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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第一章 都市連邦編
6/103

『廃教会』

 いつまでも呆然としているわけにはいかなかった。イーディアスは現実に立ち返り、意識を失ったままのバーナードのために癒やし手を呼んでくるように手近の衛士に命じ、別の者には魔道士を部屋へ運ぶための担架でも戸板でもなんでもいいから持ってこいと指示した。

 また別の者にはその胸に無念さと哀悼をこめて、闇騎士に惨殺された者たちの遺体を回収してくるように命じた。

 すると、いつの間にか傍に、応急処置で添え木を当てられ、腕を布で吊ったアラン・ギルスターがいた。

《隊長、僕にも何かできませんか?》

 イーディアスは彼の心意気に打たれはしたが、怪我人にまで仕事をさせるつもりはなかった。彼はアランの肩を軽く叩き、言った。

《お前も癒やし手が到着したらその腕を治してもらえ。それまでは自室で休んでいろ》

《休んでいても痛いのは同じです。むしろ何かしている方が気が紛れます》

 この若い衛士が、先程の常軌を逸した戦いに興奮冷めやらないのは理解できたので、イーディアスは細々とした指示を衛士たちにとばしながら、彼には簡単な任務を与えた。

《周囲には物凄い音と衝撃があったと思われる。だからそれがやんだ今、住民たちは何が起きたことかと興味を引かれるはずだ。早起きの仕事の連中もいるしな。だからそういう野次馬がむやみに現場を荒らさないよう、見張りについてくれるか》

 アランは大きく崩れている広場の箇所に楔を打ち付け、縄を張らせているイーディアスにうなづいたが、すぐには動き出さなかった。何か言いたいことがあるようだった。

 彼は、陥没した石畳を見つめ、どこか夢から覚めきらぬ様子で言った。

《…今の戦士たちは、あの村で会った冒険者たちですよね…》

《ああ、そうだな。信じがたいことだが》

《鋼鉄の盾でも防げなかったのに、あの大盾は傷一つなく弾き返した…それにあの鎧に、あの人間離れした動き…あんな冒険者、見たこともきいたこともありません》

 イーディアスは苦笑を返し、

《私も聞いたことがない。だが、彼らのおかけで我々は危機を脱した。それは確かなことだ》

 そこへ、衛士に急き立てられるようにして街の癒やし手が息を切らせて到着したので、イーディアスはアランに言った。

《意外に早かったな。見張りはいいから、お前も行ってこい。そしてそのまま休め。後のことは我々に任せておけ》

 アランの表情に恐縮の翳りが浮かんだが、イーディアスはすでに別の指示を衛士たちに飛ばし始めており、彼は異議を唱える間を失い、仕方なく詰め所内に並ぶ独身者専用宿舎の方へ戻っていった。実際、彼の左腕は耐えがたく痛んでいたのである。

 夜が明けると、案の定野次馬が詰め所前の広場に群がった。あの凄惨な事件を引き起こした魔物が討伐された跡を一目見ようと街中の者がやってきたくらいの人だかりである。

 討伐した者についても、噂があっという間に広がった。もちろん尾ひれがやたらついてである。広場付近の住人たちは、鎧戸の隙間から神々しいような輝きを見ただの、地鳴りとも地響きとも言えないものを何度も感じただの言いふらして回るし、そこに衛士たちの目撃情報が加わり、結局訳のわからないものとして、好奇と畏れの混じり合った存在になりつつあった。

 そんな中で、イーディアスとアランだけは、彼らの正体を知っていたわけだが、敢えてそれを衛士たちにも住民たちにも明かすつもりはなかった。まずは自ら問いただしたいと考えていたからだ。イーディアスに至っては、魔道士マクレガーにさえ、真実を今は伝えるつもりがなかった。もちろん、バーナードはいまだ闇騎士による怪我の予後で安静にしていたこともあったが、この魔道士の性質上、あの冒険者の正体を知れば、即評議会の審問にかけ、なにがしかの成否を問いたがると考えたからである。

 衛士隊として報奨金をかけていたので、冒険者ならばそれを早速に受け取りに来るだろうと考えていたが、一向に現れない。だが、あの凶悪な魔物を討伐した者たちをうやむやのままにしておくこともできないので、何隊かに分かれて捜索にあたることになった。これにアランが率先して手を挙げたのは言うまでもない。

 イーディアスは、捜索隊の面々を前にして言った。

《我々が対象とするのは、赤い髪をした娘、銀髪をした少年、短髪の黒髪で体格の良い青年、そしてやはり黒髪で長髪、眼鏡をかけた青年だ。どれも異国の服装をしている。見つけたら、連行するのではなく、どこの宿に泊まっているか突き止めること。決して早まって尋問などしないように。これは念押しをしておく。彼らは街の恩人である。そこのところを間違わぬように》

 二人一組で組ませた衛士たちが詰め所から出動していくと、イーディアスは自然とため息がもれた。

 あの村で出会った時の奇妙な違和感がこうして現実になったことが、彼を高揚もさせ、同時に理解不能なことに行き当たった時の不安定さも感じさせた。 

 だが、と彼は思った。彼らがあの時いなかったら、自分たちは確実に命を落としていたと。いや、街中が壊滅的になっていたかもしれなかったと。

 確かに正体が知れない。だが、彼らから感じたものは正義感そのものだった。昨今、感じられなくなって久しいものである。特に冒険者からはほとんど失われたといっていい。

 イーディアスは隊長室に戻りながら、冒険者でなければ一体あの若者たちは何者なのだろうかと考えた。

 当然答えは導かれない。

 彼は使い古されたデスクの前に腰掛け、顔の前で手を組み合わせると、じっと待つことにした。それしか今できることはなかったし、この件は急いては仕損じるような予感がしていたからだった。


*****


 一方、朱音たち四人は、宿のある区域から出ないよう心がけ、ドワーフのディミトリの不審を買わない程度に外出をしていた。

 もちろん、闇騎士を倒した翌日は興奮ひとしきりのディミトリに付き合わされ、何度も冷や汗をかかされる羽目になった。尾ひれのついた噂が噂を呼び、まさに目の前に風変わりな冒険者がいるとなれば、ディミトリの好奇心と詮索欲が頭をもたげても仕方のないことだった。

 そういった詮索から逃れるためにも、彼らは外の空気を吸いに出たのである。

 確かにそこは他の区域と比べれば荒んでいたし、豊かではなさそうだったが、人々は決してそうではないことが、実際に触れてみてわかってきた。

 ただぶらぶらしていても退屈なので、時折見つける尋ね人や捜し物の依頼札を引き剥がしては見つけてやったり、別の宿の地下室に大量発生した虫(朱音はそれをGのつくアレよ!といって忌避した)を駆除してやったり、はては迷い猫探し(大牙は同族だから捜しやすいだろう?と皆から突っ込まれた)までしてやったりした。

 その結果、彼らはその区域の住民に好感を持たれた。それも、四人がそれぞれ異なった好まれ方をされたのである。

 大牙は特に中高年の女性から好まれた。と言うのも、彼が孫のようにかわいいという理由からである。いくら彼が自分はそんな子供じゃないと力説しても、彼女たちは不思議な顔をするだけで、再び自分たちの孫の話を交えながら、大牙を抱きしめたり、撫でたりするのだった。ここに龍児がいれば、幻想世界においては婚期が早いことを指摘し、彼女たちくらいの年齢ならば孫がいてもおかしくないと説明してくれたことだろう。

