ」
智香は口を大きく開けて笑うと、バシバシと肩を叩いてくる。
まったくコイツは笑い方も親父である。
「金の恐ろしさを知ったよ」
「ウブなこと言わずに金で買う恋愛をすればよかったのに」
確かに考えないこともなかった。
手の届かない美女達が俺を落とそうと必死になっていたのだ。割り切ってしまえばそれなりに楽しめたのかもしれない。
「それって……幸せかなぁ?」
「あんたは童貞かっ!? いや、童貞だったね。くっくっくっ、まぁ、知寿らしいっちゃらしいけど」
涙を目に溜め笑い転げる幼馴染は楽しそうだ。
ひとしきり笑った智香は目を拭きつつ、左手を俺に向けた。
「その手は?」
「結果はともかく成果はあったでしょ? いつも通りの受講料の1万円。いや、成功……じゃないけど終了報酬で10万円ね」
確かに智香の教えに従って、金の亡者に追われることは無くなったけど……。
「……ない」
「……はぁっ?」
「全額寄付したんだって。だからない!」
智香の眉間に川の字が出来ると、あからさまなため息が聞こえる。そしてゆっくりと右手でおでこを押さえて天井を仰いだ。
「本当に?」
「本当に」
俺は寄付証明書をすっと見せてから、懐に仕舞い込む。
「ねぇ、知寿。昔っからあんたのことは馬鹿だと思ってたけど。ほーぉんとに、馬鹿だったんだね」
「まぁ、否定はしないけどさ、お金で自分を見失うよりはマシかなぁって」
「5億だよ、5億。一生働かなくてもいい金額だよ。どうせ寄付するならアタシに寄付してよ」
首を横に振った智香は、片目を開けてチラリとこちら見てくる。
言葉とは裏腹に目は笑っていた。
「全額寄付してこれからどうするのよ? 学費や生活費もいるんでしょ?」
「大丈夫。学費も既に支払済だし、ここの部屋の家賃もむこう10年分支払い済み。これからの生活費は……またバイトでもするさ」
「本当に馬鹿ね。少しくらい残しておけばよかったのに。仕方ない。今までの受講料が5万くらいあるし、たまには飯くらい奢ってあげよう!」
「ゴチになります!」
智香はそういって笑うと、ちょっと恥ずかしそうに鼻の下をこする。
「しかし、まぁ、これで知寿は当分彼女は出来なくなったね。本心では後悔してるんでしょ?」
「かもね。でもさ……いいものも見つかったさ」
「ふーん。何?」
首を傾げた智香に、指をさす。
「智香の教え、その5。お金が無くなっても変わらずに接してくれる女性がいたら手放すな、だろっ?」
智香の動きがピタリと止まったかと思うと、みるみる顔を赤らめて瞬きを繰り返す。
「はぁっ? ば、ばっかじゃないの! ア、アタシは馬鹿で間抜けな幼馴染に、あ、憐れみをかけてるだけでしょ! あーっ、もう奢るのなし。なしなし!」
「えぇっ! そりゃないだろ智香!」
「う、うるさいっ! ばか知寿!」
うろたえながら部屋を出ようとする智香に、両手を合わせて奢れとねだる俺。
この心地よさはまだ恋とは呼べないだろうけど、きっとこれが始まりなんだと感じていた。
まっ、全額ではなく1億円の寄付だったことは……しばらく黙っていることにしよう。
お読み頂きありがとうございます!
智香の高校時代を覗き見したい方は
『仲良しグループラインに友人と誤爆連投したら、翌日から女友達の態度がおかしいのだが……どうしよう』
まで!(ヒロイン役ではありません)
↓の評価を頂けると、知寿雄の恋が成長する気がします!