『襲撃』
敵の姿は夜目にも鮮やかだった。まるで炎自体が大移動しているかのようである。というのも、ゴブリンたちの手に松明があるせいだった。これは道を明るくするためのものではなく、この村を焼くための武器になることは明らかだった。
「こりゃすげーや」
大牙がいかにも楽しげに言った。そんな彼をたしなめるように朱音が彼の頭をぺしっと叩く。
「不謹慎よ。この村の人にとっては死活問題なんだから」
「この村の中に侵入される前に殲滅しなければならないな」
と龍児は冷静に言うと、腰のベルトからカード状のインターフェースを抜き去った。それにならい、玄人もカードを手にしながら、
「武器は必須だのう」
四人は目と目を合わせ、息の合ったタイミングでそのインターフェースを手首の『霊獣チェンジャー』に挿入した。
「炎舞扇!」
「虎王撃!」
「昇龍刀!」
「甲鉄盾!」
それぞれの手の中に、その武器がみるみる実体化していく。朱音はその両手に深紅の扇子状のものが、大牙のの両手には虎をモチーフにした籠手状のものがはまり、手の甲側からシュッと爪が飛び出た。龍児の右手には大きく湾曲した優美な刀が握られ、玄人はその大柄な本人をも隠れてしまうほどのその上辺に大きな突起のついた大盾を構えていた。
「クロト、ゲートの守りは任せたわよ! あたしたちは敵に突っ込むわ!」
「任せろ」
朱音の一言で、仲間たちはそれぞれ戦いを開始した。
玄人以外の三人は、地を蹴るようにして迫りくる面妖怪異な集団の中に突撃していった。
最も脚の速い大牙の素早く強烈な突きや連撃が敵を打ち倒し、切り裂いた。
続いて朱音の一閃が闇の中に紅い残像を描いて閃くと、ばたばたとゴブリンたちがなぎ倒されていく。
龍児は流れ踊るような動きで剣をふるい、周囲の怪物たちを一閃の元に息絶えさせていた。
そして玄人は、三人が押さえ込めなかったゴブリンたちを村の門の手前で盾を構えて待ち構えていた。そしてそれがやってくると、盾をどすん、と地面に叩き付けて衝撃波を発し、相手が揺らめいたところに突起のついた大盾をぶぅん、と横に振り払い、敵を殴り倒していた。
これだけで敵の数はかなり減っていた。
すると、一番背後に控えていた、一際大きく、武装もしっかりとしているゴブリンから奇声が発せられ、敵の集団に変化が起きた。どうやら左右に分かれてもう一つのゲートから侵入しようとしているらしかった。
朱音が『内線』で伝えた。
『リュウ、ここは任せたわ! あたしとタイガは二手に分かれて敵を押さえ込むわよ! クロト、そこのゲートは死守して!』
『ラジャ』
脚の早い二人が闇の中を疾駆し、左右に分かれる。その間にも、龍児の剣が次々とゴブリンの悪臭を放つ身体を分断し、首をはね、手足を切り飛ばしていた。
『クロト、きりがない、何匹かそちらへ向かった!』
『大丈夫だ、中には入れん』
玄人はたいまつと錆びた武器をかかげ、奇声を発して突撃してくるゴブリンたちに盾の一撃をくらわした。骨が折れる音がする。別の敵には重い盾の下敷きにして圧死させた。
『む』
ゴブリンに一太刀浴びせ、視線を村の方に向けた龍児が、刮目する。玄人も背後を振り返り、瞠目した。
『こいつはいけんな。別動隊がおったんか』
村のあちこちから火の手が上がり始めているのである。
『どうしたの? こっちは手一杯よ?』
と朱音の通信が入る。
『背後のゲートから侵入されたらしい。火がつけられた』
『ちょっと待てや、クロト、ここのを片づけたら村ん中行くぜ』
村の西側に回っていた大牙は、キィキィと言いながらやってくるゴブリンどもを待ち構えながら言った。それらが姿を見せるや否や、自身も裂帛の声を挙げながら、身体ごと突っ込むように突進していた。そして最初の一撃でゴブリンが大牙の武器の長い爪で裂かれて倒れるのを待たずに、もう片方の拳で下から敵の身体を突き上げる。それをまるで投げ捨てるかのようにすると、次の敵めがけて身体を回転させて肉薄し、足払いをすると、態勢を崩した背後から拳を叩きこむ。そしてこう言ったものである。
『ちょろいぜ、こんなの! アカネ、俺、村の中の奴、行くからよ、リュウ、西側の奴ら、やってくれよ。クロト、正面は任せた』
『ラジャ』
大牙とは反対側に回った朱音も息ひとつ乱さずに華麗に敵を切り裂いていた。広げると長めの短剣を何本も重ねたくらいのサイズになる扇子を両手に、まるで敵の中で舞い踊るかのように見えた。そう、その扇子の先は鋭い刃になっているのである。
それをひらめかせ、敵の喉を切り裂き、顔面を削ぎ切り、武器を持つ手を切り落とした。絶命はさせなくとも、戦意を失わせた敵の山が出来上がっていく。
一方、大牙が村の周囲を取り囲む背の高い木の柵を軽々と乗り越えると、今まさにゴブリンたちが焼け出された一家の少女に襲い掛かろうとしているところだった。
《おい、なんでこんなところにいやがる?!》
大牙は一足飛びにそのゴブリンに迫り、肩口で押しのけた。よろめいたところに右手の拳を叩きこむ。ぶしゃっと血を噴き出して倒れたモンスターを見、少女はガタガタと震えていたが、それを母親がひし、と抱きしめた。父親は必死の形相で農具を構え、辺りを見回している。
そんなけなげな家族に、大牙は宿屋の方を指し示し、
《早くあそこへ避難しやがれ! ここにいちゃ邪魔だ!》
家族が大牙の気魄に押されるようにして走り出すのを見送った彼は、別のゴブリンが建物にたいまつを放り投げようとしていたのを、すんでのところで阻止した。さらに別のゴブリンの反撃をひらりとかわし、くるりと背後に回ってその首筋にぐさりと爪を突き刺していた。
その時、龍児から通信が入った。
『リーダーらしきものに動きがある。どうやら形勢不利と見て退却を命じているようだ』
見れば、生き残ったゴブリンたちがすたこらと逃げ出しているではないか。
『モンスターの割に随分頭を使うのね』
追い打ちをかけるように逃げるゴブリンの脚を切り割りながら、朱音は言った。龍児はすでに武器をおさめている。
彼らが山側のゲートに集まって今後の動きを思案していると、村長が小走りでやってきて話しかけてきた。
《いやはや、あれだけの軍勢をたったこれだけの短時間で撃退するとは…だがまだ気が抜けない》
《どういうことです?》
と龍児が即切り返す。村長は顎を撫でつつ、懸念に満ち満ちた様子で続けた。
《今回の襲撃はあまりに統率がとれていた。村の両サイドから背後まで取られるとは、今までになかったことだ。ひょっとすると、ゴブリンクキングが出現しているのかもしれない》
《キング?》
大牙が別の意味合いで乗り気になったように聞き返す。
村のあちこちで火の手が勢いを増していた。それを、腕っぷしに自信のありそうな青年たちが消しにかかり始めている。
それを尻目に、龍児が村長の懸念を読み取ったように言った。
《ゴブリンの最高リーダーですか?》
《そうだ。何年かに一度、出現すると言われている。それがどこのゴブリンの集団に現れるかなどは謎だ。それが今回は我らの村の傍にいるかもしれん》
