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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第一章 都市連邦編
2/103

『ファーストコンタクト』

 本当に突然、ビューアが赤いシグナルを発し始め、騒々しく携帯食を食べていた四人は何事かと顔を振り向けた。すでにコンピュータのエマージェンシーに気づいていたキリルがビューアとデータの双方に見入りながら、口調を引き締めて言った。

「麓の集落で何らかの動きがある。もしかするとこちらへ来るつもりなのかもしれん。考えてみれば、当然だ。これだけの戦艦とダイジンオーが落下してきたのだ。下からでも十分すぎるほどに目撃できたことだろう」

「じゃ、もしかして、俺たち、UFOに乗ってきた宇宙人ってことになるわけかよ?」

 短絡的な大牙の発言だったが、キリルは大真面目に頷き返した。

「全くその通りだ。これは厄介だ。とにかく我々の乗り物を見せるわけにはいかん。大至急ダイジンオーを回収せねば」

 そして再びビューアと向かい合いながら、

「いいかね、ダイジンオーを分離させ、まだ機能を失っていない『朱雀王』と『玄武王』で残りのパーツをファンロンに移送するのだ。迅速にやれ」

「ファンロンはどうするんです? エンジンが停止しているのなら、空に隠すことはできません」

 と龍児が懸念をこめて尋ねると、キリルは仕方なしと言いたげに肩で息をついた。

「遮蔽装置を使うつもりだ。エネルギーは消費するがね。発見されてこちら側の住人の疑念と誤解を招くことは避けたい」

「とにかく、早くした方がいいんじゃないかしら。熱源がじりじり動き始めてるわ」

 朱音のいうとおりだった。ビューアの中でもやもやとした塊が微速ながら動きを見せているのだ。

 四人は途中だった携帯食をそのままに、開いたままのメインハッチから出ようとしたが、キリルが一言忠告を投げた。

「まだ双方向の通信はできん。十分警戒してくれ」

「ラジャ」

 そうして彼らは再びダイジンオーの落下地点へと走り戻った。

 先ほどより早く戻れた彼らは、早速にダイジンオーの分離手順に入った。

 『朱雀王』のパイロットシートに収まり、エネルギー残量とにらめっこをしていた朱音がコミュニケータを通して言った。

「これが飛べるのも限られそ。ここに飛ばされた時に蒸発でもしたのかしらね」

「こっちも似たようなもんだのう、もしかすると船まで『白虎王』と『青龍王』を運んだらエンストするやもしれんなあ」

 と玄人が気の抜けた口調で続ける。

「とにかく早くダイジンオーの痕跡をなくさないと。熱源は確実に近寄ってきている」

 龍児が現実的な意見を挟む。

「じゃ、分離するわよ、待避して」

「ラジャ」

 大牙と龍児が距離をとる。

 と、がこん、という重々しい金属音とともに、ダイジンオーの頭部と背中部分のバーニアを繋いでいた巨大クランプがはずれた。そしてそのバーニアからシューッと噴出音が聞こえたかと思うと、まるで組み替えパズルのように頭部が変形し、その名前の通り鳥型のマシンになったのである。

 それは胴と腰部を支えていた『玄武王』も同様だった。クランプがはずれると、それはどっしりとした亀の形状になった。

「さ、二人とも、それぞれに乗って。ちょっと狭いけど。さっさと運んじゃお」

 深刻な事態に置かれているにも関わらず、朱音が生来の陽気さを損なわずに言った。

 大牙と龍児はお互い自らのマシンに乗れない無念さを少なからず抱きながら、朱音の指示に従った。

 朱音のマシンには龍児が、玄人のマシンには大牙が乗り込んだが、『白虎王』が両者のロボの手で持ち上げられ、低空飛行でファンロン目指して飛び始めると、複雑な気持ちはさらに強くなるのだった。


