第73話 三次元移動
「き、緊張する……」
「そんな怖がる必要ないでしょ。何かあったらさっきみたいにまた逃げればいいだけよ」
あのレッドドラゴンを見ても、アニィはまったく動じてない。
僕なんて正直、二度もあんなのと対峙したくないというのに。
さすがは冒険者だ。
倒せない相手じゃないとか言ってるぐらいだもんなぁ……。
「ジオ、アニィ、頑張って」
「お兄ちゃん、がんばー」
「うん、行ってくる」
みんなの声援を受けながら、僕とアニィは二人だけで再びあのレッドドラゴンのところへと飛んだ。
「熱っ……」
その瞬間、一気に周囲の温度が変わった。
あの炎を浴びてから少し時間が経っているというのに、菜園の土がまだ燃えるような熱さを持っていたのだ。
ブレスを喰らった山頂の片側は黒焦げになっていて、あの一撃の威力に戦慄する。
もしあれを真面に浴びていたら、一瞬で骨になっていたかもしれない。
「レッドドラゴンは……いない?」
周囲を見回してみたけれど、レッドドラゴンの姿はない。
さっきの炎で僕たちを倒したと判断し、どこかに行ってしまったのだろうか。
「……見える範囲にはね」
「ということは?」
「あの木々の向こう……百メートルくらい先に巨大な気配があるわ」
どうやら移動したようだ。
「こっちには気づいてないはずよ。慎重に気配を消しながら近づくわ」
「う、うん……って、何やってるんだ?」
急にアニィが地面に腹ばいになっていた。
「あんたもするのよ。この方が見つかりにくいでしょ」
「そっか」
僕もその隣で腹ばいになる。
するとアニィが僕の手を握ってきた。
「こ、この方が、万一のときに助かるでしょ」
なぜか反対側を向きながら言うアニィ。
「って、あんた手汗すごいんだけど」
「し、仕方ないだろ」
「もしかして女の子と手を繋いだの初めてじゃないでしょーね?」
「この汗はそれが理由じゃないっ」
妹を除いたら初めてなのは確かだけど……。
こんなときに冗談はやめてほしい。
……でも手を繋いだことで、少しだけ不安が小さくなったのは内緒だ。
「普通ならこのまま匍匐前進で進んでいくところだけど、あんたのトンデモを動かした方がよさそうね」
確かにその方が音を立てずに済みそうだ。
僕たちはそろって地面に転がったまま、家庭菜園をレッドドラゴンがいるという方向へ移動させていった。
やがてレッドドラゴンの巨体が見えてきた。
地面に蹲っているけど、もしかしたら寝ているのかもしれない。
アニィが顔をぐっと寄せてきた。
ここからは話し声さえも慎重にならなければいけないからだろう。
僕の耳元で囁くように言う。
「(回り込んで後ろに)」
「(う、うん)」
幾ら眠っているとしても、正面からはこれ以上、近づきたくはない。
僕はレッドドラゴンの巣を大きく迂回するよう、菜園を移動させていった。
「(こ、この辺でよくない?)」
「(ダメよ。できる限り近づかないと)」
アニィの指示で、限界ギリギリまで僕たちは接近する。
サラッサさん得意の雷撃は、距離によって威力が大きく反比例してしまうそうで、近ければ近いほどいいとのことらしいけど、せっかく寝ているのに起きてしまったら本末転倒だ。
そうしてレッドドラゴンの尾っぽから数メートルほどの距離まで迫って、ようやく、
「(いいわ。戻るわよ)」
周囲の景色が住み慣れた我が家に代わって、極限の緊張感から解かれた僕は大きく息を吐いた。
「「ふぅ~……」」
それがアニィと重なってしまう。
何だかんだ言って、アニィも緊張していたらしい。
「あっ、お兄ちゃんお帰り~っ!」
「お帰り、ジオ、アニィ。どうだった?」
「上手くいったわ。レッドドラゴンのすぐ後ろ。ちょうど眠ってるところだし、今がチャンスよ。サラッサ、行けそう?」
「は、はい……準備します」
すぐにサラッサさんが魔力を練り始める。
寝ているレッドドラゴンの近くだと魔力を感知して起きてしまう可能性もあるので、こうして離れた場所でできるのも僕の家庭菜園があるお陰らしい。
「あ、そうだ。ワイバーンの魔石」
ふと思い出して、先ほど入手したばかりの魔石を袋から取り出す。
結構な大きさだ。
旅の途中に倒した魔物の魔石を使って、家庭菜園のレベルは現在44。
あと一つで45になるんだけれど、もしかしたらこれでちょうど上がるかもしれない。
45は五の倍数なので、きっと新しいスキルを覚えるだろう。
レッドドラゴンとの戦いに役立つようなやつならいいな。
〈魔石を使用しますか?〉
「お願いします」
〈魔石を使用しました〉
―――――――――――
ジオの家庭菜園
レベル45 4/225
菜園面積:201050/∞
スキル:塀生成 防壁生成 城壁生成 ガーディアン生成 メガガーディアン生成 ギガガーディアン生成 菜園隠蔽 菜園間転移 菜園移動 遠隔栽培 収穫物保存 三次元移動
―――――――――――
〈レベルが上がりました〉
〈菜園移動から派生し、三次元移動を習得しました〉
〈新たな作物の栽培が可能になりました〉
「三次元移動……?」
聞き慣れない言葉に僕は首を傾げる。
「どうしたの、ジオ?」
「えっと……シーファさん、三次元って何か分かります?」
「サンジゲン……?」
どうやら知らないようだ。
「アニィは知ってる?」
「さあ、聞いたことないわね」
アニィも知らないのか……。
セナはどう考えても知らないはずなので聞いても仕方ないだろう。
「知らなーい!」
「うん、知ってた」
後はサラッサさんだけど……今は集中しているので話しかけることはできない。
そうこうしている内に、どうやら準備が完了したらしい。
「……行け、そうです……」
結局、新しいスキルの能力が分からないまま、再びレッドドラゴンに挑むことになったのだった。