 そしてその龍児は、もう少し若い世代の女性たちから熱い視線の的になっていた。彼の中性的な顔立ちや、すらりとした身体つき、艶やかな長い黒髪、そしてその理知的な目元にかけられた眼鏡(この世界も眼鏡はあったが、彼がかけているような型式のものは見たこともなかった)などが、彼女たちの心を、胸をくすぐり、熱くさせるらしかった。さらに彼の礼儀正しい物腰は、この辺りの男たちに望めるはずもなく、彼女たちは彼が丁寧な口調で応対してくれるだけで、まるで上流階級の婦人になったような気分になるらしかった。

 玄人の場合は、彼の隠れた才能と言うべき「女子力」が女性たち、特に若妻たちをひきつけた。この材料をどう使えば美味しい献立ができるのかとか、チュニックの袖付けがうまく縫えないからやってくれだとか、レース編みのここがわからないから教えてくれだとか、引く手あまたになった。

 朱音は少々事情が違った。一人でぶらぶらと辺りを散歩していた時、偶然この辺りを二分して勢力争いをしているらしいストリートキッズの騒動に出くわした。彼らは周辺の住民たちのことなどお構いなしに物を投げ合ったりしていたが、ついに誰かがナイフを抜いたので、朱音が止めに入ったのである。結果、喧嘩両成敗の状態で彼らを懲らしめた朱音は、すっかり彼らの「姐御」になってしまった。

 この間に、ひとつ、重要な進展があった。

 と言うのは、先日ジルコンに持たせた闇騎士の剣にはまっていた宝石が、そのまま五行パワーに変換できるという結果が出たという報告を、キリルから受けたことだった。このくらいのサイズのものがあと一つあれば、雲の上まで上昇するだけの噴射をできる計算だと言う。また、本格的な航行は望めないが、反重力システムを併用しての慣性での移動であれば、自然界から吸収する五行パワーで足りるとのこと。四人はこれを聞き、この街を救えたことも含め、非常に喜んだ。

 そんな日々で数日をやり過ごし、その日も大牙は午後の日向ぼっこをしながら編み物をする小母さんたちの間に挟まれ、思い出話やら、《タイガちゃんはほんとかわいいねぇ》攻めにあっていた。

 これを、遠くから見ている者があったことに、彼は気付けなかった。それだけ彼女たちの会話はかしましく、大牙の集中をそがせるに十分だったのだ。

 アラン・ギルスターは3日目にしてようやく彼らの一人を見つけたと、内心で心躍らせていた。

 あの辺境の村で見た銀髪の少年。自分に家宝だと言って風変わりな武器を見せてくれた。その武器で彼はスケルトンたちを粉砕し、闇騎士の剣を真っ二つにした。

 その時の光景がアランを一瞬の忘我に誘うが、我に返り、注意を戻す。

 その少年は明らかに自分の受けている待遇に閉口している様子だったが、無下にそれを振り払うこともできないらしかった。この理由が、大牙自身の身の上が天涯孤独であるということに起因していることなど、アランの知る所ではない。

 アランは辛抱強く待った。すでにもう一人の衛士を詰め所に走らせ、イーディアスに報せに向かわせていた。しばらくすれば彼もここにやってくるだろう。

 少年は住人の女性たちに囲まれ、ぎこちない笑顔を浮かべたり、頭をぼりぼりとかいたりと居心地悪そうにしていたが、その中の一人が持ってきたらしい焼き菓子が出されると、嬉々として食べ始めた。

 これがあの物凄い力を持つ戦士なのかと、アランの心に別の思いがよぎる。それくらい、そこにいる少年は素朴すぎたのだ。腕前に自信ができればできるほど、威圧感や自己顕示、悪く言えば傲慢な面が表面化してくるのが冒険者の常である。そういったものが、彼には皆無だった。

 そうこうしているうちに、日が傾き始めていた。女性たちが夕食の支度のために一人、二人、と自宅に引っ込んでいく。少年が傍目にも明らかにホッとするのがわかる。そして彼もその場から立ち上がると、粗野にも思える物腰で別れの挨拶をしてその場から足早に立ち去った。

 アランは用心のために衛士隊とわかる紋章のついたマントを脱いで小脇に抱えると、住民たちの不審も買わないような物腰で何気なく後を付けた。この辺りの区域は、衛士隊を敬遠する者が多いからだ。

 すると、背後からそっと声をかけられた。

《アラン、見つけたそうだな》

 イーディアスであった。彼も、対象者が南西部のスラム街にいるという報告を受け、用意周到に軽鎧しか身に着けていない。隊長職の板金鎧はこの辺りでは目立ちすぎた。

《はい。銀髪の少年です。どうやら、宿に戻りそうですね》

 イーディアスは空を見上げ、

《ふむ……夕刻時か……とにかくその宿を突き止めようではないか》

 数ブロック先を大牙は何も知らず歩いていく。足元の石くれを蹴飛ばしたり、途中の肉屋で焼き売りしている肉串を求めて食べ始めたりと、そこいらにいる悪童と大差ない。

 イーディアスの表情にも、アランが感じたような疑問が浮かんでいたのだろう、アランが共感をこめて言った。

《あれだけのことをしてのけた一人だというのに、おかしな者だと思いませんか》

《確かにな。よくわからなくなってきた》

 イーディアスは首を振り振り、大牙のあとを静かに追った。

 何度か路地を曲がり、通りが狭くなった。頭上で、洗濯物をとりこみながら会話する女たちの声が響いている。

 と、不意に前方に見え隠れしていた銀髪の姿が見えなくなった。イーディアスの眉目がしかめられる。

《む……気付かれたか》

すると、アランが《ああ》と思い出したように言ったので、イーディアスは彼をかえりみて尋ねた。

《どうした?》

 アランはその衛士にしては温厚そうな容貌に楽観した色を浮かべ、応えた。

《この辺りの宿と言えば、『双撃の戦斧亭』という宿くらいしかないと思うんです。冒険者ギルドで漏れ聞いたことがありましてね。陸上(おか)ドワーフがやっていて、妙な料理ばかり出す変な宿だそうです》

《ふむ。風変わりな冒険者に妙な宿か。おもしろい》

 と一人笑いをしたイーディアスは、その場で立ち止まり、言った。

《よし、今日はこれで十分だ。あの少年一人を問いただしても意味がない。明日、私が出直すとしよう。もちろん四人が揃っている時間を見計らってな》

 アランが随行したそうな顔をしたので、イーディアスは相手の気持ちを慮っての口調で、だがきっぱりと言った。

《相手も用心しているはずだ。そこに二人で行けば、余計に口を堅くさせてしまうだろう。我々の目的は尋問ではない。真実を知ったうえで、街を救ってくれたことへの感謝を伝えるためだ。さあ、戻るぞ》

 とイーディアスはあっさりときびすを返していた。慌ててアランが後に続く。

 詰め所に帰る道々、アランは気になっていたことを口にした。

《あの、彼らのこと、評議会に上申するおつもりですか?》

 イーディアスはちら、とアランを見やり、その部下の表情の中にあるものを読み取り、微笑しながら応えた。

《もちろん、彼らから話を聞いてからでなくてははっきりとは言えんが、彼らは「冒険者」だ。いちいち上申していたら、評議会の方から苦情がくるだろうよ。お前はずいぶんあの者たちに肩入れをしているようだな》

