7月21日(金)天気:くもり
日に日にクマの濃さが増していく俺に、流石に明里が気づいてくれた。
「潤くん、最近寝れてないの?」
「誰のせいだと思ってる」
「美少女ふたりのサンドイッチはお気に召さない?」
「いやらしい言い方するなよ……」
朝から妙にテンションが高い明里と、いつも通り──と言ってもまだ3日目だが──のまりん。
買っておいたパンを食べているが、蒸しパンばかりでは腹にたまらんぞ?
「そういえば、まりんのことっておばさん達には話したの?」
「それがまだなんだよなぁ……基本的にすれ違ってる感じだし、昨日に至っては帰ってきてないみたいだし」
「メール入れておくとかは?」
「天才かよ」
「え、まさか入れてなかったの?」
「ほら、バタバタしてたから」
ここは俺の落ち度だが、メールを打つ時間がなかったから仕方ないね。
「送信っと。まあ不可って事にはならないだろうな。だってどうしようもないし」
「まぁねえ……こんな可愛い子を前に「出ていけ」とか、言えないもんねぇ」
「明里、パンが喉につまる。はなして」
「つれないなぁ」
「明里。まりんは元々抱き枕だが、今は人間として生活してるんだから、節度ある付き合いをだな」
「固い固い!可愛いは正義!これでいいでしょ?」
「そこは否定しない」
「……潤に売られた。私は非売品なのに」
「売ってないし売る気もないぞ?だって俺の娘みたいなもんだからな」
「むすめ……私はもっと……ごにょごにょ」
「わかりやすくて可愛いなぁ」
「何が?」
「マジかよ潤くん」
いや、可愛いのは分かるんだけどさ。
「いや、これは時間をかけて理解すればいいよね?まりん」
「潤は鈍感だから死んでも気づかない可能性がある」
「むむ……それは確かに」
ガールズトークが始まったので男子は退散する。少しくらい寝かせてほしいのでベッドに入る。
「一人になれたと思った?」
「!?」
バッと布団をめくれば、そこには全裸のまりん。どうしてこうなった。
「潤くん大変!まりんがいきなり消え……て……」
「明里、落ち着いてくれ。これは違うんだ。さっきまで下にいたろ?俺は何も悪くな──」
「チェストォ!」
「ぐぺっ!」
鳩尾に強烈なキックが入る。そのまま窓枠に頭をぶつけて、俺は2日分の眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれほど!あれほど言ったのに!」
俺が目覚めたのは午後2時。完全に昼を逃した。朝も食べずに二度寝をしたので大変空腹である。
傍らにまりんがいるなんてことはなく(恐らく明里が無理やり連れていったのだろう)、数日ぶりの睡眠に頭はスッキリ、目もぱっちりな潤さんである!
空腹による腹の音が部屋に響いたのでリビングへ向かう。
そして俺は絶望を目にした。
エプロン姿の女子。
立ち上る黒煙。
吹き出たどす黒い汁のようなもの。
新品だったはずのに、大きな穴の空いた鍋。
「よし、寝るか」
「「ちょっと待ってほしい!」」
エプロン姿のデストロイヤーが俺に迫る。
「や、まじで疲れてるから。あと俺は自分でご飯作るから。もちろんお前らの分はナシな」
「「そんな!」」
「逆になんでやろうと思った!あれほど台所に立つなと言っただろ!」
「だって明里が……」
「あ!まりん裏切ったね!」
「同罪だアホタレ」
「「!?」」
「そんな心外だ!みたいな顔されても……」
もう嫌だこの娘たち。問題しか起こさない……
「昼は食べて?」
「「ない」」
「作ろうとは?」
「「した」」
「変なものは入れた?」
「「入れてない」」
「嘘つけ。何を入れたら鍋に穴が開くんだ!それにこのどす黒い……うわぁ、光を完全に吸収してやがる……」
その汁は黒すぎて、見ているだけで吸い込まれそうな感じだ。ブラックホールとかダークマターってこんな感じなんだろうな……
「私達は肉じゃがを作ろうとしてたの!」
「ほう。それで材料は?」
「明里が言い出した!」
「……材料は?」
「……だって、最近潤くん疲れてるみたいだったから、元気になると思って」
「……もう1度だけ問おう。材料は?」
「……じゃがいもと、肉と、白滝と……」
「割と普通だな」
「──────洗剤」
「……んー?ちょっとお耳が悪くなっちゃったなぁ〜。聞こえなかったな〜」
「明里が、『隠し味にはやっぱり綺麗になる洗剤だよね!ならば……ん?「混ぜるな危険」?いいや入れちゃえ!きっと美味しすぎて危険ってことでしょ?』って……」
自殺志願者か何かでしょうか?
