第181話 懐いてますけど
ドオオオオオオオオオンッ!!
「な、なにっ?」
鳴り響いた凄まじい轟音に、慌てて窓から外を見る。
「っ……眩しい!? け、結界が……」
強い光に目が眩みながらも、第二家庭菜園を覆っていた結界が破壊されているのが見えた。
『見つけたぞ、闇黒竜バハムート』
結界を破って菜園に侵入してきたのは、全身から煌々とした輝きを放つ巨大な生き物だった。
これまでにアトラスやファフニールといった魔物と対峙してきたけれど、そんなレベルじゃない。
たぶん全長は五十メートルを超えている。
そんな巨大生物が、空から菜園へと降り立ったのだ。
着地の振動と衝撃波だけで屋敷ごと吹き飛ばされそうだった。
「金色の鱗の……ドラゴン……?」
『ふむ、隠れていても無駄だ』
「っ!?」
バアアアアアアアンッ!!
その黄金のドラゴンがこちらに向かって尻尾を振るったかと思うと、屋敷の二階から上の部分が弾け飛んでしまった。
た、建てたばかりなのに!
って、どうせ一瞬で作り直せるのだからそれはどうでもいい。
一階のエントランスにいた僕たちを見下ろし、黄金竜が鼻を鳴らす。
『やはりここにおったか』
「くるるっ!?」
ドラゴンが睨みつけたのは、漆黒の小竜であるクルルだ。
もしかしてクルルに用があるのだろうか?
同じドラゴンだけれど、黄金竜の雰囲気から察するにとても友好的な態度ではない。
だけどクルルは生まれたばかり。
何か因縁があるとは思えなかった。
『人間よ』
「っ……あ、頭の中に声が……?」
『我が直接、語りかけておる』
どうやらこのドラゴン、会話ができるらしい。
そんなことが可能なのは、何千年もの年月を生きた古竜くらいだと聞いたことがある。
「じゃあ、このドラゴンが……」
『人間、なぜここに闇黒竜がいる?』
「あ、闇黒竜……?」
『その小竜のことだ』
やはりクルルが目的らしい。
押し潰されそうな威圧感に何とか耐えながら、僕は説明する。
「い、いえ、この子はその闇黒竜とかではなくて、僕のペットのクルルです」
『ペットだと? バカなことを言うな。まだ小竜とはいえ、闇黒竜が人間に懐くわけがない』
「……懐いてますけど?」
「くるる……」
怖いのか、僕の身体に顔をくっつけてか細く鳴くクルル。
『まさか……』
その様子に、黄金竜は信じられないといった顔になった。
「たぶん、ドラゴン違いだと思うんですが……」
『そ、そんなはずはない。この魔力、確実に我が知っている闇黒竜のものだ』
その闇黒竜というのは一体何なんだろう?
『……まぁよい。いずれにしても、そいつは危険だ。今ここで殺しておく』
「ええっ!?」
いきなりの殺害宣言。
クルルはその殺気が自分に向いていると分かったのか、身体をぶるぶると震わせた。
『人間よ、死にたくなければそこを退け』
そう訴えてくるあたり、無駄な殺生を行う気はないのだろう。
なのになぜ、こんなかわいい子竜を敵視しているのか……。
「くるるっ」
「大丈夫、クルル。僕が護ってあげるから」
「にゃっ!」
「ぴぴぴ!」
ミルクとピッピも前に立ち、させないぞとばかりに黄金竜を睨み上げる。
『……退かぬというのか。ならば死ね』
黄金竜が首を伸ばした。
鋭い牙が頭上から迫りくる。
ガンッ!!
『なに? ……また結界か』
あらかじめ結界を張っておいたのだ。
だけど今のでもう罅が入っている。
ファフニールとは比較にもならない攻撃力だ。
『邪魔だ』
今度は前足を振り下ろしてきた。
結界が完全に破壊されてしまう――
ガンッ!!
『なんだと?』
もう一枚、結界を張っておいてよかった。
念のためさらに何枚か張っておこう。
『結界を、こうも容易く……? 貴様、ただの非力な人間かと思えば……。だが、この程度の結界、何枚張ろうと無駄なことだ!』
黄金竜はその牙と爪、さらには尻尾を使って、次々と結界を破壊していく。
僕はその度に新たな結界を張り続けた。
互いの速度が大よそ拮抗しているため、黄金竜が何度となく結界を壊しても一向にその牙が僕たちに届くことはなかった。
『ええいっ! なぜそんな速さで結界を張ることができる!? 面倒だ! こうなれば我がブレスで丸ごと消滅させてくれよう!』
苛立った黄金竜が、口腔を大きく開いた。
直後、凄まじい光が視界を完全に焼き尽くす。
だけど次の瞬間、見慣れた我が家へと切り替わった。
「くるる?」
「にゃ?」
「ぴぴぴっ!?」
菜園間転移を使い、第一家庭菜園へと飛んできたのだ。
「……危なかった」
あのブレスで結界が一瞬で溶けていくのが見えたため、僕は咄嗟に逃げることを選択したのだった。
もし転移で逃げていなければ、今頃は皆まとめて死んでいたかもしれない。
「一体あのドラゴンは何だったんだろ……? クルル、知り合いとかじゃないよね?」
「くるる……」
「そうだよね」
つい最近、魔物の卵から生まれてきたばかりのクルルだ。
それから一度もあの菜園から出たりしてないはずだし、あんなヤバいドラゴンに襲われる理由なんてないはずだった。
「あのまま帰ってくれたらいいんだけど……あっ」
そこで僕はハッとする。
「第二家庭菜園の住民たち、大丈夫かな……?」
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