《肩入れと言いますか……》

 アランは恥ずかしそうに乾草色の髪をした頭をかきながら言った。

《あのように戦う冒険者は初めて見ましたし、なんていうか、かっこいいと思ってしまいまして……す、すみません、こんな子供じみた私情で……》

 クッとイーディアスは笑い、

《確かにあのように武器を扱う者は初めて見たな。私も正直惚れ惚れしていたよ》

《隊長もですか!》

 イーディアスは苦笑を交えて肩をすくめたが、詰め所に到着したので、イーディアスは改まってアランに言った。

《明日、私が彼らに会いに行くことはとりあえず誰にも言うな。彼らは明らかに「異質」だ。一歩間違うとそれは排除の対象になりかねん。私の勘は、そうすべきではないと訴えかけている》

《僕もそう思います。彼らは決してそういう者たちではないと思います。でなければ、あんなふうに僕たちを助けてくれたりしません》

 と、真剣に言ったアランににこりと笑って頷いたイーディアスは、部下の肩をぽんと叩いてから、隊長職としての残務処理のために自室へと戻って行った。明日、なんと言って切り出すか悩ましいところだったが、結局顔を合わせて見なければよい考えは出ない気もしたので、彼はあっさりと考えることをやめ、デスクの上に積み重なっている書類に目を通したり、印を捺したりという作業に没頭するのだった。


*****


 四人が階下へ降りていこうとすると、そこにいつもはいない人の気配を感じた。ほぼ同時に彼らの胸のうちに同じ思いが巻き起こる。「見つかった」と。

 予想通り、食堂に降りると、ディミトリが何とも言えない表情で肩をすくめ、彼らに言った。

《お前さんらに客だ》

 カウンターで手の付けられていないジョッキを前にして座っていたのは、エルダーの村で出会った衛士隊長ただ一人だった。四人は一連隊でも引き連れて尋問されるかと思っていたので、少々拍子抜けしたが、何か聞かれることには変わりはなく、一様に警戒した物腰になってイーディアスが何か言うのを待った。

 すると、彼は気の置けない態度で立ち上がると、

《立ったままでは落ち着かんだろう。こちらに移ろう》

 と、自ら食堂のテーブル席へと移動した。彼らは無言で従い、イーディアスが座るのを見てから腰掛けた。

《ひとまず、君たちには礼を言わねばならんと思い、こうしてやってきたまでだ》

 のっけから尋問されるかと思っていたので、彼らはやや肩の力を抜いた。それにイーディアスの口調は決して厳しいものではなく、むしろ彼自身の感情を素直に表わしているように感じられた。

 イーディアスは続けた。

《君たちの存在がなければ、我々は壊滅していたであろうし、街も甚大な被害を被っていただろうと思われる。心から感謝している》

 ここでようやく龍児が言った。

《いえ、自分たちがすべきことをやったまでです。できればこんなに被害を出さずに済めば良かったと思っているくらいです》

 そうなのだ。この物腰。自信が裏打ちされているにもかかわらず、謙虚すぎる態度が、イーディアスを混乱させる。

 彼は本題に入った。

《君たちは冒険者だと言ったが、私はあのような装備をした冒険者を聞いたことも見たこともない。それに君たちはあのような武器防具を持っているように見えなかった。まるで魔法のように見たこともない鎧に身を包み、武器を手にした。あれは一体どういうことだったのかね。そしてそれができる君たちは一体何者なのだ》

 一気に核心に迫ってきた。

 龍児はこの数日の間、どのようにごまかし、言い抜けるかを考え続けていた。そのあらましはすでに仲間たちには伝えてある。そして会話をするのは自分に任せてくれるようにとも言ってあった。四人が四人ともで説明をしてはいつどこで辻褄のあわない言葉が飛び出しかねないからである。

 龍児は一つ吐息をつくと、左手首にはまるブレス型のインプラントのソケットをイーディアスに見せ、そこに龍の姿がレリーフされたインターフェースを挿し込んだ。

 と、その場の空間が僅かに歪み、みるみる彼の手の中に青銀色をした優美な曲刀が形作られていくのを、イーディアスは刮目して見つめた。

 実体化した昇龍刀をテーブルの上に置いた龍児は、淡々と言った。

《僕たちが装備品を持っていないのはこういうわけです。防具の方も同じように引き出すことができます。これは他の三人も同様です》

 イーディアスはそっとその刀に触れてみてから、龍児の手首にはまるブレスを見やり、尋ねた。

《それは、魔道具か何かなのか》

《そのようなものだと思ってくれていいと思います》

《だが、そのような魔道具を聞いたことがない。君たちは一体どこから来たのだ》

 龍児はインターフェースを抜き、武器をしまうと、慎重に応えた。

《…「地球」というところからです》

《チ、キ、ウ? それはどこにあるのだ。聞いたことがない。もしかして、海の向こうの、未知なる世界のことか?》

 このことは賭けだった。この世界がどこまで拓けているのかわからなかったからだ。しかし、自分たちもこの世界のことに無知であるため、むやみにでっちあげることも難しかった。だから、あえて真実を告げることにしたのである。そしてこれは成功した。

《そのような場所から、どうやって、この地にやってきたのだ。そして目的はなんだ》

《ここへどうやってきたかはよくわかりません》

《わからない?》

 イーディアスの表情に僅かながら疑惑が浮かぶ。龍児も困ったような顔つきになって続けた。

《この僕たちの武器や防具は、僕たちの家に代々伝わる家宝のようなものです。これを受け継ぐ者は旅に出るという試練が課されるのが習わしとなっていまして、僕たちは旅に出ました。その途中で、遺跡のようなものを見つけ、そこで不思議なものにとらわれてしまったのです。気が付いた時にはエルダー近くの山の中に倒れていました。おそらく僕たちは一種の空間移動のトラップのようなものに捕まったのではないかと、今では思っています。それも一方通行のです。そしてあの光を見つけ、今日に至っています。ここへ来た目的は、故郷へ帰るための情報を集め、帰る方法を見つけ出すことにあります。あるいは、僕たちが飛ばされたものに似た何かがないか、道具にせよ、仕掛けにせよ、見つけ出すことです》

《では偶発的にこの地へやってきてしまったということなのだな》

《そうです。僕たちのような容貌や服装が人目を引くことは間違いないことですし、武器に関しても明らかに異文化なものであると考えたので、最初は隠し通すつもりでした。ですが、あのような事件が起こり、使わざるを得ませんでした》

《だからエルダーでの時の対応がぎこちなかったのだな》

《はい、すみませんでした》

 と素直に頭を垂れた龍児をイーディアスは手で制し、

《いや、謝る必要はない。ただ、少し驚いているだけだ。何しろ、あの戦い方には度肝を抜かれた。君たちの故郷ではあれが普通なのかね》

《いえ、一般の住民もたくさん住んでいます。いうなれば、僕たちはあなた方のように人々を守るための存在、つまり、そういうことを生業とする家柄に生まれついたと考えていただければと》