「あう……だって、洗剤って綺麗になるじゃない……」
「アルカリ性と酸性の物を混ぜると硫化水素っていう危険なガスが出るんだ。死ぬぞ?死ぬところだったぞ?」
「……まじで?」
「化学でやったろ?」
「ごめん寝てた」
「あ、お出口あちらですので……」
明里をグイグイと玄関方面へ押していく。
「ちょっとやめて!そんなこと言ったらまりんだって!」
「……!明里、犠牲はひとりで十分!」
「それ、助かった側が言う!?聞いて潤くん!まりんはね……自分の履いたぱんつを出汁にしようとしたのよ!」
「硫化水素の100倍嬉しいじゃねぇか」
「なんでよ!」
アブノーマルだが悪くない。言われなければ普通に食えるかもしれぬ。
しかし硫化水素、テメーはダメだ。
「明里は反省するといい」
「くそぅ!まりん!潤くんの優しさに感謝しなさい!私でも流石にぱんつは入れないわ!この変た──」
バタン。
「ぱんつを入れた入れないはどうでもいいが、どうして君らはいらぬ隠し味を加えようとするんだ……」
「喜んでほしいから?」
「1度料理番組を見ることをおすすめするよ……」
やはりこいつらに台所は任せておけぬ。立ち入り禁止にしておこう。
黒い液体の処理、どうしよう……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昼を過ぎなのに満たされぬ空腹に耐えかねたので、ピザのデリバリーを頼んだ。
30分ほどで到着した配達員のお兄さんが、異臭に眉をひそめていたが、適当に「夏休みの実験中なんですよ」と言って誤魔化した。
ちなみに明里は玄関前で体育座りですすり泣いていた。配達員の人ビックリしてたろ……
流石に不憫になったので入れてやるとすごく嬉しそうにしてた。くそ、アホなのに可愛いだと……!
男とは単純である。しみじみ。
台所の惨状は一旦置いといて、3人揃っていただきます。ピザは大きいのを2枚頼んだのでだいぶ食べれる。うん、美味い。
半分で味が変わっており、マルゲリータ、ベーコン、マヨコーン、シーフードにしてもらった。オーソドックスなのばかりだが、美味ければよかろうなのだ。
ぺろりと平らげ、さて昼寝……おおう、忘れてたわ黒液体。
「ところで鍋に穴が空いたのはこれのせいか?」
「ううん?私が混ぜてたら穴が空いたの」
「まりんがミキサー?を使おうって言ってガーって」
「は?え、何いってんの?」
「そっちの方が早く出来るって」
「あとだなよくよく考えたらじゃがいも入ってた」
なるほど、つまり……
「ま──り──ん──?」
「……ヒィ」
「無表情でそれっぽい音を出すな!」
こめかみグリグリの刑!
調子に乗って撹拌していたら底をゴリゴリやっていたらしく。硫化水素の事もあり、穴が空いたという。なんだそりゃ……
「鍋ってそんなに脆くできてないぞ……」
『あ、それ私が穴開けてしまった』
この脳内に響く声は……!
