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ひめごま!  作者: PhiA
3/6

7月20日(木)天気:くもり

「はいそれでは皆さん。夏だからってハメ外すことなく、宿題きちんとやってから遊ぶように……『うぉあああああ!夏だァオラァ!』高橋くん、この後職員室へどうぞ。それ以外の人は解散です。良い夏を!」


 フライングしてはっちゃけた高橋が先生に連行されていく。ありゃ課題増えるやつだな。


「まりんちゃんは夏休み予定あるの?」

「んー、潤とあつい夜を過ごす……?」

「夏は暑いもんね!ほら帰るぞ!」


 クラスの女子と夏休みの予定について話しているまりんを強引に教室から連れ出す。


「潤、大胆……」

「お前はどうしてそう誤解を招くようなことしか言えないんだ!」

「ひはいひはい」


 両頬をつねって引っ張ると、まあ伸びる伸びる。昔スライムとか作ったなぁ……


「潤くん?女の子の会話をぶち切るのは良くないんだよ?」

「んなこと言ったって」

「だってもなにもないの!戻ろ、まりん」


 まりんの手を俺からひったくり、再び教室へ戻る明里。まりん、そんな悲しそうな顔をするでない。


「あ、帰ってきた」

「おかえり、まりんちゃん!従兄弟(意味深)に攫われかけてたね!」

「潤は私のたいせつなひと。誰にも渡さない」

「あれ?もう8月中旬かな?」

「確かにあっついよね。なんでだろ」


 くそ、教室の外まで聞こえてる!恥ずかしいとかの次元じゃないぞこれ。

 耳から煙を拭いていると、クラスの男連中が近寄ってくる。


「片峰、どうせ暇だろ?海とか行かね?」

「海かぁ……いいな、それ」

「お!まさかの参加!じゃ、じゃあさ!西野さんと、昨日来た子も誘ってくれよ!」

「じゃあ夏休み明けに。またな」

「おおおい!」


 下心丸見えなので断っておく。まりんは俺の娘のようなものだし、明里は……その、気になる存在だ。


 その2人を下衆の前に晒すなど、俺が許さん!お前が言うなという声が聞こえてきた気がしたが、それはそれ。


「潤、おまたせ」

「さあ帰ろう!」

「やけにテンション高いな。何話してたんだ?」

「んー、夏休みの予定in the girls?」


 聞くだけ無駄なようなのでスルーして帰路へついた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「なんでさらっとうちに入ってくるの?」

「え?ダメだった?」

「いや別にいいんだけどさ」


 普通に「ただいまー」とうちに入ってきた明里は首を傾げながら「へんな潤くん」と呟いた。


「明里は潤のことがすむぐぅ」

「まままままりん!?着替えに行こうかそうしよう!」


 まりんの口を抑えつつ女子の着替え用に貸し出している母親の部屋へと連れていく。まりんも大変だなぁ。


「さて今晩はさすがに食べるもん作るか。って、冷食ばっかかよ母さん……」


 冷蔵庫の上の段には何もなく、冷凍庫を開けるとピラフやたこ焼き、うどんなどの冷凍食品がぎっしり詰まっていた。楽だから構わないのだが、栄養バランスとか気になるじゃん?