 イーディアスはここで鷹揚に笑い、

《つまり君たちは生まれながらの戦士みたいなものか》

《そのようなものです》

 と簡潔に言った龍児を始め、他の三人に視線を走らせたイーディアスは、思い出したように懐からずしりと重そうな袋を取り出し、彼らの前に差し出しながら言った。

《本来ならば、君たちの特異な魔道具や、チキウという場所の特定といったことで、連邦評議会に進言すべき事柄だと思う。だがそうすれば、連邦評議会、いや、この大陸の国々の勢力図に変化をもたらす大事変になりかねない。ただでさえ、北のオーカー魔道帝国は不穏な動きを見せているし、カーマイン王国は後継問題でもめている。レラジェ海峡を挟んでのバーミリオン王国は相変わらず政権が安定していないのだ。そこに君たちの特異な存在が浮き彫りになれば、たちまち君たちは注目の的になり、果ては故郷に帰るどころか、各国それぞれの思惑のために利用されることになりかねん。そんなことにはなりたくないはずだ、そうだろう?》

 龍児は心からぞっとしたように首を振り、

《僕たちは単に戻りたいだけです。騒動を起こしたいわけではありません》

《だから、私はこれ以上聞くまい。君たちは「冒険者」だ。それ以外の何物でもない。というわけで、これを受け取ってくれ。衛士隊が闇騎士討伐にかけていた報奨金だ》

 イーディアスはこう言って、もう一度彼らを見回すと、

《君たちが無事故郷に戻れることを願っている》

 と付け足し、潔い物腰でその場から立ち去って行った。

 テーブルの上には金の詰まった袋だけが残された。

 四人は一気に緊張が解けたように椅子の上に座っていたわけだが、そこへドワーフの短躯がやってきて、彼らに飲み物を持ってきた。白濁した飲み物は薄味の発酵乳で、甘味が強かった。(のちに、大牙が「カロピス」と命名した) そしてその金の入った袋を見ながら、やや心証を害しているような物腰で言った。

《なんだい、お前さんらが闇騎士を倒した勇者だったんか。わしには話してくれたってよかったじゃねえか。こそこそと隠したりしねえでよ》

 一気にその飲み物を飲み干した大牙が「ぷわぁ、うめえっ」と言いつつ、じろっとドワーフを見やり、言い返した。

《そんなことしたら、おやっさん、あちこち触れ回って俺たちゃ身動きが取れなくなっちまってただろ》

 ディミトリは肩をすくめ、

《秘密にして欲しいってんならわしの口は貝よりも固くなるんだぜ。でもま、最初からなんか妙な連中だとは思ってたがな。ほんとに今した話は真実か?》

《はい、そうですよ》

 と龍児は答えた。おおまかには正しいので、躊躇いはなかったが、ドワーフの眼差しはそう答えた龍児の眼鏡の奥を覗き込むように凝視していた。

 が、すぐにそれも霧散し、ディミトリは鷹揚に言った。

《さ、とりあえず朝飯を食えや、今日も腕を振るったぜ》

 と、短い脚を忙しなく動かしてカウンターの中へと戻るドワーフを見ながら、朱音がその袋を持ってみる。重い。

「随分たくさんありそうよ」

 そしてそれを龍児に手渡し、

「金庫番よろしく。あたし、そういうの苦手。さぁて、今朝のメニューはなにかなー…」

 とさっさとカウンターへと向かって行ってしまった。龍児は片眉を上げてみせたが、そのずしりと重い袋を手にすると、それをカウンターの中のディミトリに差し出し、

《今のところ僕たちには必要のないものです。タイガの衝動買いのために小銭くらいは必要ですが、それ以上は邪魔なだけです。預かっておいてくれませんか》

《おいおい、こいつは1万くらいはあるぜ?》

 龍児はにっこりと笑い、

《秘密を守れるなら、信用もできるということでしょう?》

 ディミトリは「やられた」と言いたげに両手を振り上げ、

《わかったわかった。ドワーフの金庫はそう簡単に破られないので有名なんだぜ。ちゃんとしまっといてやるよ。さ、早く飯を食え。今日からは大手を振って冒険者をやるつもりなんだろうが。たらふく食って魔物どもをぶっ倒してこい》

 威勢の良いディミトリの言葉に乗せられ、四人はいつもよりたくさん朝食をとると、でかける支度をしに自室へと駆け上がっていった。

 そんな彼らを見送ったドワーフは、自分用に注いでいたエールのジョッキを傾けると、どこか気掛かりな様子でひとりごちた。

《いずれは噂が広がって、否が応にも奴らは大きな権力の中に巻き込まれていくような気がするぜ……》


*****


 その日は、二手に分かれて依頼掲示板を見て回り、適当な依頼を探して回るということになった。

 久しぶりに宿屋のある区域から出る。

 街はすでに平素の様子を取り戻しているようだった。確かに残忍で人々を震撼させた事件ではあったが、ここに暮らす人々にとってはそういう出来事でさえ目新しいことではないようであった。自分たちのことも特に注目されることなく、住民たちが脇を通り過ぎていく。

「なんだか図太いのね、ここの世界の人たちって」

 朱音が教会の脇を通り過ぎた時、ふと闇騎士との遭遇を思い出して呟くように言った。これに対し龍児は淡白に応えた。

「野山に魔物が平然とうろつき、夜になれば墓から死体が動き出す世界だよ。僕らの地球のように、人間が食物連鎖の頂点にいる世界じゃないんだ、ここは」

 と彼は教会前の依頼掲示板をコムパッドで映像記録しながら続けた。

「もちろん、僕らの地球も惑星連邦に属すようになってから、外宇宙からの脅威にさらされるようにはなったけれど」

「ああ!」

 朱音はいきなり強く嘆息すると、そんな彼女に驚いたような眼差しを向けた龍児にむすっと言った。

「妲己のやつのこと、思い出しちゃったわ! 自爆なんて、ほんと、あの女らしくもない! あたしが決着つけてやりたかったのに!」

 龍児は苦笑を返し、コムパッドをバックパックに滑り込ませると、

「その結果こんな場所に迷い込んでしまったのだしね。きっと僕たちは死んだことになっているんだろうなあ」

「ああ、悔しい!」

「でも生きている限り、希望を持てるし、未来が拓けているということだからね。進むしかない」

 すると朱音はころっと態度を変え、

「あら、絶望なんてしてないわよ。この世界も結構気に入ってきたし」

「気に入られたと言えば、お前はすっかりあの辺りで「女王様」扱いじゃないか」

 低く笑いながら言った龍児に、朱音はどこか不機嫌にやり返した。

「そういうあんただってなによ、どこかのドラマ俳優みたいに黄色い声で「リュウ様~」って追っかけられてるじゃない」

「僕の場合はあちらが勝手にそうしているだけで、お前みたいに直接介入したわけじゃない」

「あんな若い子たちが傷つけあうのを黙って見てられる? あたしはムリ」

「…お前は優しいからな」

 さらりと言った龍児の言葉に、朱音は妙な顔つきになり、一瞬言葉を飲んだが、すぐに元の彼女に戻ってきっぱりと言った。

「喧嘩上等だけど、殺し合いはごめんよ」

 と先んじて歩き出したあとを、微苦笑を漂わせた龍児が続いた。

 衛士隊詰め所前の、闇騎士との戦いで破壊された石畳はだいぶ修復されており、すでに立ち入り禁止の縄もない。今も職人たちが石くれを取り除き、抉れた部分を土でならしては新しい石を敷き詰めている。

 それを横目に、ここでも依頼掲示板の内容をこっそりとコムパッドに記録した。出入りする衛士たちや同じように掲示板を見ている冒険者たちに、自分たちが闇騎士を倒したことを問われたりするかと思ったが、そういうこともなかった。