*****


 ファンロンの方では、キリルが斜めに傾いでいる船体を立て直そうと必死になっていた。エネルギー残量との戦いである。

 今のままでは地面に密着してしまっている『朱雀王』の格納ハッチが開かなかったし、後部メインハッチからハンガーに壊れた二機のパーツを格納するにしても、この体勢では正常に機体を固定することは難しかった。

 キリルは考えた。最後までとっておこうと思っていた非常用燃料を使い、反重力システムを一時的に作動させ、機体を真っ直ぐにするべきではないかと。その分だけエネルギー確保の猶予が短くなるが、ダイジンオーを隠すことの方が優先課題だと思われた。

 キリルはそう決意すると即行動に移った。緊急時コマンドを入力し、一回だけワープコアを起動させられる非常用燃料タンクを通常エンジンに接続する。

 一時的に船内の薄暗かった照明が明るく点り、メインコンピュータの音声コマンドが復帰する。

《非常用燃料消費率10パーセント、ワープコアの再起動は不可能》

「わかっている。エネルギーを反重力システムに回して機体を正常位置に回復させる。その後、遮蔽システムを稼動、維持する」

《遮蔽システム維持によるエネルギー消費率は…》

「わかっている。だがまずは反重力システムの方だ。やってくれ」

《了解》

 ぶぅん、とエンジンが稼動する音とともに、微かな振動が足下に伝わる。

《反重力システムオン、機体の角度修正、左翼損傷のため、僅かに誤差が生じます》

「とりあえず壊れたパーツがずり落ちない角度なら構わん」

《補正終了、エネルギー残量65パーセント》

「よし、非常用燃料の注入を中止、最低限の動力での船体維持を続行」

《了解》

 と、これでまた船内は暗くなり、コンピュータは黙り込んだ。  

 キリルは斜めになっていた機体が真っ直ぐになったことに満足しながら、後部ハッチへと向かった。

 その時、聞き慣れた飛行音を聞きつけ、彼は何重にもシールされたハッチを一つずつ渾身の力で開き、まさにそこへ帰還した『朱雀王』と『玄武王』を見上げた。玄武の甲羅状の装甲の上に『白虎王』の残骸が乗せられ、それを『朱雀王』が捕捉しながら飛行してきたのである。

 その惨状を見せつけられ、キリルはもの悲しい気分になったが、二機だけでも無事だったのだからと考えを切り替えた。

 その玄武からぽん、と降り立った大牙に、キリルは指示を出した。

「白虎王をこのメインハンガーに。固定を手伝ってくれ。青龍王も同様だ。すべて終了したら朱雀、玄武はそれぞれの格納庫に。わかったな」

「アイサー」

 キリルの指示は、大牙のコミュニケータを通じて皆に伝わっていた。

 朱雀から降りた龍児が手際よく壁面の巨大クランプのコンソールを操作し、大牙がマシンたちに指示を飛ばす。その様子をキリルが見つめている。

 壊れた白虎王の機体がクランプで固定されると、その損傷度合いが際立って見え、大牙は舌打ちをした。

「俺の白虎王が…くそっ」

 純粋に悔しがる大牙に、キリルはぽん、とその肩を叩き、優しく言った。

「形ある物は必ず壊れるが、心はあり続ける、それは君だよ、タイガ」

 は、と大牙の悔悟とも怒りとも見える強い輝きを放つ眼差しがキリルをかえりみたが、それはすぐに霧散した。大牙はこの司令官を最大の敬意を持って信頼していたのである。態度や言葉遣いはあらっぽかったが。

「だいじょぶ、俺たちはぜってー帰れるし」

「…ふふふ、そうだな、君の言うとおりだ」

「じゃ、青龍王をサルベージしてくらぁ」

 と、タタタッと走り戻っていくのを、キリルは微笑ましく見送った。

 青龍王だったもの(片脚は消滅していた)を後部格納庫に固定を終えた四人は、休むことなく、再度ダイジンオーが落下した地点に戻った。残留物がないかなどの確認のためである。

