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森の魔女になった悪役令嬢の親友とフクロウ騎士

作者: 笠岡もこ

「ミス、アピス。ご苦労でした。この一件が無事片付いたのは、貴女の功績だ」


 冷たい石畳に座り込む私に差し伸べられたのは、ごつい騎士の手だった。

 寒さに凍える私に差し出されたマントと大きな手。どちらを取るべきか、そんなのは明白だ。騎士は吸い込まれるほどの紫の瞳をまっすぐに向けてくる。闇夜でさえ異彩を放つ黒髪に見とれない者はいないだろう。


「えぇ、ありがとう。魔法騎士団の分隊長様」


 その騎士に対して、私は至極可愛くない引きつり笑顔を向けた。そして、マントをかっさらうように手にした。

 ついでに、差し伸べられたままの右腕には、薬草を染み込ませたシップを音を立てて叩きつけておいた。

 傷口にひどくしみたのか。一見優男に見える屈強な魔法騎士は身を震わせ、唇を強く噛んでいる。

 その様子があまりに胸を締め付けてきて――私は、彼以上に唇を嚙みしめた。


「では騎士殿。私の大事な親友――ルーナを、きちんと送り届けてくださいませ。ごきげんよう」


 震える足を叩いて、騒然とする現場を後にした。生まれて初めて抱く、苦みをともに。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ここミオソティス王国は魔法が盛んな国である。生活のありとあらゆる場面に魔法が息づいている。が、魔法がどんなに発展していても応用には限界がある。事象を起こす魔法のその先に、人は憧れ続ける。

 それゆえに、『先占い』と呼ばれる能力が重宝されている。『先占い』とは特定の分野について、まさに先を占うだけではなく、実際にいくつかの未来を視ることができる能力だ。ほとんどの場合、その能力は国家に影響を及ぼすものであり、国家に保護されるものだ。


 『けれど』と、私の身の上を説明するには、その接続詞が必要となる。

 私にも貴重な『先占い』の能力は備わっていた。だがしかし、私の能力は利用価値がない分野のソレ。

 この世の中、役に立つ『先占い』とはまさに、『政治』や『経済』もしくは『駆け引き』についてだ。

 私ことアピス=フォリウム、現在十七歳、性別女性に宿っていたのは、『恋心』に関してのみの先占いの能力だったのだ。

 うん、わかりにくい? なら、私の両親を具体例として説明しようか。


 私は伯爵家の長女として生を受けた。長女と言っても兄がいる。母は、有能な調合魔法師の家系の出だ。深紅の瞳に紅の長い髪、容姿普通、魔力学力ともに平均。多くの敵を作らなければ、かといって、友人が多いわけでもない。平凡中の平凡とは私のことだろう。


 さて、先述した私の能力。これが、二年前に家族を離散させてしまった原因となった。

 当時、父は浮気をしていた。これが軽い愛人程度であればよかった。貴族の男性が芸術家のパトロンになることも、愛人を持つことも割と普通だ。

 ここで問題になるのは、私は先占い能力は『恋愛』を視るもの。

 幼い頃から、それは周知の事実だった。私は物心ついた頃から、母に茶会につれられ、余興という形で先占いをさせられていた。だから、それが喜ばれる能力だと勘違いしていたのだ。


 つまり、私が視たということは、父は浮気相手に本気だということ。そこに『恋』というか、『心』がなければ私には視えないはずだから。

 相手は父の幼馴染である男爵家令嬢。まぁ、そのなんだ。彼らは母と政略結婚する前まで恋人であり、私が五歳の頃に再会した際、いわゆるやけぼっくりに火がついたらしい。


 父は兄を随分と可愛がり、『政略』にも『経済』にも役に立たない中途半端な先占いの能力を持った私を倦厭けんえんしていた。

 それは最早、嫌悪と表現しても良かったかもしれない。両親が離縁した後に祖母から聞いた話では、父は私が薬学や魔法を習得していくのが特に気にくわなかったそうだ。兄様に魔力がなかったせいだろう。父はとにもかくにも兄様が第一の普通の貴族だったのだ。

 付け加えておくが、兄はこんな私にもずっと優しいし、剣術や学術にとても秀でている! おかげで、コネとかではなく実力で若くして魔術学院のマスター職(名誉ある特別教師)にも就いている。


 大好きな兄様のことでちょっと興奮してしまったが、話を戻そう。

 当時、ちやほやされていた(貴族のご婦人やご令嬢のおもちゃにされていたのだと自覚したのは、もっと大きくなってからだった)私は、久しぶりに会った父に褒めてもらいたかったのだと思う。愚かな子ども心というやつだ。やたらと機嫌が良い父に抱き着いて、満面の笑みで口にした。