「人のうわさも75日というが、この世界では3日で忘れられるようだ」

「ま、あたしたちにとってはその方が都合がいいけれど」

 だが、それは単に人々が忘れっぽいからではないことを、冒険者ギルドで掲示板を眺めている時にわかった。ちょうどその時、一人の係員がやや深刻な表情で掲示板にやってきて、新しい依頼札を打ちつけたのである。とたんに周囲の者たちからざわめきと、動揺にも感じられる眼差しが飛び交った。

「ねえ、なんて書いてあるの?」

 朱音はまだ簡単な単語程度しか解読できなかった(努力するつもりもあまりないようだが)ので、龍児はみるみるその新しい依頼に群がる冒険者たちに紛れながらも、読み解いた。

「元は教会の依頼だったらしい。この間の闇騎士が見つかった廃教会の再調査を頼んだ冒険者の一団が戻らないので、教会が冒険者ギルドにさらにその冒険者たちの捜索と調査の依頼を回してきたようだ」

「またそこなの?!」

「あんな魔物が巣くっていたわけだし、教会側も放置できないんだろう。カタコンベがあるくらいだから、名のある騎士や貴族の石棺があるだろうし、きちんと管理して、盗掘などの死者に対する辱めを避けなければならないのは教会としての役目だ」

「にしても、戻らないって、なんかやばくない?」

「ああ、とかく…」

 と言いかけた龍児は、ぐい、と何か棒状のもので押しのけられ、口をつぐんだ。見ると、隣にはくねくねとした長い杖を持つ痩せたローブ姿の男がいた。

《ただの調査依頼だと油断でもしたか…》

 とその男は呟くように言い、やにわ、その依頼札を引き剥がした。そして周囲の様々な視線などお構いなしにギルドをあとにしていった。

 いつの間にか静まりかえっていたギルド内が息を吹き返したように騒がしくなる。

《やっぱりおかしいと思ってたんだよ、奴ら、俺たちと同じ宿だったから、戻ってこなくて妙だなってな》

《またあの廃教会かよ。まだ妙なもんが住み着いてるんじゃなねえのか?》

《二度あることは三度って言うだろ? 俺なら絶対受けないね、あんな依頼》

《だが、今のは『紫電の魔道士ヨティス』じゃなかったか? 奴が乗り出すなんて、こいつぁ、よほどのことだぜ?》

《だけどよ、『双刃カルロ』と『金色のハリー』が、やられたんだぜ? いくらヨティスでもきつくねぇか?》

《ところで闇騎士を倒したっていう奴らはどうしちまったんだよ。もう別の街に行っちまったのかな》

 龍児と朱音は顔を見合わせ、そっとそこからすり抜けるように抜け出したが、今回も朱音はギルド内のにおいに耐えがたいと言いたげに何度も深呼吸した。   

「はぁ~、全くもう、あそこのにおい、どうなかなんないかしら! 『ファインブリーズ』をそのまままき散らしてやりたい!」

 と息巻く朱音の傍らで、龍児は眉宇を寄せ、ぽつりと言った。

「……まだ、終わっていないのかもしれないな……」

「え?」

「……闇騎士だよ」

「でも、あたしたち、ちゃんと倒したじゃない。あの宝石、あいつの核みたいなものでしょ? もうファンロンに吸収されて、跡形もないわよ」

 龍児は朱音の言葉に頷きはしたが、まだ気になるようだった。朱音はそんな彼の背中を威勢よく叩き、

「どっちにしても、今の依頼はあのなんとかっていう魔道士が持っていっちゃったんだし、あたしたちはあたしたちができることをすればいいのよ。さ、早く帰って皆とどれがいいか決めて、今日のうちにできることがあればやっちゃおうよ」

 と、彼の腕を取り、引っ張るようにして速足になった。

 確かに朱音の言う通りなのだが、ファンタジーものにどっぷり浸かっている龍児にはまた別の見解が渦巻いていた。

(剣は台座に突き刺さっていた…それを引き抜いたことで闇騎士の封印が解かれた……カタコンベの中のアンデッドはあらかた最初の冒険者たちが掃討したはず……ではなぜ今回向かった者たちが戻らない? 今その台座はどうなっているんだ? そもそも、その廃教会とはなんのために建てられたものだったんだ?)

 龍児は朱音に半ば引っ張られるようにして歩き続けながら、先ほどの魔道士の腕前が高ければいいのだがと半ば危ぶみつつ、宿に戻って行った。


*****


 しかし、結局めぼしい依頼はなく、そんな日が二日ほど続いた。

 そしてその日の夕暮れ時だった。

 客の四人に平然と留守番を頼んで所用で外に出ていたディミトリは戻ってくるなり、彼らに向かってこう言ったものだ。

《お前さんたち、本当に闇騎士を倒したんだろうな?》

 食堂のテーブルで時間つぶしのトランプをしていた四人は、それぞれの感情を表情に浮かべて応えた。

《もちろんよ》

《とどめはこの俺様がさしたんだ、間違いねえよっ》

《確かに消滅しましたよ》

《今になって闇騎士がどうしたんじゃ》

 ディミトリは大仰な身振りを添えて言った。

《あの闇騎士が最初に現れたっていう地下墓所に向かった冒険者連中が二組も姿を消しちまったって話で、市場の方でもちきりだったんだよ》

 この言葉にまず反応したのは龍児だった。

《やはり、何かあるんだ、その廃教会には》

《じゃ、闇騎士は一体なんだったの? それ以外にも何かいたってこと?》

 朱音がにわかに気迫を滲み出させ、身を乗り出すようにして聞き返すと、のっそりと玄人が立ち上がり、短く言った。

《これは、確めに行った方がええと思うがの》

《僕もそう思う》

 するとディミトリが慌てたように言った。

《おいおい、こんな時間からでかけるつもりか? もう日が暮れるぞ》

 すでに歩き出していた玄人は、珍しく眉間に皺を寄せ、きっぱりと言った。

《すでに遅いかもしれないんじゃ。闇騎士の時のように大勢の犠牲者を出したくはないんでのう》

 これに三人も頷き、ディミトリの心配もよそに、宵闇に包まれようとする街の中へと飛び出していった。

 疾駆する四人を、街の人々が何事かと驚いて見送っていく。しかしそんなことを気にかけている余裕はないように思われた。

「十中八九、その廃教会には何か秘密があるね」

 走りながらも呼吸一つ乱さず、龍児が言った。

 すでに彼らは東門から街の外に出ており、さらに走る速度をあげながらブリックレッドへと続く街道を進んだ。

「じゃつまり、闇騎士は前座みたいなもので、まだ大御所的なものがいるってこと?」

 朱音が赤い髪をなびかせて言った。

「いわゆる大ボスってやつ?」

 と大牙がぽきぽきと指を鳴らしながら言う。これに龍児が応える。

「闇騎士とのつながりはわからないが、まだあそこに縛られていたものがいたと考えてもおかしくないな」

「廃教会自体が結界か何かの役目をもっているんじゃないかのう。闇騎士の封印が解かれてその力が弱まり、眠っていた何かを起こしてしまった、みたいな感じかのう」

 と玄人が言うと、朱音がやや茶化し気味に言った。

「なによ、クロトまでリュウみたいなこと言わないでよ」

 玄人はぽりぽりと頭をかきながら、

「別にそんなつもりはなかったんじゃがのう。わしもこの世界になじんできたっつうことかいなあ」

「さあ、この辺りに教会へと上がる小径があるはずなんだが…」

 と龍児が立ち止まり、コムパッドで位置を確認する。

 辺りはすでに日が暮れていて、パッドのバックライトが煌々と彼らの顔を照らした。モニタには街道が太く映し出されていたが、少し先に細い脇道のようなものがあるのが確認できた。

