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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第一章 都市連邦編
5/103

『黒き剣』

 大牙は冒険者ギルドに比較的近い、一軒の食堂兼宿屋の扉を開けた。賑わう商店区にあるせいか、そこは客で一杯だった。ようやく一か所空いているテーブルを見つけ、四人が腰掛けると、頼みもしないのにエールが四つ運ばれてきたので、朱音がそのひとつを押し返し、

《一人、未成年なんで。アルコールなしの飲み物をちょうだい》

 豊満な胸をした給仕女は「未成年?」という単語が理解できないような顔になったが、

《そんなもんはこの店にはないよ。湯冷ましの水でよけりゃ出すけどね。そんなもんを飲むやつの気がしれないよ》

 給仕女はまだ立ち去らない。肴か主菜の注文を待っているのだ。メニュー表らしいものはないらしい。

 龍児は周囲を見回し、適当に注文した。

《腸詰の盛り合わせと乾いたミックスナッツを頼む》

 たったそれだけ?と言いたげな顔ながら、給仕女は頷いて店の奥へと戻って行く。

 ディミトリの店より薄い味のエールを一口飲んでから、龍児はコムパッドをテーブルの上にのせ、これまでに出来上がった地図を表示させてみた。

 確かに教えてもらったとおり、完璧なほどの正八角形の城壁の東側がくっきりと表示され、教会やこまごまとした住宅、衛士隊の詰め所、冒険者ギルドが精確な立体映像で表示されている。そして今いる酒場の地点で、彼らがいる証拠として青い点が明滅していた。

「だいぶ街の概要がみえてきたのう」

 玄人は覗き込んでそう言い、パッドの上辺に時刻が表示されていることに気付いた。

「リュウ、その時間は地球時間のままか?」

「あ、これ」

 龍児は給仕女がこちらにやってくるのを目の端に捉えていたので、パッドを膝の上に隠し、応えた。

「こちらの惑星の時間の進み方を知っておきたくてね。スキャナで一日を計っておいたんだ。アカネが言っていたことはあながち間違っていないんだよ。ここの星の一日は20時間で、僕らの感覚からすると、一時間は50分ってことになる。だから一日が短い感じがするんだよ」

「てことは、今はもうそろそろ昼時っつうことなんか」

「ほれみろ、俺の腹時計は超正確なんだぞ」

 大牙が誇らしげに胸をそらす。

 そこへ愛想のへったくりもなく、皿を置いた給仕女が無愛想に言った。

《全部で35ディナル》

『たかっ』

『あたしたちの宿が安すぎるのよ』

『こちらが相場だろうな』

『まだ金はあるんじゃろ?』

 龍児はディナルの入った巾着から貨幣を選び取り、大目に40ディナル支払った。それが当然と言いたげに給仕女は大きな尻を振り振り戻って行く。

「冒険者も商売気を出さないと生きていけないわねえ」

 辺りを見回し、盛大に飲み食いしている様に朱音が嘆息する。

「俺たちだって稼がないと、野宿だぜ、野宿」

 と大牙が早速になんの肉かわからない腸詰を恐れげもなく口に運ぶ。

「ん、こいつは、なんかの内臓かな……軟骨も入ってる」

「あら、そんなの、嫌よ、あたし、付け合わせのマッシュポテトでいいわ」

 朱音は内臓系の肉が嫌いなのだ。

 とその時、彼らのコミュニケータがその場にそぐわないビープ音をたてた。一斉に彼らの方に視線が集中する。

 四人は慌ててブレス型のインプラントの小さなコンソールパネルに触れて音を止めると、小声で通信を行った。『内線』でしてもよかったのだが、逆にこのような場所で黙り込んでいるのも目立つと考えたからだ。

『ボス、どうかされましたか』

 と龍児が尋ねると、キリルは一呼吸おいてから応えた。

『君たちが元気そうで何よりだ。連絡を入れたのは……』

 ここで素っ頓狂な声が飛び込んだ。

『よう! 貴様ら! おいらがいねえ間もさぼらねえで働いてたかあ? え?』

 四人の顔がビックリマークで埋め尽くされる。

 キリルの咳払いが聞こえ、

『ジルコンの修理が終わったんだが、どうやっても言語回路だけはどうにもうまくいかなくてね……で、このような口調になってしまっている』

『おいらの人工脳をフードサーバーのシステムとつないでよう、白虎王と青龍王のぶっ壊れた部品を分解、それを左翼の壊れたパーツに再構築するってぇのを、最速でやってる最中なんだぜぃ。あとはキリルのやつがパズルみてえにつなぎ合わせていくってえわけさ。え? おいら、すげえだろ?』

 四人が口をそろえ、唇だけで言う。「キリルのやつ」?!

 以前は「マスター・キリル」と呼称していたジルコンだったので、あまりの変わり様に言葉もない。

 通信の向こうで驚愕しているらしいことを察している様子のキリルが、苦笑をまじえた口調で言った。

『まあ、性能に遜色はないのでこのままにしておくが、まあいずれじっくり直るかどうか見てみるつもりだがね』

 そして『ああ』と思い出したように付け加えた。

『本来の目的を忘れるところだった。君たちのパワースーツの再構築が完了した。いつでも呼び出せる。待たせたね』

『いえ、全て任せきりでむしろすみません』

 と龍児が頭を垂れるようにして言うと、キリルははきはきと言った。

『君たちにはこの世界を探索し、エネルギー源を確保するという任務があるのだ。謝る必要などない。スーツが着用可能になったのなら、活動範囲も広がることだろう。期待している』

『任せろや、ボス。俺、結構ここ、気に入ったぜ』

 『フフフ』とキリルの低い笑い声が聞こえ、

『左翼の修理が完了すれば、あとはエネルギー次第で空に飛ぶことはできるだろう。雲の上に出てしまえば、遮蔽装置なくともこの世界の人々の目に触れることはないと思うのでね』

『もし見えたとして、伝説のドラゴンだと思われますよ、ボス』

 朱音がファンロンの外観を思い描いて冗談まじりに言うと、キリルは思いのほか興味を持ったように、

『ほう、この世界にはドラゴンが生息しているのか。これは面白い。本当に幻想世界のようだな、ここは』

『やめてください、ボスまで。ファンタジーオタクはリュウだけで十分です』

 とぷいっと言った朱音に、玄人が龍児の肩を持つように続ける。

『でもそのおかげで言い抜けたり誤魔化せたりしているんじゃ。いつ何時どんな知識が役にたつかわからんっつうのはこういうことじゃな』

『とりあえずこちらは順調に復旧しているし、自然界からの五行パワーの吸収も微量ながら蓄積してきている。だから安心して君たちは探索活動に専念してくれ。ではこれで通信終了』

 ぷつん、と通信が切れる。

 そして三人は皿の上の腸詰がほぼなくなっていることに気付いた。そして大牙はつまらなさそうにナッツを口に運び、味気ない水を飲んでいる。

「おやっさんとこの『オレンジーノ』が飲みてえぜ…」

「あんた、一人で食べちゃったの?! 呆れた!」

 しれっとしている大牙に、朱音がさらに言葉の矢を浴びせようとしたところへ、扉を開ける音も高らかに、冒険者の一団が入ってきたため、彼女は言葉を飲み込んだ。というのも、彼女のいる場所からでもその一団のリーダーらしき男が持っている漆黒の剣が見えたからである。

 彼らは定宿にでもしているのか、我が物顔でカウンター席に無理やり座り込んだ。店主自らがエールを彼らの手元に配って回っている。

「きっと常連で、腕の立つ冒険者チームなんだろう。あの剣は戦利品か何かだな……しかし……」

 と龍児が言い淀み、スキャナをバックバッグから取り出し、こっそり起動させる。

 いきなりその冒険者がその抜身の黒剣を酒場の床にどす、と突き刺し、自慢たっぷりな口調で言ったのである。

《どうだ、俺たちがこの剣を手に入れた顛末を聞きてえか? え?》

 酒場の客たちが《聞かせてくれ》と野次を飛ばすような勢いで催促する。この反応に気をよくした冒険者はぐい、とエールをあおってから話し始めた。

《ブリックレッドへの街道から少し外れたところの廃教会のカタコンベにアンデッドが住み着いてるから、そいつらを掃除してくれっつう教会の依頼を受けて、早速昨日行ってみたわけさ。いるわいるわ、廃教会の裏の墓地にもどっさりうろついてやがってね。中に入るまでにすっかり死臭にまみれちまったさ。で、中はってぇと、これまたアンデッドの巣窟。だが俺たちにかかれば連中なんか一刀両断、ばっさりさ。依頼通り、片っ端からやっつけ回ったらよ、一番奥にいわくありげな小さな木の扉があったのさ。鍵はとうに壊れてぶら下がってた。依頼はカタコンベの掃除だ。だからその中にも入ってみたんだ。そうしたら…》

ここで冒険者は一息ついてエールを飲んで続けた。

《そこは狭い部屋だったが、真ん中に、薄く光る台座みてえなのがあってよ、そこに、こいつが突き刺さってた。ちょっと嫌な予感がしたんだが、こんなに凄そうな剣だろ? それに、依頼にはカタコンベの中の物を持ち帰るなっつう条件はなかったしな。で、これを台座から引き抜いた途端さ、急に冷気がヒューっとどこからともなく吹き込んできてよ。何か起きる、と辺りを見回していたら、台座の剣が突き立っていたところからもやもやとした黒い霧が湧いて出てきてよ、奴が現れたんだ。漆黒の甲冑に身を包んでいてよ、いつの間にか、俺が持ってた剣は奴の手に握られてた。そしていきなり斬り付けてきやがった。素早い動きをしやがるし、狭い部屋ときた。戦いづらかったぜ。だが、こちとら伊達にローグやってるわけじゃねえ。素早さなら引けを取らねえ自信があった。攻撃をかわしながら、俺の二刀流をお見舞いしてやったさ。だが相手は全身甲冑だ。なかなかのもんでね。決着がついたのは、奴の手首をへし折ってやったときさ。剣ががらんと地面におちたら、奴は急に力が抜けたようになりがってよ、そこに連撃を決めたら、あっけなくがらがらと甲冑が崩れちまった。後にはこの剣だけが残ったってわけさ》