「買い物行くか。昼飯も食べないとだし、ついでに」


 これはいいことを思いついたと、母の部屋をノックする。


「なー、昼飯食いに行くついでに夜飯の買い物行くぞー」

「……潤、はいって」

「え、いいのか?ならば遠慮なく」

「ちょ潤くん!?なんで開けて……」


 まりんに入室許可を貰ったので扉を開けると、2人とも下着姿だった。

 どうやらまりんに何が似合うかを試していたらしく、辺りには色とりどりの下着が散乱している。


「ふっ……ここが桃源郷か……」

「何悟ったような顔してんの!さっさと出ていって!」


 グイグイと下着姿の明里が俺を外に出そうと押してくる。


「まりんは着せ替え人形にされていたから下着ってのはわかるんだが、なんで明里まで?」

「着替え途中だったの!」

「潤、どれが似合うとおもう?」

「あー、そのエメラルドグリーンのとかはどうだ?」

「つけてみる」

「ま、まりん!?そこで脱がないの!潤くんも見てないで……出てけぇ!」


 脱ぎ始めたまりんを凝視していたら遂に追い出されてしまった。もうちょっとだったのに……

 ま、俺は俺で準備しますかね。


『これ私のなんだから大事にしてよ?まりん』

『明里、大胆なのおおい。これなんかほとんどヒモ』

『しーっ!潤くんに聞こえちゃうでしょ!』


 俺は欲望のままに再度ドアノブに手をかけた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 未だヒリヒリする頬を抑えて歩道を歩く。その右手には可愛らしい頬をこれでもかと膨らませた明里とまりん。


「まったく、乙女のお着替えタイムをなんだと思ってるの!」

「だってあんな会話聞いたら」

「反省が足りないみたいだね?」


 涙目になりながらさらに頬を膨らませる明里。怒っているようだが、男子目線では可愛いの一言に尽きる。眼福眼福。


「そこのファミレスでいいか」

「ファミレス……はつたいけん」

「イタリアン料理の店だからオムライスはないと思うぞ」

「オムライスじゃなくてもおいしいのがあればそれでいい」


 おお、期待の眼差し。まあここはファミレス界隈でも特にうまいと評判の店だからな、きっといいもの食えるぞ。


 カランカランとドアについたベルが可愛らしい音をあげて、奥からウエイトレスさんの「ただいまー」という声。


 窓際の席に案内され、メニューが配られる。まりんの食いつきはすごかった。目を見開いて、隅々まで見落とさぬという意思がひしひしと伝わってくる。


「潤、これ!これにする!」

「なになに……おおぅ、いきなりエスカルゴか。初イタリアンで冒険するなぁ」


 まりんが指さしたメニューはエスカルゴ。俗に言うカタツムリな訳だが、ちゃんと食用に育ててバジルやらなんやらで味付けしてある。ちなみに俺はこれが苦手なタイプだ。


「私はカルボナーラで」

「じゃあ呼ぶか。まりん、そのボタンを押すんだ」

「?……こう?」


 ピッ!ピンポーン──


「!これ、楽しい!」


 ピッ!ピンポーン──


「こらまりん!それは連続で押すもんじゃないんだぞ!2回目押すと「早く来い」ってメッセージで電光掲示板が点滅するんだからやめなさい」

「よく知ってるね、潤くん」

「なんかの雑学で見た」


 26という点滅する数字を見てため息。まりんがまた押したそうにしているが明里が羽交い締めにする。絵になるなぁ……


「お待たせいたしました。ご注文をどうぞ」


 少し不機嫌そうな顔を必死に誤魔化すウエイトレスの人。そりゃあハナから「はよ来い」って言われたら不機嫌にもなるだろう。


「エスカルゴ一人前と、カルボナーラ1人前。あとはマルゲリータとミートドリアで」

「お飲み物などはいかがしますか?」


 あー、ドリンクバー頼んどくか。


「じゃあ3人分お願いします」

「かしこまりました」


 注文の反復確認を終えて「失礼します」と終始営業スマイルを貫き通したウエイトレスに敬服。


「潤、どりんくばーってなに?」

「ジュースが飲み放題になる魔法のセットさ」

「すごい!なんでも飲めるの?」

「種類は限られてるけどな」

「じゃあ先に取ってくるわね。まりんも行こう」


 女子共が先に席を立ち、ドリンクコーナーへ向かう。

 暇だし、ナフキン折って遊ぶか。良い子は真似すんなよ?


