第81話 魔法付与
「おい、セナ、起きろ。冒険に行く時間だぞ」
「ん~、もうヤダ~、働きたくな~い……お兄ちゃん、あたしの代わりに二倍働いてよぉ……むにゃむにゃ……」
「働け(怒)」
「ふぎゃっ!?」
僕がソファから突き落とすと、妹は尻尾を踏まれた猫のような声を上げた。
「いった~い……」
「やっと起きたか……。ていうか、何で飲んでないお前まで一緒に酔い潰れてるんだよ……」
人が飲んでるのを見てるだけで酔うとか、弱いというレベルじゃない。
「お腹すいた~」
ぐう、とお腹を鳴らしながら、セナがのっそりと床から起き上がる。
「朝食できてるからすぐに食べろ」
「ほーい。あ、師匠は?」
「そこで寝てる」
「んぐごごごごー」
ミランダさんはセナが寝ていたのとは反対側のソファの上で豪快な鼾を響かせている。
時々ぽりぽりと腹をかいている様は、もはやおっさんだ。
「他人の家でこの遠慮のない寝方……師匠やっぱりすごい」
「コレに憧れるのだけはやめてくれないか?」
セナが朝食を採っていると、その匂いで目を覚ましたのか、ミランダさんが「んおー」と謎の声を上げながら身体を起こす。
そして一言、
「オレにもメシ」
「いい加減追い出すぞ?」
幾ら食費ゼロとはいえ、タダ飯にタダ酒、その上この図々しさである。
さすがに殺意を覚える。
「お、おう……」
僕の怒りが伝わったのか、ミランダさんは少し頬を引き攣らせて、
「お腹が空きました。朝食をいただきたいです」
「丁寧にお願いすればいいってもんじゃないんですけど……?」
「お兄ちゃん、お腹空いちゃった☆」
「誰がお前のお兄ちゃんだ」
ワザとらしいぶりっ子は痛々しいのでやめてほしい。
「ったく、しゃーねーな。だったら相応の対価を支払えばいいんだろ?」
「対価?」
僕は嫌な予感を覚える。
この人のことだ、きっとまたロクでもないものに違いない。
「ああそうだ。おい、娘。ちょっとテメェの剣、貸してみろ」
「これ?」
セナはミランダさんに腰に提げていた剣を渡す。
「って、何だこの剣!? なんて高純度のミスリル使ってんだよ!?」
「菜園で穫れたミスリルです」
「マジで何でもありだな……」
ミランダさんは呆れたように息を吐いてから、意外な言葉を口にした。
「だがこいつなら相当な魔法付与ができそうだ」
「えっ、できるんですか?」
サラッサさんによれば専門の付与師にしてもらうべきだって話だったけど。
ただ、探してもなかなか良い付与師が見つからないのだ。
魔法付与ができる人自体が珍しい上に、いてもこの剣を見た途端、「自分には荷が重い」と言って辞退してしまう人ばかりだった。
「はっ、テメェ、オレを誰だと思ってんだ」
「……アルコールでちょっとおかしくなった人?」
「おい、喧嘩売ってんのか? オレがおかしいのは断じて酒のせいじゃねぇ! 単に元からおかしいんだよ!」
「いや怒るとこそっち?」
一応、自分がおかしいという自覚はあるらしい。
「冗談はさておき、こう見えてオレの魔法付与の腕はそんじょそこらの付与師より遥かに上だ。今なら世話になってる対価として、タダで強力な付与を施してやるよ。って、何だ、その疑いの目は? オレが信用ならないってのかよ?」
「はい」
「はっきり言じゃねぇか……」
むしろこれまでに信用に足ると思える要素が一つでもあったかと問いたい。
「お兄ちゃん、だいじょーぶだよ」
「セナ?」
「師匠ならちゃんとやってくれそう」
「何を根拠に?」
「うーん……勘?」
勘て。
「なんていうか、剣がだいじょうぶって言ってる気がする」
僕的には妹の頭の方が大丈夫かなって思えてきたんだが。
「ま、まぁ、お前がそう言うなら……」
「決まりだな。大船に乗ったつもりでオレに任せておけ」
ミランダさんはそう自信満々で請け負うと、剣の刃に手を這わせた。
「〝魔法付与〟――攻撃力増大、敏捷増大、回避力増大、クリティカル率増大、体力自動回復、自然治癒、各種耐性、衝撃反射――」
ミランダさんが何かを呟くたびに魔力の光が弾け、ミスリルの刀身へと吸い込まれていく。
「すごい……」
何をしているのか僕にはさっぱり分からない。
それでもこれが熟練の魔法技術であることは何となく理解できる。
今までの印象がアレだったので、ただの変人とばかり思っていたけど、実は凄腕の魔法使いなのかも……?
「――おいおい、まだ付与できるのかよ、出鱈目だな、この剣は……。あー、他に何があったっけ? っと、そうだ、後はこいつを――」
そうしてようやく光が消え、ミランダさんは息を吐く。
「はぁはぁ……ま、こんなとこだろう」
さすがに体力を使う作業だったのか、珍しく額にびっしょりと掻いていて息も荒い。
「おらよ」
「わっ」
ミランダさんが無造作に放り投げた剣を、セナが慌ててキャッチ。
「っ! すごい! 手にしただけで力が湧き上がってくる感じする!」
怠惰な妹には珍しく、新しい玩具を買ってもらったように喜んでいる。
「だろ? 高純度のミスリルの剣だ、元からかなりの価値だったろうが、これで倍、いや、三倍にはなっただろうぜ」
「よーし、売っちゃおう!」
「おいこら売るんじゃねぇよ!?」
「あはは、冗談だよー」
その割には目が金貨の色になってたけど……。
「ほいっ」
素振りでもしたくなったのか、セナは第一家庭菜園に向かって剣を振る。
――次の瞬間だった。
ズバァンッ!
もうすぐ収穫する予定だった作物たちが、一斉に吹き飛ばされて高々と宙を舞った。
「……ほえ?」
「は?」