第33話 水中エリア
「空気のある場所もあってよかったわね」
「お陰で休憩できる」
「疲れたよー」
シーファたちは現在、水中エリアにいた。
水棲ポーションの優秀な効能を確認してからというもの、幾度となくこのエリアにアタックし、着実にマッピングを進めていた。
今までほとんど手付かずだったため、情報はほぼゼロ。
自分たちの手でマップを作りながら、少しずつその全貌を明らかにしていく。
幸運だったのが、すべてが水没しているわけではなく、所々に水から上がって休息できる地点があったことだ。
しかも魔物の大半は水棲のため、陸上にいれば滅多に襲われることはない。
「だけどやっぱり水棲ポーションがなければ攻略は不可能ね。空気のあるところ泳ぎ継いでいくにしても、距離があり過ぎて息が続かない」
「でもこれがあれば意外と簡単」
最難関とされるエリアだったが、その大部分は水没しているという環境によるものだった。
陸上とほぼ変わらない戦いができる状態では、出現する魔物は彼女たちの敵ではなく、加えてマップもそれほど複雑ではない。
しばし休息したのち、彼女たちは水棲ポーションを飲んで再出発する。
だいたい効果が一時間ぐらいなので、余裕をもって四十五分で飲みなおすようにしていた。
水中エリアは、当初こそ洞窟内を進んでいく味気のないものだったが、奥に進むとそこには色鮮やかな世界が広がっていた。
「(それにしても綺麗ねー。ここがダンジョンじゃなければ、観光業で儲かりそうなのに)」
「(うん。確か、海にしかない……珊瑚だっけ?)」
「(珊瑚って食べれるかなー?)」
そう、珊瑚礁になっていたのである。
内陸で暮らす彼女たちは話でしか聞いたことがないが、海の浅瀬にはこうした世界が広がっているらしい。
「(っ……あそこ、魔物がいるわ)」
ただしそうした綺麗な珊瑚に身を潜めて襲ってくる魔物もいるので要注意だ。
見惚れているばかりではいられない。
カニやウツボ、タコなどの魔物を倒しながら、彼女たちは順調に探索を続けていた。
「(そろそろ飲む時間ね)」
次の水棲ポーションを飲むため、一度、近くの陸上に浮上しようとしたそのときだった。
「(……ねぇ、あれ何だろう?)」
セナが何かに気づいて指をさす。
その方向へ目をやったシーファとアニィは、
「「(は……?)」」
そろって目を丸くした。
水中を悠々と泳ぐ巨大な影がそこにあった。
ここからはかなりの距離があるはずだ。
というのも、その下方を行くエイの魔物が豆粒程度にしか見えない。
実際にはその魔物でも、大きさは横幅三メートルを下らないはずだ。
ではあの巨大な影は?
「(五十メートル……いえ、百メートルはある……?)」
あまりにも現実離れした大きさに、三人娘はその場に立ち竦む。
「(まさかあれが、このエリアのネームドボス……?)」
ここ水中エリアのネームドボスは、今まで一度も目撃されたことがない。
つまりネームドと言いつつ、まだ名前も付いていないはずで、あれがそれに相当する魔物なのかは分からない。
だがネームドボスはそのエリア内の他の魔物とは格が違う存在だ。
見ただけでそれと判別できるほどである。
それを踏まえると、あの巨大な魔物がネームドボスである可能性は限りなく高かった。
「(あんなの、どうやって倒すのー?)」
「(と、とりあえずいったん戻りましょう)」
「(賛成!)」
彼女たちは慌てて浮上し、水から上がって休息を取ることにした。
「……正直、舐めてたわね。思ったより魔物が大したことなかったから、ボスも意外と簡単に倒せると思ってたわ。少なくともボルケーノより与しやすいはず、って」
「同じく」
「だよねー」
車座になって難しい表情を浮かべる。
「仮に百メートルあるとして……どうやったら倒せると思う?」
「はい! 美味しく食べられてお終いだと思います!」
「セナ、あんた最初から考える気ないでしょ。……でも残念ながら言ってることは間違いないと思うわ」
全長百メートルの魔物など、せいぜい一メートルちょっとの大きさしかない人間が挑むような相手ではない。
セナが言った通り、巨大な口に飲み込まれて終わりだろう。
「ここまで順調だったのにねぇ……」
せっかく初めて水中エリアの探索に成功したのだ。
できればそのまま初めての攻略者になりたかったのだが、ここにきてそれが途方もなく難しいものだと知ってしまった。
メンバーたちが意気消沈する中、シーファが口を開く。
「……ボスについてはひとまず置いておく。今回はもう少しマッピングを進めてから戻ろう」
残る二人もそれに賛成。
あの大きさなので近づいてくればすぐに分かるだろうが、念のため警戒を強めつつ、探索を再開するのだった。
――それは突然、彼女たちに襲いかかってきた。
予定していた通りに今回の水中エリアの探索を終え、地上に戻ろうとしたまさにそのときだった。
突如として眼前に出現した巨大な影。
それはあまりにも大きすぎて、この距離では端から端まで見ることができない。
だがそれは間違いなく、先ほど遠くから見ていたあのボスで。
「「「な……」」」
絶望的な状況に彼女たちは言葉を失って立ち尽くした。