と村長がやや絶望に近い物腰になって応えた。すると、大牙があっけらかんと言った。
《倒しに行けばいいんじゃんか》
この単純極まりない発言に、村長は驚きと少しの諦観をこめて応えた。
《相手はキングなのだぞ。名のある冒険者でもなかなかに出会うことのない存在であるし、その強さなども知られていない。それを倒すだなど…》
《でも、そいつを倒さないと、また襲撃される可能性があるんでしょ? 選択肢は一つしかないわ》
と朱音がすっかり及び腰になっている村長にぴしりと言った。続けて玄人が対照的な口調で言った。
《元はと言えば、わしらが山の中でゴブリンを倒したことが発端になっとるんじゃ。最後まで責任をとらんとならん》
《しかし…》
村長は決断に迷っている。そんな彼に、龍児が落ち着いた物腰で言った。
《僕らのことは心配しないでください。あなたはこれ以上村が焼け落ちないよう、気を配ってください。僕らは、行きます、それが僕らの使命ですから》
《そういうこと、村長さん。みんな、早くしねえと、逃げてくゴブリンを追えなくなるぜ》
《すみません、後のことはお任せします。僕らはゴブリンの跡を追って、根城を叩きに行きます。失礼します》
と龍児は言うと、先に走り出していた仲間たちのあとを黒髪を翻して走り続いた。
そんな彼らを呆然と見送っていた村長の口からつぶやきが漏れる。
《あのような軽装で、キングを相手にするだと……? 信じられん……! 自殺行為だ……!》
だがいつまでもそうしている場合ではなかった。村のあちこちで上がっている火の手はなかなかに収まらない。彼も必死に水をかけている若者たちの集団に混ざり、火を消しにかかり始めた。
*****
エルダーの村で火の手が上がったころ、都市連邦評議会に所属する五人の衛士たちは村から半刻ほど離れた地点で馬を休ませるのも兼ねて小休止していた。
彼らは、先日、この村の付近で目撃された巨大な光の原因を視察調査するために派遣されたのだった。
五人のうち、一人が温め直した味の薄い茶を飲みながら何気なく村の方に目を転じた時、異変に気付いた。
《エルダーが燃えている。何か起きたようだぞ》
《なんだと?》
彼らが一斉にそちらに顔を向ける。暗闇にも鮮やかに、赤い炎が立ち上っていた。
この一団のリーダーらしき者がてきぱきと指示を出した。
《クリス、ヴァランダー、お前たち二名で早駆けで先行しろ。そしてひとまず村の様子を見ておくのだ。我々もすぐに続く》
《了解》
訓練された素早さで身支度を整えた二人は、さっと馬にまたがって駆け出して行った。
残っていた茶で起こしていた火を消したこの隊の指揮をとるイーディアス・グラントは、誰にともなく言った。
《このような辺境で立て続けに異変が起こるなど……あの光のせいなのか?》
武装を装着し直していたアラン・ギルスターが応えた。
《評議会の魔道士勢は凶兆とも吉兆だとも騒いでいたそうですね》
イーディアスは「ふん」とばかりに肩をすくめ、後片付けをしているバーナード・マクレガーをちらりと見ながら、
《連中は何でもかんでも善悪の枠にはめたがるからな。そのくせ偵察は我々任せだ。》
《だがしかし、あの光がとてつもなく危険な物だったとしたらどうするのだ? それを感知するには魔力が必要だ》
と魔道士バーナードは、イーディアスの皮肉と嫌味のこもった言葉にもめげずやり返した。イーディアスは魔道士の高慢さを知っていたので、この物言いを無視すると、
《とにかくエルダーへ急ごう。あの村が焼け落ちるのを傍観はできん》
こうして残りの三人も馬に飛び乗り、火の勢いを強めているような辺境の小村へと馬を急がせたのである。
*****
先行していた二名に遅れること、四半刻ほど、イーディアスら三名がエルダー村に到着すると、まず目に入ったのはおびただしい数のゴブリンの死骸だった。そしていまだくすぶっている何軒かの家屋。村人たちに交じり、先行していたクリス・デベナムとエイドリアン・ヴァランダーが鎮火活動に参加している。イーディアスもまずはこれ以上の延焼を止めることが先決と、率先して村人の中に入り、水の入った桶をリレーする列に加わった。
ふと視線を落とすと、必死に井戸のつるべを引っ張り上げては桶に満杯になった水をあけ、そしてまた井戸から水をくみ上げるという作業を繰り返す、まだ12歳くらいの少女が目に入った。顔じゅう、いや、全身煤だらけである。おそらく焼け出されたのだろうと想像していると、やや離れたところから声が聞こえた。
《皆の衆、火はひとまず収まった! よくやってくれた! 今後のこともあるので、宿屋に集まってくれ》
イーディアスはこの時になって初めてその声の元へ行き、改まった一礼をすると、堅苦しい口調で言った。
《挨拶が遅くなった。私は連邦評議会付衛士隊長イーディアス・グラントと申す。その会議に参加してもよろしいかな》
村長の顔色が変わる。このような辺境の小村に評議会の関係者がやってくるなど、これまでになかったことだったからだ。だが断る理由も、断れる理由もなかった。村長は黙って頷くと、宿屋へと案内した。
《しかし、このゴブリンの数は一体どういうことなのだ》
とイーディアスが歩きながら辺りを見回し、尋ねたので、村長は率直に応えた。
《どういうわけか、大軍が攻めてきたのです。それも統率されていました》
《統率? ゴブリンごときがか?》
《はい、彼らがいなかったら、我が村は焼け落ち、全滅していたでしょう》
《彼ら?》
とイーディアスは問い返したが、村長が宿屋の中へ入るように扉を開けて待っていたので、会話はそこで途切れた。
中に入ると、すでに宿屋の主人が村人たちの働きをねぎらうワインを振る舞っており、それは衛士たちにも配られていた。
イーディアスにも村人のいずれかからワインの注がれたゴブレットが手渡されたが、彼は村長の傍らに行き、自らが羽織っているマントの留具に意匠された評議会の紋章を誇示するようにしながら、声高に言った。
《我らは評議会付衛士隊だ。この村の山腹で目撃された巨大な光の調査に来たものである。そしてこの事変に行き当たった。どういうことか、説明してもらいたい》
ざわついていた食堂内が一斉に緊迫感を伴って静まり返る。村人たちこそ評議会などは雲の上の存在なのだ。
村長がこれに応えた。
《我々もあの光を目撃し、相談した結果、見に行ったのです。ですが、この辺りの山にはゴブリンが生息しており、やはり途中で遭遇してしまいました。そこに、彼らが現れて撃退してくれたのです》
《その彼らとは何者だ》
《冒険者だと言っていましたが…》
《歯切れが悪いな》
村長はやや考え込むようになりながら、
《これまで何回かは冒険者がやってきたことはありますが、そのどれとも違う雰囲気と言いますか、外見もこの辺りでは見かけたことがない容貌をしているのです》
《どこからやってきたのだ》
