第16話 回復ポーション 並?
「えい!」
「ギャアアッ!?」
セナの剣が熊の魔物であるブラッドグリズリーにトドメを刺した。
巨体がどしんと音を立てて倒れ込む。
「さすがね……冒険者を初めてまだ一か月も経ってないのに、もうここまで戦えるなんて……」
「予想以上」
セナの急成長にアニィとシーファが感嘆する。
ブラッドグリズリーは、このダンジョンに挑む冒険者たちにとって最初の壁と言われていた。
人の肉を好む狂暴な魔物で、巨体の割に動きが素早く、もちろんパワーもある。
当然ながらパーティで連携して倒すのがセオリーなのだが、そんな魔物をセナはほとんど一人で撃破してしまったのだ。
つい先日まで剣を握ったこともなかったとは思えない。
新メンバーである彼女に配慮し、洞窟エリアの浅いところで狩りをしていたのだが、【剣神の寵愛】というギフトのお陰でメキメキと力をつけ、とっくに奥へと挑戦できる状態にはあった。
しかしポーションの不足もあって今まで延期を繰り返していた。
それがようやく解消されたのは、セナの兄であるジオが、薬屋に毎日、ポーションの原料になる薬草を納品し始めたからだった。
「ジオのお陰。今度ちゃんとお礼しないと」
「お兄ちゃんには伝えておいたよー? ニマニマして気持ち悪かった」
「……にまにま?」
シーファはその擬態語の意味が分からなかったのか、小さく首を傾げた。
「シーファちゃんの【女帝の威光】の効果もあると思うよ?」
「今はそれほど強く発動させてない」
【女帝の威光】はシーファの持つレアギフトだ。
これは簡単に言えば、自身も含む味方の能力を強化し、一方で敵の能力を低下させることができるというもの。
魔力も必要とせず、シーファが仲間と認識するだけで発動するため、汎用性が非常に高い。
そして彼女が言う通り、ある程度その強さをコントロールすることができた。
味方が多ければ多いほど恩恵も高くなるため、過去のこのギフトの所有者たちの多くは戦争に利用されたという。
そのこともあって、シーファは近しい者にしか自身のギフトを明かしていなかった。
もっとも、たとえ知られたところで、今やBランク冒険者となった彼女を害せるものは少ないだろう。
「待って。……あそこに何かいるわ」
そのときアニィが注意を促した。
【狩人の嗅覚】を有する彼女は、生き物の気配を敏感に感じ取ることが可能だ。
魔物が徘徊するダンジョンにおいて、彼女の察知能力は大きな助けとなる。
シーファたちが警戒して武器を構える中、アニィは集中力を高めてその正体を探ろうとする。
「呼吸が荒く、弱い……。怪我をしている人間かもしれない」
彼女たちがその場所へ急ぐと、そこにいたのは血を流して倒れる冒険者らしき女性だった。
「はぁ……はぁ……」
「回復ポーションを使うわ!」
アニィは躊躇することなく回復ポーションを取り出し、瓶のフタを開ける。
その間にシーファが女性の傷を確認していく。
外傷の場合、回復ポーションは患部に直接振りかける方が効果が高いからだ。
「っ……すごい怪我……」
その傷の具合を見たシーファは息を呑んだ。
腹部が深々と抉れ、骨が見えている。
恐らく先ほど彼女たちが倒したブラッドグリズリーにやられたのだろう。
思い返すと、最初に遭遇したときにはすでに爪に血が付いていた。
女性を無力化し、これから喰らおうとしたまさにそのタイミングでシーファたちが現れたため、いったん放置しておいたようだ。
女性にとっては不幸中の幸いだが、しかしこの怪我では助かる見込みは薄い。
「普通の回復ポーションじゃ何本あっても……」
アニィは迷いを振り切り、ポーションを患部へと振りかけた。
「えっ……き、傷が治った……?」
「わっ、本当!」
たった一本で、あれだけ酷かった傷がほとんどなくなってしまっていた。
「……?」
さっきまで顔を歪めて苦しそうにして女性が、急に痛みが引いたことでキョトンとしている。
「ど、どういうこと? ただの回復ポーションよね……?」
「……効果は明らかに上級のそれ、ううん、それ以上だった」
「でも、並の回復ポーションより安く売ってもらったわよ?」
シーファたちが顔を見合わせていると、助けられた女性が涙目で頭を下げた。
「あ、ありがとうございました! お陰で助かりました!」
「……当然のことをしただけ」
「でも、あなたたちは命の恩人です!」
「と、とりあえず落ち着いて。念のためもう一本、飲んでおきなさい」
聞けば、彼女はCランクの冒険者らしい。
パーティでこのダンジョンに潜ったはいいのだが、仲間とはぐれ、しかも運悪くブラッドグリズリーに遭遇してしまったという。
「このダンジョンに挑むのは初めてだったんです。初見の魔物に襲われて慌ててしまい、バラバラに逃げてしまって……」
たまたま護衛の任務でこの都市までやってきて、近くにダンジョンがあることから挑戦してみたのだという。
「後衛の私と違って、みんなは大丈夫だと思うのですが……」
「ダンジョン内を探し回るのは下策。無事にダンジョンを脱出したと信じて、いったん戻るべき。わたしたちも同行する」
「い、いいんですかっ?」
「どのみち、そろそろ戻る予定だったから」
「ありがとうございます!」
その後、ダンジョンの外で女性は無事にパーティメンバーたちと合流することができ、シーファたちは大いに感謝されたのだった。
「それにしてもこの回復ポーションの異常な効果……」
「これ、お兄ちゃんの薬草で作ったやつだよねー」
「やっぱりそれが原因としか考えられないわね……」