「わたし、お父さまの優しいとこを視たの。わたし、お茶会でもすごくほめられるくらい、先占いの的中率があるんだよ! でも、ちゃんと秘密にできるから。だから、わたしのお願いいっこだけ聞いてほしいの!」


 次の瞬間、私に降りかかったのは秘密を共有できる喜びではなかった。気が付けば、私は床に伏し、荒い呼吸と激しい頬の痛みで身を強張らせていた。

 傍に控えていた筆頭執事が私と父の間に入り、必死になにかを口にしていたが、私には父が浴びせる罵声しか聞こえていなかった。

 確か、「やはり名誉目当ての下女の娘は、下品なゆすり女か!!」とか「父を揺するなど、下劣な先占い能力しか持たぬ娘らしいな!!」と唾を吐かれた覚えはある。


 違うのです、とは言えなかった。口の中が切れて、血で、痛みで満ちていたから。

 私が願ったのは、お父さま――。ただ、頭を撫でて欲しかった。一緒にお気に入りの本を読んでほしかった。涙の向こうに思っても、それはすでに遅かった。言葉で伝えたかったのに、私を庇う母と兄の言葉に、私の想いは優しく押し込められたのだった。


 今となってはそんな愚かな願い忘れてしまいたい。そんな愚かな願いで、私は家族を崩壊させたのだから。


 その事件が母方の祖父母の耳に入り、数年をかけて両親は離縁した。仮面夫婦を続けるという手もあったが、よっぽど父にとって私は気持ちの悪い存在だったのだろう。彼は別居でもなく、離縁を望んだ。多額の手切れ金を払っても。

 それがきっかけ、とは言いすぎだが、母が私に声を掛けることも少なくなった。母は弱い人だったから、きっとずっと父の浮気を見ぬふりしてきたのだろう。だからこそ、父が可愛がらなかった私を茶会に持ち出し、どんな程度でも認めさせたかったのだろう。

 そんな母も、離縁から数か月後に亡くなってしまった。聞けば幼少の頃からの病のせいだという。


 正直、私は魔力や先占い能力があるとはいえ、役に立たない。単なる色恋沙汰にしか視えないから。

 また、一次は戦争の影響を受けていた父方の伯爵領も、その時にはすでに復興しており、母方の援助に頼る必要もなくなっていたので、殊更離縁に反対するものは少なかった。


 そうして、私は魔術学院七年生である十六歳の誕生日に、中退せざるを得なかった。卒業を一年後に控えた暑い季節だった。


 兄様は伯爵家に引き取られたが、私は母方に引き取られた。魔法学院はとにかく学費が高い。もとより、貴族以外は通うすべはない学校だ。嫁である母方のこともあって、私は地味ないじめにあっていた。惨めな子、通う価値がない子と。だからこそ頑張った成績も姿勢も、なにもかもが、裏目になる要素でしかなった。茶会の噂も。


 ただ、そんな私にも一人の親友と何人かの友人がいてくれた。

 親友ルーナと出会ったのは魔術学院に入学して間もない時だった。入院式直後、従者と離れ中庭に迷い込んだ時、四人の少女に囲まれ蹲っている彼女がいたのだ。なにやら囲んでいる少女が大きな声をあげていた。正直、私は関わりたくなかった。怖いと思ったから。

 でも。両手を覆っていた小さな少女と目が合って――全身の血が沸いたのだ。この子を守らなきゃって。その後は、まぁ、力づくといえよう。だって、私は全力で少女――ルーナを囲っていた子を全力で叩きのめしていたのだ。はい、私、魔力以外にも、兄様直伝の腕力と体術には自信がありました。徹底的に、体術で叩きのめした。だって、相手が上級生男子を使って力でねじ伏せようとしてきたんだから、当然の対応だ。


 その子たちを他の子たちの前でねじ伏せて、謝らせた。ついでに、文句あるなら今後もかかって来いっていったっけ。子どもだから言えたことだ。

 そして、翌日はなぜか王子が助けてくれた。腕力型の私が気に入ったってね。当時の私はまったくありがたくないうえに、さらなる恨みを買うからやめてくれって思ったけど、ルーナが王子を気に入っていた様子だったので口を出さなかった。

 それ以来、私たち三人はいわゆる幼馴染ポジションになった。


 蹲っていた女の子こと、親友ルーナは聡明で凛々しい侯爵令嬢だ。父上であるベッリス・ペレッニス卿は、数年続いた隣国との戦の総督として戦場を指揮し、見事我が軍を勝利に導き、かつ敵将からも尊敬されるような立派な人物だ。

