第136話 恐ろしい瘴気ですよ
その部分だけ未だに瘴気で淀んでいた。
結界を張って外に漏れないようにし、さらに聖水の栽培を繰り返して浄化を試みている効果があったのか、少しは薄まっている印象を受ける。
そこにあったのはファフニールの巨大な死体だ。
あのとき爆砕して吹き飛んだのは背中を中心とする一部で、七割くらいがまだ残っていた。
ずっと瘴気を噴き出し続けていたため、前述の形でひとまず対処しておいたのだ。
たぶん菜園に丸ごと吸収させちゃえば瘴気も消えたんだろうけれど、そうすると素材を回収できなくなっちゃうからね。
「こことは別に大量の聖水(高品質)を栽培しておいたから」
そう言って、僕は保存しておいた聖水を取り出していく。
これだけあれば、きっと完全に浄化させることができるだろう。
「中に投げればいーの?」
「ああ。どんどん投げ入れてくれ」
「はーい。でも蹴った方が早そう」
セナが聖水――の入った実を足で蹴る。
すると結界をすり抜けて、ファフニールの死体に激突した。
基本的に結界は外側からの攻撃を防ぎ、内側からの攻撃は通すようにできているのだけれど、これは裏返しに張っているためだ。
後は瘴気が勝手に殻を腐らせてくるので、自動的に中から聖水が溢れ出す。
「どんどんやろう」
「かなり大変そうなんだけど……」
「た、確かに」
というわけで、僕は第二家庭菜園にいるミルクとピッピを連れてきた。
「にゃ?」
「ぴ?」
「この実をあのドラゴンの死体の近くに蹴り入れてもらいたいんだ。分かるな?」
「にゃ!」
「ぴぴ!」
二匹とも理解が早くて助かる。
それから彼らの手(脚?)も借りつつ、ファフニールの浄化を手伝ってくれた。
やがて結界内部がほとんど聖水の池のようになった頃、ようやく死体から溢れ出ていた瘴気が完全に収まった。
結界内に入ってみても息が苦しくなったりしない。
「ふう、これで持ち帰れるな」
「……でも、こんなの売れるかしら?」
「どこに売る?」
「冒険者ギルドに持って行ったら大変なことになりそうですね……」
みんな心配しているけれど、まったく問題ない。
なぜなら僕には頼れる商人の知り合いがいるからだ。
「リルカさんにお願いするよ。以前、アトラスの死体も買い取ってくれたしね」
あの時は解体までやってくれたのですごく助かった。
「……相変わらず謎よね、あのポピット」
ファフニールの死体と一緒に、第二家庭菜園へと飛ぶ。
……第一家庭菜園にこの巨体を持って行ったら大変なことになるからなぁ。
「ミルク、ピッピ、手伝ってくれてありがとね」
「にゃ!」
「ぴぴ!」
「この死体は後でどうにかするから、ひとまずここに置かせておいて」
「にゃにゃ!」
「ぴぴぴっ!」
翌日、リルカさんを第二家庭菜園に連れてきて、ファフニールの死体を見てもらった。
「と、いうわけなんで、リルカさんにまた買い取ってもらえないかなぁ、と」
「な、な、な、なんやねんこれはあああああああっ!?」
するとリルカさんは、大声を上げてその場にひっくり返ってしまう。
……なんやねん?
「ふ、ファフニールって、本当にあのファフニールですかーっ!?」
「えっと、あんまり詳しくないんで分からないんですが、サラッサさんはそう言ってました」
「しょ、瘴気はどうしたんですか……? ファフニールは瘴気の塊みたいなもので、死んだところでそれは収まらないはずですよ……?」
「あ、それは聖水を何度もかけて浄化させたので」
それにしてもさすがリルカさん、ファフニールのこともよく知っている。
「ファフニールの瘴気って浄化できるものなんですか……? ひとたび大地に広がってしまうと、何十年、何百年に渡って残り続けるという恐ろしい瘴気ですよ……? ましてや、本体の瘴気を完全に消失させるなんて……」
だけど浄化するのになかなか苦労しました。
ミルクたちに手伝ってもらっても、一時間くらいはかかったんじゃないだろうか。
「で、でも確かにー、この特徴はファフニール……」
「あの、それでこれ、買い取ってもらえたりしますか? できれば解体もお願いしたいんですが」
「ちょ、ちょっと待ってくださいー。正直、わたくしも混乱していて今すぐに返事できへんですー」
よほど混乱しているのか、言葉遣いがおかしい。
「買い取るにしても、どう値段をつけていいのか、なかなか難しくてですねー」
「? それはどういう……?」
「ファフニールの素材なんて、入手できるようなものではないんですよー。先ほども言った通り、浄化なんてできっこありませんからー」
だからこうして何の瘴気も発していない状態で存在していること自体が、あり得ないのだという。
もちろん市場に出回ることもない。
「なるほど……」
「ファフニールは恐ろしい魔物ですが、その大部分が瘴気によるもので、それ自体の強さはさほどではないですー。なので、ドラゴンの素材としては並といったところかもしれません。ただ、自らの瘴気でも腐らないところを見るに、他のドラゴンとは違う何か珍しい特性を有している可能性がありますねー」
その特性次第では、値段が大きく変わるかもしれないという。
「それは別として、希少性がとんでもないですから、どこかの富豪がコレクション目的で欲しがったりするかもですねー」
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