《わかりません。ただ、あの光のところには行ってきたらしく、何もなかったという話をしていました》
イーディアスは食堂の中をぐるりと見回し、
《その者たちは今ここにいないのか》
《はい、逃げ帰ったゴブリンを追って行きました。ゴブリンキングを倒すとか言って》
《キングをだと?》
心からイーディアスは驚いた。彼自身さえ出会ったことのない、名のある冒険者でしか剣を交えたことがないという希少なモンスターである。村長はその驚きを当然と受け止め、頷いた。
《止めはしたのですが、責任は自分たちにあると言い、行ってしまいました。ですが、彼らがいなかったら、この村は救われませんでした》
村人たちが頷き合う。
イーディアスは「ふぅむ」と唸ると、第三者的な立場から言った。
《だが、その冒険者と名乗る者たち、どこか得体が知れぬ。あれだけの数のゴブリン相手に村の被害がこの程度ですんだというのか。それもゴブリンキングを恐れげもなく倒すと言い切れる冒険者など、それこそ一握りだ。直接会って話がしたい》
すると、意外な声がその場の緊迫した空気の中に割りいったのである。
《あの人たちは悪い人たちじゃないわ! だってあたしを助けてくれたんだもん!》
イーディアスは声の方を見た。大人たちの間で、父親らしき者の腕をしっかりと掴んでいる少女である。そして思い出す。さきほど、井戸端で必死に水をくみ上げていた少女。そのあどけなさを残す眼はイーディアスを恐れげもなく睨みつけている。
子供相手に議論をする気が失せたイーディアスは、村長に視線を戻し、
《その冒険者が戻るまでこの村に滞在したいが、構わぬか?》
《もちろんです。こちらに部屋を整えさせます》
と村長が慌てた様子で宿屋の主人に何か言いかけたので、イーディアスはそれを苦笑交じりでとどめ、
《すぐでなくともよい。まずはこの村中にあるゴブリンの死骸を片づけるのが先ではないのか? 手伝おう。早くやらないと、死骸漁りどもが嗅ぎつけるぞ》
ユミル村長は恐縮したように頭を垂れ、
《評議会衛士のあなた方の手を煩わせるとは…》
《我々はそこまで冷血に見えるのかね。評議会は都市連邦すべての民のためにあるということを忘れないでもらいたい》
と、イーディアスは率先して宿屋の外へとつかつかと出て行ってしまった。後から部下たちが続き、村人たちが村長の顔色を窺うようにしている。ユミルは太いため息をつき、言った。
《確かに彼らの言う通りだ。もう一仕事、踏ん張って頑張ってくれ》
村人たちはこの一言で意気を上げ、勇んで外へと出て行った。
一人残った村長は、もう一つため息をついた。平々凡々な日々を送ってきた彼にとって、この一日は大事件続きだった。まさかに連邦評議会が動き出しているとは考えてもいなかった。それにあの冒険者たち。見たこともない服を着、ゴブリンの死骸の山を築ける力を持つ若者たち。そしてあの光。本当に何もなかったのだろうか。考え出すときりがなかった。そして、はたして彼らは戻ってくるのだろうか。
手にしていたワインをぐい、と一息に飲んだ村長は、現実的な問題を解決する方を選び、宿から出た。
*****
『トラッキングできてる?』
と朱音が足音を忍ばせ、小走りで進みながら尋ねると、龍児が応えた。
『できているよ。熱源はまっすぐにある地点を目指している。このまま進むと、切り立った断崖に行きつく』
『洞窟か何かがあるかもれんのう。戦いにくい地形じゃ』
と玄人が指摘する。
『でもよ、だいぶ戦力ダウンしてることは確かだろ? あんだけ倒したんだからよ』
大牙がひょいひょいと跳ねるような動きで走りながら言う。
『根城にどれだけ残っているかにもよるな』
『全滅だぜ、全滅、リュウ』
走りながらシュッシュッと拳を突き出す大牙に、龍児が苦笑を投げる。
『お前、楽しんでるだろ、完全に』
『もちのろん! キングを倒したら、何食わしてくれるかな?』
『またそれ?』
朱音があきれ返る。
『あたしたちの目的を忘れないでよ。人助けも大事だけど、とにかくここから脱出する方法を見つけなくちゃならないんだから』
『わーってるよ、んなことはよ。でもよ、放っとけないじゃんか』
『まあね、確かにそうなんだけど…』
『二人とも、止まれ、奴らが崖に到着した。うん、やっぱり洞窟があるみたいだ』
少し遅れて龍児と玄人が二人に追いつく。四人はその崖に開いた洞窟の入り口を目視できる地点に息を殺してしゃがみこむと、スキャナを覗き込んだ。
「入り口に見張りがいるわね。ま、これはいいとしても、内部まではこのスキャナじゃ捕捉しきれないわね」
「ボスに聞いてみよう」
と龍児が提案し、早速『内線』で通信する。
『ボス、これから敵の本拠地に突入予定なのですが、その内部構造のスキャニングは可能ですか』
キリルはすでにその作業をしていたらしく、即答が戻ってきた。
『中は単純だが、とにかく狭い。戦いづらいぞ。残存勢力は少ないが、そのキングという存在の潜在能力は予測不能だ。内部のマップを送信するが、十分注意しろ』
『ラジャ』
まもなく、スキャナに洞窟内の俯瞰図が送信されてきた。確かに複雑ではないが、ゴブリンのサイズに合わせた通路は確かに人間にとっては狭いはずだった。
「とにかく、行くしかないわね」
朱音の両手に扇子型の武器が現れる。
「あたしとタイガが先行して敵を倒していくから、後ろは任せたわよ」
「わかった」
「任せておれ」
四人は一つ頷き合うと、茂みの中から飛び出し、あっという間に洞窟の入り口を守っていたゴブリンを倒していた。
「突撃!」
最も脚の速い大牙が虎王撃をはめた両拳で、出会い頭のモンスターを問答無用に殴りつけていく。ゴブリンたちは自分たちの拠点に侵入者があることに慌てているようだったが、やはりどこか統率されているらしく、背後からも襲い掛かってきた。それを玄人の大盾がはじき返し、そこを龍児の刀が華麗に切り裂いた。
「やっぱり狭いのう!」
玄人の大盾は巨大で、通路をほとんど塞いでしまう。
「僕の昇龍刀も壁を削ってしまいそうだよ」
龍児の持つ優美な刀身は振りかぶれば天井に突き当たりそうだった。
「ラスボスのところまであとワンブロックってところよ、凌いで!」
目の前のゴブリンを両断した朱音は、その生臭い返り血を器用に避けながら叫び、ひた走った。
脇道から次々とモンスターたちが湧いて出てくるが、それらをことごとく撃退し進んだ四人は、忽然と広々とした空間に飛び込んでいた。
その広さにもんどりうつように大牙が足をとめる。そして、そこにあるものに素っ頓狂な声をあげた。
「なんだ、ありゃ?!」
そうなのだ。
そこにはがらくたで作り上げたような玉座があり、それに腰掛ける、巨大なゴブリンがいたのである。
だが細かくその相手を観察する間はなかった。その広間のどこからか、奇声が発せられ、暗がりから一体の中型ゴブリンが手斧を振りかざし、突進してきたのである。それは、先ほど村が襲撃された際、指揮をしていたらしいゴブリンだった。
