01
引っ越し2日目。
荷物が少ない私はほぼ片付け終わっていた。
もともとこの部屋は、血だけつながっている父親が税金対策で買って、私名義にしてくれやがったもの。
都内の一等地のタワーマンションの上層階なんて、しがない看護師には身に余るものだったので、それこそ税金対策でそこそこの金額で貸し出していた。
つい先日、それまで自分が住んでいたアパートの建て替えの案内が来て、かつ、ちょうどいいタイミングで、貸し出していた人も引っ越すという話だったので、賃貸契約自体をやめて、自分で住むことに決めた。
病院には少し遠いけど、直通のバスは最寄りのバス停から出てるし、駅も近い。
看護師は基本的に緊急の呼び出しはされないから、そこも考える必要はないし。
独り身でこの広さ、案の定持て余してた。
空いてる部屋はそのうち来客用にしようと、空っぽのまま。
キッチンもムダに広いし、ダイニングとリビングが一緒と言っても広さがおかしいし。
そこから見える一面の窓には都内の夜景が写真のようだった。
高すぎてカーテンもいらないんじゃないかと思ったけど、朝の日差しの強烈さが思った以上だったのでオーダした。
明らかに今までのカーテンじゃ寸足らずなのはわかってたからね。
引っ越し屋のお兄さんたちもアパートに荷物を取りに来て、届け先がここだとわかったら顔色がかわってたもんなぁ。
貸し出してからずっとここに住んでくれてた人も一人だったらしいけど、きれいに使ってくれてたからハウスクリーニング代もそんなにかからなかったし。
もう何年かしたらリフォームするかなーなんて思ったら、インターフォンが鳴った。
時計を確認すると、現在24時少し前。
明日までお休みをもらってるからいいけど、ここを知ってるのは弟くらいだ。
「あーそういえばくるとかいってたっけー?」
いつもの癖で玄関のドアを確認することもなく開けてしまったのが運の尽き。
「「誰?」」
扉を開けたら、稀に見るイケメン(推定20代後半)がムニャムニャいってる酔っぱらいを抱えながら立っていた。
思わず発した声がかぶったのも仕方ないと思う。
ほんの十数秒の間が空いたのも。
「んーーーーただいまああーーーー」
「え?ちょっ・・・」
「ちょっとまて!希待てって」
鮮やかにポイポイっとスニーカーを脱ぎ、そのまま慣れたようにリビングへ向かってしまうご機嫌なその人も、これまたびっくりするくらいきれいな顔をしてた。
唖然としたまま見てたら、連れてきたイケメンさんがでっかいため息をついて、靴の紐をほどき出した。
「とりあえず、ちょっとあいつどうにかするから、あがっていい?」
「あ、え、はい。どうぞ」
「おじゃましまーす」
その人も勝手知ったる状態でスタスタとリビングの扉をあけて中に入る。
ひとまず玄関の鍵を閉めて、靴を揃えてあとに続くと、オープンキッチンで水を飲んでるさっきのイケメンさんが待ち構えてた。
「あーすっごい言いづらいんだけど、あそこの部屋って寝室?」
リビング側から入れる個室はマスターベッドルームとして位置している場所だ。
頷くと、「まじかー」と頭をかいて、続けて爆弾を落としてくれた。
「あいつさ、そこで寝ちゃってんだよねー」
「・・・は?」
「見てみ?」
まるであなたが家主ですかね?って冷静だったら絶対突っ込んでたくらいに大理石の天板が似合うイケメンさんは、その天板に片手をついて、ついでに体重もかけて、空いてる手なんて腰に当てちゃって、顎で部屋の方を示す。
なんだろう、もう目の前でドラマでも見てるんだろうか。
首をひねりながら、寝室のドアを開けると、買ったばかりの私のベッドに、洋服のままダイブした状態で枕に顔を埋めてぐっすりしてる人が居た。
なんかもう、靴脱いでくれてありがとうって言えばいいかなって思うくらい、混乱してる。
「どーすっかなー」
後ろから声が聞こえて振り返ると、某北欧家具店で奮発してかったL字ソファの一番いい場所に座って、缶ビールを開けてるイケメンさんがいた。
「あ、1本もらった」
「はあ・・・。何かつまみ食べます?」
「え、いいの?」
「作りおきで良ければありますけど、お口にあうかどうかはわかりませんが」
「ありがと。希があんなになるとは思わなかったからほとんど食ってないんだよねー」