『君は、神を信じるか?』

「!?」


 手や口を吹くためのナフキンでユニコーンを作っていると、俺の対側の席に黒ローブが座っていた。

 フードは深く被られており、その顔は見えない。


「……どちらさまですか?」

『それを君が知る必要はないし、知る術もない。質問に答えよ。──君は、神を信じるか?』


 質問返しはご法度でしたね。


「神様……いてもいいとは思うけど、信仰心はないですね。せいぜい神社でお参りする程度」

『そういうことではないのだが……質問を変えよう。君は、神が実在すると思うか?』

「実在するか……人と同じようにってことですよね?ならありえない話だと思います」

『ほう。その理由は?』

「神や仏って、人間の何かに縋りたいっていう心が生み出したものだと思うんです。こんなこと言ったら教会とかに怒られそうですが、神が実在するなら夢を現実に持ってくるようなものですからね」

『なるほど、一理あるな。貴重な時間を頂いてしまってすまない、ただ君には1つ忠告がある』

「まだ何かあるんですか?」

『これで終いだ。……今を全力で生き、楽しみ、記憶せよ。人の記憶はあまりに儚い。ふとした時に泡となって消えてしまうからな』

「それってどういう……」


 聞き返す前に黒ローブは消えていた。ずっと目を離さなかったのに、忽然と消えた。まるで、元から存在しなかったかのように。


「なんだったんだ……」

「どうしたの?潤くん……うわ、なにそれ」


 ドリンクバーから戻ってきた明里とまりんはテーブルの上に置かれた作りかけのユニコーンを見て驚いている。


「ああ、暇だから作ってたんだよ。ナフキンって何にでも変身するんだぜ?」

「出来たらください」

「いいだろう。500円だ」

「素材は無料のナフキンなのに高ぇ!技術料取りすぎだよ!」

「的確なツッコミご苦労。じゃあ俺も行ってきますかね」


 まだ前足までしか完成していないユニコーンをテーブルにおいて、俺は席を立った。




『ううむ。炭酸系も捨て難いが、この野菜ジュースというのもなかなかヘルシー……選べぬ!』

「……何してんすか」


 前に並んでいた人に声をかけると、ビックゥ!として手に持ったコップを上に放り投げる。ワタワタしながらもなんとかキャッチし、安堵のため息。プラスチックだから落としても問題ないんだけどね。


 いやいやそうじゃなくて。


「何あんな謎の人っぽく消えておいて普通に客として来てるんすか。あれ、どういう手品ですか?たっね明っかし!たっね明っかし!」

『やかましいわ小僧め!人目に付くではないか。私は今飲み物を選ぶのに忙しい。あっちへ行け』

「じゃ、隣の使いますわ。あ、選びきれないなら邪道ですが混ぜることをお勧めしますよ」


 コップを片手にドリンクコーナーをウロウロしていた先程の黒ローブ。その隣にある台からコーラを頂く。

 俺の提案が気になったのか、カ〇ピスとオレンジジュースを混ぜている。待て待て、オレンジ8割とか馬鹿なのかこの人は。


「それきっとカル〇スの味しないですよ?」

『ぬ!?やかましいわ!私の勝手であろう!』


 声が裏返ってますよ。


『わ、私は席に戻る!余計な詮索しないように。いいな!』

「えぇ……すごく気になるのにってまた消えた」


 こちらに指を突きつけながら言い放ち、さっきと同じく消える黒ローブ。

 というかさらっと流してたけど、なんでファミレスでローブ着てるの?今夏入りたてよ?あっついんだよ?


 コーラを持って席に帰ると、まりんは既に2杯めを貰いに行こうとしているところだった。


「いくら飲んでもいいけどさ、腹一杯になるぞ?」

「よゆーよゆー」


 そうしてパタパタとドリンクコーナーへ行ってしまった。


「あの子、ここのドリンクバーをコンプリートするんだって意気込んでたよ。多分止めても無駄だろうね」

「あー、そうなったか……」


 ここはドリンクバーの種類が多めの店だ。コンプリートには骨が折れるぞ……



 料理がいっぺんに来たので、揃って合掌。俺は先にピザを切っていく。


「潤、一口ちょうだい」

「おう、いいぞ。さすがにエスカルゴだけじゃ満腹にはならんだろうからな」


 エスカルゴはどちらかというとサブメニューだ。大した量ではなく、ドリンクバーがあるとはいえ腹持ちが悪いだろう。

 それを見越してピザを頼んでおいた。半分までなら分け与えてやってもいい。できる男、俺!


