02
数時間すれば起きるだろうという目論見は甘かったようで、2時を回っても音すらしてこない。
「非常に言いづらいんだけどさ、一旦俺家帰っていいかな」
「明日仕事でしょう?しっかり休んだら?」
「そうなんだよねー。ただ、希があれだと、ここにおいていくのもさぁ」
「まあ、置いていかれても説明とか面倒だなとは思うけど」
「一応携帯に俺から状況説明入れておくよ」
「そうしてくれると助かるわ。というか、彼は明日仕事何時からなのかしら?起こさないとまずいよね?」
「あー、そこは大丈夫。ああいう飲み方するときって1日オフか午後からかのどっちかだから」
「じゃあ、起きるまで放置しておくから大丈夫よ」
「ほんと、ご迷惑おかけして申し訳ないです」
テーブルに置いておいた携帯を手に取り、立ち上がってペコリと頭を下げるヒロの顔は若干の疲労が見えた。
「かしこまりました。ゆっくり休んで、明日もお仕事頑張ってね」
「ありがとう和心さん。そういう和心さんも仕事じゃないの?」
「びっくりするくらいタイミングがいいくらいに明日まで休みとってたんだよね。」
「わお。それはタイミングいい」
玄関で簡単に靴の紐をまとめていると、思い出したようにヒロが言い出した。
「あ、そうだ。状況知りたいから、番号交換していい?」
「携帯?」
「そう。やっぱだめ?」
「交換はいいけど、番号はバレた時に恐ろしいからメッセンジャーじゃだめかな?」
「え、普通ソッチのほうが嫌じゃないの?むしろそっちのがありがたいけど」
「そう?じゃ携帯とってくるからちょっと待ってて」
まさかそれがヒロのやり方だとは思いもしなかったけど、特に気にもしなかった。
普通に考えたら、電話番号のほうが変えやすいだろうがこのバカ!といつも仕事でついてる先生に怒られるのはもうちょっと先の話。
その後アカウントを交換しあって、ヒロは爽やかに帰っていった。
玄関の鍵を閉めて、改めて土間に鎮座してる我が家にないサイズの大きなスニーカーを見下ろす。
よく見ると、この前ちらっと雑誌で見た、有名ブランドとシューズメーカーの限定コラボのやつだった。
「はあ、大変だぁ」
ひとまず、私も横になろうと思い、寝室に移動する。
流石に一緒に寝るほど抜けてはいないけど、洋服とかはあの部屋に全部入れてしまっているのだ。
少し開けていた寝室のドアを軽く押すと、リビングの明かりでぼんやりと室内が映し出される。
ベッドの上でこちらに背を向ける形で横向きになって、布団を足に巻き込んで抱えて寝ていた。
さっきは気づかなかったけど、ベッドの下に脱いだ上着が放り出されていたので、ハンガーに掛けておく。
できる限り音を立てないように簡単な着替えと、念の為明日着るようの部屋着を取り出し、寝室のドアを締めた。
あれは起きる気配ないなと思ったけど、簡単にシャワーだけで汗を流して、リビングのソファで休むことにした。
「このひざ掛けこっちに置いておいて正解だったなー」
大判のひざ掛けを掛け布団替わりに、つかの間の休息をとり、数時間後には、自然の光で強制的に起こされた。
寝室もカーテンがないので、流石にそろそろ起きるかな、と思ってから数時間後に寝室から物音が聞こえ始めた。
まず携帯の着信音。
それから「どこ!」って声。
思わずくすっと笑ってしまったけど、悪くないと思うんだよね。
まあ、でもそうなるか、なんて思いながら、味噌汁を作り始める。
冷蔵庫の中身を見て、大根とわかめの味噌汁にした。
「今日こそ買い出ししなきゃだなーココらへんスーパーどこが近いんだろうか。ネットスーパーのほうがいいかな」
なんてつぶやいてたら、バンっと寝室のドアが開いた。
「おはよう?」
部屋の中をキョロキョロしてる彼に声をかけると、目があった。
「あ、あの・・・」
「仕事の時間が大丈夫なら、ごはん食べる?」