 ここで一息入れた冒険者に、誰かが尋ねる。

《甲冑の中には何もなかったのかよ?》

 冒険者はエールを飲みながら頷いた。

《どこをさがしても人間が入ってたあとはなかったね。でもま、もともと相手は亡霊か死霊系だと思ってたしよ、中身ががらんどうでも驚きゃしなかったがな》

《その剣はどうするんだよ? 売るのか? 教会に渡すのか?》

 別の誰かが話しかけると、冒険者は剣を手元に戻し、

《どうするかな…こいつの切れ味は物凄いんだ。ここにはまってる玉石も高価そうだから売ってもいいんだが…》

 この自慢話を聞き、朱音があっけらかんと言った。

「なんだかあの剣、あんたのと形が似てるわね」

 と龍児に話しかける。だが龍児は何かに気を取られていたらしく、返答が遅れた。

「え、ああ…確かにちょっと異国的な形をしているね。それよりもだよ、あの剣、何というか、ちょっと変なんだよね」

「どう変なんじゃ」

「質量が外見の体積と見合わないっていうか……もっと軽いはずなんだけど、密度が高いんだよ。それと、こないだ、ダイジンオーの跡に行ったときに、魔道士が魔力を使って痕跡を探っていただろう? その時の魔力の波動を科学的に分析できないかと、ボスに頼んだ結果と照らし合わせると、似て非なるものというか、なんとなく魔力のにおいがするんだよ、あれには」

「魔力のある剣なんて、こういう世界じゃいくらでもあるんじゃねえの?」

 と言う大牙の言葉に、龍児は賛同しないわけにもいかず、

「確かにあるんじゃないかとは思うよ。だからあの冒険者は意気揚々と喋りまくってるんだと思うけどね。何か悪いことが起こらないといいけれど」

 残り僅かになっていたナッツをぽりぽりとやりながらも、龍児の視線は自己陶酔も手伝ってさらに饒舌になっている冒険者の手にある漆黒の剣を見つめ続けていた。


*****


 四人はその酒場を出た後、残りの地図を仕上げるべく、くまなく歩きまわり、途中、大牙の腹の虫を抑えるために屋台で得体の知れない肉串を食べたりしながら、日が暮れるころに『双撃の戦斧亭』に戻ってきた。

 今夜の夕食は、大葉をハーブに見立てた腸詰と唐辛子のきいたトマトソースのパスタ(「これってアラビアータよね、と朱音が嬉々として食べた)、ベーコンやタマネギがまぜこまれた平べったいオムレツだった。日中食べた腸詰とは段違いの味だったのは言うまでもない。

 それと今夜は湯を張ってくれると言うので、ますます朱音が喜んだ。昼間の悪臭ふんぷんたる冒険者ギルドのにおいが鼻について離れないと、そのあとぶつくさと不平をたれていたくらいだったのだ。

 順番に風呂に浸かり、さっぱりしたところで、四人は龍児の部屋に集まり、明日からのことを話し合った。

「スーツも復旧したことだし、本格的に魔物狩りに出てもいいんじゃないかしら。魔晶石の欠片を集めるのに早すぎるってことはないと思うの」

 三人は一様に頷き、

「掲示板でよさそうなのを選んで、まずは一つ片づけてみるか」

 と龍児がいつのまに記録していたのか、コムパッドをスクロールさせて各所にあった掲示板の依頼内容を再確認し始める。

「その魔晶石の欠片ってさ、でかい魔物ならでかいだけ、欠片もでかくなったりしねえの?」

 大牙がベッドに腰掛け、子供のように足をぶらぶらとさせて言った。

 龍児はパッドから視線を外さず応えた。

「その可能性はあると思うよ。大型の魔物が対象だとすると、冒険者ギルドにあったグリフォン討伐、未確認だが家畜を荒らす魔物、木こりを悩ますトレントくらいかな、今のところ」

「場所的にどこが一番近いんじゃ?」

 と玄人が尋ねる。龍児は情報に見入りながら、

「一番近いのは未確認の魔物だけれど、これは目撃情報があいまいで、確実に仕留めるまでに時間がかかるかもしれない。次はトレントかな。ここからだいたい半日くらいいったところの森にうろついているみたいだから」

「ところで、トレントってなんだ?」

 と大牙が間の抜けた問いをした。これに玄人が諦め顔で応える。

「わしでもそれくらいは知っとるぞ。大木の化けもんのことじゃ」

「へぇ~、よわそ」

「じゃ、その木の魔物でいいんじゃない? 五行パワーとも相性が良さそうだし」

 朱音の一言で、明日の予定は決まり、彼らは自室に戻って眠りについたのだが、結局この予定は未定になることを、この時誰も予想していなかった。


*****


 翌朝、四人はディミトリのだみ声で起こされた。

《一大事だ、一大事!》

 それぞれ寝ぼけ眼で(龍児はすでに身なりを整えていたが)部屋の扉から顔を出すと、ドワーフが興奮した様子で言った。

《とにかく着替えて階下におりてきな。詳しい話は朝飯でも食いながらだ》

 およそ10分後、彼らが階下の食堂に降りていくと、トマトのざく切りが入ったスクランブルエッグとほかほかの焼き立てパン、それからカリカリに焼いたベーコンが食欲をそそる香りをたてていた。

 それぞれにしぼりたてのトマトジュースを配ると、ディミトリは旨そうに食べる四人に、まるで真逆の気分にさせるような話を始めたのである。

《お前さんら、昨日、ぼったくりの酒場に行って冒険者の自慢話を聞いたって話してたよな。実はな、その連中が泊ってた宿の連中が片っ端からばっさりやられちまったんだよ。こう、首をな、ばっさりだ》

 と手振りで首を斬る真似をしたディミトリに、朱音が嫌悪感を示し、真っ赤なジュースのグラスを置いた。しかし彼女もしばしば冷酷に敵の喉を掻っ切るということに、他の仲間たちは敢えて言及しなかった。

《もう、食欲なくしたわ》

 だが龍児は一抹の予感があったように眼鏡の奥の眼差しを厳しくさせ、ディミトリに言った。

《随分情報が早いですね》

 ドワーフは厚い胸を張り、「ふふん」とばかりに言った。

《早耳にかけては自信があるんだ。それで、だ。一大事だっていうわけは、そのやられ方が摩訶不思議の奇天烈至極ってやつなのさ。奴ら、戦利品を持ってたから、部屋の鍵はしっかり閉めてたらしい。にもかかわらず、連中は殺された。叫び声も物音もなしだ。で、早朝、仕事に出かけ始めた街人が、たぶん逃げ出そうとしたんだろうなあ、宿の半開きの扉のとこでぶっ倒れてる首なし死体を見つけたってわけさ。こりゃ大変だって衛士隊のところに駆け込んで報告したんだが、衛士の連中も来てびっくり、見てびっくり、そこら中血の海、首がごろごろ。もちろん誰か忍んでいたような気配はなし、足跡も何もなしだ》

《皆殺しかいな…》

 玄人がさすがに嫌悪と少しの正義感を含めて言うと、ドワーフは大げさに身震いしてみせ、

《殺されたのがその魔物を倒した冒険者だっていうんなら、まだ納得がいく。戦利品をめぐってのいざこざとか分け前の行違いとか、そういう刃傷沙汰は珍しくない。だが、無関係な宿のもんまで首斬られるってのがなあ、気味が悪いだろ? それに、あそこには冒険者どもがたくさん泊ってたはずだ。そう簡単にやられちまうってのも不思議なんだ。抵抗したあともねえっつうんだから。戦利品を持ち帰った奴だって、腕前にかけちゃここいらで1、2を争うくらいだったんだぜ》

《……その、戦利品はどうなったんですか? あれは貴重な物のように見えましたから、窃盗目的で殺されたのでは?》

 と龍児が尋ねると、ディミトリは顎髭を撫でながら、

《そのことよ。それも不思議なことの一つなんだ。宿の売上金や泊り客の持ち金なんかには全く手が付けられてねえんだ。だが、その冒険者が持ち帰った戦利品…確か剣だっけ? そいつだけはなくなってたそうなんだ》

 龍児の顔色に懸念の色が広がる。

《剣だけ消えた、ということですか》

 ディミトリは首を傾げつつ、カウンターをとんとんと指で叩き、

《ああ、そうだ。貴重な戦利品だったのだとしたら、それだけを狙っての窃盗目的だとも考えられるが、それだったらその冒険者だけを狙えばいいわけで、宿屋中を血の海にするこたあねえ。だが基本、窃盗専門の連中はそういう殺しはやらないもんなんだ。奴らがアサシン集団に追われてるっていうんなら別だが、そういう連中が入り込んだっていう噂も聞かねえしな。アサシンの連中も無関係のもんを無差別にはやらしねえ。冒険者同士のいざこざですんだんならあれだが、一般人が何人も残忍に殺されたとあって、衛士隊も動かざるを得なくなってな、各門の見張りを強化し、出入りする者と所持品のチェックをするそうだ。特に冒険者の取り締まりは厳しいらしい。何といっても冒険者は所詮冒険者。戦利品欲しさ、ということもありうる。逃げちまえばそれでおしまいだからな。お前さんら、今日あたり、何か依頼でもこなしに行くんじゃないのか? だがどこの門も行列ができて出入りするだけで日が暮れるんじゃねえかって話してるぜ。だから一大事なのさ》

 四人は顔を見合わせた。

 昨日見た、どことなく不安な気分にさせる漆黒の剣。

 龍児が眼鏡の位置を直しながら、低い深刻な声で言った。

《もしかすると、その戦利品の剣、魔剣の類だったのかもしれませんね》

《魔剣?》

 と大牙が聞き返す。龍児は昨夜、スキャナに残しておいたデータを見ていたので、かなりの確信を持って頷いた。

《あの剣には奇妙な「気」のようなものがあるように思われてね。それに剣だけ消えたというのがひっかかる。単純に盗まれて、そのついでに人々を殺しまくった、という仮説もできるけれど…》