「じゃー私も」

「どうしてそうなる」

「いいじゃない」


 しれっと一切れ持っていく明里。まあいいんだけどね?ミートドリアあるし。



 結局ピザは女子に全部食べられてしまった。ドリアが終わってふと皿を見ると何も乗ってなくて悲しかった。皿にこびり付いたチーズまで念入りに取ってやがんの。

 罰として、完成したユニコーンを水でへにゃへにゃにして捨ててやった。もちろん写真を撮るのは忘れない。



 会計に並んでいると、少し後ろに例の黒ローブが並んでいた。こちらに気づいているようで、身を隠していたようだがすぐにバレた。


 これ以上関わってもあまりいいことは なさそうなので、会計が済み次第さっさと店を出る。

 続いては夕飯の食材選びだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「今晩は何にする?」

「ラーメン!」

「らーめん……?潤、なにそれ?」

「熱々のスープの中に麺を入れて肉やらネギやらをトッピングしたやつだよ。スープと麺の組み合わせで味が変わるんだ」

「それにしよう!」


 今晩はラーメンパーティーのようだ。



 食材が揃い、レジを通ったあたりでまたしても黒ローブ見つけた。

 レジを興味深そうに眺めている。


「それ、疑われますよ?」

『ギャー!すみませんすみません!ちょっと珍しかったんで……ぬ!?君か……』


 すごい勢いで謝られたが、レジってそんなに珍しいだろうか?


『いやな、しんか……うぉっほん!私の住む地域ではこのような機械はないのでな!観察していたのだよ』

「そうですか。じゃあさようなら」


 やはり面倒くさそうな人なので会話をぶつ切りにし、明里たちの元へ帰ろうとすると肩を掴まれた。


『まあ待て。何故そんなによそよそしいのだ。もっと構ってくれないと寂しいではないか』

「何言ってんすかアンタ!?急いでるんで離してもらえ……力強え!」


 嘘だろビクともしねぇ!俺は体格こそ標準的だが力には自信あるのに!


『少し語らおうぞ?あ、周りは止めとくな』

「は?何言ってんすか?いい加減離し、て……」


 俺は自分の目を疑った。見渡す限りモノトーン。通行人や店員、荷物を詰める作業をしていた明里たちも停止している。


 バッと黒ローブを振り返ると、()はローブの頭を取った。


「やっとゆっくり話せるな。私はピリスティス。ピリスとでも呼んでくれ」


 ずっと男だと思っていた黒ローブの正体は、金髪の女性だった。その姿は実に神々しく、後光がさしているように錯覚するほどに眩しかった。

 ピリスティスの名乗った女性は、俺に一歩近づくとその美しい口を開いた。


「私は君を観察しに来た。君が何を感じ、どう動くのかの観察に」

「……どういう、ことですか?」

「簡単だ。あの子……まりんと言ったか。あの子に命を与え、触媒である抱き枕の製作者である君の反応を観察する。これが私が出向いた理由」


 ピリスティス──ピリスはまりんを指さしながらそう言う。


「なんのために?なんで俺なんだ?そしてピリスさんは何者なんだ?」


 状況に頭が追いつかなくて、つい矢継ぎ早に質問をしてしまう。


「いっぺんに聞かれても困るが、一つずつ答えよう。まずは何のためか。これの答えは単純明快、我々の娯楽と今後の研究だ。私が何者か、という質問にも直結するので二つ目の質問に答えよう。なぜ君か、というのは実の所私もわかってない。ランダムに選ばれるという説もあれば必然という説もある」


 割と噛み砕いて説明してくれているようだが、全く意味がわからん。ただ、次のピリスの言葉ですべてがつながった。


「3つ目の質問。私が何者か──簡単に言えば、神的な存在だ。君ら人間の常識から外れた存在。天気を操るし、命さえ生み出す。それが、我々(・・)だ」


 神。人が心の拠り所として祭り上げ、伝承される存在。

 数多の神話が伝承され、日本だけでもたくさんの神が存在し、アニメやゲームなんかでよく出てくる。


 しかしピリスティスという名を聞いたことはない。どういうことか?


