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ひめごま!  作者: PhiA
2/6

7月19日(水)天気:晴れ

「ひめごま!」は、夢幻の方より下衆表現が多いです。耐性ない方はお覚悟を。

 夜。裁縫部で下校時間ぎりぎりまで残って作った大きな抱き枕を眺めながら、俺は1人でニヤニヤしていた。

 水族館の人気者、ゴマフアザラシ。白いモコモコした、しかし厚くない生地を買ってきて、型取りから始めた力作。


 裁縫部では、できた作品に名前をつけている。キリンのぬいぐるみを作った時は安直に「じらふ」にしてしまってブーイングをくらった。


 ネーミングセンスなど皆無なので、ブーブー言われても仕方ないんだけど……


 ただ、今回のネーミングはかなり好評だった。


「まりん」。それがこのゴマフアザラシ型抱き枕の名前。


「ゴマちゃん」にしようかと迷ったのだが、候補にあげた途端部員の視線が凄かったのでやめた。我ながら英断だったと思う。


 今日出来上がりたてのまりんは綿がまだ固めで、しっかりした抱き心地だ。リュックサックサイズの抱き枕をギュッと抱きしめると、僅かな抵抗とともに腕が沈んでいく。


 思っていたよりも抱き心地がよくて、その日俺はそのまま寝てしまった。




 翌朝。6:30にかけていた目覚ましがけたたましく鳴る。スヌーズに設定して二度寝と洒落こもうとすると、伸ばした手は目覚ましの固いプラスチックではなく、柔らかい感触を捉えた。

 病みつきになりそうな触り心地。まるで高品質の抱き枕──ああ、昨日持って帰ってきたんだっけ。


 その抱き枕をもう1度ギュッと掴むと、


「んぅ……」


 という声が聞こえた。ちょっと待て。


「明里か?こんな時間からなにを……」


 珍しく明里の朝チュンか?という淡い期待をしながら、それが視界に入って目を疑う。


 薄桃の髪を長くのばした少女が俺の傍らで一糸まとわぬ姿で寝ていた。

 ハッとして手元を見れば、裸の少女の胸を思いっきり掴んでいる我輩。


 ズバッと飛び上がってその勢いで土下座を敢行。それは見事な土下座だった。


「うおお!ごめんなさい柔らかくてつい!って誰ですかほんとごめんなさぃぃ!」


 床に頭を打ち付けながら謝るが、少女はまだ夢の中のようだ。


 俺の必死のヘッドバンギングにより目覚めたらしい少女がこしこしと目をこする。


「んぅ……おはよぉ……潤……」

「!?」


 今確かに俺の名前呼んだよなこの子!てか声可愛い!

 いやいやそうじゃなくて!


「君は誰だ?それに俺の名前知ってるんだ?」

「ふぇ?潤、酷い……私を忘れるなんて……」


 途端涙目になる全裸少女。毛布があれば隠せたものを、暑かったのでとっぱらっていたのが裏目に出た。


「そ、そんな事言われても……俺は君と面識はなくて……」


 目を背けながらそんなことを言う。すると少女は回り込んできた。うわ!モロに胸が!


「潤……私を本当にしらない?」

「いや……ごめん、本当に記憶にないんだ」


 顔を赤くして目を覆い、確かに見てしまった双丘をシャットアウトする。

 一瞬見えた顔は可愛らしい顔だったが、俺の知らないという言葉に対してご立腹のようで両方の頬が膨れていた。


「自分で作っておいて……酷い。潤の愛情はその程度か」

「ちょっと待って。作った?誰を?」

「私を」

「はあ……えっと、とりあえずこれを着ようか」


 目を伏せたままクローゼットに行き、Tシャツを出して渡す。素直に受け取る少女。


「きっと君はどこからか迷い込んでしまって、混乱しているに違いない。うん、そうに違いない」

「潤……」


 そう、俺はまだ昨日の作業の疲れが残っているのだ。そしてこの子は何があったか知らないが、ここに迷い込んでしまったか何かなんだろう。


「潤……言っててキツいとおもわない?」

「うっ……やっぱり?」


 途中から何を言っているのか分からなくなっていく自覚はあったのだが、現実逃避をしないとやっていけないレベルで現状は異常事態だ。


「本当にわからない?よく周りを見回してみて?」

「周り……?」


 言われて、ぐるっと自分の部屋を見回す。学習机、ベッド、散乱した同人誌、漫画、裁縫セット、散乱した同人誌……


「特に何も変わってないが?」

「潤のばか!」

「!?」


 ばか呼ばわりされた!見ず知らずの女の子に!