《衛士隊がそんなふうに動き出されては、こっちは身動きがとれんのう。こいつは、その人殺しを探し出して早く町が平和にならんとどうにもならんのじゃないか》

 ディミトリは彼ら四人を改めて眺め回すと、どこか頼りなさげに言った。

《確かに衛士隊は冒険者たちにも協力を依頼してるらしいが、お前さんらもやるつもりかい? その剣が魔剣とやらだったら、ちと荷が重すぎやしねえか?》

大牙は凄惨な事件の話題にもかかわらずその食欲を減退させることなく朝食を食べ続けていた手を止め、唐突に言った。

《やるしかねえだろ。いつまでもモンスター狩りにも行けねえなんて、やってらんねえし。魔剣がなんだっていうのさ、俺の拳でぽっきりへし折ってやる》

《そうね。それがあたしたちのすべきことだわ。今までだってずっとそうだったのだし。それがどこだろうとあたしたちの使命なのよ》

 ときっぱりと言い放った朱音の言葉の真意を、当然ディミトリは完全に理解はできなかった。むしろ無謀な若者たちが血気と名声欲にはやっての豪語程度にしか聞こえなかった。

《大丈夫かねえ? 相手は首をすっぱり一刎ねにできる奴だぜ?》

《大丈夫とかそういう問題じゃないのよ、おじさん。そうすることがあたしたちのすべきこと、つまり、あたしたちの冒険者としての目的っていうのかしらね》

 朱音の言外の意味は、仲間たちには十分伝わっていた。彼らはヒーローなのである。人々が困っているところに、彼らは必ず現れ、そして人々を助けるのが使命なのだ。

 すっくと立ち上がった朱音はその赤い髪を翻しながら言った。

《おじさん、ごちそうさま。ちょっと作戦会議をするわ。皆、来て》

 と、足早に階段を上がっていってしまった。他の三人もすでに意思は決まっていたので、やや驚き気味のディミトリに食事の礼を言い、彼女に続いた。

 残されたドワーフはしばらく彼らが昇って行った階段を見つめていたが、ふう、とため息をついて組んだ手の上に顎を乗せて呟いた。

《…駆け出しの冒険者のくせにいっちょ前なことを言いやがる…やっぱり妙な連中だぜ。しかし、ちと荷が重い仕事になりそうだがなあ…》

 そして四人が食べ終えた皿の片づけを始めた。


*****


 朱音は決然とした態度で、後からやってきた仲間たちに言った。

「敵が魔剣だと仮定して、さらにそれを人間の犯人が盗んだとして、その人間は魔物みたいになっちゃう?」

 龍児は頷き、

「妖刀、魔剣の類がその使い手の身体をのっとるのは常套手段だよ」

「じゃ、あの冒険者が倒したっていう魔物が、実はまだ生きてたという可能性は?」

 またも龍児は頷き、

「それもあると思うよ。敵は奪われた剣を取り戻す一念でここへやってきて、人々を惨殺、そして剣を再び取り戻して実体化した、ということも考えられる」

「ということは、昼間も夜も気が抜けないってことじゃな?」

 と玄人が意見すると、朱音は早速にスキャナを手にし、

「人間が中身にいようといまいと、とにかく探しにいこうじゃないの。リュウ、その剣の波動データってやつ、皆に送信して」

「OK」

 龍児は自分のスキャナにセーブしてあった微細なデータを、仲間たちのスキャナに送信すると、それをベルトの万能フックに吊り下げ、

「夜間もだけど、衛士たちの目にはあまりつかない方がいいと思うんだ。どうやら僕らはダイジンオーの落下事件でまだ疑われている気がするからね。日中だから人ごみもあるだろうし、身は隠しやすいとは思うけれど、用心していこう」

 他の三人が頷く。龍児はさらに続けた。

「探索する方面だけど、東西南北、それぞれが担当する方角をしらみつぶしだね。スキャナが反応したら即合流だ」

 こうして彼らはディミトリの心配顔をあとにして、宿から飛び出していったのである。

 ディミトリの話していた通り、街の中では衛士隊の鎧とマント姿がそこかしこで見られた。人通りはやや少な目である。それも当然だろう。そのような凄惨な事件があったのだから、外出を控えるのは当たり前の心理だ。しかし、相手が瞬間移動や魔力的な何かを使うとすれば、どんなに厳重な戸締りをしても無駄だと、玄人は北側の大門付近の物陰から周囲を伺いつつ考えた。

 スキャナの効果範囲に反応はない。それもそうだろうと玄人は思う。この傍の宿屋で事件が起こり、そこはいまだに衛士隊の警備がついて閉鎖されていたし、勇気のあるやじ馬たちが遠巻きにして鵜の目鷹の目で眺めていたからだ。それに近くには冒険者ギルドもあった。出入りが激しい。そんな中に犯人が紛れているはずもない。あんな目立つ漆黒の剣だ。すぐに露呈する。

 玄人はその大柄な体躯に似合わない身のこなしで建物の隙間のような路地に入り込み、商店区の方へと足を向けた。

 一方南側を担当していた朱音は、教会をぐるりと取り囲む灰色の壁の上に乗り、墓地を見下ろしていた。相手が魔剣とか死霊とかいうものなら、死体がつきものだろうと考え、まず最初にここへやってきたのだが、スキャナは虚しく無反応だった。

 だが彼女は諦めず、すとん、と人気のない墓地に降り立ち、あちこちに点在する古い家系の棺が納められている納骨堂に向かった。もちろん扉には鍵がかかっていたが、彼女の鋭い回し蹴り一発でさび付いたそれは粉砕された。

(確か、墓荒らしがどうのっていう依頼があったわよね…)

 朱音はまさに自分がその張本人なのではないかと一人可笑しくも皮肉な気分で扉を押し開き、中を見て回った。

スキャナの反応はなし。あるのはかびと埃、乾いた死臭だけだ。

 念のため他の納骨堂にも押し入ってみるが、どれもはずれ籤だった。

『南側は反応ゼロよ。残念ながら』

 と言う朱音の通信に対し、龍児が即時に対応してきた。

『東側も同様だ。詰め所があるからな。かなりの動員数だ。東の小門もちらっと見たけれど、先を急ぐ商人や冒険者などで溢れかえっていたし…む…?』

『どうしたの?』

『あ、いや、ほら、村で見かけた衛士隊の隊長、いただろう? そいつと目が合いそうになったんだよ。大丈夫、うまく人ごみに紛れたから』

『そういうお前がへぼるなよ、リュウ』

 大牙が横やりを入れる。そして自分も報告をした。

『こっちも似たようなもんだなあ。昨日見た時より人出が少ないってくらいで変わった動きはねえ。衛士隊の見回りは多いけどな。俺たちみたいな「冒険者」たちもうろついてるぜ。でもよう、あんな連中が世のため人のためなんてつもりにゃなんねえ気がするんだけどよ』

『早速に衛士隊が賞金をかけたのかもしれないな。それに、衛士たちだけでは手が足りず、冒険者ギルドにも有志を募ったのかもしれない』

 そして龍児はブレス型のコミュニケータに表示されている現地時刻を見、言った。

『そろそろ日が暮れる。とりあえず一度宿に戻って夜の偵察に備えよう』

『ラジャ』

 一度目の見張りが空振りに終わったからと言って挫けるような四人ではなかった。むしろ完璧に姿を隠している相手に対し、闘志を燃やし始めていたといってもよかった。


*****


その日の現地時間で2300時に、彼らは打ち合わせ通りに朱音の部屋に集合していた。すでに大牙が大乗り気で今にも飛び出しそうな勢いで言った。

「よし、今度こそっ! 動き足りねえってもんよ!」

「だが、今回も簡単に対象者を確保できるかはわからないぞ。昼間あれだけ完全にスキャナの走査にひっかからなかった相手だ。瞬間移動、分子変換、高速移動、そしてここには魔法と言うものもある。ひょっとすると監視の目など簡単にすり抜けて、もう街を出ているかもしれない」

「わかってるわよ、リュウ。でもやるしかないじゃない。悪を退治するのはあたしたちの使命。それに、あたしたちが地球に帰るためにはここにいつまでもい続けるわけにもいかないじゃない」

「とにかく行動に出て、相手の出方を見るのも必要じゃ」

 玄人がゆったりと意見を言うと、三人はそれぞれ頷き合い、再度打ち合わせた内容を確認した。

「偵察範囲は昼間と同様で。今度こそ墓地でご対面してやるわ」

 大牙に負けず男勝りな朱音が気概をこめて言うのを、龍児が冷静な態度で声をかけた。

「アカネ、一人で大丈夫か? 墓地は基本的に死霊の住処だ。そんな魔剣がもし街の中にあるとしたら、それにひかれて本当にアンデッドが呼ばれてくるかもしれない」

 龍児の気遣いに、朱音は短い笑みで応えると、

「大丈夫よ。いざとなればスーツがあるんだし。骸骨なんか一薙ぎでやっつけてやるわ」

 と勇ましく言い返した。

 そうして彼らは朱音の部屋の窓から飛び降りて外に出ると、お互い了解の頷き合いをし、四方に散開した。

 日中とは打って変わり、人気はほぼなかった。いつもならもう少し人通りや、夜の商売をする者などがいるのだろうが、時折通りを松明の明かりが通り過ぎ、それが衛士隊の巡回であることを、四人は建物の屋根の上から察知していた。

 北側の建物づたいに周囲を伺っていた玄人が、煌々と篝火の点る山側の大門を見つめ、通信する。

『北側は衛士隊の詰め所が近いせいか、怪しい気配はないのう。冒険者ギルドの方も警戒に協力しとるようじゃ。冒険者らしい連中が物々しい様子で何組か出てきとる』

 すると、まさに衛士隊詰め所の方面を見て回っている龍児が似たような報告をする。

『詰め所は総動員態勢だな。だが相手は得体の知れない技を持つ何かだ。警戒する人数を増やして効果があるのかどうか…。アカネ、そっちはどうだ?』

『南側は手薄ねえ。その魔物ってのが幽霊くさいとふんで、及び腰なのかしら。もっかい納骨堂を見て回るわ』

 と朱音がまるでショッピングモールにでも行くかのように言う。

『気をつけろよ』

 と声をかけた龍児に、朱音は相手に見えないことをいいことに、ぷうっと頬を思い切り膨らまし、

『あたしだって四神戦隊のチームメンバーよ。余計な心配は無用よ』

 と彼女はすでに壊してある扉から中に入っていった。

 西側を見回っていた大牙は、ふわぁ、と欠伸をしていた。ぴょんぴょんと屋根の上を飛び移っては通りを見下ろす、という行為を繰り返すことに飽きたのである。

『なあ、まだ出ないのかよ~。衛士隊の松明しか見えないぜ』

そして大牙は大きなため息とともに続けた。

『スキャナの反応も全くのフラット。出るとしたら寂れたこの辺りだと思ったんだがなあ』

 と、不平がましく言った時だった。ベルトの万能ブックに吊り下げていたスキャナが反応を示したのである。

『うおっ、マジキタこれ! 座標439の5! 至急向かう!』

 大牙はひらり、と二階の屋根から飛び降りると、その座標の示す地点へと全速力で走った。

 一度、衛士隊の見回りと鉢合わせかけたのを、素早く路地に身を隠してやり過ごす。

 松明の明かりが遠のくのを視界の端に捉えつつ、大牙は再び走った。

 その座標は一軒の家屋を指していた。

 その前に到達した大牙は、そこが自分たちが泊まっているような安宿であることがわかった。灯りはついていない。扉にも錠がおりていそうだった。このような事態なのだ、当然のことだと思う。