「ピリス!何をした!」
『いやな、私も見えないながらに混ぜていたんだ。で、楽しくなってな』
なるほど。
「時は止めたな?よし、そこに尻を出せ。引っぱたいてやる!」
「な!神の眷属たる私の尻を叩くというのか!この不敬ものめ!」
「仕事しないやつに不敬とかいわれたくないですぅ〜!」
腕力が強いのなら持ち上げてしまえばいいのだ。バタバタと暴れるピリスを肩に担ぎ、「お尻ペンペンの刑」、執行。
「あんぎゃー!」
「はんっ!せいっ!しろっ!」
「ごめんなさいぃ……もうしませんからぁ……」
肩の上で泣き出してしまったピリス。痛くはしてないんだけどな……
見た目幼女だから泣かせてしまうと何となくいたたまれない。そっと降ろしてやる。
「ふ、ふんっ!神に手を出す不埒ものめ!君にはいつか神罰がくだるだろう!」
「こんな事で下されてたらたまんねぇよ……」
『じゃあ処理よろしくー』
「あっ!てめえ!」
「潤くん?」
「ん、ああいや、何でもない」
思わず肉声で叫んでしまった。明里に不審がられてしまったではないか。
「穴の空いた原因もわかったし、とりあえずこれを処理するか……」
黒い液体。ゴム手袋で触ってみたら溶けた。なぁにこれぇ……
結局、タウ〇ワークでその道の業者を呼び、処理してもらうことに。6万も持ってかれた……
女子共にジト目を送ると、すごい勢いで目をそらされたことから、一応反省はしているのだろう。
「これに懲りたら、もう二度と俺の監修なく料理すんな。いいな?」
「「いや、でも……」」
「返事は?」
「「はひっ!」」
『次やったら1日天日干し』という紙にサインをさせ、やっと訪れた平和を噛み締めながら、俺はソファーに寝そべってテレビをつけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
たまたまお笑い番組をやっていたので夜まで見た後、綺麗になった台所で鮭を焼く。
テレビに釘付な女子共を置いて買い物に行った俺を褒めて欲しい。
帰ってきても「早かったね」のみで、労いの言葉など言ってはくれなかった。
いいさ、お前らの鮭は骨抜いてやんねぇ。せいぜい喉に刺さって痛い目見ればいいのさ!
お笑い番組を見ながら食べた夕飯は、案の定喉に骨が刺さる者続出で大変だった。
仕掛け人の俺も取り切れておらず、ブッスリやられた。しかもなかなか太いやつ。口から出してびっくりした。
まりんはアザラシモチーフだけあって丸呑みにしようとしたのだが、流石に人間の規格では無理があったようだ。ちまちま食べているところをブスリ。
明里は笑いながら食べるからボロボロこぼす。せっかくの美人が台無しである。まあ学校ではめったに見せない姿だけどさ。
明里の刺さり方は面白かった。
笑いながら刺さって、「ひぐっ!?」とか言って自分で笑い、笑いすぎでお腹痛くなり、トイレで吐いてくるという謎のコンボ。明里、お前が芸人だ。
こうして俺の仕組んだ鮭の反乱は多大な爪痕を残したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
就寝。風呂の時間のことは聞かないでほしい。あえて言うならば「まりんの乱入で大変だった」と言っておこう。
今日は昼間の事があったので布団は離して貰えた。でも部屋自体は一緒なんだよなぁ……
でもまぁ、昨日一昨日よりはよく寝れるだろう。いい夢みれますように。
「おやすみ。潤」
「おやすみ、まりんんんんん!?」
夏なのに肌寒かったので、布団を頭までかぶったところ、なぜか布団の中にまりんが。
そしてどうして君は全裸なの!?
「私の抱き枕能力。いいでしょ」
「すごく迷惑」
主に理性的な意味で。
「そんな……!」
ショックを受けないでいただきたい。
「昼間も瞬間移動してきたけど、なんなのそれ?」
「私の抱き枕能力」
「それが何かって聞いてんの!」
「持ち主の傍らにワープする。服は消える」
「またとんでもない能力だな……」
男的には大歓喜なのだが……ほらみろ、背後から冷気が漂っている。
「潤くん……?いつの間にまりんを攫ったのかな……?」
「攫ってないし。むしろまりんの方から来たんだし」
「問答無用!」
「危ねぇ!」
「キャッ!」
ベッドからライダーキックを決めようとジャンプしてきた明里を躱そうとしてまりんが腕に抱きついていることに気付き、中途半端にライダーキックを食らったことによって3人でもつれ合う。
結果。
わたくし片峰 潤は、西野 明里サンの胸を揉みしだく事になり────
────左頬に、手のひら型に赤い跡を残して気を失った。