「退がって、皆」
龍児がすでに刀の柄に手をかけ、敵との間合いを計って言った。他の三人が一歩退いたその瞬間、そのホブゴブリンリーダーの戦斧が龍児の額を割らんと高々と振り上げられる。だが彼は見切っていた。持っていた優美な刀身でその攻撃を受け流すと、そのまま流れるような動きで刃をゴブリンの頭頂から腰まで斬り下ろしていたのである。
敵は戦斧を振りかざした体勢のまま立ち尽くしていたが、ややあってその切り口から血を噴出させ、どっと倒れた。それを息ひとつ乱していない龍児が冷徹に見下ろしている。
するとこれを見ていた玉座の者がゆらりと立ち上がった。
その身の丈、大牙の二倍はあるだろう。一応「キング」と名の付くだけあって、ごてごてと様々な物が取り付けられた鎧を着ている。そしてその頭には、何かの骨を組み合わせて作ったような冠が僅かに傾いでのっかっていた。
赤黒い肌をしたゴブリンキングは、その長い鼻をひくひくとさせながら顔を突き出し、四人に向かってたどたどしいながらこちらの言語で言った。
《おまエラ、わしラのしもべタチ、ころシタ》
《お前たちだって…》
と大牙が食って掛かろうとするのを、朱音が制し、
《どっちが悪いってことはないと思うわ。あんたたちだって村を焼き討ちにしようとしたでしょ。あたしたちも生きるのに必死なのよ》
《モトはこのヤマ、わしラのものだったノダ。にんげんタチ、あとからハイッテきた》
《だとしても、殺し合うことはないだろう》
龍児が言うと、ゴブリンキングはペッと唾を吐いた。
《ジャマモノはころス、それ、わしラのおきて》
と、キングは玉座の両脇に立てかけてあった巨大で長い棍棒を両手に持った。それには鉄の杭や棘が無数に打ち込まれていて、あれで殴られればさすがの彼らでも無事ではいられないと、四人は即座に判断した。
《おまエラ、ジャマモノ、ころス》
キングは意外に身軽な動作で一段高くなっていた玉座から降りると、ぶんぶんと棍棒の握り具合を確かめるように振り回し、黄色い眼を残忍に輝かせて四人を睨みつけた。
「来るわ!!」
「受け止める! 散開して攻撃を!」
と朱音と玄人が言ったのと同時に、キングの二本の棍棒が唸りを上げて振り下ろされた。それを玄人の大盾が正面から受け止めた。さすがに両腕にびりびりと痺れが走る。その間に、散開していた三人は、それぞれの武器を手に、キングめがけて肉薄していた。
龍児の下段からの切り上げがキングの腰当あたりをかすめたが、がらくたをとりつけた鎧の一部を壊しただけに終わった。ぎろっと黄色い眼が龍児に向き、棍棒が彼の頭部を狙って薙ぎ払われる。彼は後方に飛びのいたが、玄人の盾ががきん、とその反撃を防いでいた。
その隙を突き、大牙の身体がキングの懐に入り込み、連撃を繰り出そうとするが、敵はすぐに体勢を変え、両の棍棒を交互に叩き付けるようにして大牙を狙い撃ちにしてきた。大牙は間一髪、後方へ宙返りを繰り返し、それらをなんとかかわしきった。
「後ろががら空きよ!」
朱音は叫ぶやいなや、キングの背後からタンッと跳躍すると、最後の一撃を地面に空振りした敵の首筋に炎舞扇の一閃を見舞っていた。初めて鮮血が噴き出す。しかし、キングはそのくらいの傷では致命傷にはならなかったらしい。むしろ戦意を高めさせたようだった。カッと黄色い邪悪な眼差しが見開かれ、乱杭歯の並んだ口元から呻きとともによだれを垂らしながら、意味不明の言葉を吐きつつ、強烈な一撃を玄人に見舞った。
さすがの玄人の盾もこの攻撃に怯んだ。どっしりと構えていた体勢を崩され、棍棒の勢いに負けて身体が傾ぐ。そこへ第二撃が撃ち込まれようとしたのを、龍児がその長い刀身でがっきと受け止めた。だが力の差は歴然で、ぐいぐいと押し込まれていく。
「目だ、目を狙え、二人とも!」
と叫ぶのと同時に、大牙と朱音は跳躍していた。今にも龍児は地面に押し付けられ、もう片方の手で握られている棍棒で撲殺されんとしている。
「ぎゃああぁぁっ」
転瞬、朱音と大牙の武器がキングの両目を切り裂き、突き刺していた。よろよろとあとじさったキングに、追い打ちをかけるように、飛び降りざまに朱音の一閃がキングの喉元を横薙ぎにする。
プシューッとすさまじい勢いで血潮が噴き出し、返り血はごめんだと言わんばかりに飛びのいた朱音が着地すると、キングは血風を迸らせながらばたりと倒れた。
念のため、大牙がとどめの一撃を首筋に入れると、玄人を助け起こした龍児が傍に寄り、大きく吐息をついた。
「パワースーツなしでよくやれたと思うよ」
「わしゃ、まだ手がしびれとるわい」
「意外に強かったわね」
「そお? こんなのちょろいって感じだったぜ」
「それはみんながいたからでしょ」
大言壮語の大牙をたしなめるように言った朱音は、いまだぴくぴくと痙攣している巨大なゴブリンを見下ろしていたが、ふと足元に落ちているいびつな冠を手にした。
「これ、持って行ったら、何かしらお礼くれるかしら? こっちのお金って、あったほうがいいんでしょ? それに冒険者ってこういうものを持って帰るものなんじゃない?」
龍児は肩をすくめ、
「がらくたにしか見えないけれど、キングを倒した証拠にはなりそうだね」
「俺、腹減った!」
「さすがに疲れたわ。それにお風呂に入りたい気分で一杯よ」
と、朱音は自らのシャツのにおいをくんくんと嗅ぎ、嫌な顔つきになった。
「これって、ゴブリン臭ってやつ?!」
「ひとまず村に戻ろう。その後のことはさっぱりしてから考えよう」
と龍児は言ったが、その頃村に連邦評議会の衛士が来ており、彼らの帰還を今か今かと待っているなどとは知る由もなかったのである。
*****
リナは、山側のゲートの付近で、早朝にも関わらず、うろうろとしていた。
父親はゴブリンの死骸の片づけを終え、半焼で済んだ自宅から焼け残ったものを探しに行ってしまっていた。母親は作業をひと段落した村人たちの食事作りの手伝いに駆り出されて宿の食堂にいるはずだった。
そう、彼女はあの時大牙に救われた少女である。大人たちが忙しくしている間も、あの四人の、いや、特に一人のことで頭がいっぱいになっていた。
見たこともない服を着て、銀色の髪の毛はつんつんとはね、決して優しいとは言えない、むしろ粗野な顔つきをした人物。少し掠れた荒っぽい言葉遣いまでもが、リナの心を占めていた。
だからこうして彼らの帰りを気もそぞろにと待ち構えていたのである。
村人たちは、彼らは戻らないのではないかともささやいていた。だが彼女は信じていた。彼らは必ず戻ると。
そんな彼女の目に、ちらっと動くものが山の方から見え、それが徐々に大きくなるのを確認したリナは、思わずぴょんと跳ねて「きゃあ!」と声を上げ、喜んだ。
《帰ってきた!》
彼女は喜び勇んで宿屋へ飛び込むと、子供らしい単刀直入さで報告した。
《帰ってきたのよ! 帰ってきたの!》