 それに、大牙は表から入るつもりはなかった。彼はすぐさま屋根の端に飛びつくと、身軽に身体を引き上げ、屋根伝いに座標地点に向かった。

 ぴったりと座標が合った地点は、客室の一つらしかった。格子窓から中を覗く。そして思わず「わっ」と声を上げていた。

 窓越しからでもはっきりわかるほどの血飛沫が、壁や床に広がっていたのである。

 咄嗟に窓を開けようとしたが、鍵がかかっているのか、がっちりと閉ざされたままだ。思わず殴りつけて中に押し入ろうかと思ったが、彼はとどまった。なぜなら、そこに動く気配はなく、スキャナも反応を止めていたからである。

 大牙は彼にしては気落ちした物腰で合流するであろう仲間たちに通信した。

『だめだ、逃げられた』

『え?』

 ほぼ同時に返事がくる。

 大牙は窓から見える範囲でスキャナをかざしながら、

『俺が着いた時にはもういなかった。窓は閉まってるし、多分、宿の連中も気づいてない。中はひでえぜ。血の海。男と女がやられてる。首がはねられてるぜ。手口は同じだな。あ、ちょっと待て』

 大牙は隣室の窓を覗き込んだ。そしてまたも「あ」と声を上げる。

『違った。もう一組やられてる。こっちも男と女だ』

 そこへ、玄人が一番先に合流した。そして窓の中を覗き込んだが、表情一つ変えずに大牙を窓辺から引き離した。

『な、なんだよ、クロト』

 玄人はこの状況下では笑えない冗談だったにも関わらず、言った。

『未成年には見せられん光景じゃ』

『Z指定のゲームじゃあるまいし、今更こんな光景、怪人相手にどれだけ…』

『Rの方じゃ。気付かんかったのか? この男女は素っ裸じゃ。だから未成年はお断りなんじゃ』

 大牙の顔色が赤くなり、それから別の感情に高ぶったように紅潮する。

『俺をどこまで子ども扱いすれば気が済むんだ、お前らっ』

『実際子供でしょ』

 と朱音が間近で通信してきた。振り返ると、同じ屋根の上にやってきていた。

 玄人の脇から部屋の中を伺いながら、口の中で声にならない呻きを漏らす。

『これじゃ衛士隊が必死になるわけね。リュウの刀並みの切れ味じゃない?』

 街の中央を突っ切ってきた龍児がようやく合流し、中を検分する。

「躊躇いがないな、切り口に。行為の最中を狙われたか。男の首が飛んだのを見たんだろう、女の形相がひどく歪んでいる」

 一人、蚊帳の外に置かれたような大牙に、龍児は言った。

「その反応が出ていた時間の長さが知りたい。お前のスキャナを見せてくれ」

 機嫌を損ねている大牙からぶっきらぼうにスキャナを手渡された龍児は、彼の個人的な感情はこの際無視した。

 スキャナのデータをリロードする。

 反応があったのが2646時。そしてそれが消えたのが2649時。

「たった3分で4人もの人間の首を刎ねている。それも別室の二組をだ。これは確実に瞬間移動のような技を使っていると言っていいな」

「ひょっとすると、ここの宿の人たちも殺されているかもしれないわね? 前回の時みたいに」

 朱音が何気なくも凄惨な推測を述べる。

 と、ここでその宿屋に面した通りの遠方から微かに松明が揺れるのを見つけた玄人が、注意を喚起する。

「巡回だ。わしたちが第一発見者になるわけにはいかん。ここはいったん引き上げよう」

「なんかすげー悔しいんだけど」

 大牙が「ちぇっ」とばかりに拳で空を殴りつける。そんな大牙の肩をぽん、と龍児が叩き、

「気持ちはわかるが、こうなってしまった以上、深追いは僕たちの怪我の元だよ」

「わーってるよ! くそったれ!」

 四人はそれぞれむざむざと殺させてしまった命の重さを感じるのか、心なしか鈍い動きで自分たちの宿に引き返していった。

 朱音の部屋に戻った四人はしばらく言葉もなくベッドに腰掛けたり、立ったままだったり、所在なく行ったり来たりしていたが、最初に口を開いたのは玄人だった。

「わしらの追跡をかわせるような相手じゃ、どうやって先回りするつもりじゃ?」

「そこよねえ、やっぱり」

 朱音が重いため息とともに言った。

「タイガの脚でも先を越されたのよ。どうにもならないわ。どこに出るかも予想がつかないし」

「そうだな。前回は繁華街、今回は寂れた西地区だ。やはりくまなく見て回るしか手はないと思う」

 と龍児。

「ちぇっ、くそっ、俺がもっと速かったら…!」

「あんたのせいじゃないわよ、タイガ」

 朱音はいつもの強気な姉貴口調をひっこめ、本気で肩を落としている年若い仲間に言った。これに続けて龍児が大牙のスキャナを差し、言った。

「お前の脚が早かったから、できたこともあるぞ。さっきお前のスキャナのデータをざっと見たが、そこに敵方の残留物のようなものを見つけた。何て言えばいいのか…転送時の残留波のようなものかな。これは使えると思うんだよ。これまでは僕がスキャンした、停止した状態の波動だけだったけれど、今回お前がキャッチしたのは出現したときと、姿を消した後のデータだ。これを使えば、今以上に出現場所を特定しやすくなると思われる。瞬間移動には「前触れ」のような波動が伴うものだからね」

「じゃ、俺、うまくやれたんだな? 俺ってすげえ?」

 立ち直りが早いのも大牙の良いところでもあり、仲間たちに呆れられるところでもある。だがそれが彼らの心を和ませるものになっていることも承知していた。

 朱音が短く息をつき、話をまとめた。

「じゃ、そのデータを皆のスキャナにロードしておいてね、タイガ。また明日も同じように監視しなくちゃならないから、今夜はこれで少し休みましょ」

 三人は彼女に賛同し、それぞれの部屋に戻って行った。

 残された朱音はしばらく腕組みをした態勢のまま突っ立っていたが、やにわ着ていたシャツを脱ぎ捨ててアンダーウェアのチューブトップ一枚になると、低く呟いた。

「なかなか相手もやるじゃないの……俄然燃えてきたわ……」

 彼女の強い覇気がまるで陽炎のように立ち上り、赤い髪がざわつく。

 が、それも長くは続かず、彼女はあっけないほどにベッドの中に潜り込むと、あっという間にすやすやと寝息をたてていた。


*****


 ドワーフの店主は、比較的遅く起きてきた四人に、唾も飛ばさん勢いで話しかけた。

《お前さんら、何ぼさっとしてるんだ。また事件だよ、また出たんだ、首切り魔がな!》

 今朝のメニューは数種類のハムと茹でた野菜、腸詰、そして各種野菜の角切りが入ったスープとフランスパンのような食感のパンである。

 昨夜凄惨な事件現場を見たにも関わらず、さすがの朱音も体力を消耗したのか、朝食をもりもりと食べている。

《お前さんら、夜も見回りに出てたのか?》

《ええ、少しは役に立てるかと》

 と龍児が応えると、ディミトリは大げさなほどあたふたとしてみせた。

《じゃ、入り口の鍵はあいてたっつうことかね》

《いえ、自室の窓から……》

《どっちにしても開いてたじゃないか! えらいこっちゃ!》

《どういうこと?》

 と朱音が尋ねると、ディミトリは先日より動揺を大きくして話した。

《今度のは、お隣さんみたいなとこがやられたんだ。『翠玉の人魚亭』っつう宿なんだがな…名前は御大層だが安宿だがね…そこの連中が皆殺しさ。そこに泊まってた商人が買った娼婦がなかなか戻らないってんで、明け方、宿に娼館の主が見に行ったんだな。そしたら宿の入り口は閉じたままだ。嫌な予感がして衛士隊を呼んで入り口をぶち壊して入ったら、またも血の海さ。今回も宿の金や商人の金品には全く手が付けられてなかったそうだ》

《今回は冒険者ではなかったんじゃのう》

 玄人がぽつりと言った。ディミトリは頷き、

《戦利品をめぐってのいざこざっていう線はもう薄くなったらしく、衛士隊は総出で警戒に当たるらしい。にしてもだ、お前さんらが鍵を開けていったんじゃ、わしは部屋にもっと鍵をつけにゃならんわい》

 とやや批判めいて言ったので、龍児が冷静に言った。

《鍵をどんなに厳重にしても、相手はそんなことをものともしないんですよ。無意味だと思いますが》

 はた、と気付いたようにドワーフは慌てるのをやめ、納得したようなそうでないような顔になった。

《確かにそのとおりだなあ……一体そいつは何者なんだろか。まるで人殺しを楽しんでいるみたいな感じがするぜ》

《邪なものに魅入られたら、魂まで闇色に染まるものなんですよ。ものの見方まで常人とはまるで変わってしまうんです》

 真面目に言葉を返した龍児に、ディミトリは感心したような眼差しをしたが、一変して彼らに顔を突き出して尋ねた。

《今日も行くのかい?》

《はい、行くつもりです》

《本当に大丈夫なのかい?》

《俺たちは強いんだぜ、疑うのかよ》

 大牙が怒ったように言い返す。だがこの一言でディミトリを納得させる方が難しいというものだった。

 と、のっそりと玄人が立ち上がった。それだけでその場の空気の流れが変わった。

《ごちそうさま。じゃ、わしたちは出かけてくるわい。夕方には一旦もどるけえ、なんか軽いもん、用意しといてもらえると助かるんじゃが》

《わかっとるよ。くれぐれも無理はすんなよ、冒険者の心得の一つ、身の程を知れってやつだ》

《大丈夫です。自分の力のほどはわかっていますから》

 と龍児は言うと、すたすたと歩きだしていた。それに仲間たちも続く。

 ドワーフは、この若者たちの自信がどこから来るのか相変わらずわからず、小さな背負い袋と何やら銀色の小さな道具を腰に下げただけの四人をカウンターの中から見送るしかなかった。


*****


 日中の見回りは、今日も空振りに終わった。

 それは衛士隊の方でも同様で、焦燥と何を相手にしているかわからない戦慄にとらわれていた。

《それで、敵は何者かわかるか、バーナード》

 イーディアス・グラントは、血だらけの現場で何やら念じている魔道士に尋ねた。

 遺体はすでに運び出されており、他の部下たちも先に詰め所に戻っていた。

 魔道士はイーディアスの呼びかけに顔をあげると、曇った表情で応えた。

《闇のエッセンスを強く感じる。これは昨日の事件と同じ魔力残滓だ。むしろさらに強まっているとさえ思われる。そのエッセンスを辿ろうとしてみたが、今回もそれは途中で消えてしまった》