 ん?あれ。あっ、は?まさか!?


「やっと気づいてくれた?」

「いやいやいや。そんなエロ同人みたいなことがあってたまるかよ」


 俺のお気に入りの同人誌には「擬人化」というものがある。

 犬猫などなど、ケモミミ少女があんなことやこんなことになる本。


 そしてそのなかには、人形のものもあり──


「まりん……か?」

「うん!やっと思い出してくれたね!潤!」


 Tシャツを着たはいいが、これはこれでエロティックになってしまった少女が抱きついてくる。うあ、胸の感触が!


「離れろよぅ!な、なんで人形(ひとがた)なの!?」

「さあ?」

「うん。聞いた俺が馬鹿だったよ!」


 認めたくはないがまりん……抱き枕だったまりんを突き放し質問をするが、帰ってきた答えに自分のアホさ加減を思い知らされた。


「ともかく、そんなカッコじゃしょうがないな……なにか服服……」

「このままでいいのに」

「俺が良くないの!」


 ワイ、片峰(かたみね) (じゅん)。17歳、DTです!

 DTが何かって?阿呆!ググれ!


 そんな俺に薄着の女の子とこんな至近距離とか、もう心臓バックバクですわ。よく鼻血出てないな俺……あ、出てたわ。


 鼻血をティッシュで拭き取り、裁縫部で作った大きめのタオルを腰に巻かせる。これで少しは耐えられる!


 しかし、改めて見るとザ・美女だな。薄桃の髪は不自然さなど微塵も感じさせずにその背中を覆い、瞳は名前負けしない海の色(マリンブルー)


 ちょっとでも気を抜けば見惚れてしまうような、そんな少女。それが、俺の作った抱き枕だという。


 確かに揉みしだいてしまった胸の感触は抱き枕のそれと完全に一致していた。やっべ思い出してきちゃった。鼻血がっ!


「潤……?」

「ああいや、何でもないんだ!」


 さて、この子は一体どうしよう。親は早朝から仕事なのでいないのだが……


「あれ?これマジで同人誌フラグ?」

「どーじんし?潤、何それ?」

「ピュア属性キタ!」


 よっしゃ、興奮してきたぞぅ!


「安心しろ……俺が手取り足取り教えてやるかブぅっ!」

「あ、あ、あ、あんたは!朝からなーにやってんの!?」


 まりんに鼻血で真っ赤になった顔のまま迫ろうとしたら玄関から入ってきたらしい制服姿の明里が、俺とは別の意味で顔を真っ赤にして蹴りをぶち込んできた。


 クローゼットに頭を打ち、なんとも言えない痛みに襲われる。


「くおぉぉお!いてぇ!何すんだ!」

「こっちのセリフよ!潤くんはもっと紳士だと思ってたのに……知らない女の子連れ込んで、なにしてたの!」

まだ(・・)何もしてねぇよ!いたっ、だから蹴らないで!」


 カンカンに怒っている明里に げしげしと蹴られる。

 その明里のスカートの裾をまりんがくいくいと引っ張る。


「潤をいじめないであげて?潤は私にどーじんしって言うのがなんなのかを教えてく」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 感動しそうになったのに、そこバラしちゃ意味が無いよまりん!

 あぁ……幼馴染にバレた……こんなことをしているとバレた……よし、死ぬか。


「明里……今までありがとう……」

「なーに馬鹿なこと言ってるのさ。学校行く支度をしろ!えーと、あなたは……とりあえずこっち来て!」


 ピシャリと叱ってくれる明里という幼馴染みを持てて俺は幸せだよ。

 そしてその明里はまりんを連れて玄関から出ていった。どこいくんだー?


