第70話 ワイバーンが現れた
シーファさんによれば、このパーティは、通常のワイバーンを討伐するのに十分な戦力を有しているという。
だからこそ、この依頼を引き受けたのだ。
だけど、それがもし上位種となると話は変わってくる。
上位種と言っても、色々なタイプがあるみたいだけど。
「実際にそのワイバーンを確認してみないことには分からない」
「場合によっては応援を呼ばなければいけなくなるわね。まぁ、よっぽどじゃない限りは大丈夫だと思うけど」
というわけで、すぐに出発することになった。
「セナ、シーファさんたちの足を引っ張るんじゃないぞ」
「ほえ? お兄ちゃんも行かないの?」
「いやいや、何で僕が行くんだよ」
「いや、あんたも来なさいよ」
「え? 僕も行くの?」
「当然でしょ。あんたのトンデモがあれば、何かあったときに逃げられるじゃないの」
「そっか」
アニィに言われて、僕も付いていくことになった。
だけどワイバーンがいるのは山でしょ?
家庭菜園が坂をのぼれるかな……?
「……のぼれてる」
僕の心配は杞憂だった。
山の斜面を、僕の家庭菜園は悠々とのぼっていく。
まぁそれほど急な坂じゃないからかもしれないけど。
今度どれくらいの斜面までいけるのか試してみたいところだ。
ともかく家庭菜園に乗っているお陰で、自分たちの足で歩く必要がなかった。
「だからって横になるなって」
「えー、これから戦うかもなんだし、ちょっとでも体力を温存しとかないとー」
こいつ、このまま坂を転がしてやろうか。
そんなセナだったが、さすがに頂上が近づいてくるとちゃんと起き上がった。
パーティのフォーメーションを組んで、戦いに備えている。
僕は一番後ろの、サラッサさんの横だ。
みんなと違って冒険者じゃない僕は、戦いを前にすごく緊張していた。
もし何かあった場合に逃げるとしても、僕がその場にいなければ、みんなを逃がすことはできない。
一人だけ家に帰って待機しておく、というわけにはいかないのだ。
「何であんたが緊張してんのよ。別に戦わないでしょうが」
「そうだけど……」
「アトラスと比べたら、ワイバーンなんて大したことないわよ」
言われてみたらそうだ。
それほど大きな山ではなく、ニ十分も登っていると、やがて頂上が見えてきた。
「っ! 来るわ!」
そのときアニィが警告の声を上げた。
直後、頂上に茂っている木々の隙間から、巨大な何かが飛び出してきた。
「グルァァァアッ!」
「あ、あれがワイバーンっ!?」
それは簡単に言えば、前脚が翼と一体化した巨大な蜥蜴だ。
細身だけど、全長はたぶん四メートル以上あるだろう。
口には鋭い牙が並んでいて、噛みつかれたら一溜りもなさそうだ。
そんな魔物が、縄張りに踏み入られたことに苛立っているのか、雄叫びを上げながら猛スピードでこちらに向かって滑空してくるのだ。
アトラスと比べたら大したことないとか、関係ない。
めちゃくちゃ怖い。
考えてみたらどっちも僕を瞬殺できるわけで。
もし一人だったら、即行で逃げ出していたと思う。
「……普通サイズっぽい?」
「どうやらそのようね」
「じゃー、ふつーに倒せばいいってこと?」
そんな僕とは対照的に、シーファさんたちは至って冷静だ。
何でそんなに落ち付いてられるのっ……?
ていうか、ワイバーンはもう目の前なんだけど!
「ライトニング!」
ピシャァァァァァンッ!
「ギャァァァァッ!?」
突然、凄まじい閃光が走ったかと思うと、鋭い轟音とワイバーンの悲鳴が響き渡った。
どうやらサラッサさんが雷撃魔法を放ち、それがワイバーンに直撃したらしい。
ワイバーンは僕たちのいるところの数メートルほど手前に墜落していた。
「グルルッ……」
雷撃のせいで身体が痺れているのか、ワイバーンは身体を起こすこともままならない。
「いっくよー」
「セナ!?」
幾ら動きが鈍いからって、そんな散歩にでも出かけるようなノリで近づく!?
妹の奇行に目を剥く僕だったけれど、しかし次の瞬間、信じられない光景を目撃することとなった。
「グルァッ!」
「よっと」
接近してきたセナを噛み殺さんと、ワイバーンは素早く首を伸ばしたけれど、ただ何もない空間を虚しく噛んだだけだった。
セナが消えた!?
と思ったら、飛び上がって牙を回避し、ワイバーンの頭の上にいた。
正直、僕には目で追うことすらできなかった。
ワイバーンは敵に足場を用意してしまう格好になっていた。
下がった頭を踏み台にして、セナはワイバーンの背中側へと登っていったのだ。
「せーの!」
そして真新しいミスリル剣を、ワイバーンの長い首の根っこ部分へと振り下ろす。
ズシャッ!
硬いはずのワイバーンの鱗を物ともせず、刃があっさりと突き刺さった。
「アアアアアアアアアアアアッ!?」
ワイバーンは断末魔めいた悲鳴を上げ、出鱈目に暴れまくった。
それに巻き込まれまいと、セナはワイバーンから身軽に飛び降り、こちらへ戻ってくる。
「これ、すごい斬れ味だねー」
「そ、そんなことより大丈夫か!?」
「ほえ? 見ての通り心配ないよ?」
心配する僕とは対照的に、セナはあっけらかんとしている。
ワイバーンが暴れたのもほんの数秒のことで、すぐに大人しくなった。
だけどまだ死んでいないのか、時折、苦しそうに身じろぎしている。
「トドメを刺しておきますね……」
サラッサさんが雷撃魔法を放ち、ワイバーンの命を絶つ。
こうして僕たちは、案外あっさりと討伐依頼を成功させたのだった。