 イーディアスは短い顎髭を撫でながら、

《つまり、例の冒険者が倒したという魔物が生きているということか》

《おそらく。昨日殺された冒険者が倒したという魔物だが、教会に行って確認してみたところ、そんな剣がカタコンベの奥にあったなどということは全く知らなかったと驚いていた。事実、教会はあの廃教会の由来もよく知らなかったようだ。使われていない教会を放っておくのもどうかと、最初は教会関係者だけで行ってみたところ、アンデッドの巣窟になっていたため、冒険者に依頼を出したそうだ。いずれにせよ、あの冒険者たちは、偶然見つけた、なんらかの魔力的封印のされたものを解き放ってしまったのだろう。解き放たれた魔物は倒したが、剣だけは残った。死霊の類は邪念が凝り固まってできあがった実体のない影のような物。だから倒したと思っても、それは見せかけで、実は別のものに憑依して生き残っていることになる》

《封印がとけて、暴走でもしているのか》

《そのように考えるのが一番妥当だな》

《こうして首を刎ね回っている理由は?》

《邪念の塊に善悪の基準などあてはまらん。生者に対する呪い、恨み、憤り、その一念で命あるものを死滅させんとする。そしてその生命エネルギーを自らの力に変え、より強くなるのだ》

《我々がその魔物を討伐するための秘策はあるかね》

《正直、その答えはない。私の魔力で感知できる範囲に出没してくれれば先制攻撃をすることもできようが、その感知範囲外では手の打ちようがない》

 イーディアスはぐるりと凄惨な室内を見回し、

《ではまたこのような事件が起こるのを後の祭りで見ろと?》

《衛士の巡回を増やし、冒険者の協力をさらに求めるしかないと。神出鬼没の魔物だ。こちらは人海戦術でいくしかあるまい》

 淡々と話すバーナードの口調にも滅滅とした気分になったイーディアスは、ふと、あの辺境の村で出会った風変わりな冒険者たちのことを不意に思い出していた。あの者たちがいたら、なぜかこの陰惨な事件にも終止符が打たれるのではないかと、根拠のない考えが浮かぶ。

《いや、まさか》

 という独り言に、魔道士が怪訝な顔をしてきたので、手を振ってみせ、

《今日も忙しくなるぞ、バーナード》 

 と言って血だらけの現場から立ち去った。その背中にはこの街を平和に維持する者たる責任を背負った者の辛苦がありありと浮かんでいた。


*****


 その夜も四人は淡々と街の中を高所から見て回った。通りや細い路地にまで衛士隊や有志の冒険者のパーティが巡回していたからである。時には身軽なローグたちと鉢合わせそうにもなり、慌てて軒下にぶら下がってやり過ごすようなこともあるほど、街の中は厳戒態勢になっていた。

 二つの月は薄雲の中に隠れていた。それだけ周囲は暗く、巡回する者の持つ松明の明かりだけが余計に目立つ。

 静かだった。決して平安な夜の休息の静けさではない。戦慄と不安を必死に押し殺しての静けさだ。そして同時に、その慄きでさえ食らう虚無の静けさがそこにはあった。

 納骨堂を全て見て回り、次は住宅街の方へと向かおうとしていた朱音は、スキャナが突然に反応したことに自分でも恥ずかしいくらい驚いた。見れば、座標は今いる地点からかなり近かった。

『ヒット! 座標589の1よ! 急行するわ!』

『ラジャ』

 その時、彼女の耳にもはっきりと絶叫が聞こえた。しん、としているだけそれはいやに生々しく、彼女の胸に正義感のスイッチが入った。

 彼女の脚も大牙の次に速い。

 教会の壁を一っ跳びに乗り越えると、まるで飛ぶように座標地点に疾駆した。赤い髪がまるで残像のように後ろになびく。

 と、彼女はたたらを踏むように立ち止まった。

 足元に首なしの死体が転がっていたのである。その切り口からまだどろどろと鮮血があふれ出ている。

 そして目を転じれば、そこにそれはいた。漆黒の甲冑を着、右手に漆黒の剣を持つ魔物がである。

 それは一人の冒険者と対峙していた。その鎧には見覚えがあった。自分を見下したあの冒険者である。しかし、その時その者はがたがたと震える手で大剣をようやく持っているような状態だった。

「やらせはしないわよ!」

 朱音はインターフェースを取り出し、手首のソケットに指し込んだ。みるみるその両手に夜目にも鮮やかな『炎舞扇』が現れる。

 しかしその魔物は低く嗤ったようだった。そして何のためらいもなく恐怖で凍り付いてしまっているような冒険者の喉元に黒い一閃を放った。首が驚くほどの勢いで胴体から切り離され、ごろん、と地面に落ちた。

 朱音は「ちっ」と舌打ちをすると、その闇色の魔物に突進するように近づき、両手の武器で切りつけた。

 と思った。

 だがその攻撃は空をきり、その場にはもやもやとした闇霧が残されているだけで、闇色の騎士の姿は忽然と消えていたのである。

 そこへ大牙が駆けつけてきた。

 呆然としている朱音の様子を気掛かりそうに見ながら声をかける。

「おい、大丈夫かよ? 顔が真っ青だぜ」

 大牙の声で、我に返った朱音は、敵の霊気のようなものに当てられていたことに気付き、それが魔力というものなのかと一人合点していた。

 彼女は武器をおさめると、地面に無残に転がる胴体と首を示し、

「目の前にいたのに、逃げられたわ……」

 と悔しげに言ったところへ、残りの二人も合流した。

「巡回の冒険者がやられたか……それにこの冒険者は……」

 龍児がまだ生暖かい死体のそばに屈みこみ、言った。

「ギルドでの扱いからしてそれなりに腕が立ちそうなやつだったがな」

「あたしが来た時、そいつ、魔物と対峙してたのよ。でも睨まれたカエルみたいになってた」

「実体を見たのか」

「ええ。嗤ったのよ、やつは。そして首を刎ねたのよ。あたしは間に合わなかった……いけ好かないやつだったけど、助けられなかった……攻撃したけど、消えたのよ」

「気に病むな、アカネ」

 と龍児は励ましの言葉をかけたが、玄人にぐい、と肩を掴まれ、その意味がわかった。遠くから足音が複数聞こえてきたのである。

「ひとまず退却だ。こんな場所に僕らがいたら、犯人にされかねない」

 彼らは屋根の上に飛び上がり、闇夜に紛れるように宿に戻って行った。

 部屋に戻るなり、朱音はうら若い女性とは思えない物腰で一言悪態をついた。

「ちくしょう!!」

 そしてどすん、とベッドに腰を下ろして悔しさいっぱいに嘆いた。

「あと一歩早ければ、助けられたかもしれないのに! あたしの攻撃がもう少し早ければ……」

「もう起きてしまったことを悔やんでも無駄なことだ。冷酷に思うかもしれないけれど、僕たちは精いっぱいやってる」

「悔しいわよ、リュウ! 目の前で消えたのよ? あたしの攻撃が当たりもしなかったのよ!」

「だがそのおかげでまたデータが増えたんじゃないかのう? スキャナはオンになったままだったんじゃろ?」

 と玄人が朱音の憤激の炎を鎮めるかのような落ち着いた口調で言った。そのことに初めて気が付いたように朱音はスキャナを手にし、データを遡ってみる。

「ええ、残ってる。待って、コムパッドに転送して3D化するわ」

 朱音の逆巻いていた心はにわかに現実的に事柄に集中し、いつも通りの能動的な彼女に戻っていた。

 バックパックから取り出したコムパッドにデータを送り、それを立体映像化するようにコマンドする。すると、パッドのモニタからにゅっと映像がせりあがり、それは朱音がさきほど目撃したばかりの魔物の姿を投影した。

「これが俺たちの追ってる敵? 闇騎士って感じ。中身はあるのかな」

 大牙が素朴な疑問を呟く。朱音は肩をすくめ、

「わからないわ。ただ、普通の人間よりだいぶ大きかったことは確かね。あの冒険者よりも二回りくらい背が高かったと思うわ」

「中に何がいるにせよ、これが力を強めているのは確かだ。このスペクトルを見ろ」

 と龍児がコムパッドに別のコマンドを入力すると、複雑な波形が映像の上にレイヤーされた。

「それぞれの色のスペクトルは、僕が最初にあの剣からモニタしたデータ、それからタイガが見つけた二番目の現場でのスキャンデータ、最後が今アカネが拾ったデータだ。明らかに差ができている」

「つまり、首切りをするたびに強力になっとるっつうことじゃな」

「おそらく」

 龍児は考え込むように眼鏡の位置をより几帳面に直すと、

「たいがいのファンタジーものでも、魔剣、妖刀ものは、人の血を吸ってどんどん力を増すものなんだ。すでに何人もの命が散っている今となっては、かなりの強さになっていると思われる」

「待ってるだけってのがなあ!」

 大牙が苛々の混じった嘆息と共に言った。

「いっそのこと、この宿屋、狙ってくれりゃいいのに」

「そんなことになったら、おじさんを巻き込んじゃうじゃない。だめよ、そんなの」

「だってよ、相手はどこに出るかもわかんねえんだぜ、アカネ。こんな鬼ごっこ、フェアじゃねえ」

「相手は邪念の塊だよ。常識なんか全く通らない。だけど、それでも僕らは追い続けなくてはならない。そうだろ?」

 と龍児が明らかにストレスをためている大牙を含め、仲間たちに使命の喚起を促すように言った。

「今回はさらに敵に近づけたじゃないか。より正確に出没地点を絞り込めるようになったじゃないかのう」

 玄人がコムパッドのデータを見ながら付け加える。熱情に駆られやすい朱音と大牙を、この二人の冷静さがうまく制御していた。

「そうだね。映像データも手に入ったし、出現時の波形も前日のものより長く明確になっている。あとはどれだけ僕たちが素早く行動できるかにかかっている」

「くそ、もう失敗はしねえぜ」

「あたしもよ」

「この三日、出没するのは夜間だ。僕たちが目撃したのはだいたい2600時から2700時の間。どうだろうか、明日は日中の監視はやめにして、この時間帯に絞って偵察に出るというのは。それだけ集中力が高まると思うんだ」

