短編-恋に盲目ですみません-
2人の年齢を詳しく設定していないので誰でも入り込めます。ありきたりな話でもリアルにかつ身近に心情(女心)を描いているので、どうぞ主人公に思いを乗せてください。
・恋に盲目女子1
私は今星を見ている。視界の左上に月も見えるが、今日は明るすぎるから引っ込んでもらおう。何せ今日の主役は隣に座る異性だから。眼鏡をかけたさえない潔癖症の男だが、それにまさる優しさと無邪気さに私はいつからか惹かれていったのだ。片思いだが、私は慣れっこだ。自分の胸の鼓動に気づかれないように相手の体温をそっと感じながら、たわいも無い話をして星を眺めている。
途中で眼鏡を奪ってみた。こんなじゃれあいも私には意味のある行為だ。そっと肌に触れ、肌に触れられ、これ以上心が湧き上がるようなものはないだろう。
眼鏡を奪われたのにぐちゃっとはにかむ笑顔にキュン死に寸前だ。
そっとその眼鏡をかけた。星なんて歪んで見えない。でも、レンズの指紋だけはくっきり見えた。いったい誰の指紋なのか。断じて私ではない。潔癖症の彼の眼鏡に指紋なんてつけない。彼も潔癖症だから普段丁寧に拭き取っているはずだ。では誰の指紋なのか。
いっそ幽霊の仕業にしてしまいたい。だって胸の隅においやっていた可能性が現実的にも頭によぎる。そして私に訴えるのだ、あの女の指紋だって。そう、彼が思いを寄せるあの子だ。彼はあの子によく眼鏡を貸す。接触を図るための口実か、単なる好意でか。
私は彼にそっと、指紋ついてるけどいいの?と聞いてみた。はにかみながら、いいの、と言う彼にただただ笑顔で、そっか、と返す他なかった。
ちょっと彼と距離をとって、その眼鏡をかけながら星を見る。元から星は歪んで綺麗に見えなかったが、
あの子の指紋が視界にはいってなおさら見えない。距離をとったのにいっそう彼の体温を感じてしまう、胸が熱くなる。なのに、目の前のあの子の指紋で顔は冷え切っていく。つらい、どっちかの感情に偏ればいっそ発散できるのに。
月はまだ明るい。もう視界を月の明るさでかき消してもらう他ない。私はあの子の指紋を同時に頭からもかき消した。ああ、私はやってしまったと思った。
あの子の指紋を消して残るのは、彼の体温だけ。この胸の熱さだけがのこっていること、かれのことしか考えてない脳みそ、全身で恋をしていることに対する快楽。だから片思いでもやめられないのだ。
彼が慌てながら私に聞いた。どうしたの?なんで泣いてるの?と。そっか、私は泣いているのかと気づいてしまうと余計に止まらない。何もかも。気持ちも涙も。でも、必死に口角を上げて、大丈夫、星が綺麗すぎて、なんて言って。彼が安心しつつも、何それ、って私の顔を見ながら笑ってくれることにまた心地よさを抱く。私は涙と眼鏡と月の明るさでもう彼の顔すらはっきり見えない。盲目だ。もうこのまま恋に盲目でいさせてください。そんなことを思ってしまった。
彼は、なにがあったかは知らないけど、と言いながら私の頭に手を置いてゆっくり動かす。なんてことをしてくるのか。私はもとの胸の熱さと、彼の手から上から全身に広がる熱さでもう押しつぶされそうだ。耐えられない。そんな私は彼の手を振り払って、構わないで、と反抗してみた。彼は驚いたように私の目を見つめている。確かに、私の感情なんて知ったことではないのだ。私は勢いよく立ち上がった。彼に眼鏡を返して今のことを謝って、さあ帰ろう、そんなことを考えていると、彼が下から私を見上げて手を握ってきた。
一旦落ち着こう、と彼はやり場のない驚きをまだ残しつつその笑顔で言う。
我ながら驚く程に素直にそのまま座った。手を握ったままだ。これは離すタイミングを失っただけなのか、故意に離さないのか分からない、もう何も分からない。
でも、彼の手の温もりで一旦落ち着いて、眼鏡を返した。辺りも静かで、何も起こるはずはなかったのに、何を血迷ったのか、私は彼にキスをした。落ち着いたと思った感情なんて見せかけで、熱い思いが麻痺していたのだ。いや、麻痺と言う名のなげやりか。
一番驚いたのは眼鏡を外して、彼で視界をいっぱいにしていたのに、はっきり見えていたのに、後先考えない行動をとってしまったことだ。その時の環境のせいではない、私自身がどっぷり恋に盲目なのだ。
彼は私からそっと離れて何も言わずうつむいている。たかが口と口が触れ合っただけでも感情が伴うとリスクを負うことになってしまう。私もどうして良いかわからず、またね、と言って歩き出した。彼が、待って、と咄嗟に言った。が、私は、今のはアメリカ式別れの挨拶的な感じ、とはちきれるまで口角を無理に上げて笑った。また、ばいばい、と告げて立ち去るしかなかった。彼はこれを聞いて安心したのだろうか、それもそれで苦しいとも思いながら、どこに向かって歩いているのかもわからず、自分自身の言動も分からずにいた。私は盲目すぎる。それで彼に嫌な思いをさせたかもしれないと考えると、もうやりきれない。
今は月に頼るしかないのだ。