夜通しの作業をし、疲労のたまった顔をした大人たちがリナの言葉に鈍い反応を示す。だが村長とイーディアスは、すぐに立ち上がり、リナの元に近づいてきた。
《帰ってきた? 彼らが?》
という村長の問いに、リナは何度も頷き、
《だから言ったでしょ、あの人たちは絶対戻ってくるって!》
《……信じられん……》
と村長が呟いた矢先、宿屋の扉が開き、話題に上がっていた当人たちが姿を現したので、ようやくその場にいる者たち全員がリナの言葉を信じざるを得なかった。
さらに彼らを驚かせたのは、この四人が多少薄汚れていたが、無傷であることだった。
《まさか、本当に、キングを倒してきたのか?》
とユミルが尋ねると、朱音が事もなげに肩をすくめて応えた。
《ええ、そうです。これ、それがかぶってた冠です》
まるでごみクズか何かのようにゴブリンキングが頭に乗せていた大きな冠を、手近のテーブルにぽい、と置いて見せた。あちこちから感嘆とも驚愕ともとれる声があがる。
《これでしばらくはゴブリンの動きは治まるんじゃないかしら》
すると、この時になって初めてイーディアスが口を挟んだ。
《君らが例の冒険者なのだな?》
立派な板金鎧を身に着け、上等のマントを羽織り、その腰には直剣が下げられているのを見つけた四人は、直感的に警戒すべきと判断していた。
話し手が龍児に変わる。彼は言葉を選びながら慎重に応えた。
《例の…? えっと、はい、そうです。あなたは…連邦の…?》
龍児の推理は当たった。イーディアスは頷き、四人をまじまじと眺めながら質問を続けた。
《連邦評議会付衛士隊のイーディアスだ。この山麓に落ちたとされる巨大な光について調査にきたところ、今回の騒動に行き当たったわけだ。君たちは本当にゴブリンキングを倒してきたのかね?》
と、テーブルの上の粗悪な造りの冠を見下ろす。龍児は余計な言葉を交えず、応えた。
《はい》
イーディアスの目が疑念に細まる。
《その軽装で?》
確かに疑われても仕方がない。龍児はいつもの長袖シャツにネイビーのジレを着ていたし、他の面々も彼と大差ない普段着だったからだ。さらに応えに窮することをイーディアスは言ってきた。
《武器はどこにある? まさか素手でキングを倒したとは言わぬだろうな。それに、冒険者なら荷物の一つは持っているだろう? それはどこにある?》
考えてみればこの疑念は至極当然なのだ。龍児が答えを探していると、のっそりと玄人が彼の傍らに来、その腕をひきながらこう言った。
《あんなどでかい怪物と戦って、すっかり動転してしまってのう。荷物なんぞ、野営地に置いてきてしまったんだわなあ》
《そうだったわ! 急いで取りに戻らないと!》
うっかりしていたと言わんばかりに朱音が言葉を挟む。すでに大牙は宿屋から出て行こうとしている。
龍児がぺこりと頭を下げ、言った。
《すみません、荷物、取ってきますんで、少々お待ちいただけますか》
かなり強引な話の持って行き方だとは感じていたが、手ぶらの冒険者など聞いたことがない。ましてや自分たちは武器さえ持っていないのだ。いや、持ってはいるが、この世界の基準には釣り合わない武器だった。だからひとまずこの場はこうやって退却するのが良策に思われ、龍児も大牙たちのあとに続いてエルダーの村を足早に抜け出していた。
全力に近い速度でファンロンのある地点に走りながら、朱音が口をとがらせて不満も露わに言った。
「なによ、あの人。せっかくキングを倒してきたっていうのに、なんかあたしたちが悪いことでもしたみたいに」
「それがいけなかったのかもしれないよ。冒険者はもっとこう、ちゃんとした装備をしているものだからね」
「冒険者って言やあ、大丈夫って言ったのはお前だぜ、リュウ」
「大丈夫だなんて言っていない。ただ、とりあえずごまかせると思っただけだ」
「今更言い合いをしても始まらんじゃろが。連邦のなんちゃらっつぅお偉方が出てきてしまった以上、こっちがそれに合わせんとならんよ」
「それに、あの男、あたしたちが落ちてきたこと、知ってたじゃない。つまり、お偉方にも知られちゃってるってことでしょ? ほんと、どうするの? ファンロンはまだ飛べないわよ」
「時間稼ぎを僕たちがするしかないかもしれないね」
「時間稼ぎぃ? どうやって?」
「それを考えるのが今のわしらの問題じゃのう」
息も切らさずに全力で走りながら会話を続けていた四人は、間もなくファンロンのある地点に到着した。遮蔽装置が発動されているので、そこに巨大な戦艦が停まっているとは思えなかったが、彼らの到来を内側からモニタしていたらしく、メインハッチがシュッと開き、そこにキリル本人が彼らを出迎えた。その表情は疲労に陰っていたが、部下たちの元気な姿を見ると、その翳りがやや薄まった。
「何かあったのかね。そんなに慌てて」
すると朱音がついに我慢ならないといった様子で言った。
「ちょっと待って、ボス! ソニックシャワー、復帰してます?」
キリルは彼女の鬼気迫るとでもいうべき気迫にやや鼻白んだようになったが、頷いて見せ、
「細かな機能はだいぶ復帰させているよ。バスルームもフードサーバーも直っている。今は『ジルコン』の修復にとりかかっているよ」
と、キリルはバスルームに飛び込んでいった朱音を微笑んで見送りながら、メインデッキの後部にある艦長室兼会議室に彼らを連れて行き、そこの楕円形のテーブルの上に鎮座しているオウム型のドロイドを示した。
「これが直れば、私の補佐にもなるし、君たちに付き添わせることもできる。きっと色々な面でサポートができると思う」
キリルの話もそこそこに、早速フードサーバーからフライドチキンを5ピースほど取り出した大牙が、テーブルに着く前にかぶりつく。
そんな大牙を尻目に、龍児がコーヒーを取り出し、それぞれに配りながら言った。
「冒険者というだけで何とかなると思ったのですが、今回の僕たちの落下は大きな影響を与えたようです。この付近をまとめあげる連邦都市の衛士がやってきて、僕たちの素性を怪しんでいます。冒険者というだけでは押し通せないかもしれません」
キリルは一口コーヒーを飲むと、考え込むように天井を見上げ、
「…ふむ……国家レベルで動いてきたか……早急にファンロンを空に隠さねばならんな」
「どこまで復旧しているんですか」
と龍児が尋ねると、キリルは目頭を揉みながら応えた。
「あと少しで船内部のシステムは復帰させられると思うが、何にせよエネルギー源がな。あと、左翼の故障個所の問題が残っている。これは破損した白虎王と青龍王の使えるパーツを流用しようと考えている。エネルギー問題がある程度片が付き次第、空に上がるつもりではいる」
「そういうことなら、一人は残ってボスのアシストをした方がええんじゃ……」
玄人が無残に破損していた左翼を思い起こし、提案したが、キリルは首を振り、
「今君たちは「四人の冒険者」だ。ただでさえ怪しまれているのに、一人欠けるのは得策ではない。それに今はまだもう少しこちらの世界に馴染んでおく方がいい。情報が少なすぎる」
