第145話 カニさんだ
第六階層には赤茶けた土と岩場ばかりの荒野が広がっていた。
空を虎の上半身と鷲の下半身を持つグリフォンが舞い、地上では毒針の付いた尻尾を有する人面虎のマンティコアが徘徊している。
どちらも危険度A級の凶悪な魔物だ。
見つかれば恐ろしい速さで襲い掛かってくる上に、場合によっては複数を同時に相手にしなければならない。
たとえ熟練の冒険者たちでも、危険度A級の魔物に取り囲まれてはそう簡単に切り抜けることができないだろう。
かといって、身を潜めることができる岩場が安全とは限らなかった。
というのも、そこは二足歩行する蜥蜴の魔物、リザードマンたちの住処となっているからだ。
それも普通のリザードマンであれば、せいぜい危険度はC級なのだが、ここの岩場に棲息しているリザードマンたちはその上位種に相当するロックリザードマンだ。
岩のように硬い鱗を持っているため、なかなか攻撃が通らない、厄介なB級モンスターで、しかもそれが群れを形成しているのである。
「この階層を攻略できるのは、Aランク冒険者以上の実力者だけ」
「本来ならわたしたちのようなBランクやCランクには厳しいと言われてますけど……」
家庭菜園の結界は、グリフォンの鋭い爪を易々と防ぎ、マンティコアの危険な毒針をあっさり弾き返してしまう。
……要するに今までの階層と同様、こちらから一方的な攻撃が可能だった。
「……この結界、危険度A程度の魔物じゃ破れないようね」
ファフニールには破壊されちゃったけど、あれは危険度Sだもんね……。
だけどボスモンスターは、その階層に棲息している通常の魔物よりも一段階強い。
そう簡単には行かないはずだ。
「ボルアアアアアアアアアアアアアッ!!」
と、盛大な雄叫びとともにこちらに迫ってくるのは、第六階層のボス、タラスクロードだ。
ドラゴンの亜種で、亀のような見た目をした魔物がタラスクだ。
それはせいぜい全長五メートルほどなのだけれど、タラスクロードはそれより遥かに巨大で、恐らく全長は軽く十メートルを超えている。
硬い甲羅に護られた圧倒的な守備力のせいで、今まで討伐に成功した冒険者パーティは数えるほどしかいないらしい。
特A級の強敵だ。
一見すると動作が遅く見えるけれど、巨大なので意外と速い動きで突っ込んできた。
地響きも凄まじい。
さすがにこんな巨体に激突されたら結界も破壊されてしまうかも。
もしくは菜園ごと吹き飛ばされてしまう可能性もある。
三次元移動で空に逃げる?
いや、それよりも――
僕が咄嗟に取った回避手段は、地中潜行スキルで地面の中へと逃げるというものだった。
硬そうな地面だったけれど、あっさり潜っていくことができた。
「ボア……?」
タラスクロードが足を止めた。
地面に潜った僕たちに気づいておらず、どこにいったのかと顔を左右に振って探している。
そしてタラスクロードの真下に来たとき、僕は菜園を上昇させた。
結界とタラスクロードの腹甲が激突するも、そのまま菜園を強引に上昇させていく。
「~~~~~~ッ!?」
身体が下から持ち上げられ、タラスクロードが慌て出した。
だけどもう遅い。
ズドオオンッ、と盛大な音と地響きが上がった。
そのまま巨体をひっくり返してやったのだ。
「自力じゃ元に戻せないみたいだね」
「まさかあの巨体をひっくり返すなんて……」
タラスクロードは手足をバタバタさせるだけで、一向に起き上がれそうにない。
「なんだかすごく間抜けですね……」
「かわいい!」
……可愛くはないと思う。
ただ、ここからが大変だった。
甲羅部分を攻撃してもほとんどダメージを受けない上に、頭を引っ込めて甲羅の中に隠れてしまったのだ。
「硬い~っ!」
セナの剣で傷をつけることはできたものの、甲羅の大きさを考えたら微々たるものだ。
ずっと削り続ければ甲羅を突破できるかもしれないけど、セナにそんな長期戦を期待できるはずもない。
かといって頭が引っ込んでいる穴に近づくと、いきなり頭を伸ばして攻撃してくる。
それで何度か菜園ごと吹き飛ばされてしまった。
結局、サラッサさんが遠距離から何発も雷撃を打ち込んで、それでどうにか仕留めることができたのだった。
「うみ~~~~~~っ!!」
第七階層は海と浜辺が広がっていた。
空は青く、とてもダンジョン内とは思えない絶景だ。
海ってこんなに奇麗なんだ……。
実は生まれて初めて見た。
ダンジョン内にある海なので、海にカウントしていいのかは微妙だけど。
「幾ら綺麗でも危険な魔物がいるダンジョンなんだから、あんまりはしゃぐんじゃないぞ」
「わー、カニさんだーっ! しかもおっきい~~っ!」
結界から飛び出して砂の上を走り回るセナを注意するけど、まったく聞いていやしない。
それどころか全長一メートルを超える巨大カニを発見し、突っ込んでいく始末。
「って、それ魔物じゃないか!?」
アイアンタラバという魔物らしい。
鋼鉄のように硬い甲羅で身を守りつつ、巨大な鋏で攻撃する、攻守にバランスが取れた強敵のようだ。
ちなみに食べても美味しくないという。
「え~い!」
「~~~~~~ッ!?」
だけどそんな巨大ガニを、セナは甲羅ごと真っ二つに斬り割ってしまった。
うーん、相変わらず出鱈目な強さだよね……。
これでやる気さえあればなぁ。