 取り敢えず今出来る事としては、学校に行く準備。着替えて飯食って歯磨きせねば。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 全ての支度を余すことなく終わらせたと思いきや洗濯物を干すのを忘れていたので家に戻る。

 母親の下着を干して行くが、俺は親のもので興奮するほど堕ちてはいない。


 それよりも、さっきの感覚が忘れられなくて右手を握る。柔らかかったなぁ……


「い・つ・ま・で・ま・た・せ・る・の!」

「ぎゃああああ!出たぁ!」


 ベランダで1人ニヤニヤしていると、後ろから幼馴染の声。

 その隣には、なぜか制服姿のまりん。


「おい、どういうことだ?」

「連れてくことにしたの」

「アホか。さてはアホなのか」

「ハァー?クラスの順位したから数えた方が早い人に言われたくないんですけど?」


 ぐっ……ま、まあ、アホかどうかは置いておいて、連れてくってどういうことだよ。


「いやさ、家連れて帰って話を聞いていたんだけど。まりんちゃん、潤くんと離れたくないらしいんだ」

「うん。私は潤といっしょにいたい」

「いやいや。その気持ちはすごーく嬉しいんだけど、さすがに学校は無理だって。騒がれる」

「そこはほら、抱き枕に戻ってもらって」

「戻れるの?」

「戻れない」


 戻れないんかーい!駄目じゃん!全然ダメじゃん!

 ジト目で睨んでやると、明里はバツが悪そうに目を背けた。本当に何も考えてなかったんだな。


「だって、可愛いじゃない?着飾りたくなるじゃない?」

「わかってるじゃないか」


 スッと手を差し出し、ガッと手を握る。後で思えば妙な光景だったと思う。


「でも確かに、家に1人にさせるのも酷だしなぁ……連れてくかぁ」

「潤……!」


 ぱぁっと笑顔になる まりん。可愛いなぁもう!


 後のことは後で考えよう。もうどうにでもなれ!


「あ、時間ヤベェっすね」

「ホントだよ潤くん!のんびり洗濯物なんか干してるから!」

「全部俺に非があるみたいに言うなよなぁ……」


 明里に手伝って貰い、秒で洗濯物を干し終わるとダッシュで学校へ向かう。


 途中、遅れはじめた まりんの手を引いてやった。嬉しそうについてくる まりんは、走っていることなど忘れるほどに可愛らしかった。


「潤くん!取り敢えず校長先生に話してみよう!」

「絶対通らんぞ!」

「やってみなけりゃわからんだろう!」


 登校時間ギリギリに到着し、その足で教室ではなく校長室へ向かう。




「ワシは一向に構わんッ!」

「「まじかよこの人」」

「ありがとうございます、おじさん」


 即決だよ。そして快諾だよ。説明とかそんなものはしていない。

 ただ、「強制転校生を紹介します!」って言って まりんを紹介した。そして俺達のクラスに入れて欲しいという旨を伝えると、この回答。


「はっはっは!いいんだよ、まりんくん。カワイイ子が増えるに越したことはないからね!」


 あ、なるほど。ただの変態でしたか。俺が言えた口じゃないが、下心満載だよこのおっさん。


 あ!もしかして明里が一緒だったからプラス方向に話が傾いたとか!?


「まさかぁ……ま、まさかね」

「何かな?(ジロジロ)」

「あ!授業始まるんで失礼しますね!行くぞ明里、まりん」


 めちゃくちゃ血走った目で明里と まりんを交互に舐めまわすように観察する校長から逃げるように教室へ向かった。




「転入生の片峰 まりんです。潤とは腹違いの兄妹……」

「待て待て待て!お前はいとこ設定だろ!父さんはそんな不純なことしてない!」


 教室で担任から紹介された まりんは、事前に打ち合わせたこととは全く違うことを口走った。明里は頭を抱えている。


 しかし、掴みはよかった。みんな笑っていたし、この不思議な現象に順応するのが早くて助かる。


「席は片峰の隣に置いた机に座ってくれ」

「待っていつの間に持ってきたの」


 先程校長室へ行ったばかりだというのに、既に僕の隣の席には真新しい机が置いてあった。


 前の席の明里が振り返ってふっと笑うと、


「気にしたら負けだよ」

「便利な言葉使ってんじゃねぇよ」




 本日の授業は1、2時間目が現代文、3、4時間目に体育、昼を挟んで午後から大掃除だ。

 夏休み前なので授業は短く、皆浮かれている。

 夏休み開始直前に転入生は普通こない?それこそ「気にしたら負け」だ。


 授業は順調に進み、謎の知識力を発揮した まりんに劣等感を覚えつつ、2時間が終了した。


 次は体育、か……


「おい潤。あの子はどんななのよ」

「どんなのって何が?」

「そりゃあお前、ボインでバインなアレだよ」


 なるほど、あれか。


「ああ、凄く柔らかかっ──」

「潤?」

「おおっほん!さ、着替えに行くぞ!明里!あとは任せた」


 遠目から まりんのジト目が突き刺さり、無理やり話題を変える。

 着替えなどは明里に任せ、俺らも着替えねば。




「そーれっ!」


 体育はバレーボールの授業だ。普段は男女別々なのだが、バレーだけはなぜか体育館を反面ずつ使って行う。


 女子はキャーキャー言いながら楽しそうにバレーを楽しみ、男子は……分かるだろ?