「私は一時的な生命体だからな。君の観察のためにだけ作り出された、いわゆる『片峰 潤専用カメラ』だ」

「でもカメラに時間停止の昨日はついてないですよ」

「カメラは写真としてその瞬間を切り取るもの。今私は君を世界から「切り取って」いる。原理的には同じことさ」


 なんでもありの神様。半信半疑だが、なにかのドッキリにしては出来すぎている。

 それに、音に関してはピリスと俺の話声しか聞こえない。風もないし、匂いもない。


「どうやら、嘘ではないようですね」

「別に砕けた口調でも構わんのだぞ?私は神族とはいえ、ただのカメラだからな」

「……わかりま、わかった。それでピリスはずっと俺を監視し続ける感じか?」

「うむ。それが私の役目ゆえ。プライベートもへったくれもなくなってしまって済まない」


 うーん。そうすると行く先行く先で他人の目があるということか。なんだか落ち着かなさそうだ。


「……必要なら君の記憶から私の存在を消すことが出来る。これで見られている感覚がなくなるはずだ」


 ピリスがそんな提案をしてくるが、一瞬辛そうな表情をしたのが気になった。


 俺はうーん、と首をひねってから


「でもそうするとピリスは誰にも認識されないんじゃないか?」

「!」


 どうしてそれを、といった反応。お、ビンゴか。


「ピリスは神で、俺のカメラである。そのカメラは他の人に認識されないとかじゃないの?」

「……正解だ。私は君以外に認識されることはない。私がどんなに熱心に話しかけようとも、罵倒しようとも、暴力を加えようとしても、だ」

「そんな悲しそうな顔するカメラ初めて見たけど……なら、記憶はそのままでいいよ。やることは別に変わる訳でもないしな」


 そう言うとピリスはその顔をパッとあげ、信じられないような目でこちらを見てくる。


「四六時中だぞ?何をしていようとそばで見ているのだぞ?」

「うーん、見られたくない行為に関しては空気読んでもらえると助かるんだけど、それ以外に関しては特に問題ないと思う」


 至極真面目に答えてやると、何故かピリスはポロポロと涙をこぼし始めた。


「な、なんで泣くの……えっと、どっか痛い?」

「そうではない……嬉しくてな。今までの観察対象の人にこの話をすれば、全員記憶を消す選択をするからな」


 きっと神の寿命は長い。観察端末に過ぎないピリスでもそれは当てはまるのだろう。


「すこし……肩を貸してくれ」

「ご自由に」


 俺の肩というより胸に顔を埋めてピリスは止まらぬ涙を何故か嬉しく感じていた。



「みっともないところを見せたな」

「……粋なトークはできないよ?」

「2日間の観測でわかっいる」

「さいですか」


 まだ目尻が赤いが、どうにか涙の滝は止まったらしい。


「でもピリス。俺と会話するのってどうするの?俺が独り言喋る感じ?」

「それはそれで面白そうだが、その辺は大丈夫だ。頭で会話できる」

「またスピリチュアルな……」


 俗にいう念話とかテレパシーってことらしい。


「……すまないが、ここから先話すことの内容は君が拒んでも消させてもらう。神界機密なのでな」

「それ言う必要ある?」

「正確には『消す』のではなくて『封印』なのでな。時が来たら解除するさ」

「すると、地上で生活する俺はこれから話すことについては覚えてないってことか?」

「まあそんなところだ」


 やっぱり喋る意味がない気がするけど、まあいいか。


「では話を始めよう。────」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 記憶封印が完了したというピリスが手をひと振りすると、周囲に音と色が戻り、人々が動き出す。


