第80話 ぐうらた師弟爆誕
「お兄ちゃん、ただいま~。ミラちゃんも!」
「おう、お帰り」
「ミラちゃんまたお酒飲んでるのー?」
「ったり前だろ? オレにとって酒は空気みたいなもんだからな。飲まないと死んじまうんだよ。んぐんぐんぐ……ぷはーっ! にしても、やっぱテメェの作った酒はうめぇなぁ! はっはっは!」
冒険から家に帰ってきたセナをリビングで出迎えたミランダさんは、赤らんだ顔で呵々大笑する。
「……で、いつまでいるつもりなんですか?」
あれから数日が経った。
なのにこの酔っ払いは帰るどころか、ここが我が家とばかりに居ついてしまったのだ。
「おいおい、そんな水臭いこと言うんじゃねーよ。オレとテメェの仲だろ?」
「赤の他人ですけど?」
「かーっ、冷たいねぇ。人間ってのはな、こうやって酒を飲み交わした時点で、もはや親友と言っても過言じゃねーんだよ」
「僕一度もお酒飲んでないですよね?」
ほんと何なんだ、この酔っ払いは……。
図々しさもここまで来ると清々しいレベルだ。
「う~」
さすがのセナもこの傍若無人な酔っ払いは許せなかったらしく、不満そうに喉を唸らせると、
「羨ましい~っ! あたしも毎日こんなふうに家で何もせずにぐうたらしていたよ~~~~っ!」
「そっちか!」
妹の斜め方向の怒りに、僕は思わず叫んでしまう。
「こんな奴の真似をしたらお前までダメ人間になるぞ!」
「違うよ、お兄ちゃん!」
「っ!?」
「赤の他人の家に上がり込んで、仕事もせずにタダ酒を飲み続けるばかりか、家主に咎められても一向に帰ろうとしないなんて……ダメを通り越して、もはや最強だよ! むしろ神と崇めるべきだよ!」
「かはははっ! 分かってるじゃねーか、娘! 良いこと教えてやろうか? 怒り狂った相手を見て、むしろ笑っていられるようになってこそ、真のぐうたらだ!」
「なるほど!」
「なるほどじゃない! これ以上、耳を貸すな、セナ!」
「あははっ、お兄ちゃん超ウケる~っ! ぷぷぷぷ~」
早速実戦し始めやがった!?
「いいぜいいぜ! テメェには素質があるかもしれねぇな!」
「師匠、ほんと!?」
「師匠って呼び始めたし!?」
こんなダメ人間に弟子入りするなんて、兄として絶対に阻止しなければ!
「だがオレの域に達するのは簡単なことじゃないぜ?」
「望むところだよ!」
「おいやめろ、妹に変なこと吹き込むんじゃない!」
もうこいつに敬語なんて必要ないよね?
そんな僕を余所に、ミランダさんはお酒をあおりながら言う。
「大事なのはメンタルだけじゃねぇ。腕力も必要だ」
「腕力?」
「ああ。いざというときに物を言うのは、やっぱ有無を言わさず相手を叩きのめせるだけの戦闘力だからな。これがあれば相手もなかなか強くは出てこれねぇ」
「それもうギャングのやり口!」
しかし残念ながらセナは「なるほどなるほど!」と力強く頷いている。
いつも僕が言うことはまったく聞かないのに……。
「そういやテメェ、冒険者やってるんだってな?」
「うん、まだ始めたばかりだけど!」
「まぁ低ランクの頃は余裕なんてねぇだろうが、Aランクくらいになれば、どっかの貴族の屋敷でタダ飯食らってるだけでもありがたがられるだろうぜ」
「おお~っ! 冒険者ってすごい!」
そんなの僕が憧れた冒険者じゃない……。
「よーし、Aランク冒険者になって、夢のぐうたら生活を送るぞーっ!」
あんまりな目標を掲げる我が妹。
きっと父さんは草葉の陰で泣いていることだろう。
「まぁせいぜい頑張れ。……ん? 何だ、もうカラかよ。おかわり!」
「……」
「おかわり!」
「……」
「おいおい、無視するんじゃねぇよ! おかわりくれ!」
「……」
「ああん? テメェ、オレの言うことが聞けねぇってのか、コラ?」
「……」
「な、なぁ~、いいだろ~?」
恫喝が効かないと思ったのか、今度は猫撫で声でしな垂れかかってきた。
また色仕掛け作戦か。
「お姉さん、身体が熱くなってきちゃったぁ~」
「……」
「うっふ~ん……」
「……」
だが前回と同じ手は効かない。
アニィに理不尽に怒られたことを思い出しながら、僕は心を無にする。
ていうか、うっふーんって、ベタ過ぎて逆に萎える。
「くっ、オレのお色気攻撃が効かないだと……っ!?」
「師匠、がんばれ!」
応援しなくていいから!
「ちっ、仕方ねぇ……こうなったら奥の手だ! これだけは使いたくなかったんだが……」
ミランダさんは舌を鳴らすと、何を思ったか、床にゴロンと仰向けになった。
「飲みたい飲みたい飲みたい飲みた~~~~い!」
そして手足をバタバタさせながら、大声で「飲みたい」を連呼し続ける。
「飲みたい飲みたい飲みたい飲みた~~~~い!」
完全に欲しい玩具を親に強請る駄々っ子だ。
いい大人が何をやっているんだ……。
こんなものを見せられても、かえって冷めるだけ――
「さすが師匠! 目的のためには手段を選ばない! 恥を厭わない! かっこいい!」
「めちゃくちゃ感動している!?」
「あたしも練習するーっ!」
セナも床に転がった。
「働きたくない働きたくない働きたくない働きたくな~~~~い!」
「飲みたい飲みたい飲みたい飲みた~~~~い!」
……何このカオス?
「にゃあ?」
「ぴぃ?」
大声を聞きつけ、何だ何だとやってきたミルクとピッピ。
リビングで喚き散らす謎の二人組を、不思議そうな顔で見ている。
「わ、分かった! 分かりましたから! あと一杯だけですよ!?」
これ以上は見てられない。
僕はついに折れてしまうのだった。