プロローグ
新企画です。
雨上がりの東京新宿。
今日は久々に昔よく遊んだ幼馴染の明里に会う。
夏休みが始まったのか、子連れの団体があちこちに見える。
俺はまだ未婚で子供もいないので、羨ましい限りだ。
待ち合わせのバーに入ると、紳士服の男がコップを拭いていた。店の中は閑散としていたので、適当にカウンターに座り、明里を待つ。
もう20年になるか……高校卒業まで一緒だった明里とは実家が隣だった。さすがにベランダ伝いにやって来るじゃじゃ馬などではないが、親はうちの鍵を預けてしまうほどに親しい仲であった。
明里はそれなりに容姿端麗で、ダンス部の部長だった。
一方俺は裁縫部に入っていて、チクチクとぬいぐるみなんかを作っていた。
クラスのやつらや顔見知りの面々には笑われたなぁ……「男のくせに裁縫かよ」って。
細々した作業が好きだったので入った裁縫部だが、思いの外楽しかった。
先ほどのぬいぐるみに留まらず、セーターを編んでみたり、生地を買ってきて服を作ったり。
他の部員は全員女子。俺も含めて5人しかいなかったが、皆いい性格をしていた。
そんな裁縫部で作ったものを明里はよく褒めてくれた。そしていつも「それ、ちょうだい!」と、子供の頃と変わらないキラキラした目で迫ってくる。
年頃の男子としてはそれは目に毒なわけで。俺は元々明里をかわいいと思っていたし、あわよくば、なんて考えたことも少なくない。
ただ、ハードルが高すぎた。それだけの理由で俺は明里に気持ちを伝えずに高校を卒業。現在に至る。
あの時告白とかしてればなぁ……などと、20年も過ぎてしまった今では遅すぎる後悔か。
そんな感傷に浸っていると、カランカランというドアに付けられていた鐘の軽い音。
思わず振り返る。そこには身長は少し伸びたが昔と変わらない雰囲気の明里がいた。
柔らかく微笑んで手招きする。あちらも気づいた様子で、懐かしそうに目を細めている。
「久しぶりだね、潤くん。20年ぶり」
「おう。変わりなさそうで何よりだ」
軽い挨拶。マスターに2人分のウイスキーを頼み、乾杯をする。
積もる話もあり、ただ話しているだけで楽しかった。明里は本当に変わっていなくて、その可愛らしい笑顔に何度も頬がゆるんだ。
「そうそう。昨日さ、すごく不思議な夢を見たんだ。本当に夢なのか、分からないくらい現実味を帯びた夢」
「……ふーん?どんなの?」
ウイスキーは既に4杯目。外を歩く人の数も減ってきたあたりで、昨日見た妙な夢の話をする。
「うーん、なんかな?俺と、明里と、もう1人女の子が出てくる夢。3人とも高校生だった」
「女の子?裁縫部の?」
「いや、薄いピンクの髪の毛してたから違うと思う」
本来この日本において、薄いピンクの髪の毛をしていると「染めたのか」と思われるが、夢に出てきたあの子はどこか自然な色合いだった。
夢補正がかかっているのかもしれないが、酒が入っているので細かいことはスルーだ。
「それで?どんな内容だったの?」
酒のせいか、明里の食いつきがいい。普通他人の夢の話とか、結構どうでもいいはずなんだけどな。
「そうだな。丁度夏だったと思うんだが──」
この作品は、長めに書き溜めたものを数話に分けて投稿する予定です。
そのため、投稿周期は不定期になってしまうかも知れません。