「じゃあご飯のほうがいいですか?」
「いやいや、流石に見知らぬ方にそこまではご迷惑かけられません」
「十分かかってるので、どこまで行っても変わらない気がするんですが」
「たしかにそうだね、俺ら警察呼ばれてもおかしくないもんなー」
「ああ、たしかにそうですね。今からでも電話してみます?」
「ほんっとうにごめんなさいそれだけは勘弁して・・・」
ソファの上で正座して頭を下げるイケメンさんがなんか可愛そうな気になって、クスクス笑ってしまった。
冷蔵庫から、昨日と今朝作り置きしておいた惣菜を取り出し、小鉢に盛り付けてリビングに持っていく。
「引っ越したばかりなので、お箸が割り箸でごめんなさい。醤油とか必要なら言ってくれれば持ってくるから」
「ありがとってやべえ、うまそう・・・いただきます!」
じゃこと小松菜の中華風おひたしとか、筑前煮とか、キャロットロペとか、とりあえず冷蔵庫の中にあるもので適当に作っておいたものばかりだけど、無言で食べ進めるイケメンさんを見て、キッチンに戻る。
冷凍ご飯をレンジに移し、お鍋で出汁を取る。といってもパックだけど。
少し醤油と塩で味を整えて、大きめの急須に移し替える。
小さめの丼に温まったご飯を移し、味付きごまと鮭フレークと三つ葉を乗っけて、急須と一緒に追加で出してあげた。即席茶漬けだ。
「きれいに食べておいてこんなこというの何だけど、何も聞かないの?」
「何から聞けばいいのかしらねぇ?って思ったんだけど、とりあえずお腹空いてそうだったから」
「ごちそうさまでした、まじでうまかった。お茶漬けたまらん。」
「お粗末さまでした。お口にあったようでよかった」
食べ終わった食器を一緒にキッチンに下げつつ、シンクを挟むようにして対峙する。
「えっと、とりあえず自己紹介ね。柿澤広斗30歳。知ってるかもしれないけど、アイドルっていう職業してます」
「ご丁寧にどうも。私は吉澤和心です。看護師やってます。っていうか芸能の方だったのね。なんか納得。あ、年齢は非公開なのでご了承を。お茶とコーヒーどっちがいい?」
私の切り返しに絶句した状態のイケメンさんに、選択を迫る。
だって、病院と家の行き来で、テレビなんてニュースくらいしか見ないし、雑誌も休憩室でちらっと見たり、患者さんに「この人かっこよくない?!」とかで同意を求められるときに覗くくらいだもの。
正直、今の流行りすらわからないってーの。
「なんか、なんていうか、いろいろ規格外な人だね、和心さんって。」
「いきなり下の名前で呼んでくるあたり、っぽいよねー。で、どっち?」
「あ、じゃあコーヒーお願いします」
「座って待ってて」
電気ケトルに水を注ぎ、スイッチを入れる。
冷凍庫に入れてある1杯ずつに分けられてるコーヒーを取り出し、少し大きめのマグカップと自分用のマグカップに乗せる。
めんどくさいからケトルからそのままお湯を注ぎ、コーヒーを入れた。
「あ、ミルクが牛乳になっちゃうんだけど、いる人?」
「いや、ブラックで大丈夫」
「そ?よかった。砂糖もなかったから。はいどうぞ」
「ありがと」
私もソファに座り、一息つく。
「さて、この状況、とりあえず知ってることだけ説明してくれないかな?」
「あーだよねー。といっても俺もよくわからんのだけど。」
そう言ってヒロ(って呼べって言われた)が説明してくれた内容はびっくりすることだらけだった。
今私のベッドでぐっすりしてる彼、希さんは、以前ここを借りていてくれてた人で、ヒロは希さんが引っ越したことを知らないで普通に連れてきたらしい。
ヒロもここの2階下に部屋を借りているらしく、入り口はそれで入れたんだと。
何度か家にも遊びに行く関係だから、部屋についてインターフォンを押す希さんに疑問を思ってたら、扉の先に知らない人(私ね)が居てさらにわけがわからなくなったらしい。
「たしかに、わけわからないねぇ」
「だろ?でもまさか和心さんがここの持ち主だったとはね」
「そうね、こういうことってあるのねぇ。びっくりだわ」
そうして自然と二人の目線は寝室のドアを向いてた。
ということで始まりました。
1話ずつ完結でだらだら進めるか、このままつづけるかなやましいー