 スキャナを辺りにかざし、龍児がひとまず安心といった顔つきで報告した。

「ダイジンオーの破損による破片等も、目立つものはない」

「問題なのは、この、クレーター状の落下跡じゃのう。これはどうにもできんわい」

 玄人が太いため息と共に、山腹を削り、抉って木々をなぎ倒して広がり、地肌を見せているその場所を見下ろした。

「確かにこれはどうにもならないわね…」

 と朱音が腰に手を当て、賛同すると、大牙があっけらかんと言った。

「地球にだってミステリーゾーンがあるじゃねえか、これもそんなんですむさ」

 三人の視線が三様に大牙に向けられる。だがそんな視線にはなれっこの大牙である。むしろ、おもしろがっている節がある。

「もしダイジンオーが見つかってたら、どんなんなってただろうな? 空から降ってきたゴーレムとか? あはは、宇宙大魔神とか? 笑えるー」

 他の三人は全く笑えないと言いたげだったが、これはずっと後のことになるが、あながち的外れな発言ではなかったのである。

 すると、ずっとスキャナに目を落としていた龍児が、怪訝に言った。

「こちらに近づく熱源がもう一つ現れた」

「どういうこと?」

 朱音が龍児のスキャナを覗き込む。確かに、山麓を登る熱源が二カ所からこちらにむかってきている。

「このままだと、この両者は鉢合わせる」

「あたしたちは引き上げた方がいくない? タイガじゃないけど、あたしたちは異世界人だもん。ファーストコンタクトは慎重にしないと…」

「ちょっと待て、アカネ。何か妙だ」

 スキャナの感度を上げた龍児が、雑音と切れ切れの音声を彼らに聞かせる。

 他の三人が龍児の元に集まり、スキャナから聞こえてくるものに耳を澄ませた。

 それは、聞いたこともない言語と、動物めいた唸り声や喚き声のように聞こえた。それから金属が擦れ合うような耳障りな音。

 四人の直感が、これは戦闘が始まっていると告げていた。

 放っておける彼らではなかった。なぜなら、彼らはヒーローだからだ。たとえここが未知の世界だったとしても。

 四人はスキャナの座標を頼りに走った。そしてその戦闘が目視できる地点までやってくると、状況判断をした。

 戦っているのは、4人の軽武装の人間(のように見える)たちと、その者たちの腰丈ほどしかない、醜悪な顔をしたものだった。そのものたちも錆びた剣やこんぼうなどで武装し、10体ほどの集団で4人の人間を取り囲むようにしていた。

「……これって、ぜってー、数が多い方が悪いやつだよな」

 大牙が小声で囁く。龍児が珍しく彼の意見に頷き、

「あれは、よくファンタジーゲームとかに出てくる、ゴブリンにそっくりだ」

「介入していいのかちょっと躊躇うわね……だけど、明らかに人間側が劣勢ね」

 と朱音が今まさに人間の一人の腕がゴブリンらしきものの錆びだらけの剣で切り裂かれたのを見て言った。

「だがわしたちは今……」

 と玄人が何か言いかけたところで、すでに大牙がその戦いの中に飛び込み、ベルトに取り付けられているスロットからカード状のインターフェースを取り出し、それを手首に装着されているブレス型のソケットに指し込み、皆が当然自分に続くと思い込んだ様子で叫んでいた。