 ルーナも大貴族の長女として英才教育を受けてきた。一方私は伯爵家に生まれながら、母と一緒に薬草園で土いじりをしたり、兄と一緒に領地の子どもと駆けまわったりするのが好きだったお転婆娘だ。父も、兄にこそ「領民の生活をしるにはその中に入ることは重要だ。が、線引きは適切にせよ」と言い聞かせこそすれ、もともと娘である私には興味がなかったので、特に注意されることもなかった。

 出会った当初こそ一人が好きな気の強いツンとした印象だったルーナだったが、徐々に仲良くなった。学院でも一緒に薬草園や図書館、乗馬に魔法実践学と、演習に積極的に参加するようになった。

 彼女はさばさばしていながらも、情に厚い子だ。あまりに綺麗な顔立ちからつんとしているる勘違いされることもあったが、仲良くなった同級生には「ルーナ様は言葉とは違い、とてもお優しいの」と微笑まれる子だ。本当にね、可愛らしいのだ。


 さてさて、そんなツンデレルーナと勝気な私は、このぼんくら王子に好かれたのを転機に、浮きまくることになる。

 なにがぼんくらかって。この王子、ルーナを婚約者にする宣言をしたところまではいい。うん、まだ我慢できる。が、本気で二人一緒に王子の後頭部をぶっ叩いたのは(不敬罪にあたるので、あくまでこっそり。護衛からは叱られたが、当の王子が喜んでいたので不問にされた)、十五になった時だ。


「ルーナやアピスのいうことは絶対だ。君たち、とくにルーナに逆らうことは、我が国家に反することと思え」


 はい、まぁ、えぇ。ルーナと私はずーんと打ちひしがれましたとも。その明々浪々とした宣言の後、幼馴染二人は泊まり込みでお茶会を開いた。もとい、相談会だ。そこにルーナの親類のお兄ちゃんも混ざってもらったよ。これがまた、すんごい良いお兄ちゃんだった。詳細は覚えてないけど。

 その後も、王子の行動は裏目に出続ける。ルーナが王子の傍で微笑めば、それが全部彼女の意志だと思われるくらいだ。彼女は王子の立場を考えつつ、実際困っていて、後にどう王子を説得するかを考えるような聡明さを持っていた。のに対し、王子は本物のバカだった。

 幾度となくルーナに婚約破棄できないものかと迫ってみたが、彼女は「ある程度まではシナリオ通りいかないと」と呟く、の繰り返しだった。いつだったか突っ込んで尋ねると、鬼気迫る笑顔で「こっちのことよ」と返され、私はその迫力に冷や汗を流すばかりだった。

 謎発言は置いておくとしても、ルーナは婚約者になることを運命と受け入れていても、おばかな彼に惚れていることはなかった。だから、私は彼女のために何かしたかった。


「どうする、ルーナ。馬鹿王子の発言、放っておくとためにならないと思うけれど?」

「わたくし、馬鹿王子よりも、アピスの状況の方が気になるわ」


 ルーナは察していたのだろう。学費も階級を重んじる学院で、伯爵家からはずされた私が学院をやめることを。実際、退学手続きを進めている最中だった。親友には内緒にしたかったのだが、それが寂しいじゃないと叱られて、正直嬉しかった。

 ただ、私はルーナが大好きなだけで、別段魔術学院自体に未練はなかった。個人的には、魔法も専攻の薬学も祖父母に習った方が断然ためになった。机上の学に重きを置いている学院よりも、実際の薬草や患者を前に学べる家業を手伝った方が、学的にも患者さんに寄り添えた。患者さんの喜びと悲しみに添えることこそが、私の喜びだったのだ。


 まぁ、そこそこ仲の良い友人たちもいたし、なによりルーナの傍を今離れるのは辛いというのはあったかもしれない。

 そうなのだ。数か月前から、ルーナ一筋だった王子にちょっとした変化が見られた。変化としては大歓迎なのだが、いかんせん、あの盲目王子のことだ。心変わりしたあとにルーナに悪影響が出るんじゃないかってね!!


 私の心配は的中した。


 あの馬鹿王子は見事に男爵令嬢に恋に落ちた。それはそれはルーナに対して以上に、盲目的に。

 私の先占い通りだった。

 ただ、そのことは事前にルーナに率直に伝えていたけど、当のルーナは割と冷静だった。

 さてさて、その王子に惚れられた男爵令嬢ただの天然ぽやぽや系じゃないと思うのだ。あんまり公には言えない感じだけれど。

 ぶっちゃけ、王子側からの先占いは視えたが、肝心の男爵令嬢側からの気持ちは視えなかったのだ。これは男爵令嬢の政略的な部分もあると思えたので、ルーナに王子に進言してはと伝えた。が、彼女はかんらかんらと笑った。