「あ、はい」
「流石にお風呂はかせないけど、顔くらい洗ってきたら?タオルの場所とかだいたいわかるでしょ?」
「え?はい」
「ほら、もうすぐご飯できるよ。早くして?」
「うん・・?」
寝起き弱い人にはこれが一番いいって昨日ヒロが言ってたとおり、スムーズに動いてくれて、面白かった。
首の後をかきながら洗面所に向かう彼を見ながら、ふふふと笑ってしまう。
ダイニングテーブルにランチョンマットを敷き、ご飯とお味噌汁と作りおきしておいたものを小鉢で乗っけて、納豆を用意する。
卵は焼きがいいか生がいいかわからなかったから、今回はなし。
納豆があるからタンパク質とれてるし。
ガチャっとリビングのドアが開き、彼が戻ってきた。
ちゃんと起きてる顔を見るのは初めてだけど、どっかで見たことある顔。
「こっち座って」
「ありがとうございます。というか、なんかほんとご迷惑をおかけして申し訳ないです」
「うん、そうだねー。まあ事情はわからないけど状況はヒロから聞いたから」
「さっき、連絡きてて、見ました」
「そ?じゃ私からの説明はいらないかな?」
「たぶん」
「よし、じゃ食べよう。いただきます」
「いただきます」
最初の違和感は左利きだったこと。
「あ、左利きだったのね、お茶碗とお椀の位置逆だったね、ごめんなさい」
「え?あ。」
「ん?」
「いえ、今右で食べるの練習してるんで、大丈夫です」
そう言って、違和感なく箸を右手に持ち替えて食べ始める。
「練習って十分じゃない?とてもきれいに食べてる」
「そうですか?」
口の中に物が入ってたので、頷くと、ふっと嬉しそうに笑った。
なんだこれ、朝からイケメンと差しで御飯食べるだけでも非日常だというのに、不意の微笑みとか心臓もたないわ。
お残しもなく、きれいに食べきった彼にお茶を出す。
「ちょっと前の茶葉だから香り飛んじゃってるかもだけど、ごめんね」
「いえ、なんか実家に帰ってもこんな完璧な朝ごはん食べないです。ごちそうさまでした。美味しかったです。」
「お口にあったようでよかった」
お茶を一口含んで、ほっと一息つくと、視線を感じた。
目の前でイケメンがふっと笑ってこちらをみてた。
だから・・・(略
「なに?」
「いえ、一応自己紹介しておこうかと。半沢希32歳です。ヒロと同じ事務所でいろいろさせてもらってます」
「半沢・・・?ねえもしかしてお兄さんいる?」
「え?はい」
「もしかして心臓外科医?」
「はい、多分?最近は連絡とってないので、なんの専門かは知りませんが」
「どうりでー。あ、私は吉澤和心といいます。たぶんそのお兄さんと同じ職場で看護師やってます」
私の告白に心底びっくりしたのか、手を口に当てて、ぼそっとつぶやいた。
「え、まじか」
「うん、まじ。っていうか堅苦しい話し方しなくていいよ?」
「え、あ、うん。兄・・朔と一緒の職場っていうと、ここからちょっと遠くない?」
「そうなんだよねー。でもまあ病院までバスでてるから、そこのバス停から」
「あーたしかにそうかも。俺も何度かお世話になったな」
「体調崩しておけないもんね?」
「うん、だからもっぱら点滴とか注射とかの応急処置かな。あとはここ、救急外来で縫ってもらったんだよね」
そう言って肘に薄っすら残ってる傷跡を指差す。
きれいに縫ってあるから、多分喜沢先生かな?
「結構縫ったねぇ。血凄かったんじゃない?」
「アクションシーンだったから、どこまでが自分の血かわからなくて、気づくの遅れたんだよね」
「いやそれ、気づこうよ。そこそこの痛み出てると思うんだけど」
「本番のときにやっちゃって、アドレナリンのおかげでわかんなかったんじゃないかなーって先生に言われたなぁ」
その時を思い出すように苦笑した顔もまた目の保養になるんだなぁとぼんやり思った。