「そうなると」
と、ソニックシャワーを浴びてきた朱音がさっぱりとした様子で会話に参加してきた。
「あの村から出て、中心地に行く必要が出てくるんじゃないかしら」
キリルは頷き、
「その時は来るだろうね。だがまだそれも今すぐにはやめた方が良い。情報が少なすぎるからだ。今の村でもう少し情報を得、その上で向かうべきだろう」
ホットココアを自分用に取り出した朱音は、はふはふしながらそれを飲み、
「確かにそうですね。ほんと、あたしたち、何にも知らないもの。できることと言えば戦うことだけ」
「じゃが、そのおかげで疑いの目を向けられてしまったしのう」
玄人が溜息とともに言った。
「ちっ、くそ、てめえら、悩み過ぎだっつぅの」
むしゃむしゃと先ほどから肉に食らいついていた大牙が、苛々とした様子で仲間たちに強く言った。
「あのなんとかって野郎がなんだろうが、俺たちは俺たち。悪いことはしてねえし、別になんてことはねえよ」
「だが、彼は連邦の警察機構も兼ねていると思うんだよ」
と龍児。
「下手なことをして投獄でもされたいのか? 今の僕たちは普通よりも強いだけで、ただのヒトだし、この世界じゃ、手探りで進む子供みたいなものなんだから」
これに反論できなかった大牙は大きく舌打ちをして、再び鶏肉を咀嚼することに没頭した。
大牙の苛立ちも理解できると言いたげにキリルは言った。
「物事がはっきりしない苛立ちはわかるよ、タイガ。だが今は忍耐と試練の時だと思って、堪えろ。そして時機を待つんだ。きっとそれは君たちの目の前に開けるはずだし、私もそのために最大限の努力をする。だから君たちも頑張ってくれ。私は君たちを信頼している」
このように言われてしまっては、大牙の苛立ちも立ち消えにならざるを得なかった。彼は綺麗に骨だけになったフライドチキンの慣れの果てを皿の上にぽい、と放り投げると、立ち上がり、
「そろそろ戻った方がよくねえか? あのなんちゃらって奴がうずうずして待ってるんじゃねえの?」
確かにその通りだった。
四人はキリルに断りを入れ、それぞれの自室からバックパックを持ち出し、とりあえずのもの、着替えやその他細々としたもの、それから携帯食を念のため何食かを詰め込んで肩にかけた。
そして再びメインデッキに戻った彼らは、キリルにしばしの別れを言い、再びエルダー村へと戻って行ったのである。
*****
戻ってきた四人を見、イーディアスの疑念は強まった。この若者たちが肩にかけている袋の形状の異様さに目を引かれたからだ。見たこともない素材(強化繊維ポリエステル)、見たこともない留め具、見たこともないベルトのアジャスタ(強化プラスティック)、そしてものすごく軽量に見えた。
《すみません、遅くなりました。幸い、荷物は無事でした》
と龍児がさも安堵したといった口調で言うと、イーディアスの鋭い眼光が龍児の眼鏡とぶつかった。彼は厳格に尋ねた。
《では改めて聞こう。なぜこんな場所にいる? どこからきた? あの光をどこで見た?》
龍児はあくまで曖昧に応えた。
《ですから、グレイウォールの街に行くところで、あの光に出くわして……その跡を見た後で、ゴブリンに遭遇しているこの村の…》
《ではその光の場所に案内してもらえないか》
別の声がやや不遜に割り込んだ。その声の主は一歩前に踏み出すと、手にしていたスタッフをこつん、と床に打ち付け、イーディアスを見て続けた。
《この者らが何者かは二の次。とにかく光の源を検分しにいくことが先決かと》
龍児にはその人物がすぐに魔道士だと察しがついた。やはりこの世界には魔法が存在するのだと再確認する。あの場所に魔力に感応するようなものはないはずだと願いながら、彼は言った。
《案内することはできます。ですが何もありませんよ》
《この目で、魔力で感じなければ納得がゆかぬ》
衛士の意識が自分たちからそれたことには救われたが、次は自分たちが作った「跡」に連れて行くことになるとは。
念のため龍児は『内線』を開き、キリルに報告をした。
『今からダイジンオーの落下地点に評議会の者たちを案内します。おそらく何も見つけられないとは思いますが、こちらには魔道士が同行しています。魔力がどう反応するか全く未知数なので、そちらでもモニタリングしておいてもらえますか』
『了解した。確かに魔力というものが何に反応するかわからんな。ついでにその魔力というものの周波数なり波動なりを記録しておこう』
『お願いします』
こうして彼らは衛士五名を連れ、ダイジンオーが落下した地点へと向かったのである。
その道々、衛士の一人がその身分の割に人懐こい態度で話しかけてきた。
《ところで、ゴブリンキングとはどんな姿をしていたんだ? 僕は見たことがないんだ》
これに大牙が率先して応えた。
《でかかったよ。俺の二倍くらい? んで、すげーくっせぇの。一応人間の言葉を話してたぜ。棍棒振り回しやがってよ。まっ、俺様のスピードには敵わねえがな》
《二倍?!》
その衛士はその姿を想像したのだろう、愕然とした表情になった。そして傍らを行く小柄な青年を見下ろす。
《それを、君らが倒したのか》
《ああ、そうだよ》
事もなげに頷いた大牙に、その衛士アラン・ギルスターはさらに尋ねた。
《一体どんな武装で挑んだんだ? 本当にその軽装で戦ったのか?》
《うーんと……》
大牙は少し悩んだ末に、
《ちょっと待ってな》
と、くるりと後ろを向き、『霊獣チェンジャー』にカードを挿入していた。みるみるその両手に虎を模した小手が実体化される。そしてそれをアランに見せた。
《こいつで一撃さ》
アランはそれを見、やや拍子抜けしたようだった。彼にはそれが普通の小手としか映らなかったようだ。だがそこからシュッと爪が伸びると、わっとばかりに驚き、まじまじと大牙の両手を眺め回した。そうやって近寄ってみれば、その武器がよくわからない素材でできていることが類推された。鋼鉄のようでいてもっと軽いもの、武装として申し分ないのに装飾華美であること、その爪に至っては、サイクロプスの皮膚など貫通できそうもない細さにも関わらず、強靭そうに見えること。
《あはは、えっとこれは、この子の家宝みたいなものでして……》
話に割り込んだのは朱音である。『内線』では言葉に出したのとは裏腹な辛辣さで大牙に食って掛かっていた。
『ちょっと、何考えてんのよ! あたしたちの武器なんか見せて! 余計な詮索をさせちゃだめでしょ!』
『見せろ見せろうるせーからさぁー、仕方ねえだろ』
『だからってね、あたしたちはただでさえ疑われてんのよ、これ以上変な振る舞いはやめてちょうだい!』
《家宝? ははぁ、なるほどね。それは大切にしないと。実は僕の剣も、代々男子が受け継いできたものなんだ。でも、使ったことはほとんどなくてね》
とアランは腰の金色の柄が眩しい幅広の剣に触れながら言った。
《僕みたいな若い衛士は巡回や伝達使としての仕事ばかりだから、まともにモンスターと渡り合ったことがないんだ。冒険者かぁ…ちょっと憧れてしまうんだよね》