「霊獣降臨!! 西の白虎!」

 突然の闖入者に、剣を交えていた者たちも、残りの三人も動きを止めていた。そして最も愕然となっていたのは、大牙本人だった。なぜなら、何も起こらなかったからである。

「え? え? ええええぇぇぇ? なんで? 変身できねえ!!」

「………ばか」

 朱音が顔を覆ってため息をつく。玄人が太い眉を下げて中途で止まっていた言葉を続けた。

「だから、今わしたちはパワースーツを装着できんと言いたかったのじゃがのう……」

「は、早くそういうことは、言えよっ、こののろまクロト!」

「先走ったあんたがいけないのよ!」

「言い争っている場合ではないぞ、あちらが僕たちに気付いた。見たところ、あの小さな怪物は僕たちにも敵意を持ったようだよ」

 という龍児の指摘は的確だった。怪物たちの黄色い眼差しが大牙に向けてぎらぎらと底光りしているのだ。その中の一体が、奇妙な言語を放ちながら跳ねるような動きで大牙に肉薄した。

「行くしかないわね」

「そうだな」

「じゃのう」

 三人は頷き合い、大牙の傍らに勢ぞろいすると、身構えた。これを合図にするかのように戦闘が再開された。

 大牙に迫っていた敵は、彼の素早い拳の連撃であっという間に地面に昏倒した。次に剣を突き出し、斬りかかってきた怪物には朱音の鋭い回し蹴りがクリーンヒットし、遥か後方に吹っ飛ばされた。突進してきた一体を華麗にかわした龍児が身体をかがめて足払いをし、体勢を崩させたところに、鋭い手刀が怪物の首筋に叩き込まれてそれはそのまま動かなくなった。別の怪物が奇声を発して玄人に迫ったが、彼は全く動じず、片手でその醜悪な顔面を鷲掴みにすると、ぶうん、とまるで物でも投げるかのように放り出した。当然それは地面にべしゃっと激突した。

 あっという間に4体の怪物を倒した四人に、人間たちは呆気にとられたようにこちらを見つめていた。ゴブリンたちは、形勢不利と判断したか、逃げ足も速く退散していった。

 パワースーツを着なくとも、ある程度強化されている彼らには何のことはない相手だったが、助けに入った人間たちにとっては、違うように映ったらしかった。

 途端に、わっとばかりに彼らは人間たちに取り囲まれ、何語とかわからない言葉を浴びせかけられた。感嘆符がやたらとあることくらいしかわからない。ただ、不快に感じられているようには思われなかった。

 そっと朱音が龍児に話しかける。

「……スキャナで送信してる?」

「もちろんだ。ボスにここの言語形態を解析してもらうために……あ、ちょっと待て」

 龍児が言葉を切り、スキャナの小さなモニタに集中する。

「ボスからだ。音声通信はまだ回復していないが、文字だけなら何とか復帰させたらしい。どうやらここの言語形態は、イプシロン宙域のヴァーデシアン星の言語に類似しているそうだ。とりあえず、その言語形態をコミュニケータにリロードすれば、片言ながらでも会話ができるのではとボスは言っている」