「うひょー!転入生……いや、転乳生だな!素晴らしい躍動感だッ!」

「おいおい、プレイに集中しろよ!いつまで簡単なラリー続ける気だ?(ダバダバ)」

「片峰の鼻血で滑る!うおっ!」


 男子は違う意味でキャーキャー言いつつ、両チーム全く攻めないで全部レシーブのみで済ませている。

 その視線はもう片方のコートに釘付けにされており、その視線の中心は まりんだ。


 明里に借りたのであろう体育着は周りの女子をはるかに凌駕するほどに盛り上がっている。

 そしてバレーボールということは──


「「「「おおっ!」」」」


 まりんのアタックに男子総立ち。何が?股間のナニだ。


 俺も例に漏れず、視線は女子コートに釘付けだ。痛え!ボールが!頭に!


 おや、明里がゴミを見るような目でこちらを見ている。

 仕方ないじゃないか!男の性なのだから!


 その日の男子の体育の授業評価は、過去最低だった。




「昼飯、一人分しかないからやるよ」

「え?でも潤どうするの?」


 朝はバタバタしてまりんの分を用意していなかったので、自分用のご飯をまりんに与える。


「俺は購買でパンでも買ってくるさ」

「私も行く」


 購買に向かうべく教室を出ると、まりんがついてきた。

 教室に残された男子はハンカチを食いちぎらんがばかりに噛み締め、血の涙を流している。


 同じく取り残された明里は、ワンテンポ遅れて


「ま、待ってよ〜」


 と慌てて教室を飛び出した。



 購買は昼ごはんを忘れた勢といつも購買勢がひしめいており、なかなか並んでいた。好物のクリームパンは余ってるかしら。


「こりゃ残ってるか賭けだな……」

「潤、ごめんね?」

「い、いや まりんのせいではないんだが……」


 目をうるうるさせながら まりんが謝ってくるが、仕方のないことなので謝られても逆に困ると言うか。


 幸い残っていたメロンパンと焼きそばパンをゲット出来たのでよしとしよう。クリームパンは前のやつに攫われた。


 教室に戻り、まりんは俺の弁当を。明里も持参の弁当を広げていただきますをする。

 チラチラと視線を向けてくるクラスメイトをこちらも視線で牽制しながら昼ごはんを食べる。体育のあとなので、非常に飯が美味い。




 放課後。大掃除を終わらせ、バケツを蹴っ飛ばしてビショビショになった まりんを見て鼻血を吹くという事故はあったものの、他には特に何もなく終わった。


「さて、これからどうするの?このまま潤くんの家にいれると大変なことになる気がするんだけど」

「信用ないなぁ」

「今朝あんなことしておいてよく言うよ!」


 ジト目を向けてくる明里から視線をぷいと逸らし、まりんを見る。

 まりんは目を向けられることが嬉しかったのか、太陽のような笑顔になる。うーん、眩しい!


「……うーん。私、泊まるわ」

「は?どこに?」

「潤くんの家に」

「気は確かか?」

「少なくとも潤くんよりは正気だよ?」


 同級生の、それも可愛い子が泊まりに来る。あわよくばと狙っていたばかりに声が裏返りそうになる。

 幼馴染みとお泊まりとか、どこまで同人誌に近付けば気が済むのか。


 しかし言っていることは正しい。まりんは俺の葛藤など知らずにスキンシップをしてくるであろう。そうなると、理性のダムが決壊するのは時間の問題だ。


「仕方ない……頼むわ、明里」

「任せたまへ」


 どんと胸を張り、一旦自分の家に入っていく明里。なぜかまりんも連れ込まれた。着替えとか、色々あるのかしら。


「……とりあえず部屋、片すか」


 さすがに幼馴染みが泊まりに来るのに部屋に散乱しっぱなしのあんな本やこんな本を放置しておくわけにもいかない。


 そうと決まれば大掃除だ。ベッドの下なんかには隠さぬ。ダンボールに詰めて押し入れだ!