「いいのよ。わたくしは、むしろそうであって欲しいのだから。あとは、どう、父様や母様、弟妹に迷惑をかけずにいられるかというのが重要なのだから」


 当時の彼女はすでに何かを悟っていた。私が真剣に怒ると、きまって彼女は私を抱きしめた。それにさらに怒ると、困ったように頭を撫でてきた。

 

 ここで最悪の事態を迎える。何がって、私がすでに学院を辞めさせられた時に、ことはおこったのだ。学友が言うには、口うるさくルーナや男爵令嬢について苦言を呈す最後の砦となっていた私が中退したことにより、王子の言動はひどくなったらしい。彼や男爵令嬢の行動について少しでも非難の声をあげるものは即罰せられた、とのこと。

 そんなぴりぴりとした空気の中開かれた舞踏会。退学した私もまだ貴族籍にあるということで、一応誘われた。本来であれば辞退するところだが、公表前ということもあり伯爵家に残った兄に頼み込んで出席した。兄はルーナについての事情を踏まえたうえで快諾してくれた。兄様大好き!!

 ので、そこで思う存分、男爵令嬢の卑怯さを語り、うちの可愛いルーナについて語らせてもらった。あくまでも、そこはかとなくね。相手の言葉に反論する程度に。そもそも、男爵令嬢がルーナを貶めるために色々図ってたのは知っていたから! うちのルーナの可愛さと優しさを差し置いて有力者を取り込めると思ったのか!!

 私がすこぶる鬼の形相だったのは後々有名な話となる、らしい。笑う鬼とはアピスと言われるくらいだったらしい。上等だ。


 という事情もあり、私は今、一人穏やかに森の奥で魔女をしている。

 ちょっと話が飛びすぎただろうか。もともと、目を掛けてくれていた祖母の家には姉の妹という後継者がいた。が、叔母さんは幼い頃から面倒をみてくれていたので、いわゆる、のれんわけをしてくれたのだ。私は魔女の名の元、なんとか仕事をもらえている。森の奥の方が昔ながらの魔女っぽいという馬鹿げた発想も、割と功を奏している。雰囲気というのは大事だ。


「アピスは満足でも、わたくしは納得いかないわ」


 とは、親友ルーナの言葉だ。

 っていうか、令嬢なのに、森の奥の小屋で肩ひじついて悪態つくのか。この侯爵令嬢は。

 そんなつっこみは今更だ。魔女特有のリラックス効果のあるハーブを口にすると、私もルーナもほわわんと微笑みあう。

 あまりにも柔く微笑む私たちに、いつも彼女についてくる騎士は、彼女に見えないところで口をおさえた。

 銀髪碧眼の彼はルーナ付の騎士ヘリオス。私たちは、彼が騎士見習いの少年の頃からの付き合いだ。大人っぽいのに、時折子どもみたいに変なところで頑固になる騎士が、私たちは大好き。侯爵令嬢として申し分ない振る舞いをする彼女も、彼と私には我侭が言えたようだ。そして、彼も私も、ルーナの我侭、というより甘えて貰えるのが嬉しかった。けれど、それを我侭令嬢だなんて揚げ足を取る人が多かったのも現実。というか、ルーナが他の使用人や学友を困らせたり嫌がらせしたりしたことなんてないのに……。目が節穴だらけで困る。


 今更過去に怒っても詮無いことなので、今問題なのはこの二人の関係。

 私から見たら両想いにしか見えないのに、なんでくっつかないんだこの二人。ルーナってば、王子よりよっぽどこの人好きだったよね? しかも、ヘリオス様もルーナのこと大好きすぎて学院時代からおかしかったよね。はぁぁ、この二人について語りたい。

 気持ちが視える私からしたら、本当にもどかしい。

 席に着けと言った私に遠慮しつつも、同意するルーナに蕩けるような笑みを浮かべるヘリオス様が憎い。言えばいいのに。言える立場なんだから。


「アピスは、自分のことはみえないの? せめて、気になる人とか。わたくしアピスと恋の話ってあまりした記憶がないけれど」


 そう問われて、私はなんだかしょぱい気持ちで親友を見る。


「今は恋よりも、ごはんが食べられるような話の方が大切なの。それにずっと言っているでしょう?」


 先占いは、自分については視ることが出来ない。


 これはどんな種類の能力であれ、先占いに共通する常識だ。それが、絶対条件なのだ。つまり、私は永遠に自分に関する好意については視えない。

 

「私のことは置いておいて。ルーナの周りも落ち着いてきたようで安心した」


 とはいっても、当時から怒って泣いていたのは私の方なのだが。

 だって、親友がじわじわともどかしい追い込まれたのだ。悪く言われたのだ。男爵令嬢に散々嫌がらせをしたのだと。例え、最後の一言が彼女の尊厳を守ったとしても、彼女が受けた批判は納得がいかない。