「すぐに実行しましょ。これじゃどうにもならないわ」

 朱音が早速に手首のコミュニケータを兼ねている『霊獣チェンジャー』を操作する。皆もそれにならう。

 と、突然に、自分たちの周囲で話されていた意味不明の言語が地球共通語に一部変換されて表示されていく。

『……あんたたちは何者……?』

『どこから……?』

『林のゴブリンを……で……倒し……』

『……なぜ……ところに?』

 四人は顔を見合わせた。

「そりゃそうだよな、こんなかっこしてて、突然湧いて出たんだもんな、奇妙がられても仕方ねえや」

 大牙が自分の、ジージャンにTシャツ、ハーフパンツという普段着を眺めおろしながら呟く。

 朱音が肩をすくめ、

「でも何か言わないと、あたしたちまで不審者にされちゃうわよ」

 すると、龍児がスキャナを見ながら、一歩前に進み出、用心深くこちらを伺っている者たちに話しかけたのである。

『僕たちは、冒険者です。この付近に光る何かが落ちたのを目撃し、そこに何か貴重なものでもないかと、探しにきたところです』

 すらすらと話されたヴァーデシアン星の言語で補いながらの言葉は、相手方にある程度伝わったらしかった。納得がいったような表情が彼らの間に一様に流れる。

『……も、その光る……しかし……で……ありがとう……』

「お、礼を言われたぜ」

 子供っぽく喜んだ大牙の横腹をつつき、朱音がひそひそと言う。

「こちらもちゃんと応対しなきゃだめじゃない」

 そして彼女も龍児のようにコミュニケータの翻訳の助けを借りて言った。

『いいえ、ちょうど通りかかった時にあなたたちが襲われているのを見かけただけですから…』

 相手側が顔をつきあわせ、何語とか話し合った。早口で聞き取れない。が、それもすぐに終わり、一人が身をひるがえして山を下り始め、代表者らしい者がやや態度を軟化させた様子で言った。

『……助けてもらった……をしたい……一緒に……くれないか』

「どうやら、礼をしたがっておるようじゃのう」

 玄人が空気を読んだかのようにコミュニケータも見ずに言った。

「そのようだね。どうする、皆。一応僕らは「冒険者」だ。断ってそのまま「旅」に戻る選択肢もあるけれど」

 ひそかにゲームマニアの龍児が、その方面の経験をいかして言う。すると、大牙が即答した。

「こいつらのところに行ったら、お礼とか言って、何か食わしてくれるかもしれねえよな? 行くしかねえよ!」

「あんた、食べることしか頭にないわけ?」

 あきれ返ったように朱音は言ったが、確かに先ほどの携帯食だけでは足りなかったことは事実だった。

「わしらの船やあのクレーター痕から彼らをとりあえず遠ざけるためにも、ここは彼らの好意に従ったほうがええんじゃないかのう。その「冒険者」っつう肩書を使えばどうにかわしらのこともごまかせそうじゃしのう」

 玄人の指摘は的確だった。それを証明するかのように、スキャナにキリルからの通信が流れる。

《そのまま彼らに同行し、言語解析のためのデータとこの世界の情報を可能な限り集めるんだ。それに「冒険者」というものは、一般的に利害関係が前提で動くものだ。礼を受け取らないのは逆に怪しまれる。現在『内線』での翻訳機能の復帰に全力を注いでいるが、危険を感じたら、即退避するように》

 というわけで、彼らはこの人間たちについて山を下って行ったのである。


*****


 その人間たちの集落に到着したころには、日はとっぷりと暮れ、空には二つの月がかかっていた。

 四人は村の中央付近と思われる、一際大きな建物へと連れていかれた。ファンタジー世界でよく見かける宿屋といったところである。

先頭に立って歩いていた男が、粗末ながら、それなりに凝った意匠の彫り物がされた扉を開けると、それまでざわついていた店内がしん、と静まり返り、視線が彼らに集まった。四人は居心地が悪くなったが、大牙がテーブルに並べられた料理や、他の客たちが食べているものを見つけ、小躍りしそうな勢いでひそひそと言う。

「ほらみろ、やっぱり飯にありつける!」

「しぃっ! 冒険者らしくして!」

「冒険者なんてどんなんだかわかんねえよ!」

「ここは僕に任せて。君たちは適度ににこにこしていればいいから」

 龍児がその場の騒ぎを諌めるように言ったところへ、再びドアが開き、やや凝った服装をした人物が入ってきたのである。初老の、灰色の髭を短く伸ばした、元は戦士だったに違いない体躯をしている。その表情はさすがに自分たちを見てやや驚きを隠せないようだったが、先に知らせに走ったらしい者がその傍らで早口で何か伝えているところからして、それほど大きな衝撃ではなかったらしい。

 と、その時、突然に彼らの耳元でキリルの音声が多少の雑音を伴って介入してきたのである。

『…何とか間に合ったか。いいかね、君らの『内線』にこちらの言語形態、まだ未完成だがね、をプログラミングした。こちらの言語を使いたくない場合は、『内線』をオフラインにすること。以上』

