第176話 薔薇に挟まってくんじゃねぇよ
「そそそ、空を飛んでいる!?」
「おおお、落ち着いてくださイ、リヨン様! これはきっと夢でス! 頬を抓れば――痛イ!? 夢ではないということですカ!?」
「マジかよ……動くだけじゃねぇのか、この畑」
「すっげーっ! おいら、初めて空を飛んだぞ!」
三次元移動で宙を舞う菜園に、リヨンたちが驚愕している。
「ジオ……君のこの力は一体……?」
「僕のギフトなんだ。【家庭菜園】っていうんだけど」
「家庭菜園……? これが家庭菜園ですカ……?」
「よく言われます」
「そもそも野菜を育てたりするのが家庭菜園じゃねぇのか……?」
「あ、もちろんそれもできますよ」
僕はその場で幾つか野菜を栽培してみた。
あっという間に土から芽が出てくる。
「もう芽が出てきたのですガ……」
「はい。一時間くらいで収穫できます」
「一時間……」
「野菜だけじゃなくて、肉とか魚も栽培できますよ」
「すいませン……もう一度頬を抓ってみてもよろしいですカ……?」
何度抓っても目が覚めたりしませんよー。
もちろんこのギフトでできるのはこれだけじゃない。
だけど、すでにお腹いっぱいという感じなので、他のことは後にした方がよさそうだ。
「ええと……つまり、この家庭菜園に乗って、敵軍の様子を空から確認しようってことだね?」
「うん、そういうことだよ、リヨン」
本当はそれだけじゃないんだけど……まぁそれは後々ということで。
上手くいくかどうかは、やってみなければ分からないし。
「よかったの、ジオ? 彼らにそこまで教えて」
「はい、リヨンたちなら大丈夫だと思います。そもそもダンジョンですでに動いてるとこ見せてますし」
「確かに」
ダンジョンで一緒に戦ったときから、すでにこの菜園の正体が気になってはずだけれど、深く詮索してくることはなかった。
そんな彼らが、この力を悪用しようなんて考えないだろう。
それに、王族でありながら、いや、むしろ王族だからこそ、危険な戦場に向かおうとしているリヨンの姿を見ていると、僕もできるだけのことをしたいと思えてきたのだ。
「だからリヨン、僕は力を貸すよ」
「ジオ……ありがとう」
「ハァハァハァ(素晴らしいぃぃぃぃぃっ! もはや二人は友情を超えた関係っっっ! マブダチからラブダチにっっっ!)」
な、なんか、サラッサさんが息を荒らげながらこっちを見ているんだけど……?
「さすがジオ。優しい」
「そ、そうですか……?」
「私も力を貸す」
「あ、ありがとうございます、シーファさん!」
「(って、ごるああああああっ! 薔薇に挟まってくんじゃねぇよ女ぁぁぁぁぁっ!)」
急にサラッサさんから殺気が!?
ちなみに高いところが苦手なアニィは、さっきからずっと座り込んで目を瞑っている。
そしてセナは寝ている。起きなさい。
「っ! 見えてきた……っ!」
家庭菜園を飛ばすことしばらく、幾つかの都市や村を超えた先に大軍を発見した。
敵国の軍旗がはためいていることから、間違いないだろう。
「すでにこんなところまで来ていたなんて……」
「しかも思っていたより兵数が多いですネ……五、六千と聞いていたのに、一万はいまス……」
「間に防衛拠点が幾つかあるが、これじゃほとんど持たねぇだろう。このままじゃ数日後には王都まで迫ってくるぜ……」
「ねぇ! なんか大きな生き物がいるよ!」
ボボさんに言われて目を凝らしてみると、周囲の兵たちとは明らかに大きさの違う何かが一緒に移動していた。
最初は攻城兵器かと思ったのだけれど、違う。
「あ、あれは……地竜!?」
「地竜……?」
「ドラゴンの一種だ! 翼は持たず、空を飛ぶことはできないけれど、その分、巨体と硬い鱗を持っている! 確かに隣国で、軍用化の研究が進んでいると聞いたことはあったけれど……まさかすでに実戦投入できる段階にあったなんて……」
「しかも一体だけではありませン……っ! 何体もいまス!」
「くそっ、こりゃマズいぜっ! あんなのが攻めてきたら、城門どころか、城壁ごとぶっ壊されちまう!」
一万という大軍に加え、何体もの地竜。
ここまで圧倒的な進軍速度で王国内を蹂躙してきたのも頷ける。
「早く戻って軍に知らせねぇと……っ!」
「こんな重要な情報が伝わってきていないなんて、偵察部隊は何をやっているのですカ!」
「……いや、軍の上層部が止めているのかもしれない」
「リヨン様っ? それハ……」
「もし知っていれば、もはや降伏以外の道はない。けれど、戦う前から降伏することなど王国軍の矜持が許さない……」
「玉砕覚悟で戦うつもりですカ!? それでは兵士どころか、王都民にも無駄な被害が出てしまいまス!」
「……いや、あり得ないことじゃねぇな。あの頭の硬いクソ親父だ……降伏するくらいなら玉砕を選んだっておかしくねぇぞ」
ロインの親父さんは軍の偉い人なのだろうか……?
「えっと、実はちょっと試してみたいことがあるんだ」
「試してみたいこと?」
「うん」
〈菜園に指定しますか?〉
敵軍が隊列を組んで進んでいる、その地面。
それをまとめて一気に菜園へと変えてしまう。
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菜園面積:11001200/∞
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面積がかなり増えたけれど、森の大部分を菜園に変えたときほどじゃないね。
足元の地面が突如として畑の土に代わったことに、敵兵が驚いている。
「「「……は?」」」
リヨンたちも目を丸くしていた。
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