 と言う龍児の提案はすぐに受け入れられた。まだモニタに映し出されている闇色の騎士が、真昼間から首切りをするとは考えにくかったからだ。

 仲間たちの同意を得た龍児は続けた。

「では明日は2400時にここを出て、各自担当区域を監視巡回するということで、今夜は休もう」

 そして龍児は朱音に一声かけることを忘れなかった。

「お前のおかげで実体が掴めた。だから…」

 朱音はじろっと彼を見上げ、不機嫌に言葉を遮った。

「余計な心配は無用だって言ってるでしょ。くよくよなんかしないから」

「…ならいい」

 素っ気なく応対した龍児が他の仲間たちと出て行ってしまうと、朱音は膨らみきっていた風船から空気が抜けるようにベッドの上に倒れ込み、両腕を目の上に重ねて呟いた。

「くよくよするわよ……『朱雀』のあたしが人ひとり守れなかったんだもの…こんなこと、言えるはずないじゃない、リュウの馬鹿……」

 下唇を噛んでしばらく自分の不甲斐なさを悔いていた朱音は、いつの間にか枕を抱き締めて眠りに落ちていた。


*****


《こうも続くと、恐いのを通り過ぎて、腹立たしいっつうかもどかしいっつうか、苛々するなあ》

 平たく伸ばしたミンチ肉の焼いたものとコーンに似た穀物と青菜をバター炒めしたもの、そして今まさにスプーンですくい取っては発酵乳(ヨーグルト)を口に運んでいる朱音が、この言葉に対し、不機嫌に言い返した。

《今度こそ捕まえてやるわ!》

《だが、今回やられたっつうのも指折りの冒険者だったっていうじゃないか。それに衛士隊も出し抜かれ続けてる相手だぜ。駆け出しのお前さんたちにゃ…》

《あたしがやるって言うんだから、やるのよ》

朱音は目つき悪くドワーフを睨みつけてから、ヨーグルトの上に乗っていた桃と葡萄の中間のような味のする果実を口の中に放り込んだ。

ディミトリは朱音の激しさに驚いたようだったが、そこは年の功とでもいうべき対応力で言った。

《実際、衛士隊もどうにも如何ともし難いみたいだぜ。今回は衛士隊の巡回の人数も増やしていたみたいだからな。通り魔的な殺し方は捕まえづらいのが難点だ。あまりに長引くと、評議会の方から応援部隊が派遣されないとも限らない。そんなことになればグレイウォールの衛士隊の評判はがた落ちだ。住人の信用も得られなくなる。そうなれば別の都市に移ろうと考える者も現れる。人口が減れば、グレイウォールの都市力は落ちるし、冒険者も来なくなる。となると、そこら中にモンスターが徘徊するような物騒な街になっちまう》

《……数日のうちに決めなければなりませんね》

 龍児は、隣の朱音がむすっとした様子でヨーグルトを口に運ぶのを尻目に断言した。

《これ以上犠牲者を増やすわけにゃいかんしのう》

 と玄人が言うと、大牙が戦意も露わに言葉を継いだ。

《俺たちを狙えってんだ。返り討ちにしてやる》

《おいおい、それは自殺行為っつうもんじゃないのか? 今回のも前々回のも犠牲者はかなりの腕前だったんだぜ。ギルドじゃ大騒ぎらしい》

《へっ、死んじまったら腕前もへったくれもねえぜ》

 大牙にかかるとこれである。そして唐突に言ったものだ。

《あ、なんかピンときた。今夜、ぜってーやれる。そしてとどめを刺すのはこの俺様だぜ》

 この言葉をディミトリは言うまでもなく、仲間たちも彼特有の空威張りだと思った。

 ドワーフはカウンターに乗り出して顎を組んだ毛深い腕の上に置き、特徴的な外見をした四人を改めてまじまじと見つめ、何とも言えないため息をついた。

《やっぱりお前さんらは変わってるぜ。お前さんたちからは冒険者のにおいがしねえ。駆け出しだからとかいう話じゃなくてな。こう、雰囲気が変わってるっていうか……》

《そういうおやっさんだって変わりもんじゃねえか。客は俺たちだけしか来てねえし》

 ドワーフは身体を揺するように笑うと、カウンターの下から取り出した長ネギのような野菜を見せ、玄人に話しかけた。

《でかいの、お前さんなら、こいつをどう料理する? 丸葱を作ってるとたまにこういう不出来なのができちまうんだ》

《クロト、今日は夜だけだ。相談にのってやれ》

 と龍児が立ち上がりかけながら言った。玄人は肩をすくめて返事に変えると、ディミトリからその野菜を受け取り、においを嗅いだりし始めていた。

 玄人をそこに残し、三人は自室へ戻った。そして各自スキャナのデータを見直したり、休息をとるなりして日中の時間を過ごした。一抹の不安、つまり、日中に敵が出現するかもしれないという懸念はあったが、結局それは杞憂に終わった。

 昼食には、玄人が丸葱の不良品で作った塩味のネギまが振る舞われ、彼らは久しぶりに和んだような気分になった。やはりこの数日、気の張りつめ通しだったのだと気づかされる。だがこのあと夜更けには、今度こそ決着をつける意気込みで街の中に乗り出していくことになる四人なのだった。


*****


 アラン・ギルスターは何度もその家宝の剣の柄を撫でては、ともすれば震えがちになる松明を持つ手をしっかりと握り直していた。彼の背後からは四人の衛士たちが、やはり不安と恐怖を隠し切れずに従ってきている。

 彼は北西の住宅街の警備を任されていた。ほとんどの衛士たちが街の警備に駆り出されていると言ってよかった。冒険者たちの協力もあった。だが、鍵など関係なく侵入できる敵に対し、どう対抗すればいいのかと、アランは虚しく考えるのだった。今も、どこかの家屋の中で人知れず、邪悪そのものの行為が繰り広げられているのではないかという悲観的な考えが心をよぎる。

 そのとき、そんな思いを具現化するかのような寒気が背筋に走った。

 と、背後で《ヒッ》という息を飲んだような音が聞こえ、アランは振り返った。

 まず目に入ったのは、衛士の驚いて見開かれた両眼だった。そしてその頭が奇妙な角度に傾ぎ、その重みでごろんっと地面に転がり落ちた。プシューッと鮮血が遅れて噴き出し、胴体が支えを失って仰向けに倒れる。

 アランは反射的に剣を抜き、その血風の向こうに悠々と佇む漆黒の存在に向けて盾を構えた。

《取り囲んで攻撃だ!》

 妙に声が喉に絡んで大きな声が出ない。その場の空気もぐっと温度を下げたように冷え冷えとしている。だがこれだけようやく命令すると、アランは渾身の力をこめて剣を振り下ろした。

 が、それは軽々といなされ、数歩あとずさった。二人の衛士がほぼ同時に剣を突き入れたが、どういう技か、敵は水面を滑るような動きですいっと回避し、その流れるような動きの中でさらに一人の衛士の首を刎ねた。

《く、くそっ》

 アランは剣を握り直し、相手の出方を待った。攻撃を盾で受け止めて相手の体勢を崩させ、攻撃に転じようと考えていた。だが相手はなかなか間合いを詰めてこない。

 と思っていた矢先に、シュッと一瞬姿が消え、アランの目前に立っていたのである。反射的に盾で防御の体勢をとる。

 重量感はないのだが、ねばりつくような重い衝撃が左腕に伝わる。

 鋼鉄の盾が真っ二つに割れた。そして腕の装甲も割れ、その下の帷子まで破壊されている。あとから激痛が左腕を襲ってきたが、アランは自分の首が無事だったことを神に感謝したくなった。

 すると、二人の衛士の一人が声を振り絞って言った。

《ギルスター殿、あなたは怪我をしている! 拠点に戻って、応援を呼んできてください! できればマクレガー殿を! こいつは……》

 と言いかけ、その衛士は横薙ぎに切り払われた刃に喉を切られ、ごぼごぼと不気味な音をたてながら首を地面に落していた。

 確かに自分ではろくな戦力にならない。しかしあと一人でどれだけ戦えるか……いや、躊躇っている時間はない。

 アランは敗残する者の悔しさを囲いながら、全力で衛士隊詰め所まで走った。

 左腕がひどく痛い。おそらく裂傷どころか骨折もしているのだろう。

 詰め所まではたいした距離でもないのになかなか行きつけないような錯覚に陥る。

 不意にまた背筋に寒気が走る。もう振り向かずともわかる。あの闇色の騎士が追撃してきたのだ。

 吸う空気が重い。アランは息も絶え絶えになりながら必死に走った。今にもあの黒い刃が死神の鎌のように振り下ろされるのを恐れながら。

 詰め所のかがり火が見えた。アランは声の限りで叫んだ。

《隊長……! マクレガー殿……! 敵です…! すぐ後ろに…!》

 反応は早かった。

 マクレガーはアランがこちらへ決死の様子で逃げ戻っていることと敵の魔力の流れを感じ取っていたので、すでに魔力を溜めていた。

火焔連弾(フレイムバレット)!!》

 人の頭ほどある火炎球が連続してバーナードの手にしているスタッフから発射される。それは夜の闇よりも黒い鎧に激突したが、炎上させるには至らなかった。

 その間にアランはイーディアスに助けられながら拠点の奥に座らされた。拠点に控えていた衛士たちが続々と出てきて、敵に向かっていくのをどこかぼんやりとした気分で眺めている。

「誰か、アランの腕の応急処置を頼む! 私は前線に出る!」

 イーディアスはそう指示を飛ばすと、呆けたようなアランの髪をくしゃっとやり、

「よく敵をここに誘き出してくれた」

 と彼は剣を抜きはらって部下たちが突撃した方へと走り込んでいった。


*****


『現在、北側大門前で闇騎士を目視、衛士を一人追っておるようじゃ』

 玄人が屋根の上から魔物を追いながら通信した。最初に闇騎士を発見したのは彼だった。だが、その地点にやってきた時には、すでにアランが詰め所に走り、最後の一人があっという間に首を刎ねられたところだったのである。