 彼らの聴覚には『内線』がインプラントされていた。様々な宇宙空間から襲来する敵との戦いにはどうしても各宙域の言語を理解する必要があった。もちろん遠距離の通信にも役に立ったのだが、このような事態になり、この翻訳機能がここまで頼りになると感じたのは初めてだったかもしれない。

《私はこの村の長ユミル。今回は彼らの危難を救っていただいたということで、非常に感謝している、冒険者殿》

 『内線』がすらすらと言葉を翻訳していく。

 と話しかけてきた村長に、龍児は妙にこなれた態度で一礼すると、いつもの几帳面さをひっこめ、ややくだけた物腰で応えた。

《こちらはただの通りすがりの冒険者、偶然あのような場面に遭遇し、助勢しただけです》

《しかし、この者の言うには、フォレストゴブリンの群れをいとも簡単に退却させたとか》

 と、傍らに控えていた若者を指し示した。腕に包帯を巻いているところを見ると、あの時負傷したものに違いない。

 すると大牙が《俺が……》と言いかけたのを、龍児の手がその口元を押さえて制し、

《こちら側の数が増えたので、逃げ出したんですよ。やつらは逃げ足だけは早いですから》

 ここでユミルという村長は、やや表情を引き締めて尋ねた。

《ところで、あなた方はあの光るものを探しに行ったということだが、何か、見つけたのか?》

 龍児は躊躇いなく応えた。

《いいえ。何も。何か珍しいものでもあるかと思ったのですが、残念なことです》

《そうか……いやなに、あの光の正体は気にかかっていたのだが、あの辺りはフォレストゴブリンの生息域でな。私たちのような小村ではなかなかに足を向けられん場所なのだ》

 今度はひそひそと朱音が囁く。

「…やっぱりあたしたち、見られてたのね。なんだか、大事になりそうじゃない?」

「当たり前じゃろうよ、アカネ。わしらの落下は隕石の落下並じゃったと思うからのう。この世界のどこからでも見えた可能性が高いなあ」

 そんな彼らの緊張をほぐすかのようにユミルは言った。

《ともあれ、今回のことは貴殿らのおかげだ。せめてもの礼だ、急ごしらえではあるが、こうして馳走を用意した。ぜひ賞味していってほしい》

 と、空いているテーブルにずらりと並ぶ、この村にできうる限りの御馳走の皿を示した。

《しかし、僕たちはただの通りがかり…》

 と言いかけた龍児の傍から、大牙がテーブルの前に走り寄り、見慣れない料理に瞳を輝かせながら言った。

《うわおっ! なんかうまそうなのばっかり!》

 村長がそんな彼を見て鷹揚に笑い、

《小さな村だが、土地には恵まれておってな。できることと言えば馳走を出すことくらいだ。まあ、ゆっくりしていってくれ。それと、宿も用意しておいた。ぜひ泊まっていかれよ》

《何から何までありがとうございます》

 龍児が丁寧に礼を言うと、村長は鷹揚に頷き、

《礼を言うのはこちらの方だ。君らがこなければ、4名の命は危うかったかもしれん》

 仲間たちはそれぞれ席に着き、皿に盛られた見たこともない料理を恐れげもぱくつき始めていたが、龍児はもう少し情報を得ようと、ユミル村長に尋ねた。

《あの、ここはなんという村なのでしょうか?》

 村長は短い髭を生やした顎に手をかけ、冒険者と名乗る割に無知であることに驚きを隠せないようだったが、

《ここはグレートシルバー山岳地帯、その麓のエルダー村だ。都市連邦に属す山岳都市グレイウォールの辺境に位置している。連邦には他にも水運都市モーヴ、職工都市ブリックレッドがあってな、この三都市が集まって都市連邦と言う国家形態を築いている。そういう君たちはどこからここへやってきたんだね?》