「でも、アピスが根回しを手伝ってくれたから、なんとか悪役令嬢にはならずに、悲劇の令嬢になれたわ」


 あっけらかんと笑う親友。私は色々腑に落ちなかったが、一番疑問なのは「悪者」ではなく「悪役」なのかと首を傾げた私に、彼女はそうなのよと楽し気に笑ったことだ。

 「だからこれが私にとっての第一幕ハッピーエンドなの」と手を握られた。よくわからなかったけれど、ルーナがはしゃいでいたからいいかと思えた。

 友人のことが一件落着し、私も心置きなく森の奥でひっそりと魔女として生きる――と思っていたのだが、まぁ、そこはルーナや兄様がなかなか許してくれない。女性一人でこの森の奥に住むなんて危なすぎる、と。

 確かに、と思わなくもない。いくら我らがミオソティス王国の治世が安定していて(王子はあれだが王はまごうことなき賢王なのだ)、特に王都付近は森とはいえ賊も少ない。  


 とはいえ、少ないということは皆無ではないとは兄様のお言葉だ。王都近隣の大都市周辺が領地なので、王宮のパーティーや謁見にそれなりの頻度で訪れてくれるので、私は割と安心なのだが……兄様は逆に「それなりしかこれないじゃないか!」と頭を抱える。ルーナもルーナで、学院卒業後はお父上の領地で政を手助けするらしく、今のように頻繁にあうことは叶わなくなるらしい。それはとても寂しい。

 

 そんな時、森の賢者とも呼ばれるふくろう、しかもシロフクロウを拾った。見つけたのは森深くの遺跡の泉付近。麻痺に効く珍しい薬草が生えているらしく、一人訪れた際だ。最初見つけた時は私の身長の三倍くらいある、もふぁーとした体で泉に半分顔を浸していた。大きなフクロウが白目で泉という棺桶に片足突っ込んでたら、だれでも驚くだろう。

 慌てて駆け寄り触れた瞬間、フクロウは手のひらサイズに縮んだのだ。可愛すぎるだろぉぉぉ!! 掌でもふもふと羽を動かすフクロウちゃん!

 魔女といえばふくろう! なんてベタだと思わないで欲しい。この子、本当に賢いのだ。一番最初に感じたのは、「瞳が澄んだエメラルドグリーンだから、宝石ジェンマってどう?」と尋ねた際、あからさまに「安直じゃないかい」という表情をした。ように見えたのではなく、本気で眉間にしわが寄ったのだ。可愛い。不機嫌なふくろう、なんて可愛いんだ。

 その後は、薬草を煎じる際に私が口にする薬草を運んでくれたり、肌荒れやむくみがひどい時にはドクダミの瓶に飛びついたりして飲むように勧めてきたのだ。魔方陣や薬草レシピを書く際に使用する羽ペンが切れた時には、自分の羽軸を加えてプレゼントしてもくれた。


 この子、できるふくろうだ。ほんと、できるふくろう。

 

 夜、寂しくてベッドで少し泣いてしまった時には枕元で、ほぅーほーと鳴いてもくれた。これは慰めているよりも、夜行性ゆえの行動だとは思うけど。慰められていると思うくらい、許されるだろう。実際、ちょっと煩かったけどね。それまで一人だったから。

 かくして、私とジェンマの生活は約一月半ほど続いた。一週間たった日に一日どこかに行ってしまった以外は、ずっと一緒に過ごした。それはそれは楽しい生活だった。


 そうして、別れは突然やってくる。それはジェンマの口ばしを削って整えていた時のこと。くちばし型に通っている血管を傷つけないように削っていると、ジェンマも嬉しそうに身を委ねてくれていた、と思う。「ジェンマ、もううちの子になったらいいのに」と頭を撫でると、彼は目を見開き、しばらく首をくるんくるんと回し始めた。え、なにこれ、獲物を狙っているのだろうか。なぜ今。一瞬、気を許した私を捕食するつもりかと考えたら、幸いなことに私以外の方向を向いている。

 そして翌朝、ジェンマは姿を消していた。


 というわけで、愛するジェンマを失った私の元を、ルーナは卒業試験が忙しい合間を縫って、会いに来てくれたのだ。持つべきものはルーナだ。この子の不思議なところは、魔法球や手紙でのやりとりをしていないのに、私が落ち込んでいるタイミングで会いに来てくれる、探しに来てくれる。これまた、一度「ルーナは追跡魔法でも使えるの?」と尋ねたところ、「わたくし、アピスには引かれたくないから内緒にさせて」とウィンクされた。割とカミングアウトしている気がするが、ルーナに救われているのは事実なので流しておいた。


