第118話 失踪事件
「ほ、本当に大丈夫ですよね……? 皆さん、ちゃんとそこにいますか……?」
サラッサさんが不安そうに左右を見回している。
「大丈夫よ。近くにいるから」
「サラッサ、頑張って」
僕たちはというと、サラッサさんが見える位置にいながら、家庭菜園で姿を消していた。
サラッサさんを囮に、犯人を誘き寄せようとしているのだ。
ロインさんから協力を要請されたけれど、僕たちはそれを断っていた。
自分たちだけで犯人を突き止めるためだ。
僕の家庭菜園があれば、こうして完全に姿を隠せるからね。
ロインさんには悪いけれど、一緒だとかえって失敗してしまう恐れがあった。
これまでまったく尻尾を見せておらず、しかもルアさんのパーティを返り討ちにしたかもしれないほどの犯人だ。
近くに身を潜めるくらいでは、簡単に見破って姿を現さないかもしれない。
ちなみにサラッサさんが囮役になったのは、消去法だ。
セナ……アホの子なので任せられない。
アニィ……怪しい者の接近を察知したり、逃げた犯人を追跡するのに彼女は必須。
シーファさん……パーティのリーダーを囮にはできない。
でもこうして見ると、いつもの魔法使いのローブを脱いだサラッサさん、完全にどこにでもいるごく普通の大人しい町娘だ。
誰も冒険者だなんて思わないだろう。
サラッサさんはできるだけ人気の少ない道を選んで歩いていく。
時刻は黄昏時。
ここから夜にかけての時間帯が、最も多く事件が起こっているという。
「犯人、来るかな……?」
「しっ、何か近づいてくるわ」
「……コウモリ?」
夕暮れの空を舞い、一匹のコウモリがサラッサさんの頭上へ飛んできた。
周囲を確認するかのように、しばらく旋回していたかと思うと、突然、サラッサさんに襲いかかる。
「ひゃっ!?」
悲鳴を上げたサラッサさんの首筋に、そのコウモリが噛みついていた。
サラッサさんは意識を失い、路上に倒れ込んでしまう。
「……助ける?」
「待って、シーファ」
シーファさんをアニィが止めた直後、サラッサさんが目を覚ました。
だけど目が虚ろだ。
そのままふらふらとどこかへ歩き出す。
「追うわよ」
「うん」
僕たちはそのサラッサさんの後を追いかけた。
やがて辿り着いたのは、誰も住んでいなさそうな屋敷だった。
元々は資産家が住んでいたのか、かなり大きい。
広い庭は草木が生え放題で鬱蒼としている。
壊れた門の隙間を、サラッサさんが覚束ない足取りで通り抜け、敷地内に入っていってしまった。
「他のいなくなった人たちもここにいるのかもしれないわね」
家庭菜園ではその隙間を通り抜けられないので、空から敷地内へと侵入する。
荒れ放題の庭を進んでいくサラッサさん。
そして屋敷の大きな扉へ近づくと、それがギシギシと不気味な音を立てて勝手に開いた。
サラッサさんに続いて、僕たちも急いで扉を潜り抜ける。
するとそこにあったのは、広々とした屋敷の玄関だ。
中は意外にも綺麗だった。
絨毯や壁紙は剥がれかけているけれど、塵や埃などが積もっている様子はなく、誰かが掃除をしているのかもしれない。
いや、実際、ここに誰かいるのだろう。
そいつがこの失踪事件の犯人に違いない。
ほとんど真っ暗だった屋敷内に、不意に明かりが灯った。
燭台に火が付いたのだ。
「うふふ、ようこそ、アタシの愛の巣へ」
暗闇の奥から姿を現したのは、背の高い女性だった。
露出の高い衣服に身を包んだ妖艶な美女で、真っ赤な唇を楽しそうに吊り上げながら、サラッサさんに近づいていく。
次の瞬間、シーファさんたちが家庭菜園から飛び出していた。
「止まれ」
「っ!?」
シーファさんのギフト【女帝の威光】の力で、一瞬その美女の動きが停止する。
その隙に肉薄したのは、剣を抜いたセナだ。
「えい」
「ぁっ!?」
容赦のない斬撃が美女の右腕を斬り飛ばした。
「一体、どこから……っ!?」
右腕を切断されたにも関わらず、美女は悲鳴を上げるより、突然現れたシーファさんたちに驚いている。
痛くないのかな……?
「サラッサ、しっかりしなさい」
一方、アニィがサラッサさんの目を覚まさせようとしていた。
だけど身体を揺らしても、サラッサさんの目は虚ろなままだ。
「無駄よ。その子は今、アタシの支配下にあるわ」
一気に十メートルほど飛び下がり、セナから距離を取った美女が嗤う。
ていうか、凄い跳躍力……。
そんなサラッサさんに、アニィが僕の菜園で収穫した聖水を振りかけた。
「はっ!? わ、わたしは何を……?」
「効いたみたいね」
どうやら聖水が効果あるようだ。
「っ! アタシの支配がこうもあっさり解かれるなんて……」
美女は驚いている。
それより僕としては、少し目をそらした間に、さっき斬られたはずの右腕が元に戻っている方が驚きなんだけど……。
薄々そうだろうと思ってはいたけど、どうやら普通の人間ではなさそうだ。
それも、僕の予想が正しければ――
「……まぁ、いいわ。だったら、あなたたちまとめて、アタシのモノにしてあげるわ。ふふふ、よく見たら、三人とも可愛い子ばかりじゃないの」
そう言って微笑む美女の口の奥に、尖った牙のようなものが見えた。
――うん、やっぱり吸血鬼らしい。