『では、くれぐれも私のことを気取られないように頼む。特にあのまりんという娘には、な』

『わかった』


 停止世界でテレパシーのやり方は学んだので、長すぎない会話ならできるようになった。


 そこへ、荷物を詰め終わったらしい2人が歩み寄ってくる。


「もー!なんで男子が率先してやらないかな!」

「潤はきがきかない」

「悪かったって……」

「……ん?なんで潤くんのシャツ濡れてんの?」

「あ?あ、ああこれか。さっき水風船ぶつけられたんだ」


 なんだその言い訳!


「……ふぅーん。水風船にしては……まあいいか。帰ろう!」

「おー」

「お、おう……」


 さすがに荷物持ちは引き受けた。白菜とか買ったしね。


「そういえばまりんの服って明里のやつなのか?」

「(ビクッ!)そ、そうだけど?どうしたの?」

「いや、こんなの持ってたんだなって」

「……結構着てるやつなんですけど」


 あ、地雷踏み抜いた。


「潤くん、君は他人の服装を見ないのかな!?女の子はお洒落をして、それを褒めて欲しいの!」

「オイオイ、俺に乙女心を理解しろと?宇宙の神秘を解明する方が億倍簡単だわ!」

「……こいつ許さん!」


 だって複雑怪奇じゃん?あんなクソ方程式、解ける気しないね。ええ全く、これっぽっちも。


 お、明里必殺のぐるぐるパンチだ!地味に痛い。


「私も。日頃のうらみ」

「お前一昨日生まれた(つくられた)ばっかだろ!」

「でも私のこと忘れてた」

「忘れたんじゃない。分からなかったんや」

「潤、ギルティ」

「あんなのわかるやつの方がおかしいんだ!」


 怒れる女子から痛みやすい身体と傷みやすい荷物を守るべく、いかにも文化系らしい速度で逃げ出した。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「「ラーメン!ラーメン!」」

「うるせぇ!急かしてないで少しくらい手伝ったらどうだ!」

「え?いいの?」

「いや明里、お前はダメだ。台所を墓場にする気か?」

「そんなに言わなくてもいいじゃない!」

「そうなりかねないから言ってんだよ!」


 西野 明里。特技、運動。苦手なもの、料理。


 昔明里が作ったクッキーを食べたところ、俺は2週間寝込むほどの頭痛、下痢、咽頭痛(いんとうつう)、発熱を伴う謎の病気にかかった。


 ちなみにそのクッキーの製法がこちら。


【あかりちゃん特製くっきー☆】


 ・バター(1箱)

 ・砂糖(1袋)

 ・塩(1袋)

 ・薄力粉(200g)

 ・卵(1個)

 ・お部屋に落ちてたグミ(3個)

 ・パパの靴の裏についていたガム(1個?)

 ・重曹(小さじ1杯)



 やばいだろ?よく俺生きてただろ?なんで薄力粉だけ最適料なんだよ!なんで靴の裏からガムとって混ぜ込んだんだよ意味わかんねぇよ!


「若さゆえの過ちって怖いね、潤くん」

「絶対成長してないからダメだ。この間の家庭科、酷かったじゃないか」


 クラスのトップアイドル的存在の明里と同じ班というのはかなりラッキーシチュエーションなのだが、こと家庭科においては全男子が目を背ける。


『家庭科の調理実習、初回はフルーツポンチとアイスクリームを作りましょう!』

『わーー!簡単で美味しいやつだ!』

『盛り付けるだけだもんね!』

『フルーツポンチは寒天を固めて切る作業と、そのままだと大きい桃を切ります。アイスは牛乳を混ぜるところから始めます』

『ガチなやつだ!』

『はいそれでは……西野さん?何をして……ああ!それは──中敷!?まさか上履きの中敷を切り刻んで……ああ!寒天の中に!しかも全部の班のボウルに!』

『え?隠し味として最適だと思って……何か悪いことしました?』


 そう、こいつはみんな大好きフルーツポンチの寒天を全滅させたのだ。しかも本人はそれを「なんで?」と聞いてきた。女の子だから怒るに怒れないので、男子はみんなで泣いた。女子は何故か寛容だった。