「ねぇ、アピス。意識を飛ばしていないで、わたくしの提案を真剣に考えて欲しいのよ」


 目の前で、普段は見惚れるくらい整っている美人が、ぷくぅと頬を膨らませている。可愛いなぁと、やはり、見惚れていると強めに額を突っつかれてしまった。


「さすがルーナ、まさに今、脳内時間旅行をしていたの」

「もう、茶化さないで! 脳内時間旅行は寝る前にベッドの中でしなさいな。わたくしが今日きたのは護衛の話をまじめに考え欲しいからでしてよ!」


 ルーナがこんな口調になるのは、お説教モードに突入している証拠だ。


 ルーナ曰く、婚約破棄されたルーナの取り巻きだと思われていた私に男爵令嬢のいやがらせの手が及ぶ可能性があるというものだ。ぶっちゃけ、そんな美味しいネタの人がいやがらせしてくるなら、世間のルーナイメージ払しょくの材料にするしと、元伯爵令嬢にあるまじき下品な調子で笑ったら激しく怒られた。普通に報復の材料にするだろう。

 意気込んだ私にルーナは呟いた。狙いはルーナと私をゴシップにしたいのだと。それにあわせ、私の一族が秘伝の方法で育てている希少な薬草と栽培法を手に入れ、敵国への手土産にしたいのだと。


 あぁ、と思った。私の家系は薬剤に特化している。王子の幼馴染として狙われるのも十分な理由だ。それにきっと、父や親類には実家である伯爵家を追い出され、学院を中退し、人生のどん底にいる私(と思われているだろうから)が、父に復讐したいと思われていてもしょうがない。兄様や一部の使用人たちは、それがないと――私が自由を満喫していることを承知してくれているけれど。


「実際、ふくろうちゃん――ジェンマがいた一カ月半は、おかしなことがあっても、被害はなかったのよね?」


 向かいのお客様用ソファーにかけているルーナが、鼻先まで身を乗り出してきた。ふんわりと踊る桃色の髪が、窓から差し込む昼下がりの日差しをうつし美しい。


「そうなの、ジェンマ……どこいっちゃったのかなぁ。私のこと、嫌になっちゃったのかな」


 ぼんやりしていると、追撃でもう一度額を押された。後ろのヘリオス様が「ルーナ、お嬢様、はしたないですよ」と注意すると、しぶしぶといった様子で腰を落としたが。心なしか名前の部分が強調されていた気がする。ラブ全開ですね。のほほんと見つめると、二人同時に大きな咳ばらいをされてしまった。


「そろそろ、客人がいらっしゃる時間ですね。お嬢様、失礼いたしましょう」


 ちょうど魔法砂時計の砂が落ちきり、音楽が流れたのと同時だった。ヘリオス様の言葉に、ルーナはため息交じりに立ち上がった。

 見送るために二階から一緒に降りていると、玄関につけてあるガラス細工のフウリン(東洋の魔法!)が鳴っていた。これは菜園と玄関の間にある石畳が人が歩いている足音にあわせてなる。鳴り方である程度、その人がどんな心持でここを訪れているのかがはかれる。これは少し緊張している足取りだが、軍人のそれだ。まぁ、ルーナのお迎えで、専属の女家家庭教師ガヴァネスだろう。彼女の周りには特殊な経歴の人がとにかく多い。今更驚いてはいられない。


 が、玄関から現れたのは、森奥の木造りの家に似合わないようなキラキラに輝いた騎士だった。妖艶な程艶めいた紫色の瞳が、長めの黒い前髪の奥からこちらを向いている。艶っぽいのに爽やかとか何事だ。人類の美醜の概念を超越している程にもほどがある。

 混乱している私は相当すごい顔をしていたらしい。「アピス、どんな顔ですの」とルーナに呆れられてしまった。きっと、ルーナが教えてくれた『へのへのもへじ』というやつになっていたんだと思う。なんですか、この空間。私以外は美人美形揃いじゃないか。ここに兄様がいたら完璧だろうな。兄様、次はいつ会いに来てくれるだろうか。


 現実逃避よろしく、私はへのへのもへじのままよろついた。所詮、へのへのもへじだ。あまりに輝かしい空間には慣れない。


 長身で細マッチョな騎士は軽装だ。見てすぐわかった。これは魔法が編み込まれているが、騎士の平服だ。蒼を基調としたロングコートがやたらと似合っている。フウリンの鳴り方や仕草からして、美形だけではなく中身が伴っている方だ。


