第47話 白昼夢と思われてた
ダンジョンから地上へと戻ってきたセナたちは、報告のため冒険者ギルドを訪れ、そこで初めてスタンピードの発生を知った。
「ま、魔物が千体……?」
「えええっ、それ、大丈夫だったのっ?」
驚く彼女たちへ、ギルドの受付嬢、カナリアは安心させるように言う。
「心配しないで。見ての通り街には被害が出ていないわ」
「確かに……。でも、魔物千体は街が壊滅してもおかしくない規模……?」
シーファは頷きながら器用に首を傾げた。
まだ早い時間帯なのにお店の大半が閉まっていたり、街の人たちに落ち着きなかったり、といった違和感はあったものの、街が荒らされた形跡はまったくなかった。
だからこそ、カナリアから話を聞くまでそんな大ごとが起こったことに気づいてさえいなかったのだ。
「幸い街への侵入を防ぐことができたから。被害があったとすれば、西門が壊された程度ね」
「よくその程度で済んだわね……? 上位ランクの冒険者たちが頑張ったのかしら?」
「それが……冒険者ギルド派遣できた戦力はごく少数なのよ。あなたたちのパーティもそうだけれど、有力な冒険者たちの大半がちょうど火山エリアや水中エリアの攻略で不在だったから……」
「じゃあ、ほとんど領兵が?」
「そういうことになるわね」
「へぇ、なかなかやるじゃない」
アニィは上から目線に唸ったが、決して領兵の力を舐めているわけではない。
冒険者と比べて小回りは利かないが、日々の訓練でよく統率された彼らは、魔物の大群を相手にするようなケースでは、冒険者以上の力を発揮することをよく分かっていた。
「お父さんの武具のお陰?」
「ああ、そう言えば、ミスリルの武具を作ってたんだったわね? もう納品は終わったの?」
「そのはず」
二百人もの戦士たちがミスリルの武具を装備すれば、その戦力は大幅に上がるだろう。
千体ほどのスタンピードならば、構成している魔物の質にもよるだろうが、どうにか対抗しうるかもしれなかった。
と、そのとき、
「信じてくれよ! 俺は見たんだ! 巨大な壁がまるで津波のように押し寄せてきて、魔物の群れを吹っ飛ばしたのを!」
「ぎゃはははっ! 壁が動くわけねぇだろうが! お前、夢でも見てたんじゃねぇのか!?」
「本当だって!」
「そいつの言う通りだ! 俺もこの目で確かに見た! このままじゃ、西門を破壊されて町の中へ魔物の侵入を許しちまうっ……まさにその瞬間だったんだ! あれは街の防壁よりもでかかった!」
「おいおい、ここにも夢を見た奴がいるぜ!」
「夢じゃねぇって!」
何やら冒険者たちが騒がしく言い合っているようだ。
「しかもその後、山みたいなゴーレムが現れたんだっ!」
「一体だけじゃねぇ! 何体もだ! そして魔物の親玉を倒しちまったんだよ!」
「いやいや、しつこいな、お前ら。もう冗談はそれくらいにしとけって」
「冗談じゃねぇよ!」
怒鳴るような声なので、受付カウンターにいる三人娘のところまでしっかり聞こえてくる。
「えっと……彼らはまさにその派遣した冒険者たちなんだけど……戻って来てから、ずっとおかしなことを言ってるみたいなのよ……」
カナリアもまたそれを聞いていたらしく、困ったように溜息を吐いた。
シーファたちは訝しそうに顔を見合わせる。
「……だけど一人ならともかく、何人もの冒険者が白昼夢を見たって言うの?」
「奇妙な話」
「ねぇねぇ、はくちゅーむってなにー?」
◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん! 帰ったよ!」
「おお、お帰り~。って、どうしたんだ?」
玄関から妹の声が聞こえてきたと思ったら、次の瞬間にはもうドタドタとリビングまで上がってきていた。
「聞いたよ! すたんぴー……なんとかで大変だったって!」
「スタンピードな」
「お兄ちゃんは大丈夫だったの?」
「ああ、見ての通りだ」
どうやら冒険者ギルドでスタンピードのことを聞いたらしい。
それで僕のことが心配になり、急いで帰ってきたのだとか。
「よかったー」
セナはほっとしたように言うと、ぐうとお腹を鳴らした。
「お腹すいちゃったよー」
「はいはい、すぐ準備してやるから」
「わーい! ほんと、お兄ちゃんが無事でよかった! だって美味しいごはん食べられなくなっちゃうもんね!」
「おいこら」
そこが一番の理由かよ。
相変わらずな奴だ。
妹とそんなやり取りをしていると、
「お邪魔します」
「お邪魔するわよ」
なぜかシーファさんやアニィが家に上がってきた。
「シーファさん? ついでにアニィも」
「何でわたしはついでなのよっ!」
「あれー、どーしたのー?」
どうしたんだろう?
セナも不思議そうにしているし、何か約束していたわけではなさそうだ。
「ジオ、ちゃんと避難した?」
シーファさんが真剣な顔で訊いてくる。
……な、なんかすごい圧力。
「えっと、何の話ですか……?」
「スタンピード」
何かと思ったらスタンピードのときのことらしい。
避難……してない。
「……もちろんですよ?」
「目が泳いでる」
「そそ、そんなことないですって!」
「さっきお父さんが言ってた。避難所でジオを見かけなかったって」
今度はアニィが至近距離で威圧してくる。
「わたしもお姉ちゃんからも聞いたわ。あんた、スタンピードがあったっていうのに、まさか家にいたんじゃないでしょうね?」
「そ、それは……」
僕は観念して頷いた。
「はい……逃げませんでした」
「何やってんのよ、あんた? 避難命令が出されてたでしょ?」
「いや、だって、むしろ家にいた方が安全だったっていうか……ほら! 何かあったら街の外にある菜園に移動できるし! それに菜園内ならゴーレムが護ってくれるから!」
「……言われてみれば」
僕の主張に納得できるところがあったのか、ようやく追及がトーンダウンする。
すかさず僕は言った。
「そ、そうだっ! 三人に見てもらいたいものがあるんだ!」
菜園間移動を使い、僕は三人を第二家庭菜園へと連れきた。
「ねぇ、ジオ。あの巨大なモノは一体、何かしら……?」
「スタンピードの元凶だったアトラスだよ」
「……は?」