第178話 本当にヤバいのは
地面が突然、まるで良く耕された畑のような土に変わったかと思うと、そこから次々とゴーレムが出現。
さらには一万もの兵を乗せた地面が、空に向かって飛び始めてしまう。
「一体何が起こっている!?」
先ほどまで意気揚々としていたマクロミル公爵も、理解不能なこの事態に声を荒らげるが、誰も彼の疑問に答えることなどできない。
普段はその巨体ゆえ大地に沈み込む勢いの地竜たちも、地面が空を浮くという初めての体験に怯えてしまっていた。
やがて彼らを乗せた柔らかな地面は、地上百メートルもの高さへと到達。
当然ながらここから地上に降りることなどできない。
「ば、バミン将軍っ……わ、儂らはどうなってしまうんだっ……?」
「わ、私に訊かれても困りますぞっ、マクロミル卿っ……しかし、もしこのまま地上に帰れなくなったとしたら……」
「何だと!? そんなことは許さんぞ!」
公爵が怒鳴り声を上げた、次の瞬間だった。
突如として浮力を失ったかのように、彼らが乗る地面が急降下を始めてしまう。
「「「うああああああああああああああああああっ!?」」」
ほとんど自由落下といってもいいだろう落下速度に、悲鳴を上げる兵士たち。
「じ、地面にっ……」
「叩きつけられるうううううっ!?」
だがその直後、今度は急に落下が収まり、ほっと安堵の息を吐く。
「止まったのか……?」
「し、死ぬかと思った……」
「いや、また昇り始めたぞ!?」
助かったと思いきや、再び地面は空へ。
そして再びの急降下。
「「「うああああああああああああああああああっ!?」」」
停止。
「「「と、止まった……?」」」
上昇、そして急降下。
「「「うああああああああああああああああああっ!?」」」
停止。
「「「と、止まった……?」」」
上昇、そして急降下。
「「「うああああああああああああああああああっ!?」」」
停止。
「「「と、止まった……?」」」
何度も何度も繰り返されて、兵士たちは真っ青な顔で土の上に倒れ込む。
中には嘔吐してしまう者もいた。
「おええええ……」
マクロミル公爵もその一人だ。
バミン将軍に至っては白目を剥いて、すでに気を失っている。
「くそっ……ふざけるなっ……なぜ儂がこんな目にっ……」
吐瀉物を口から垂らしながら、公爵が忌々しそうに地面を殴りつけた、そのときだった。
どこからともなく声が聞こえてきたのは。
◇ ◇ ◇
「い、一万の兵たちが……まとめて戦闘不能状態に……」
「そりゃ、こんな真似されちまったらな……。てか、もはや天災じゃねぇか……これがたった一人の人間の仕業とか……」
「どうやら本当にヤバいのはジオ氏の方だったみたいでス……これに比べると、もはやセナ氏がかわいく見えてきますネ……」
「ほえ? かわい~い? えへへ~」
かわいいと言われて嬉しそうになるセナ。
そういう意味じゃないから。
「えーと……うん、そろそろ大丈夫かな?」
「ま、まだ何かするつもりなのかいっ?」
「いや、指揮官に撤退を促そうと思って。見たところ多分、あの人だよね? ちょっと近づいてみるね。あ、大丈夫。外からは見えないようにしてるから」
僕たちが乗る家庭菜園を動かし、空から指揮官らしき人物のところへ接近していった。
「ま、間違いない。彼がマクロミル公爵……今回の首謀者だ。話をしたことはないけれど、王宮で何度か見かけたことがある」
王子様であるリヨンが言うなら確定だ。
「それじゃあ、リヨン、彼に訴えてみてよ」
「え? ぼくがかい?」
「うん。そういうの得意そうだし」
「……わ、分かった。やってみよう」
◇ ◇ ◇
そのとき、どこからともなく声が聞こえてきた。
「今すぐ進軍をやめろ! さもなければ死ぬまで今のを味わい続けることになるだろう!」
「だ、誰だっ!?」
公爵は咄嗟に周囲を見渡すが、それらしき人物はいない。
「これは貴様の仕業か!? この儂を誰だと思っている!? こんな真似をして、タダで済むと思うなっ!」
「……どうやらまだ足りないようだな」
再び地面が空へと昇り始めた。
「ききき、貴様ぁっ!? またそれをするつもりかっ!? どうなっても知らぬぞ!?」
喚き散らすマクロミル公爵だが、それも虚しく地面は空高く昇って停止した。
急降下。
「「「うああああああああああああああああああっ!?」」」
さらに数回、それを繰り返したときには、もはや地面に立つ者は一人もいなかった。
「も、もうやめてくれ……」
当初の威勢はどこに行ったのか、完全にグロッキー状態となった公爵は、柔らかい土の上に転がって、か細い声でそんなふうに呻く。
「ならば撤退を宣言しろ!」
「わ、分かった! 撤退する! 撤退するから、もうやめてくれぇぇぇぇっ!」
泣きながら叫ぶと、彼らの乗る地面が地上へと降りていった。
「撤退っ! 撤退だぁぁぁっ!」
指揮官のその言葉を受けても、兵士たちはしばらく立ち上がることができなかった。
ようやく一人二人と身を起こすと、もはや隊列など無視して、ふらふらな足取りで撤退していく。
公爵も何とか身体に鞭を打って立ち上がると、乗っていた馬はすでにどこかに行ってしまったため、よろよろと歩き出した。
隣国を巻き込んでまで起こした反乱が失敗に終わったのだ。
当然ながら国内には居られず、もはやこのまま隣国まで逃げるしかないだろう。
「あ、どうも、こんにちは」
「っ? だ、誰だっ、貴様は!? ……へ?」
気づいたときには、彼の姿は再び空の上にあった。
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