「私はウルラ=シードゥスと申します」


 声を耳にした瞬間、反射的にカーテシーの姿勢をとっていた。彼のオーラがなせる業だろうか。そうするのが正しいと思ったのだ。なんだ、この人の迫力。

 ちらと見上げた彼はにこにこと微笑んでいたが、圧倒的な魔力に私は再び瞼を伏せるしかない。なんだこの人。ちょっとは魔力を押さえる努力をして欲しいものだ。


「なんだか、私に言いたいことでもあるのかな」


 そう騎士に問われて、なぜかルーナを見ていた。彼女は何故かにやにやと微笑んでいる。知らない者が見たら腹黒く見えると評判の、黒い笑みだ。

 残念ながら、私にはただ単に愉快な時に浮かべる笑みだとわかってしまう。ので、盛大にため息をついておいた。これくらいは許されるよね。


「故意的とは存じますが、あまりにも威圧的な魔力、どうぞ制御してくださいませ。魔女の森ではあぶのうございます」

「あぁ、あまりに強い魔力は薬草を枯らすから――」

「薬草も人の命となるものですし、なにより、森の動物たちが怯えます。わたくしの生活は、森あってのもの。森の命を脅かすことは、魔女を敵にまわすことと自覚しなさいませ」


 きっと彼を睨みあげる。

 この森の生物は優しい反面、魔力に対して臆病だ。だから、私は守りたい。いや、守りたいなんてのは自己満足だ。共存できるよう、人である私が人の侵略を防ぐべきなのだ。


「わたくしに対しての『威嚇』はともかく、森には森の掟や礼節がございます。森の魔女であるわたくしの友ルーナに仕える方ならば、ご自分が持つ能力と影響をご自覚なさいませ」


 第一印象は最悪だったと思う。睨みあげたシードゥス様には思い切り視線を逸らされたし。その後、ルーナがなにやら言っていたが、フォローされているシードゥス様当人はずっと口元を押さえて、そっぽを向いていた。おい、人の顔を見なさい。

 そうイラついた数分後、ようやくシードゥス様は私に向き直り、膝を折った。


「改めまして。本日よりアピス嬢の護衛の任を賜りました、ウルラ=シードゥスと申します。年は二十歳になりました」


 と、名乗ったまでは相当にかっこよかった。

 が、なんせ昼時。


――ぎゅーぐるぐる――


 軽装にこれまた軽そうな剣をひとつ下げた彼。作りすぎた大鍋のシチューを見たシードゥス様の、美形からとは思えない腹音にほだされてなんかいない。断じて。ルーナたちが帰った後、大皿三杯分を美形を崩して(それでも、すごく可愛かったが)まで嬉しそうに平らげてくれたのなんて、友好度に影響なんてしないない。採れたての獅子肉が大層気に入ったのか、その日中に彼が狩りを手伝ってくれたのだって、感謝なんてしていないぞ。


 薬草を選別する手つきがすこぶる慣れているとか、煎じる道具の使い方がうまいとか、加護をつける魔方陣を瞳きらきらと見てくる姿が微笑ましいなんて思っていない! 特にね、加護を付ける時、薬草や魔方陣を愛しく見てくれる人なんて、そうそういなかった。

 

 それは『聖女』がするものであって、魔女が施すのは気持ちが悪いという人さえいる。私が両親たちに疎まれていたのは、実はここにも理由がある。中途半端な先占い能力と、聖女まがいの魔法。だから、私の最初の頃はシードゥス様には必死に隠した。この能力を。

 でも、なぜかその能力はいつの間にかばれていた。あげくなぜか、


「有能な能力を隠したり遠ざけたりするのは罪ですよ。特にアピスみたいな卑下的などうしようもない理由なら」


 と、どSな視線でため息をつかれたのだ。なんだよ、あんたはルーナか! ルーナが憑依しているのかと涙目で訴えたなら、「ほんと、あなたの心にはルーナ嬢が一番にいるんですね」と呆れられた。なんでだ。大好きだよ、ルーナは。

 その後、いかに私がルーナを大好きか語り続けたが、彼は嫌がる様子もなくホットミルクを入れてくれた。私、ホットミルク大嫌いなんだけどね。あの浮いた膜とか無理だ。それさえ見越したシードゥス様は自分のホットココアと取り換えてくれたんだけど。絶対、策略だ。


「わたくしは、ひとつ前になくしたふくろうのペットの代わりと思ってください」


 とある夜に、シードゥス様に言われた言葉。


「ルーナに聞いたの? あなたは、優しいのね。でも、私にとってあの子の代わりはいないの。とてもとても、大切だったの。ううん、もう、私の人生のひとつになっていたんだもの」


 笑った私に、彼は気まずそうに首筋を撫でた。


 彼との生活はジェンマのと同じく、とても楽しかった。料理をするのを不器用に手伝う彼も、薬草畑を耕すのに土に慣れない様子で指を触れる彼も。しまいには、夜に抜く薬草を愛おしそうに鼻に寄せた彼を。正確には土を拭っただけだけれど。堪らなく心臓が跳ねた。全身の血液が沸騰したと思えるくらい、体も顔も熱かった。