 薄い本はこんなもんか。あとは……布団だな。


 ベランダの脇にある和室の棚にしまってある客用の布団を2枚分だしてきて、俺の部屋へ運ぶ。

 敷布団、掛け布団、枕。文系の俺には重たいものばかりで腰が痛む。


 布団を運び終わったあたりで着替えと泊まる準備を整えた明里とまりんが入ってきた。


 そして質問を一つ。


「ねぇ。まさか全員ここで寝るつもり?」


 そうでした。

 年頃の女の子2人と共に寝るのはさすがにマズイ。何がって、俺の理性的な?


「……私は潤とねる。何があろうと潤とねる」

「ええ……」

「まりんは頑固だなぁ。そんなに僕と寝たいか」

「私は、潤が潤のために作った、潤だけの抱き枕。潤に抱かれなければ、ただの毛玉」

「まて、いかがわしい言い方をするな!」


 抱き枕なのはそうなのだが、抱く抱かないの話を少女の姿でされるのあらぬは誤解を生む。


 明里は額に手をやりながらため息をつくと、


「仕方ない……誠に遺憾ながら、川の字で寝るとしますか……」

「明里、ありがとう」

「た・だ・し!潤くんに抱きついたり抱かれたりするのはダメ。それだけは守って?」

「……嫌と言ったら?」

「ベランダへ放り出す」

「……わかりました。明里様」


 有無を言わさぬ明里によって、まりんは僕にちょっかいを出せなくなった。ぬぅ、惜しいことをした気分……


 明里の視線が絶対零度なので、そそくさと部屋を出る。その足で夕飯の支度をしてしまうことにした。


「冷蔵庫開帳〜。うわ、これだけか……」


 冷蔵庫の中には少ない野菜とベーコン、卵しか入っていなかった。

 母さんめ、買い物サボったな?いや、最近食品の値段上がってるからなぁ……それが原因か?


「野菜炒めとベーコンエッグ?朝飯かよ」


 どう考えても朝ごはんにしかならなさそうなので、作るのは諦めた。

 コンビニで弁当を買うか、デリバリーを頼むか……


「どっちがいい?」

「「デリバリー」」


 女子たちはおうちから出たくないようだ。

 顔をこちらに向けることなく揃った返事をする2人を怪しんで近づくと、閉めていたはずの押し入れが開いている。あ!ダンボールが外に出てる!


「おま、お前ら!読んでんじゃない!やっぱりコンビニ行くぞ!ほら支度しろ!」


 封印した同人誌を食い入るように読んでいる2人の首根っこをつかみ、支度をさせて近所のコンビニに向かう。どうやら再封印&移動が必要なようだ。パンドラの箱は開けさせてはならない。


「コンビニ弁当って、バリエーション増えたよね」

「確かに。ハンバーグとかスパゲッティとか、普通に夕食にできるものが増えてるな」

 

 ただし、便利だからとそればかりの生活をすれば栄養失調になる。

 やはり作れるものは作った方がいいのだ。


 俺はオムハヤシ、明里はナポリタン、まりんはオムライスを買った。

 まりんは抱き枕だったのに普通に空腹を感じるようで、棚にある品々を見て腹を鳴らしていた。


 家に帰り、レンジで温めて食べる。

 オムハヤシはオムライスにハヤシライスのソースを掛けた複合料理で、そのマッチングは最高だ。考えた人は神だと思う。


 明里→まりん→俺の順に温めた。その隙に災の元を再封印することに成功した。今度はバレるなよ……!


 初めて食べるオムライスがお気に召したのか、バクバク食べていくまりん。

 あっという間に食べ終わってしまった。


 そして俺のオムハヤシをじっと見つめてくるので少し分けてやった。これ、もぐもぐキャラってやつかな?


 夕食が終わったあとは風呂だ。体育があったので汗をかいていることだろう。

 食事中に風呂は湧いていたので女子から先に入ってもらう。


 俺は女子の入浴中に何をしていたかというと、風呂から聞こえる水の音や声に耳を傾けていた。


『うわっ、まりんちゃん胸でか!やっぱり着痩せするタイプか!ちくせう!』

『明里、くすぐったい』

『かわいいやつめ!』


 待て、息子よ。そこで立ち上がってはいけない。鎮まれ〜鎮まれ〜。


『んっ……明里、そこは……!』

『ここか?ここがええのんか!ほらほらもっと声に出して……』


 息子よ、君は正しい。これはスタンディングオベーションだ。観客総立ち。何が?股間のエクスカリバーだよ!


 鼻血が出てきたのでリビングに戻り、ティッシュで塞いでいると、女子があがってきた。ちっ!