『こちらでも動きを捕捉。魔道士が敵を感知した模様、魔力を集約し始めている』

 堂に入ったように詰め所の様子をその詰め所の屋根から伺っていた龍児が応える。

 その向かい側の建物の上に、南側と西側から朱音と大牙が合流した。

《隊長……! マクレガー殿……! 敵です…! すぐ後ろに…!》

 彼らの耳にも、必死のアランの声が聞こえた。それから眩いほどの炎の球が闇夜に燃え盛りながら飛んでいくのを見た。

『魔法だ! 初めて見た!』

 場違いに大牙が感動する。が、それが敵に命中したにもかかわらず、ほとんどダメージを受けていないとわかると、あからさまに不満顔になった。

『しょぼい魔法でけちんなよ』

『む、衛士たちが次々斬られとるのう。動きが読みにくい。瞬間移動を混ぜてるんじゃ。だから予測しにくい。まずい、衛士がほぼ全滅だ。あの村に来た衛士と対峙したぞ』

『こちらは魔道士が動いた。より強い魔法を唱えるつもりだ。詠唱が長い』

 龍児が言った時、黒い影がシュッと詰め所前に奔った。そして残酷な美しさで剣が魔道士めがけて弧を描き、薙ぎ払われた。

 それは魔道士があらかじめ付加していたらしい防御障壁魔法で遮られ、致命傷とはならなかったが、まるでガラスが割れるような感覚で魔道士は後ろにつんのめり、ローブの胸元がさっくりと裂けた。

 後を追って戻ってきたイーディアスが鎖骨の辺りを真横に斬られた魔道士のもとに駆け寄り、彼を守るように剣を構える。

『…詰め所の真ん前だけど、行くしかないわね』

『了解』

『散開、そして行くわよ』

 四人はそれぞれ四方に散った。龍児はそのまま詰め所の屋根に。朱音は詰め所の南側の建物の屋根の上に。大牙は龍児と正対する西側に。玄人は朱音と正対する北側の建物の上に。

 まさに闇騎士の漆黒の剣がイーディアスごと魔道士を切ろうとした時、彼らはその闇を切り払うような音声(おんじょう)で叫んだ。

「まてい!」

 魔物にもこの覇気のこもった一言は効いたらしく、剣を持つ手が一瞬止まった。その隙をつき、イーディアスが闇色の騎士に突き上げるような攻撃をした。僅かに魔物が怯む。

 身を隠していた龍児が屋根の上に立ち上がり、眼鏡をジレの胸ポケットにしまいながら言った。

「闇在る所、光在り」

 次に大牙がすっくと立ち、胸を張って言った。

「悪在る所、正義在り」

 長い髪をなびかせて朱音が続けた。

「聖なる力で邪を祓う」

 そして最後に玄人がのっそりと立ち上がって締めくくった。

「我ら四方を護りし聖なる獣」

 彼らは息の合った動きで高みから鮮やかに一回転して飛び降りると、声をそろえて言った。

「霊獣降臨!」

 四人はベルトからインターフェースを取り出すと、手首のソケットに嵌め込んだ。途端に彼らの周囲に四色のオーラが取り巻き、彼らの姿に変化が起こる。

「東の青龍!」

 青いオーラの中からしなやかな動きで進み出、その手に握られている曲刀を腰を落として優雅に頭上で構えた者は、龍をかたどったヘルメットをかぶり、身体にぴったりとしたパワースーツに身を包んでいた。

「西の白虎!」

 白いオーラの中からまるで飛びかかるような動きで姿を現した者は、その両手にはまるカッと牙をむく虎をかたどった小手を威嚇的に構え、さらにそこから鋭い爪を伸ばした。

「南の朱雀!」

 赤いオーラの中からは華麗に身体を回転させ、両手にはまるで翼のように扇子を閃かせ、鋭いくちばしをヘルメットの額にかたどった者が姿を現した。

「北の玄武!」

 黒いオーラから出てきたのは大きな盾をどすん、と地面に置き、尖った口をした亀をかたどったヘルメットをかぶり、黒いパワースーツで身体を覆っていた。

「さあ、闇騎士、あたしたちが相手よ!」

 朱音の強い覇気のこもった一声が、敵にも伝わったのか、あるいは、彼らの命のエネルギーの強さにひかれたか、相手にも変化が起こる。

 一本だった剣が何本にも分裂し、それがざざざ、と翼のように背中に装着されたのである。そしてその一本を抜くと、ぐさり、と地面に突き刺した。

 と、みるみる地面がざわつき、この世とあの世の狭間でさまよう憐れな魂の慣れの果てが湧いて出てきた。スケルトンの群れである。手には刃のこぼれた剣や凹んだ盾、みすぼらしい杖などを持っていた。

 それらがわらわらと彼らに迫ってきたのである。

「スタッフを持っているものもいる! 魔法にも気を付けろ!」

 青龍が昇龍刀を薙ぎ払ってスケルトンたちの身体を両断しながら、怪我をしている魔道士の前で甲鉄盾を構え、近寄ってくる魔物の乾いた骨をその盾の一撃で軽々と粉砕している玄武に声をかける。

「任せろ、魔法なんぞ、甲鉄盾の敵ではないわい」

 と言った傍から、遠方から凍り付いた波動が飛び、盾に独特な衝撃が加わった。が、それは盾に当たるとパキン、と脆く氷解した。そして背後で動く気配がしたので、玄武は盾を真っ直ぐに構えたまま、穏やかに言った。

《ここはわしらに任せとけ。あんさんは怪我人を守ることに専念しとれ》

 まさにイーディアスが剣を抜きはらって出て行きかけていたのである。そしてこの声を聞き、彼はやはり、と思った。この得体の知れない者たちは、あの若者たちなのだと。

 しかし、この変貌はどういうことなのか。バーナードは意識を失っている。彼が起きていればもう少し判明することがあったのかもしれないが、イーディアスにはさっぱり理解不能だった。

 それに、彼らの強さは尋常ではない。スケルトンどもをほとんど一撃で倒している。今も赤い残像を引いて、赤い姿をした者がまるで踊るような動きで骸骨の空虚な身体を蹴り飛ばし、次の一体には手に持っている扇としか見えないものを振り下ろした。するとスケルトンは袈裟懸けに骨を砕かれ、ぼろぼろと形を失った。

《君たちは……》

 と言いかけたイーディアスに待ったをかけるように玄武の背中に緊張が走った。

《本体が動く。わしはここから離れんとならん。怪我人を守れよ、隊長さん》

 この言葉に、イーディアスは、暗闇の中に佇んで戦況を見ていたかのような闇騎士がその手にまた別の剣を手にしたのを目撃した。ちょうどその時、白虎がスケルトンの最後の一団をそれぞれ拳の一突きで砕き散らした。

「もうおしまいかよ? ちっと物足りねえんじゃねえの?」

「来るぞ! 散開じゃ! わしがひきつける!」

 玄武が大盾を構えたまま、闇騎士の目前に裂帛の声を上げて走り込む。

 これを見たアランが痛む腕のことも忘れて立ち上がり、叫んでいた。

《だめだー! そいつの剣の一撃は、盾なんか役に立たない!》

 その叫びと同時に、闇騎士の上段から斜め下に向かっての薙ぎ払いの一閃が玄武の盾とぶつかった。キーンという耳ざわりな擦れ合う音がその場に響く。

 しかし、アランの危惧は無用だった。玄武の大盾は微動だにせず、傷一つなかった。

 その隙に闇騎士に一番先に接近した白虎がぐ、と身体をかがめて力を貯め込むようにすると、すぅっと息を吸いながら、両の拳を残像でしか見えなくなるほどのスピードで闇騎士の胴体に撃ち付けた。その度に甲冑が耳障りな金属音をたて、反動であとずさっていく。

 白虎の凄まじい連打は闇騎士にダメージを与えたらしく、それはだらりと両腕をたらしたが、その肩が微かに震えているのがわかった。

「嗤ってるんだわ! まだよ!」

 その時玄武の直感が働いた。

「わしの背後に! 何かくる!」

 三人は即座に動いた。

 闇騎士は持っていた剣を再びぐさり、と地面に突き刺した。

 今度は魔物召喚ではなかった。

 剣が突き立った場所から地面がぼこぼこと盛り上がり、それが何匹もの蛇のようにのたくりながら彼らの方に衝撃波となって迫ってきたのである。

 それが次々と大盾に激突する反動が玄武の手に伝わるが、彼の背後にそれが貫通することはなかった。やや立ち位置がずれた程度でこの攻撃を防いだ玄武は、間断なくその大盾を握り直し、彼にしては珍しく感情をこめて言った。

「わしの技に似たようなもんをするなんぞ、許さん。わしが本家じゃ」

 と、彼は大盾をどすん、と一際強く地面に打ち付けた。

 今度は玄武の方から大地を揺るがす衝撃波が発せられる。ずん、ずん、ずん、とそれは闇騎士に迫り、足元でどんっ、と一際大きく揺れた。ぐらっと敵の身体が体勢を崩す。

「今よ!」

「僕がいく!」

 一歩先んじていた青龍が、流れるような疾駆りで完全な態勢に復帰していない闇騎士の手前で手にしていた昇龍刀を中段に引いた構えでタン、と跳んだ。その跳躍の力を上乗せて引いていた刀を闇騎士の上体に突き入れ、上に向かって引き抜く。最頂点までジャンプすると、今度は落下する力を切り裂く威力に変えながら、身体をすばやく回転させ、闇騎士の頭部から股間まで流れるような刃の軌跡を描き、着地した。

と、闇騎士の身体が一瞬ぶれたようにぼやけ、そのまま消滅した。

「うお?! やったか?!」

白虎が青龍の傍らに駆け寄り、魔物が消えた場所を覗き込む。そして「ちぇーっ」とばかりに地面を蹴り、

「とどめを刺すのは俺のはずだったんだがなあ! リュウにとられた、ちくしょう」

「…ちょっと待て。剣はどこじゃ?」

玄武がそう問うた時、イーディアスが腰を浮かせて何か叫ぼうと口を開いた。

《後……!》

最後まで聞き終らないうちに、四人は大きく散開していた。その僅かすぐあとに信じられないほどに長大化した剣が横に薙ぎ払われ、続いて最上段から振り下ろされたのである。ずぅん、と剣が石畳の通りに叩き付けられ、石くれが飛び散った。

「…実体は身体ではなく、やはり剣の方ということなのか」

 消えたはずの闇騎士を飛びのいた先から凝視していた青龍が苦々しく言う。闇騎士は間合いを取って様子をうかがう四人に対し、余裕さえ見せる仕草で少しの間辺りを見回していたが、やにわ、両手に剣を持ち、その身体に蒼白い燐光をまとわせた。

 その燐光が見る間に膨れ上がり、直前に攻撃を与えた青龍に向かって放たれた。

 回避しようとした時には遅かった。青龍は咄嗟に昇龍刀で防御の体勢を取っていた。

「リュウ!!」

 冷たくもあり燃えるようでもある痛覚が全身に走り、その突き抜ける反動で数メートル後方に吹っ飛ばされ、詰め所前の広場に面した建物の壁に激突した。しかし青龍はその土埃の中からすっくと立ち上がると、昇龍刀を引っ提げ、空いた手で几帳面に埃をはらいながら言った。