 空には色味の違う二つの月がかかり、星々が落ちてくるほどにたくさん輝いている。それはパッドをしまうと、ますます際立ち、同時に暗闇の深さも実感させた。

「綺麗だけど、なんだか残酷な感じもするわね、ここの世界の夜って」

 朱音が空を見上げていたのをやめ、小走りでその小道に向かい出しながら独り言のように言った。

「昔の夜はそういうものだったと思うよ」

 と龍児が相槌をし、先に立って整備されていない坂道を登っていく。

 道の幅は人が一人通れるくらい。時折、打ち捨てられたように聖人らしき石膏像が置かれていたが、どこかが破損しているものばかりだ。道の両側からは手入れされていない灌木が生い茂り、時には小道を塞いでいる箇所もあった。

 半時間ほど速足で登ったところで道がひらけた。

 考えていた以上に小さな教会だった。いや、教会というより、大きめの霊廟という方が近い。緑青のういた両開きの扉に、つる草のはびこった壁、摩耗した彫刻の施された破風、屋根の一部は崩れている。

 龍児はスキャナを取り出し、辺りを探った。熱源は感じられない。いや、遠くに小さなものは感知される。きっと狼か何かだろう。

「ここには人間の熱源はない。いるとしたら、地下だろう」

「行くしかないでしょ」 

 朱音は何のためらいもなく扉を開けた。嫌なきしみの音をたてる。

 中はがらん、としていた。前方の中央に朽ちかけた卓があり、香炉のようなものと蝋燭などとっくになくなっている燭台がおかれている。崩れた屋根からは切り取られたような夜空がのぞめ、目を転じれば、中央の壁にほとんど割れてしまったステンドグラスの天窓があった。

 その部屋の右端に細い手すりのついた下り階段があることに気付く。四人は迷うことなくその狭い螺旋階段を駆け降りていった。

 随分地下にくだったらしく、降りきった場所はひんやりとし、やや湿気っぽかった。そして、ほとんど視界がきかないほどの闇が覆っていた。

 玄人がコムパッドをつけ、そのバックライトで辺りを照らす。岩盤を直接削ったような通路が奥へと続いていた。

「生命反応は?」

 と玄人が尋ねると、龍児はすでに作動させていたスキャナを覗き込み、首を振る。

「感じ取れない。まだ地下があるのかもしれない」

「よし、進むぞ」

 玄人を先頭に、四人は狭い通路を進んだ。道は複雑ではなかったが、両側に四角くくり抜かれた空間があり、そこには風化して粗くなった石棺がおさめられていた。

 時折、足元に崩れた骨が当たり、最初の冒険者たちの戦いの名残を感じさせたが、それ以上に奥から吹き付けてくる風のようなものが、彼らの足を速めさせた。

 道は少しずつ下っているらしかった。両側の壁にぎっしりと頭蓋骨が嵌め込まれるように並べられているのが、バックライトに照らされて不気味である。

 何度か通路を折れ、骸骨の壁が途切れたところに、憐れな最初の犠牲者が話していた木の扉のある小部屋があった。

「これね、闇騎士の黒剣が刺さっていた部屋に通じる扉っていうのは」

 朱音の声がまるで闇に吸収されるかのように聞こえる。

 鍵は地面に落ちていた。

 玄人が仲間たちに目配せをしてからその扉を開けた。

 まず目に入ったのは、四方の壁がくり抜かれ、比較的立派な石棺が四つ、おさめられていたことだ。そしてその床面に、黒曜石のような色と艶をした台座が中央に配置されている。酒場で聞いた通り、それには中央に剣が刺さっていたと思われる孔が穿たれていた。

 しかし、その時の話と異なることに、その台座は薄く発光もしていなかったし、さらにそれは横にスライドしており、その下に新たな下り階段の道を開いていたのある。

「む。この階段のことは聞いてなかったのう」

 玄人が階下を伺うようにして回り込む。それだけで下から吹き上げてくる風が頬に感じられた。

「今回、行方不明になった冒険者がこの下でトラブルに巻き込まれたのはほぼ確実だな…」

 龍児の声音にやや悲観的な響きがこもる。

「普通に考えて、闇騎士の剣よりも下に何かいるってえんなら、ぜってー強えよな、闇騎士よりもよ」

 と闘志を俄然燃やしたように言った大牙に、朱音も一部同意したような意気込みで続けた。

「前みたいに遅れをとるわけにはいかないわ。何がいようと、前進あるのみよ」

 他の三人は力強く頷き返し、それまでのざらついた岩肌とはまるで違う、滑らかな黒い階段を用心深く降りていった。

 この階段も深くまで続いていた。コムパッドのバックライトでは頼りなく感じられるほどの闇の濃さである。そして一段ごとに強まる思い冷気。

 朱音は思い出していた。初めて闇騎士と対峙した時に感じたぞっとするような感覚を。

「…きっと魔法を使う奴がいるわ…なんかそんな気がする」

「闇騎士が封じられていたような場所じゃ。そんなんがおっても不思議はないじゃろな。甲鉄盾で防げるとは思うが、正直、計り知れんところがあるのう」

 玄人が階段を降りきり、バックライトで辺りを照らすようにコムパッドをかざしていると、ずっとスキャナで周囲をモニタしていた龍児がまっすぐ前方を指さし、口早に言った。

「この先に扉があり、広間がある。大きめの納棺堂のような感じだ。その左右の小部屋の一つに生命反応をキャッチした。生きているぞ!」

「何かいる気配はねえのか?」

 大牙が全身からアグレッシヴな空気を漂わせて尋ねる。龍児は首を振り、

「それ以外は何も。ただ、朱音の言ったような奇妙なものは感じるがな。足元に冷気が沈殿しているかのようだ」

「とにかく生きてる人たちを助けるのが先決よ。扉を開けるわ。何か出そうなら、クロト、頼んだわよ」

「任せておけ」

 その扉は天井まで届く大きなものだった。これも緑青が浮き、レリーフなどの装飾は判然としなくなっていたが、目を引くものがあった。それは、あの台座と同じ材質の玉石がいわくありげな配置で嵌め込まれていたのである。その他に、扉には鍵がかかっていたらしかったが、それは無理やり破壊したかのように壊れ、地面に落ちていた。鍵のほかにも鎖も落ちており、この広間が厳重に閉ざされていたことを示していた。

 朱音は大牙と目配せをし合い、観音開きのその扉を息を合わせて押し開こうとしたのだが、なぜかびくともしない。そこで二人は強行突破することを選んだ。とにかく早く生存者の救出を計らなければならないからだ。

「せーの、でいくわよ」

「オッケー」

 朱音と大牙は、それぞれ身構え、すうっと息を吸った。

「せーの…!」

 二人の渾身の蹴りと一撃が扉に激突する。もともと風化しつつあった扉は脆くも凹み、もう一度同じように打撃を加えると、扉の片側が破壊され、大きく穴ができた。

 中に入ると、そこが薄明るく明かりがともっていることに気付いた。広間の両側には窪みがあり、その合間に蝋燭台が置かれているのだが、蝋燭がないにも関わらずそこが妖しい光を放っているのである。天井から吊り下げられた円形のシャンデリア二つにも、同様の妖しい明かりがともされ、室内をより不気味に照らし出していた。