 龍児は当然応えに窮した。

《それは…》

とその時、ぐい、と腕を掴まれ、彼はそちらを振り返った。小柄な大牙が片目をつぶって見せながら言った。

《うまいぜ、ここのメシ。早く来いよ》

村長はそれ以上追及せず、微笑みながら、

《ぜひたっぷりと食べていってくれ》

と言い残して帰って行ってしまった。

龍児は小さくため息をつきながら、大牙のあとに続きながら小声で言った。

「…助かったよ」

「お前は頭はキレるかもしれねえがよ、気を回し過ぎなんだよ。なるようになれ、だぜ。こうなっちまったらよ」

そして自分の隣に座らせると、何の肉かわからないにもかかわらず、それをむしり取るように食べ始めた。

「そうよ。とりあえず食べられる時に食べときましょ。それに、おなかが減ってるとろくな考えが浮かばないものよ」

珍しく大牙の意見と合致した朱音は、新鮮そうな野菜サラダとフルーツをもりもりと食べていた。

「これなんかうまそうじゃがの」

と、龍児の前に、玄人が料理の皿を差し出す。

 何かの根菜とベーコンのような切り身の肉が混ざった料理である。一口試しに口に入れた龍児は、その触感に意外性と旨さを感じた。ほくほくとしていながらシャキシャキ感があり、肉はいぶしてあるにもかかわらず、脂身がとてもジューシーだった。

 知らずのうちに二口三口と食べてしまってから、彼は思い出したように話を再開した。

「この世界は考えていた以上に文化的社会的レベルが高そうだ。もし僕らの船やダイジンオーが見つかったら、興味を持つことは確実なことになると思われるよ。何かに利用できないかとかね」

「船を見つけられて、バラバラにされるわけにはいかんのう」 

 と玄人がピラフのようなパラパラとした穀物と大きな肉の塊に挑みながら、ぶつっと言った。

「ああ、そうだ」

 龍児はテーブルの真ん中に惜しげもなく盛られているパンを取って小さくちぎりながら頷いた。

「どこまでレベルが高いかわからないけれど、もしもだよ、この世界が本当にファンタジー世界のようだとしたら、魔法が存在するかもしれない。魔法が介在したら、僕らの科学力も解明されてしまうかもしれないし、別の威力の高い何かに変えられてしまうかもしれない。だから……」

 と、言いかけた時、彼らの元に恐る恐るやってくる人影があることに気付き、食べることに夢中になっている大牙以外の者たちはそちらを見やった。それは、あの時の襲撃で腕に傷を負った青年だった。

《あの…さっきはありがとう…ちゃんと礼を言えてなかったから…あんたたちが来てくれなかったら、俺、やられてたかもしれない》

《そんな、かしこまらないでください。僕らは偶然行き当たっただけなんですから。それにこんなに歓待していただいてますし…》

 と龍児が謙虚に言うと、それまで興味津々で彼らを伺っていた村人たちが口々に彼らに話しかけてきたのである。

《ほんとにあんたら、あのゴブリンどもを素手で倒したってのかい?》

《あんまりこのへんじゃ見かけない顔だけど、一体どこから来たんだ? 東のシークレストあたりか?》

《あそこは冒険者がうようよいるっていうからな、海賊もだが》

《あの光のところにもいったんだってな? ほんとに何もなかったのかい?》

 龍児は困ったように肩をすくめ、

《はい、あそこには何もありませんでしたし、ゴブリンはたまたまうまく撃退できただけです》

 すると、飲み物を運んできた店主らしき者が興味ではち切れそうになっている村人たちを諌めるように言った。

《これこれ、そんなに一度に尋ねては冒険者殿が困るだけだろう? さあ、当店自慢のエールですぜ。ま、一杯やってくつろいでください》

 と、四人の前にどん、と陶器のジョッキが置かれたのである。そこには並々とビールらしきものが注がれていた。

 それまでひたすらに食べまくっていた大牙が、自然ななりゆきでそのジョッキに手を伸ばしたところで、朱音がぴしゃりとその手をたたく。

「あんた、未成年でしょ?」

「なんだよ、俺は水でも飲めってのかよ……」

 その時だった。ばたん、と扉が開く音がし、息せき切ったような村人が入ってきた。四人の視線が扉に向く。皆、食べるのをやめていた。そんな気配が漂っていた。その村人はごくりと唾を飲んでから言った。