 加えて桃を切り、いざ寒天なしフルポン食べるぞ!ってなった時。


『どうして桃からじゃりじゃりした食感が生まれるんだよ!』

『うわ……こっちの桃ヌトォッてした……』

『俺のなんかパリパリだぜ?汁の中に入ってんのに……』


 まさに生き地獄。阿鼻叫喚。お巡りさん、明里です。明里が切った桃が何故か各班に行き渡ってしまい、それを運悪く食してしまった生徒がこぞって戻すという事件。


 アイス?ああ、あれは明里担当じゃないから美味かった。みんな泣いてた。

 以降、男子は影で「メシマズガール明里ちゃん」と呼んでいる。無理もないか。


 そんな明里が夕飯を作りたいというのだ。断固拒否!拒否である。


 ブーブーいいながらリビングのソファーにデンっと座り、テレビを見始めた。完全にふてくされてやがるな……


 ふと、俺の袖をくいくいと。


「潤、私は?」

「お前、料理とかわかってんの?」

「……あらゆる食材を粉々にして混ぜるとおいしくなる」

「大人しくソファー座っとけ。手伝いを要求した俺が馬鹿だった」


 女子が2人いて、なのに飯を作るのは男の俺。主夫してるなー。小並感(こなみかん)


 とはいえ、やることは簡単である。

 麺を茹でている間に野菜を切る。

 野菜を合わせて炒め、スープの素を皿に入れて茹で上がりまで待機。

 待機とはいえ、麺を軽く混ぜるのを忘れてはならない。


 タイマーがなったら麺の湯を切り、スープの中に入れて野菜で蓋。完成である。


 好みによってバターを入れたりコーンを入れたりするが、今回はナシだ。


 腹を好かせた女子共の分を運んでやる。


「「待ってました!」」

「食い付きがよろしくて結構」


 テーブルに置く前から箸とレンゲを持ってスタンバってる明里と、レンゲなどいらぬスタイルのまりんは、皿が机に置かれた瞬間に食らいついていく。しかしいただきますは忘れていない。


 現在時刻18:00。

 昼食べてからそんなに時間が経っていない。だと言うのにこの食いつき……恐ろしや。



 結局俺の分のラーメンを半分ほど奪われるという食べっぷりを見せた女子2人は揃って風呂へ向かった。

 そして第2回『紳士or下衆決定戦』が全俺の中で開催された。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 この日も結局鼻血塗れになった俺を責めてはいけない。

 だっておかしいだろ!突然停電してそれを怖がった明里が裸のまま俺に抱きついてくるとか!どんなエロアニメだよ!ふざけんな!ピリス見てんだぞ!今俺にも見えねぇけど!


 明里は抱きついて暫く震えたあと、電気がついた瞬間に平手打ちを見舞ってきた。何たる理不尽、何たる屈辱!


「……潤くんのえっち」

「うるさいわメシマズガール」

「な……!」


 俺が風呂に入る前にボソッと何か言ってきたので言い返してやった。はー、スッキリ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「えと、今日もこの形なんですね」

「当たり前でしょ?これ以外に並び順なんてないんだから」

「明里のいうとおり。あきらめる」

「いやいや、普通にズレればっておぉーい、またことパターンですか?」


 さっきまで喋ってたのに、なんでそんなに早く落ちれんの?俺のターンやって来ないの?


 その日も俺の目は冴えっぱなしだった。

ひめごま!を2話まで投稿しましたが、ここまでしか書き溜めておりませんでした……

ここからは更新頻度が本当にゆっくりになってしまいます。申し訳ないです。

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