「……なんで悔しそうなのよ」

「……いや別に?ぴったり5秒測れるかってやってただけだし」

「ストップウォッチはないようだけど」


 どんどん明里の目が細められていく。俺は全力で目をそらした。その視線の先にはパジャマ姿のまりん。

 前留式の半袖ボーダーシャツに、同じくボーダーの半ズボン。前のボタンは上から2つ目までが開けられており、白い肌が覗いている。


「ちょっと、どんどんティッシュが赤くなって……!ああ、零れた」

「え?あ、やべ!」


 リビングのフローリングには既に赤いシミができていた。こりゃあ掃除が大変そうだ。


「はぁ……とりあえずシャワーだけでも浴びてくれば?間違っても浴槽には入らないでね?血圧上がるから」

「すまんな」


 掃除を始めた女子たちの好意に甘えて風呂に入る。

 浴槽を見つめて一瞬邪念が走るが、頭を振って打ち消す。

 サッとシャワーを浴び、頭、顔、体の順に洗い、5分しないくらいであがった。


 仕事の早い女子たちはリビングを綺麗にし終えており、雑談タイムに入っているようだ。


「潤くんに限らず、男はみんなケダモノだからね!優しく近寄ってくるやつはみんなまりんの体目当てだと思って……」

「何を吹き込んでるんだお前は」


 真剣に聞き入るまりんに、冤罪が発生しかねないようなことを吹き込む明里の頭にチョップを一発。

「いたっ」と頭を抑えて涙目で振り向く明里。おい、上目遣いは卑怯だぞ。


「……そんなに痛かった?」

「死ぬほど痛い」

「そうか」

「心配してはくれないんだね!?」


 予想以上に打たれ弱かった明里は置いといて、誤解を解くためにまりんに向き直る。


「まりん、あのな……」

「男は……潤は、ケダモノ……?」

「おい、まりん!くそ、明里!お前何吹き込んだ!」


 目をグルグルさせてまりんは思考する。


「潤は、私の胸を揉んだ。揉みしだいた。それはもうねっとり味わう様に、モミモミと」

「潤くん……ついに警察にお世話になる時が来たようだね……」

「違うんだまりん!あれはつい揉み心地が良くて……って違うそうじゃなくて!ええと……まだ寝ぼけてたんだよ!」

「寝ぼけてた……?潤はケダモノじゃない……?」

「それは違うわ!潤くんは紛れもない変態よ!」

「お前もう黙ってろ!」

「見たでしょうまりん!あのいやらしい本の数々!こいつの趣味は擬人化美少女むぐぅぅ!」

「うるせぇぇぇぇ!」


 必死に取り押さえようとするが、口元を塞ぐ前に全部言われた。塞いだ意味はゼロである。


「ああもう!この際なんでもいいよ!俺はこういうシュチュエーション大好きなんだ!」

「潤……ひらきなおった」

「悪いか!言いくるめられないのなら開き直ってやらぁ!」


 リビングに大の字になり、盛大に開き直る。顔だけ持ち上げ、人差し指をビシッ!と突きつけて、


「お前ら今夜は寝かせねぇぞ!覚悟しろ!」

「「あ、そういうのいいんで」」


 冷たい視線が2人分。

 ハイ、すみませんでした。




「ううむ……」


 美少女2人とともに一夜を明かすのはさすがに落ち着かない。


 まりんが譲らなかったために3人並んで就寝するの迄はいいのだが、なぜか左にまりん、中央に俺を挟んで右に明里という並びになった。


「なぁ、やっぱり明里こっち来いよ」

「だめ、潤は私のとなり」

「じゃあまりんがそっち行け」

「そうやって私の見えないところでいかがわしい事するんでしょ!」

「しねぇよ!それに今の状態と大して変わんねぇよ!」

「じゃあいいじゃない」

「しまったぁ!」


 墓穴ほった!深々と、縦に入れるくらいの。


「んじゃ、おやすみ。寝るから話しかけないでよね?」

「おいおい、まさかこのまま……ウッソだろお前」


 明里は既に安らかな寝息を立てていた。

 落ち着かないことを素直に言っていればこんなことには!


「なぁまりん、やっぱりこっち側に……お前もか……!」


 抱き枕が製作者より早く寝てどうする!


 結局、俺は目が冴えて一睡もできないまま朝を迎えた。

「ひめごま!」は、このように一日単位で括りたいと思います。

何話になるかは未定ですが、夢幻よりは短くなりそうです。

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