第158話 某兄妹ね
「その魔物を単身で討伐することできれば合格。できなければ不合格だ」
どうやらそれがシーファさんに課せられた、Aランクへの昇格試験らしい。
前衛の槍使いだからか、内容そのものは至ってシンプルにその戦闘能力を見るタイプだ。
だけど――
「だ、大丈夫かな……」
しばらくシーファさんと冒険を共にしてきたけれど、基本的にはサポート役に徹していることが多かった。
それは【女帝の威光】というギフトが敵の力を減退させたり、味方を強化したりといった補助に向いているからだけれど、そのせいか自ら槍を振るって魔物を倒すところを数えるほどしか見たことがないのだ。
もちろんその少ない回数でも、素人の僕には達人に見えた。
流麗な動きで、長くて取り回しが難しそうな槍を手足のように振るっていたのだ。
シーファさんは槍を上手く扱えるようなギフトを持っているわけじゃないので、きっとシンプルに努力で槍技を身に付けたのだと思う。
ただ、普通の魔物が相手だったら十分通じるだろうけど……相手はあの魔獣だ。
しかもたった一人で倒さなければならない。
「心配要らないわ」
「アニィ?」
「シーファのギフトは、あんたが思っている以上に規格外だから。……ま、あんたのトンデモほどじゃないけど」
「グルアアアッ!!」
召喚された魔獣がシーファさんに襲い掛かった。
結構な巨体なのに動きが速く、あっという間にシーファさんに迫る。
ちょっ、あんな突進を喰らったら一溜りもないって!
「平伏せ」
「ッ!?」
シーファさんがギフトを使った瞬間、魔獣の動きが突如として鈍くなった。
その隙に横転し、魔獣の突進を躱すシーファさん。
「グルアアアアアアアアッ!!」
咆哮を上げ、魔獣が再びシーファさんに躍りかかる。
幾ら力を減退させられたからと言って、元々が強力過ぎる魔獣だ。
先ほどは不意打ち気味だったから相手も混乱し、突進を避けることができたけれど、そう何度も上手くいくとは思えない。
「ギャアアッ!?」
けれど僕の予想とは裏腹に、魔獣が苦悶の悲鳴を響かせていた。
「え?」
シーファさんが槍で魔獣の腹部を突きながら、巨体の脇を駆け抜けたのだ。
その速さは僕の目ではとても追えないほど。
さらに魔獣の背中を取ったシーファさんは、すかさず第二撃をその背へお見舞いした。
そこからほとんど一方的な展開だった。
魔獣は必死になってシーファさんを攻撃しようとするけれど、悉く失敗に終わる。
逆にシーファさんは的確に魔獣へダメージを与えていった。
「シーファさん、あんなに速く動けたんだ……?」
「あれも【女帝の威光】の力よ。それを自分に使ってるだけ」
――自己強化。
「強化できるのは仲間だけじゃないんだ」
「むしろ、最も強化倍率を高められるのが自分自身らしいわ。負荷が大きいから、普段はあまり使わないようにしているみたいだけど」
つまりシーファさんは、集団戦でも強い上に、単身でも強いということ。
「それって凄くない……?」
「……凄いギフトです。もっとも、それが霞むほどのギフトを持っている人が約二名、同じパーティにいますが……」
「某兄妹ね」
そんな話をしていると、突然、魔獣が空中へと飛び上がった。
「あの魔獣、空を飛べるんだ!?」
シーファさんが届かないところに浮遊しながら、魔獣は怒りの雄叫びを轟かせる。
そして前屈みになったかと思うと、物凄い速さでシーファさん目がけて滑空していった。
さ、さすがにこれは躱せないんじゃっ!?
「右翼、落ちろ」
「~~~~ッ!?」
なぜか急に魔獣の巨体が右側へ大きく傾き、そのままシーファさんの脇を通って地上に墜落した。
「え? 今のもギフトの力?」
「た、たぶん? 特定の部位に作用させたのかしら?」
どうやらそうした細かい調整も可能らしい。
身体の片側だけ力を奪われたら、バランスを崩してしまうのは必然だ。
特に微妙な均衡が必要な飛行中なんて一溜りもないだろう。
地面に激突して悶絶する魔獣へ追撃するシーファさん。
そしてついに魔獣は断末魔の叫び声を上げ、倒れ伏すのだった。
魔界に戻っていくのか、魔獣の身体が掻き消える。
試験官が手を叩いた。
「それまで。合格だ」
やった!
シーファさんがAランクの昇格試験に合格した!
「それにしても、魔獣のあの突然の不調は……いや、詮索はしまい。無論、試験官として、ここで見たことは決して口外しないと約束しよう。そもそも魔法契約を交わしている以上、そんな危険を犯す真似はしないが」
試験官も魔獣が急に調子を落としたり、勝手に墜落したりしたことが気になったみたいだ。
ただ、僕がリルカさんと交わしたような魔法契約があるので、誰かに話したりすることはできない。
「やりましたね、シーファさん!」
「みんなの声援のお陰。それに……」
「それに?」
「最近、ギフトの性能が上がってきてる。ピンポイントなんて、以前はできなかった」
どうやら先ほどのように特定の部位限定でギフトの効果を及ぼすのは、最近になってできるようになったらしい。
だからアニィもピンと来なかったのだろう。
「きっと最近の冒険が影響してる。強敵を倒すほど、早く強くなれるから。それもみんなのお陰。特にジオの力で、ダンジョンの深層まで潜れた」
「い、いえ、僕なんて、そんな……それよりシーファさんの頑張りの結果ですよ!」
「そんなことはない。ジオからの恩が増え続ける……どう返せば……」
僕のために真剣な顔で悩んでくれるシーファさん。
そ、それだけで幸せ……。
「ぶげっ!?」
アニィに蹴られた。
何で!?