と、ここで龍児の先導が止まり、後続の彼らも足を止めることになった。
《あ、着いたみたいだね。君、ありがとう。それ、大切にするんだよ》
とアランはイーディアスの元へと小走りで行ってしまった。
大牙はカードを引き抜き、武器をひっこめると、噴飯ものだと言わんげに自分を見つめる朱音に思い切り舌を突き出してみせ、自分も龍児の元へ走り寄って行った。
「全く……」
と嘆息した朱音の肩を、玄人がぽん、と叩く。
「だがあの衛士、なかなか好感がもてたのう。この世界、捨てたもんじゃなさそうじゃ」
「まあね。村の人たちも親切だし」
「流れにまかすというのも時には必要やと思うんじゃ。妙に逆らえば波風がたつじゃろ」
「そうね。ここは相手の出方に任せましょ」
「うむ」
と、二人も龍児がすでに何事か説明しているところへ歩み寄って行った。
《……というわけで、僕たちがやってきた時にはすでにこんな状態で、何もありませんでした》
イーディアスはかなりの広さで山肌が露出しているその場所をぐるりと見回し、唸った。
《確かに何もないな。ないように見える。だが、逆に何かがここにあった、ということにもなる。これだけ木々が押し倒され、消滅している以上、何らかの力が働いたということになる。バーナード、何か感じるか?》
魔道士はスタッフの先に僅かながら魔力をため、意識を集中するように瞑目しながら応えた。
《……残留魔力は皆無。これだけ威力のある魔法が使われれば必ず検知されるはずだが、全くない。魔道具などの使用痕跡もないが…》
これを聞き、龍児がこっそりため息をつく。すると、その安堵もつかの間、魔道士が直接尋ねてきた。
《ここを探索した際、魔晶石を見つけはしなかったか? 空のでもいい、これだけの爆発ないしは衝撃が襲ったのだ、何かしらの魔道的要素があったと考えてもおかしくはないし、その魔力要素を中和させる何がしかのものがあったとしても、あながち見当外れとも言えまい。オーカーでは魔晶石を使用した乗り物を開発していると聞く。そういった類がここに落下したとしても想像におかしくはないし、その痕跡を隠すためのなにがしかのものが精製されていても、あの帝国のことだ、あり得ることだ。そなたら、見つけはしなかったか?》
《ま、しょうせき?》
困惑した龍児の問いに、イーディアスが片眉を上げて説明をする。
《魔力を溜めることのできる八面体の結晶のことだ。それ自体に魔力を秘めているものもある。それを利用して大規模な魔法障壁や微量な魔力しか持たないでも魔法のような効果を得られたりする、魔道具の一つだ。そんなことも知らんのか、君たちは》
《……田舎から出てきたばかりなので……》
苦し紛れの言訳だったが、魔道士は自分の推測に没頭しているらしく、辺りをうろうろとしている。
龍児は一つ深呼吸をついてから、その魔道士の問いかけに応えた。
《いいえ、そのようなものはなかったと思います》
《ない、か》
魔道士は僅かに落胆したようだったが、イーディアスを振り返り、言った。
《ここには何もない。だが何かがあったことは確かだ。この威力は流星落撃を発動したに等しい。まあ、私もその威力を目の当たりにしたことはないのだが。しかしこのことは評議会に報告すべきだ》
《そうだな。ここで何が起きたにせよ、何らかの力がこうさせたことは確かだ》
イーディアスはここで偵察を切り上げた。
村に帰る道々、龍児はイーディアスに尋ねかけられた。
《それで君たちはこのあとどうするつもりなのだ》
そのことをあまり考えていなかった龍児だったが、咄嗟にこう答えていた。
《もう少しエルダーの村に滞在しようかと考えています。ゴブリンキングは倒しましたが、残存勢力があるかもしれませんし、焼けた家の修復なども残っていますし》
するとイーディアスは驚きと苦笑を交えた表情で言った。
《とことん変わった冒険者だな、君らは。あんな小村では見返りなど見込めんぞ》
《元はと言えば、僕たちがゴブリンを倒したことが発端ですので、きちんと責任はとらないと、と思いまして》
《このせちがらい世の中になって君らのような冒険者がいるとはなあ! ハッハッハッ》
この人も根は良い人なのだと龍児は感じた。イーディアスは威勢よく笑ってから、続けた。
《我らは村に寄ってからすぐにグレイウォールの首都に帰還するが、もし首都に来るようなことがあれば、衛士隊の詰め所で私の名前を言うがよい。何か取り計らうことができよう》
これを聞き、先ほどの感想に補足がされる。
(つまり僕らのことをまだ怪しんでいて監視を付けたいということなのか?)
だがこれ以上悩んでいても始まらないことだった。龍児は懸念で一杯になりかけていた頭の中をすっきりさせようと、先を歩いていた仲間たちと合流し、他愛のない会話をしていた中に入ったのである。
そんな彼を、イーディアスが複雑な表情に戻って見つめていたのを、彼は知らなかった。
*****
評議会付衛士隊が引き上げると、村は次第に元の生活に戻り始めた。もちろん、まだ村は元の姿には戻っていなかったので、四人はその復旧作業に参加した。ある時は焼けた家を直すための木材の切り出しの手伝いに行ったり、ある時は煤で汚れたものを洗ったり修復したりした。数日おきには山に入り、モンスターの影がないか見回ったりもした。そんな彼らに、村人たちはますます好意を寄せ、金銭的な礼はできないが、と、宿と食事を無償で提供してくれた。
そんなある日、大牙が昼食のために宿の食堂に入ってきたのを見た他の三人は、そこに小さな少女がくっついてきているのを見つけた。その小さな手が、大牙のジージャンの裾をひし、と掴んでいる。
「どうしたの、その子」
朱音が大好物である大盛りのサラダをむしゃむしゃとやりながら、意外そうに尋ねた。すると大牙は困ったように応えた。
「なんかさ、今日、ずっとくっついてきて離れねぇんだよな、こいつ」
龍児が「ふふふ」と笑い、眼鏡の位置を几帳面に直しながら言う。
「もしかして、気に入られた?」
玄人が食べかけのベーコンを皿に戻し、まじまじと両者を見比べ、
「身長で親近感がわいたのかのう?」
大牙の顔が様々な感情に膨れ上がって紅潮する。
「なっ、それ、俺がチビだって言いたいのかよっ」
「実際、チビじゃない」
「ちっ、くそっ」
いつも朱音にやりこめられる大牙は悪態をついたのだったが、背後から哀しげな気配を感じ、振り向いた。はたして、裾を掴んで離さない少女が今にも泣きそうな顔をしていたのである。彼は慌てて言った。
《別にお前のことを言ってたわけじゃねえんだ。こいつら、口が悪くてよ、ごめんよ、だから泣くなよ》
それでも少女の表情は晴れないので、大牙は彼女を椅子に座らせ、自分も隣に座ると、ジージャンのポケットから『スニッパーズ』を取り出して差し出した。
《ほら、これ、食ってみろよ。うまいぜ》