 と、玄人が足を止めた。

「……死体だ。硬直も解けて腐敗が進んどる。最初の冒険者じゃな」

「死体ならここにもあるぜ。壁に激突死でもしたみてえに身体中ぼろぼろだぜ」

 と大牙が壁によりかかるようにして動かない死体に近寄ったが、そこから流れ出したらしい血や、破裂したような傷口からあふれ出た内臓などに顔をしかめ、

「おい、リュウ、生きてるやつはどこにいる? これだけ小部屋があるとうぜえよ」

 確かにその通りだった。その広間はこれまでの通路や小部屋と比べると、段違いに広かった。まるで貴族の屋敷の舞踏会室のような趣さえある。もちろん両脇に穿たれた場所に石棺がおさめられていなければの話ではあったが。

「こっちだ。だが何かで障壁らしいものを展開している」

 龍児が途中に転がっている死体に目もくれずに左側の一番小さな窪みへと歩みを速める。

 その小部屋の中には、四人の人間が肩を寄せ合うようにして縮こまっていた。そして彼らが薄暗がりの中から姿を現すと、一斉に立ち上がって喜色と期待のような顔色をやつれ、血に汚れた顔に浮かべたが、すぐにそれは落胆に変わった。

《助けが来たと思ったが、やはりだめか…》

 杖を持った男が一際失意の色濃く、再びしゃがみこみ、ため息をついた。

 その態度にかちんときた朱音が一歩踏み出して何か言い返そうとしたが、見えないなにかにぱちん、と弾かれてしまった。杖を持った男がこの期に及んでも尊大な態度で吐き捨てるように言った。

《そこには結界が張ってある。だがそれもいつまでもつことやら。魔道具の魔力は尽き、私の魔力もあと半日もてばよいくらいだ》

《結界? つまり、ここには何かがいるということですか》

 龍児が尋ねると、『紫電の魔道士ヨティス』はお手上げだといわんばかりに、そして彼らの無知さにも呆れたように応えた。

《ここに入ったら、出られん。そしていずれここのお仲間にされるのだ》

 龍児の細い眉がしかめられ、入ってきた扉に視線を投げる。そこはいつの間にか閉まっていたが、朱音と大牙が開けた穴がぽっかりとできている。

 龍児は冒険者たちに言った。

《いいですか、扉は壊れています。僕たちが敵を引き付けている隙に、時機を見て逃げてください》

《ば、ばかな、お前たちのような装備で、あれに対抗できるはずが……》

 とヨティスが言いかけた時、床に沈殿していたような冷気が凝縮し、それが次第に人型を形成していくのを、彼らは目の当たりにした。

 それは美しいと形容できる容姿をしていたが、その顔色は透けるように蒼く、その瞳は血の色に染まっていた。冷然とした肢体にはふんだんにレースを使った豪華なドレスをまとっていたが、長い時を経たかのように端はすり切れ、ほつれている。そして右手には繊細な装飾の施された錫杖のようなものを持っている。その手も蒼白く、細く長い爪はまるでかぎづめのように長くとがっていた。

 それは顔色に不釣り合いな赤い唇をニッと笑ませ、ドレープスリーブの端からのぞくレースを几帳面に整えつつ、すり足のような動きで四人の方へ近づきながら、直接頭の中に入ってくる声で言った。

【これはまた若い血が紛れ込んだものよ】

 そしてぴたぴたとその錫杖で掌を打ちながら、

【我が騎士が解き放たれ、あれがもたらす血が我を蘇らすに足る血をもたらしてはくれたものの、忌々しい封印の石が邪魔だてし、我はまだ力を蘇らすには至らなかった。が、そこな愚かな人間どもが石の封印を解き、我の力を呼び戻してくれることになった。だがまだ足りぬ。我はこのような牢獄につながれるべきではない。我が下僕を増やし、この身体を縛る最後の鎖を断ち切らねばならぬ。この建物ごと破壊せねばならぬ。そしてその下僕となるのは、そう、貴様らのことぞ!】

 くわ、と赤い口が開き、ひゅーっとその魔物は高い天井付近に舞い上がり、何やら呪文のようなものを唱え始めた。

 ヨティスが頭を抱えて絶望的に叫んだ。

《不死者の女王(アンデッドクイーン)の魔法は強力だ! お前らのそんな装備では一瞬ではじけ飛ぶぞ!》

 と言い終わるか終わらないうちに、闇色の圧力がぐわっと迫り、彼らを直撃した。結界の中から悲鳴やら呻き声が上がる。

《ああ…! なぜこんなひ弱な者共がここに来たのだ…! むざむざ死にに来たようなものではないか…!》

ヨティスの嘆きと共に、魔力の闇が次第に引き潮のように引いていく。

そこに無残に身体を引き裂かれ、押しつぶされて斃れる若者たちの姿を想像していた魔道士は、瞠目した。

なんと、無傷で立つ四人をそこに見たからである。そして彼らは呪文のようにも聞こえる異国の言葉を一人ずつ敢然と言い放った。

「闇在る所、光在り」

「悪在る所、正義在り」

「聖なる力で邪を祓う」

「我ら四方を守りし聖なる獣」

 そしてインターフェースをソケットに差し込みながら声をそろえて言い放つ。

「霊獣降臨!」

 四色のオーラが彼らを包む。

「東の青龍!」

「西の白虎!」

「南の朱雀!」

「北の玄武!」

 パワースーツと武器を装着した彼らの目に、空中に浮いていた魔物がさらに闇色の二つの球体を呼び出したのが目に入る。魔物はそれに命ずるかのように錫杖を振るった。

 と、球体は意思をもったようにふぅーっと大牙に迫り、両サイドから挟こみむように接近したが、それは直前で方向を変えて大牙の意表を突いた。そして不規則な回転をすると、今度こそ大牙めがけて炸裂した。

 ぼふん、と闇が破裂し、煤のような残滓が舞う。

「タイガ!!」

 が、すぐに大牙は暗がりから姿を現し、大げさに肩をすくめて言った。

「魔法ってのは読みづれえ攻撃だぜ、全く。だがな」

 と、彼はその小さな身体にエネルギーを溜めるようにふんばり、次の瞬間には天井近くに浮遊していた魔物の目前に軽々と迫っていたのである。

「俺様には通用しねえのさ!」

 ジャンプした勢いをつけての右の掌が魔物の顔面を打つ。ゆらっと体勢が崩れたところへ、第二撃が正面からたたき込まれ、さらに連続して左肘の一撃がこめかみ付近にめりこむ。最後に落下する力に乗りながら、両拳を固めて魔物の首根っこに強烈な打撃を加えた。その衝撃で魔物の高度が下がる。大牙は回転を交えて着地しながら、叫んだ。

「アカネ、ぶちのめしちまいな!」

 言われるまでもなく、朱音はすでに跳んでいた。その跳びざまに身体を素早く回転させ、両手の扇子を閃かせる。斬りつける手ごたえがあり、敵の浮力が弱まる。そこへさらに膝蹴りを与え、完璧なライジングキックを顎のあたりにヒットさせた。魔物がのけぞり、落下した。すかさず前方から回し蹴りを与え、その回転の反動を使って背面に回り込んでもう一撃。