「大丈夫だよ。それより、あの剣を集中してやらないと、こちらがじり貧になるよ」

「いい考えがあるわ」

 朱雀が両手に炎舞扇をしゃらり、と開くと不敵に言った。

「あたしが奴をひきつけるから、その隙に剣を全部へし折っちゃって!」

 と言うや否や、彼女の周囲に熱気のような揺らめきが現れ、それをまとって彼女は闇騎士と対峙した。

「あたしはね、二度も失敗はしないのよ」

 と言った彼女の姿がさらに蜃気楼のようにかげろう中にぼやけていく。と、ふいっとその姿がだぶり、さらにそれが四つにぶれた。

「追えるものなら、やってみるのね!」

 複数の朱雀の姿が闇騎士を取り囲む。だがそれくらいで動じる敵でもなかった。逆手に持った二刀流が、燐光を放ちながら朱雀の一体めがけて素早い連撃を繰り出す。しかしそれは幻影だった。

「外れ! 攻撃のあと、隙が出るわ! そこを狙うのよ!」

「わかってら!」

 白虎がすでに姿勢を低くして走り出しており、空を切った二本の剣に両拳を交互に撃ち当てていた。意外にも軽い音を立ててそれは破壊された。

 闇騎士は無感動に再び残りの二本の剣を手にすると、白虎に向かって切りつけてきた。ヒュッ、ヒュッ、と切っ先が白虎の喉元を狙ってくる。それを彼は後方宙返りで回避した。

「相手はあたしだって言ったでしょ?!」

 と朱雀が左の剣の峰の上にふっとつま先立ちで現れる。闇騎士に躊躇いのような物が生まれる。

 その瞬間に、青龍の刀が右手の剣を叩き折っていた。

 剣の上の朱雀が相手を挑発するように言った。

「あたしを斬れるかしら?」

 と垂直に跳躍すると、故意的に白虎と玄武のいる方に回転して着地した。

 予想通り、闇騎士は朱雀を追うように一歩を踏み出した。そこに玄武の攻撃が地面を這う。

 ズン、ドドド、と地面が割れる。

 白虎はそれを身軽にかわすと、身体をよろめかせている闇騎士に一っ飛びで近寄り、左手の剣めがけて渾身の一撃を見舞った。

 パッキーン!

 一際大きな音をたて、剣は真っ二つに割れた。その拍子に柄にはまっていた赤黒い玉石がはずれる。反射的にそれをぱしっと手の中におさめた白虎の目の前で、闇騎士が声にならない声を上げながら砂絵が吹き消されるように姿を消し、二つに割れた剣も同様に掻き消えていった。これを見て、白虎が自己満足げに言った。

「ほれみろ、俺がとどめをさすって言ったろ?」

 完全にその場から闇騎士の存在がきえたと確認した四人は、衛士隊が忘我から覚めぬ間に退却することにした。

 思ったとおりに、イーディアスが何か言いたげに動きかけたのが見える。

 彼らは軽々と建物の上に跳躍し、一瞬のうちに姿を消してしまった。

 残されたイーディアスと、傷ついたアラン・ギルスター、そして数名の衛士たちが呆然とした心地の冷めやらぬまま、闇騎士と戦い、見事に退治してのけた者たちが確かにそこにいた証拠を示す、ぼろぼろになった石畳を見て回りながら、今の戦いが夢ではないと信じるしかなかったのだった。

 しかし、これでこの数日街を震撼させた首切り魔事件は終息したのである。


*****


宿の朱音の部屋に戻るなり、彼女は眼鏡を丁寧にかける龍児に向かって言った。

「大丈夫だったの?!」

 龍児は一瞬なんのことだかわからないような顔つきになったが、「ああ」と言って微笑した。

「魔法の攻撃を受けるなんて初めてだったからね、少し驚いたけれど、どこの骨も折れちゃいないよ」

 ほっとしたような朱音を、どこか微笑ましいような眼差しで見ながら、玄人が言った。

「剣を破壊したんじゃから、もう奴は復活しないっつうことなんかな」

「うん。おそらく。あの剣が闇騎士の思念の依り代だったと思うからね。というかむしろあれが本体だったというべきか」 

 とここで、思い出したように彼は大牙に尋ねた。

「お前が最後の一本を叩き割った時、何か拾ったみたいだったが、何だったんだ?」

「ああ、あれ」

 大牙はすっかり忘れていたというふうに、ハーフパンツのポケットからそれを取り出して見せた。

 大きさは8センチ×5センチくらいの楕円形の宝石のように見えたが、色は無色透明で、大牙の掌が透けて見えていた。

「あれ? 拾った時は赤かったんだけどな」

 龍児がすかさずスキャナで走査し始めるのを見ながら、朱音が言う。

「これが魔晶石だったらいいのに」

「あながち外れとも言えないかもしれない。魔力の波動をキャッチしている。ただ、性質が変化しているようだ」

「どういうこと?」

 龍児はスキャナをしまいこみ、説明した。

「これまでにキャッチした波動とは明らかに波形が違うからだよ。魔力はあるけれど、属性が変わったとでもいうのかな。つまり、たとえばあれが闇の属性を持っていたとして、僕たちが剣を破壊したことでその闇の属性だけが消え、何か別の、あるいは無属性の魔力属性になってしまった、というのかな」

「ああーっ、よくわかんねえけど」

 大牙がつんつん頭をさらにつんつんとさせるような勢いで話に割り込んできた。

「こいつをファンロンに持って行ったら、エネルギー源になるかどうかわかるんじゃねえの?」

 三人は彼が珍しくまともな意見を言ったと言いたげな眼差しを送ったが、確かにもっともなことだった。

 龍児が夜更けにも関わらず、ファンロンに通信を入れた。

 対応に出たのはキリルではなく、ジルコンだった。

『なんだい、こんな真夜中によ。キリルのやつぁ、寝てるぜ。起こせってか?』

 まだこの口調に慣れない。話すタイミングを逃していると、通信回路が開いたアラーム音か何かで目覚めたらしいキリルの声がややくぐもって聞こえてきた。

『何かあったのかね、こんな時間に?』

『ご迷惑を承知で通信したのは、やや大きめの魔力を含んだものを手に入れたからなのです。至急そちらに運び、エネルギー源としてそのまま利用できるか試してもらいたいと思いまして。おそらく今回のものは魔晶石自体ではなく、欠片の方だとは思うのですが、自然界から直接五行パワーに変換できるくらいなら、欠片でもそれが可能なのではないかと…』

『なるほどな。それは試してみる価値がある。よし、今からジルコンをそちらへ飛ばす。エネルギーの問題から通常モードより遅くなるが、明け方には到着できるだろう』

『おいらはパシリかよ、キリルよぅ? え?』

 思わず朱音が吹き出す。そして慌てて真面目な顔つきになるが、確かにジルコンは「パシリ」だし、そのようになじられたキリルの顔を想像し、ますます可笑しい気分になった。

 通信の向こうで軽い咳払いが聞こえ、キリルは言った。

『パワースーツの転送があったようだが、戦闘があったのかね』

『はい。街を騒がす魔物の討伐をしてきました。この魔力を秘めたものも、その魔物から得たものです』

『ではそちらの住人に君たちの存在が知れたということだね』

『はい。そのことについては少し対策を考えねばならないと思っています。まだこの街から出るにはデータが少なすぎますし、ファンロンからあまり遠くに離れるのは得策ではないと思いまして』

『そうだな。こちらの動力問題にもう少しめどがつくまでは、君たちの力で何とかしのいでくれ』

『了解です』

『ではジルコンの到着を待っていてくれ。通信終了』

 と、通信が切れた途端、四人は顔を見合わせ、堪えていたように笑い出した。

「あのジルコンがパシリじゃと! 言葉遣いが変わるだけで人が、いや、鳥も変わるもんじゃのう!」

「ボスの顔が見たくて仕方なかったわ! あんなのとずっといるのよ? ボスまで口調が伝染しちゃったらどうしよう?」

「それ、おもしろくね? あの外見でちゃらいこと言ったりしてよ。『よう、これが次の指令だぜ、お前ら、気張ってやってこいや、気ぃ、抜くんじゃねえぜ、ぶちかましてこい』とかよ!」

 龍児はそんなシーンを脳内で再現したのだろう。愕然としたような顔つきになって手を振り振り、

「お前じゃあるまいし、あり得ないよ。とにかく、少し休もう。タイガ、ジルコンが来たら、忘れずにそれ、渡せよ。あ、それと」

 彼は大切なことを言い忘れたように、自室へと戻りかけていた足を止めて言った。

「きっと衛士隊が僕たちのことを探し出そうとすると思うんだ。幸いにもここはこんな寂れた区域だし、住人もそれほど衛士隊と昵懇な雰囲気でもない。しばらくはこの区域を出ないで息をひそめているべきだと思うんだ。ほとぼりが冷めるまでね」

「うーむ、どっちにしても、それほど大きな街じゃないから、いつかは見つけ出される気はするがのう」

 と意見した玄人に、龍児は長い髪を束ねていた留め具を外して髪の毛をほぐしながらの後ろ姿で応えた。

「それまでにまた言い抜けのセリフでも考えておくよ。じゃ、おやすみ」

 すたすたと出て行った龍児を見送ると、大牙が大あくびをした。

「まっ、久しぶりに本気で戦った気がしたぜ。ちょっとスカッとしたから、眠くなったや」

「これだから脳筋は…」

 と朱音が嘆息して腰に手を当てたが、大牙は言い返した。

「お前だってスカッとしてたくせに」

 図星である。

 そんな似た者同士の二人をにこにこと見ていた玄人が大牙の腕を取り、

「とにかく一休みしておこう。明日からもある意味気が抜けない日々が続くんじゃからな」

 と、朱音の部屋から二人が出て行くと、彼女はふわぁと伸びをしながらあくびをし、ばたりとそのままベッドに倒れ込んだ。

 敵を倒した後の高揚感も残っていたが、達成感のあとの脱力も強かった。そしてほどよい疲労感。

 目を閉じるとその疲労感が適度な重しとなって四肢にのしかかる。そして闇騎士と肉薄した時の緊迫感の中にある命を賭けたスリルのスパイスに心震わせた瞬間などを思い出しながら、彼女は身体を丸めて眠った。



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