少女は見たこともない銀色の包みにくるまった、棒状のものをおずおずと受け取ったが、開け方がわからない様子だった。それを見かねた大牙が、少女の手からヌガーの詰まったチョコ菓子を取ると、ぴりっと包装袋を割いて中身をにゅっと押し出して見せた。
《食ってみろよ》
黒い菓子など見たことがなかったのだろう。初めはにおいを嗅いだり、眺め回したりしていたが、ついに舌先でそれを舐めて見て、少女の表情がパッと明るくなった。
《甘い……!》
そのあとは子供の好奇心と大胆さも手伝い、彼女はもぐもぐと『スニッパーズ』を食べ始めた。
《うまいだろ》
《……うん! 甘くて、ちょっと苦くて、サクサクしてて! 父さんが作ってる甘芋よりずぅっと甘い!》
大牙はにやっと笑うと、自分には分厚いハムステーキの皿を引き寄せながら、
《そいつを食えば百人力さ》
《ほんとに?》
《ああ、俺はいつもそれ食って戦ってるんだぜ》
《すごい!》
と、言った少女は途中で食べるのをやめてしまった。それを怪訝に見た朱音が言葉をかける。
《どうしたの、食べないの? お腹いっぱい?》
すると少女はその菓子を大事そうに包装紙の中にしまうと、こう言った。
《父さんと母さんにも食べさせたくて》
《なんだよ、そんなことなら》
大牙が口に物が入ったまま言い、別のポケットから『スニッパーズ』を取り出し、少女の手に持たせた。
《まだたくさんあるし、持ってけよ。ただそっちのはちっと歯にくっつくから気を付けな》
《あ、ありがとう…! あたし、ちょっとうちに帰ってくる!》
椅子から立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした少女は、タッタッと食堂から出て行ってしまった。
その様子を見、朱音がにこにことして言った。
「かわいいじゃない。あんたにお似合いねえ、タイガ」
「そ、そんなんじゃねえって。ただ、あの子を俺が偶然助けたってだけで……」
「それだけで十分な理由だな。あの娘の目はお前を崇拝しているようだったぞ」
と龍児が豆料理を几帳面なフォークさばきで口に運びながら続ける。
「敬慕しているようにも見えたがの。ともあれ、相当に好かれたな、タイガ」
玄人がゆったりと言う。
仲間たちにさんざんに言われた大牙は自棄気味にハムを咀嚼しながら、
「あんなガキに好かれたって嬉しくもなんともねえっつの」
とやり返したものの、
「このような世界であのぐらいの歳ならば、十分結婚の対象になるものだよ」
と龍児に言われてしまい、大牙はますます顔を赤くさせた。
「ばっ、ばっかじゃねぇの?! あんなガキ…」
「でもさあ~、いつまでもあたしたち、ここにいるわけにもいかないし、タイガを置いていくわけにもいかないし、あの子、失恋かぁ~」
朱音が片肘をつき、そこに顎を乗せて妙にしんみりと言ったので、大牙はますますやけくそになった。
「勝手に話、作るな、アカネ!」
きゃはは、と朱音が真面目な顔を一転させて笑ったところに、宿屋の扉が開き、村長が入ってき、四人の存在を認めると、にこやかに近づいてきた。
《色々と手伝ってもらい、非常に助かっている。村の修復も先が見えてきた。そこで提案があるのだが》
村長は空いている椅子に腰かけると、四人の顔を見渡しながら続けた。
《数日後に、村の特産の甘芋を首都に売りに出る予定でいる。この荷馬車に君らも便乗してはどうかね。これまでの君らの働きは我々にとって言葉では感謝し尽くせないほどだ。だが、残念なことにこの村にはそれに見合うだけの金銭的余裕はない。が、甘芋を売れば少しは君らに報いることができると思ってな。それに、君らの力量からしたら、このような小村にとどまっているのは宝の持ち腐れというものだ。冒険者なら名を挙げねば。首都なら、冒険者としての腕前を振るう機会も多いはず。どうかね、この案は?》
確かにそろそろ潮時だった。村のことはほとんど知ってしまったし、背後にそびえる山脈にはドラゴンが住み着いているという伝説も聞いた。そのさらに北側には魔道帝国オーカーがあり、絶大な魔力を持つ魔道士が支配しているということも知った。連邦のその他二つの都市のことも、村人が知る範囲で聞き出していた。東側には職人の都市が、西側には水路が網の目のように広がる水運都市があることもわかっている。あとは実際に足を運んでみる必要があった。
《そうですねぇ…なんだか名残惜しい様な気もするけれど……》
と朱音が紫色をした小さな蕪をつつきながら口火を切った。
《前進しないことにはどうにもならないんですよねえ……》
朱音の本意を別の意味に捉えた村長は、大きく頷き、思い出したように付け加えた。
《そういえば、先日、魔晶石のことを尋ねてきたが、それも首都に行けば手に入るかと思うぞ。魔道具の店でも扱っていると思うし、空の魔晶石があれば、そこに魔力を溜めてもらうという方法もある。もちろん、モンスターから手に入れるというやり方もある。大型の敵や魔法生物ならその体内に魔晶石の元となるものを含んでいる場合があるからな》
魔晶石というものについては、すでにキリルに情報を送信済みだった。そしてその返答として、ファンロンのエネルギーに変換できる可能性が濃いというのである。つまり、彼らは前進しなければならなかった。
龍児がほかの三人に目配せを送り、皆から無言の了解を得ると、代表して言った。
《そのお話、乗らせていただきます。むしろ往路を楽にしていただき、恐縮です》
《いやいや、これくらいのことはして当たり前のことを、君らはしてくれたのだ。では、その旨、芋を運ぶ者に伝えておく。君らも知っているはずだ、今回の当番はリナの父親とその他二家族なのだ》
と村長は立ち上がり、早々に食堂から退去していった。
「リナ? あのガキのうちか!」
大牙がハムをかじりながら呻いた。朱音がニヤニヤとし、龍児が失笑する。
「あの娘は大喜びじゃろうのう」
と飄々と玄人が言った。そして口調をがらりと変え、
「いよいよ首都じゃな。できればファンロンを空に上げるだけの魔晶石とやらを集めたいもんじゃが?」
「そううまくいくかしら……」
「ボスは魔力の波動をモニタして、それがワープコアの起動力に変換できそうだとはなしていたじゃないか」
「敵をばんばん倒しゃいいんだろ? どっちにしたって、ここにいるよか魔晶石っつうもんに近づくじゃんか」
「ま、そうなんだけど」
と朱音は言ったものの、かぷっと小振りの蕪を口に放り込むと、
「行くしかないのよね、あたしたち。なんだかどんどんファンロンから、ボスから離れちゃう気がして、ちょっと心細くなっちゃったのよ」
思い切ったように言った。大牙があっけらかんと賛同する。
「行き当たりばったり、上等だぜ! おもしれー!」
「………これだから脳筋は」
という朱音の呟きは大牙には聞こえず、次の皿に盛られた鳥の骨付きもも肉にかぶりついていた。
そして彼らは数日後、無理に同行したリナを乗せた荷馬車の荷台に乗り、首都グレイウォールに向かい始めたのである。