《大変だ。ゴブリンどもが戻ってきた。この村に大挙してやってきてる》

 はたして、続いて宿屋の扉が慌ただしく開き、村長ユミルが深刻な表情で話しかけてきた。

《大変なことになった。先刻遭遇したゴブリンたちが大軍を引き連れて村に迫っているというのだ。あつかましいのを承知で頼みたい。村を守ってはくれまいか。相手は火を使う。それを使われたこんな村などあっという間に焼き払われてしまうだろう。どうか、この頼み、聞き入れてはもらえないだろうか》

 これで嫌だと言えるような若者たちではなかった。すでに大牙は拳を固め、指をぽきぽきと鳴らしている。

《その攻めてきたゴブリンですが、何体くらいなんでしょうか》

 と龍児が尋ねると、報告にやってきた若者が深刻に応えた。

《暗くてはっきりとしないが、40以上はいるみたいだ》

「40か、ちと多いのう」

 玄人が思案深げに言い、

「…武器はいるかもしれん」

「だが、武器を使えば、よりそれだけ僕たちの存在が特異なものになってしまうよ」

 と龍児が釘をさす。しかし、これに対し、朱音が反論した。

「でも、火が使われる前にどうにかしないと、こんな小さな村、あっという間だわ、確かに」

「俺たちのことより、ここの人たちの方が大事なんじゃねえか? もし俺たちがなにもんかばれたら、その時考えりゃいいじゃんか」

 大牙も賛同する。龍児は肩をすくめ、コミュニケータに向かって言った。

『ボス、お聞きになっていた通りです。武器の転送は可能ですか?』

 キリルはやや間をおいてから応えた。

『できるとは思うが、リュウの懸念ももっともだ。今後は良くも悪くも君たちの存在はハイライトされていくだろう。十分に注意することだ。武器の転送は『霊獣チェンジャー』にインターフェースを挿し込めば可能にしておく。ちなみにパワースーツの方はまだ再構築が終わっていないのでまだ使用不可だ』

『ラジャ』

 四人が頭を突き合わせてキリルとの交信をしている最中にも、別の若者が駆け込んできてい、村の危機を知らせていた。

《厄介なことにホブゴブリンリーダーが軍勢を率いています。スリング持ちのゴブリンも多数。麓の方のゲートに迫りつつあります》

《リーダー? 統率されているのか?》

 と村長の顔色が厳しく極まる。報告に来た若者が動揺を隠せずに何度も頷いた。

《今回の襲撃はいつもとは違います、村長。こんなにまとまりのある連中は初めてです!》

 すると、大牙が短絡的に言葉を差しはさんだ。

《この村ん中に入れなきゃいいんだろ?》

 村長と若者の視線が、大牙の短躯に向けられる。その眼差しにはありありと信じられないという色が浮かんでいた。確かに、大牙は小柄で、そのような発言をするには役不足に見えた。

 村長は言った。

《しかし、君たちは丸腰だ、さすがに40近い統率されたゴブリンの大軍を相手にするには…》

《でも村人だけでも無理でしょ? 任せといて、村長さん。それに、早くしないと、どんどん敵は近づいてきているのではない?》

 と朱音が実際的に言う。この際、どんな手も借りたい状況なのは確かだった。村長は深々と頭を下げて言った。

《本当に感謝する》

《俺たちゃ冒険者だからな、気にすんなよ》

 大牙は気の置けない様子で言うと、最後の一口を口の中に放り込んでから仲間たちに言った。

「さあ、パーティといこうぜ?」


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