 どさり、と魔物は床に倒れ伏したが、声が彼らの頭の中に響いた。

【ふ、ふ、ふ…これはまた変わった血を持つ者共が現れたものよ…おもしろい】

 龍児はこの時とばかりに冒険者たちの隠れる小部屋に駆け寄り、手振りを添えて言った。

《今です、早く逃げてください!》

 だが、彼らは身動きできないでいる。敵の魔力のせいなのか、あるいは自分たちの特異な外見のせいなのか。いずれにせよ、時機を逸したと龍児は内心で舌打ちをした。

 案の定、不死者の女王はドレスの裾をひらひらとさせて再び浮き上がると、赤い唇を吊り上げるようにして笑いながら言った。

【貴様らなら我の新しい騎士にしてやってもよいぞ。さあ、もっと血を流すがよい!】

 と、別の呪文を唱え始めた。

 今度のは発動が早かった。床面に魔法陣のような円陣が複数出現する。それがみるみる邪悪に輝き始めた。

「ぬ! 散開!」

 玄武が言い放つと同時に、地面に展開されていた魔法陣から闇の波動が放射され、それは下から突き上げるような力場を生んだ。

 ボン、ボン、ボン、と次々魔法陣が破裂し、床に溜まっていた塵埃や朽ちた骨などを舞い上がらせた。だがその中で、玄武は大盾をしっかりと構え、魔物と対峙していた。

【う、ぬ! 我が魔法が効かぬとは?! 貴様ら、何者じゃ?!】

「正義の味方です」

 と青龍が臆面もなく応え、玄武に短く言った。

「クロト、頼む!」

 これだけで十分だった。玄武は大盾を背負い、身体をかがめた。そこへ青龍がしなやかな動きで飛び乗ると、「ふん!」とばかりに身体ごと持ち上げた玄武の勢いに乗り、彼は高々と跳躍していた。

「タァッ!」

 裂帛の声と共に青龍の刃が魔物の肩口から袈裟懸けに切り裂く。そのまま持ち手を変え、下方から切り上げる。間断なく、刀を両手に持ち、脳天から一気に切り下ろし、自らも空中から舞い降りた。魔物は髪を振り乱しながらも空中に高く上がろうとしたが、それに追い打ちをかけるように玄武の甲鉄盾の突進が魔物の身体に突き刺さる。

【ギ、ギ、ギ】

 魔物が呻き声を上げた。そこに大盾の上部についた角のような突起が突き出され、ぐさりと貫いた。

【ぐぁっ】

 赤い口を開き、魔物は元は美しかったに違いない顔を苦痛に歪めた。しかし、玄武の盾が引き抜かれると、よろめきながらも周囲に闇色を濃くさせ、錫杖を高く掲げて一際忌まわしい感じのする文言を並べだした。

 すると小部屋の中から必死の声が聞こえてきた。

《魔力の増幅量が半端ではない! 死ぬぞ!》

《そっちこそ引っ込んでて! とばっちりがいってもしらないわよ! クロト!》

《わかっとるわい、皆、わしの後ろに!》

 どすん、と大盾を構えた玄武の背後に、三人が背中合わせに集まる。

【死ね、そして我の傀儡になるのじゃ!】

 魔物が哄笑しながら魔力を解き放った。

 まるで闇が降り、奈落の暗黒が口を開けるようにその場は邪悪で満ち満ちた。

 足下はいくつもの邪印で埋め尽くされ、頭上からは昏く蠢く悪夢の塊が降り注がれようとしている。

【その血を捧げよ、そして下僕となれ!】

 立て続けに足下の魔方陣が爆発し、闇色の炎を上げる。空中からは視界を奪い、心までも昏迷に堕とす闇霧が降り注いだ。

 魔物の勝ち誇った哄笑が響く。

 しかし、その闇雲が引いたとき、魔物の様子が一変した。

【な、なにぃ?! 貴様ら……!!】

 四人は、大盾に護られ、搔き消えていく闇霧の中、勇壮な様子で武器を携え、身構えていたのである。

 敵がこの状況に驚愕しているのは明らかだった。そしてその隙を逃さなかったのは朱雀だった。

「とどめはもらうわよ!」

 彼女は赤い風のように走り込むと、しゃらり、と扇を開いた。瞬時にそれがボッと焔をまとう。そして魔物が次の行動をとる前に炎舞扇の一閃を首筋から斜め下に閃かせていた。それだけで勢いは止まらず、身体を回転させて振り向きざまに逆の手の扇で下から薙ぎ払うように斬り裂いたのである。そのまま走り抜けた朱雀は、Vの字に焔を上げている魔物を背後にして立ち止まると、ぱちん、と炎舞扇を閉じた。

 と、その切り口から上がっていた焔が一気に炎上した。

【ギャアアアッ】

 魔物が絶叫する。

【我の身体が…我の美しい身体が…燃える…燃えるぅぅぅぅぅっっ…!!!】

 蒼白い身体が深紅の業火に焼かれて徐々に黒く煤となって消えていく中で、からん、と音を立てて落ちたものを、龍児が拾った。この魔物が持っていた錫杖である。

 鈍く銀色に光るそれには禍々しい感じのする装飾がうねうねと彫り込まれていたが、特に目立っていたのは先端に鋭い爪状の留具で嵌め込まれた玉石だった。オパールのようにつるんとした材質で、輝きも似ていた。しかし色は黒灰色をしており、今まさに燃え切ろうとしている炎の明かりを受けて玉虫色に色味を複雑に変えていた。

 ついに炎が暗黒の魂を焼き払うと、彼らは変身を解き、小部屋に隠れ続けていた冒険者たちの元へ駆けつけた。

 結界は何とか機能していたらしく、彼らに目だった怪我はなかった。

《お、お前たちはい、一体……?!》

 一部始終を見ていたのだろう、ヨティスが驚愕を隠せずに問いかけてきたが、玄人が耳を澄ますようにして言葉を遮った。

《あの魔物を倒したことでこの場を保っていた力場のようなもんが崩れたようじゃ。急いでここから脱出せんと、生き埋めになるぞ》

 その時の冒険者たちは彼らの言葉に否やを唱える者はいなかった。それに早くこのような忌まわしい場所から出たかった。ただでさえ彼らは数日の間、この狭く死臭ふんぷんたる場所に恐怖と絶望に苛まれつつ閉じ込められていたのだから。

 四人は冒険者たちを急き立てて走った。そして闇騎士の剣があった部屋まで戻ってきた時、足元からズズン、と重い振動が伝わってきた。

 すると、ヨティスが黒い台座を杖で示し、言った。

《この台座は黒曜石でできている。これ自体が邪悪なものを封じる力のある石でもある。ひとまずこれを元に戻しておこう》

《よし、任せろ》

 一番小柄な大牙だったが、軽々とその台座を元に戻してしまったのを、ヨティスたち冒険者は唖然として眺めた。

 そしてまた何かが崩れる振動が足元を震わす。

《ここも崩れるかもしれません。早々に引き上げましょう》

 龍児の進言に一行は頷き、地下墓所から脱出し、廃教会前のひらけた場所にたどり着いた。思わず深呼吸が出る。それほど、あの暗く冷たい空間は忌まわしく禍々しいもので満たされていたのである。

 だが見上げれば、木々の間から白んだ空がのぞめ、新しい一日が始まることを告げていた。残酷な闇は闇へと追いやられたのである。


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