 彼と「おはよう」と「おやすみ」をかわす度、私の心は削れていく。不思議だ。最初はあんなに満たされていたというのに。彼が頬に土をつけて笑う度、私は泣きたくなる。


 私には、彼の身分はとっくにわかっていた。ルーナの親類であり、魔術騎士団の分隊長だ。何度か会ったことがある。それどころか、幼い頃は一緒に遊んでもらった。

 彼がどうして立場や過去を隠して私の傍にいるかはわからない。でも、なにかしらの使命があるのはわかる。だから苦しいのだ。ただの任務を背負ったから傍にいてくれるだけの彼に、恋に落ちていく自分が。彼はただ、義務で私の傍にいてくれるのに。


 そろそろ潮時かと思ったいた折、思いがけないことが起こった。

 実際に、賊に襲われたのだ。

 あまりの出来事に魔法を使うことを忘れ、拉致されていた。っていうか、まさに、絶好の機会だ!! 私をおとりにルーナや兄様を陥れるなんて賊、焼き尽くしてくれようぞ!! というわけで、私は割とおとなしく攫われた。はいはい、やっと動いてくれましたねと言わんばかりに、心の中は真っ黒な炎で燃えている。くると思っていました。さすがにほとぼりさめた頃だったからね。

 私を材料にルーナを貶めようなんて考えているなら、まじ制裁。ぼぼぼと燃えている私の前に現れた、ちょいわる親父な賊の統領は思わぬことを口にした。


「はっ? ルーナ嬢なんて知ったこっちゃねぇよ。俺らはあんたの薬草の知識と、なにより、『本物の恋愛しか先占いできねぇ』って能力が欲しかったんだよ」


 目を見開いて固まった私は悪くない、だろう。首を傾げた私に、おっさんは苦々しく笑いかけた。「本当に箱入り嬢ちゃんなんだな」と。

 周りの人は、両手を縛られた私をちらちらと見つつも、完全視界には入れない。まるで私を置物みたいに見て、通り過ぎていく。身分なんて本当に関係ない。だれも、私を私としてみようとしないんだから。

 俯きかけた顎は、盗賊によって無理やりあげられた。


「あんたの『本物の恋愛しか先占いできない』って能力は、使いようによってはとんでもねぇ凶器になるんだよ。それを利用して、諸外国を巡り、王族・貴族の政略結婚でも、そこに恋愛的な運命があるって嘘をつかせりゃ金になるだろ? 特に箱入り嬢ちゃん達にはなぁ」


 目からうろこだった。本当に。そして、いままで、それを利用しなかったのはお父さまや兄様、それに母方の実家の力のおかげだったのだと感謝した。お母様と祖母にも。私は、愛されていたのだと知った。私の存在価値は自分が考える以上に、重いモノだった。そうして、だからこそ、いたたまれなくなったのだ。父も兄も、母も。罪深い私を守ってくれていたのだと。どんな形であれ、彼らは私を『売らなかった』から。


 絶望に沈む私の前に合わられたのは、一匹のフクロウだった。真っ白な私の三倍の大きさのフクロウは、その腕に私を抱いてくれた。顔をうずめた毛はとんでもなくふわふわだった。しかも、なんでさ、甘い香りがする。紅茶の香りか。

 しばらく泣いていた私の前に現れたのは、一人の騎士だった。代わりにフクロウはいなくなった。


「ミス、アピス。ご苦労でした。この一件が無事片付いたのは、貴女の功績だ」


 冷たい石畳に座り込む私に差し伸べられたのは、ごつい騎士の手だった。

 寒さに凍える私に差し出されたマントと大きな手。どちらを取るべきか、そんなのは明白だ。騎士は吸い込まれるほどの紫の瞳と闇夜でさえ異彩を放つ黒髪をもつ青年だ。


「えぇ、ありがとう。魔法騎士団の分隊長様」


 その騎士に対して、私は至極可愛くない調子でマントをかっさらうように手にした。ついでに、手持無沙汰に差し伸べられたままの右腕に、薬草を染み込ませたシップを音を立てて叩きつけておく。

 傷口にひどくしみたのか。一見優男に見える屈強な魔法騎士は身を震わせ、唇を強く噛んだ。その様子はあまりに胸を締め付けて――彼以上に、ぎゅっと唇を嚙みしめた。


「では騎士殿。私の大事な親友――ルーナを、きちんと送り届けてくださいませ。ごきげんよう」


 震える足を叩いて、騒然とする現場を後にする。

 だって、それが彼のためになると思ったのだ。彼は私を守るためにルーナに遣わされた人だから。私なんかと関わっちゃいけない。

 私は、だれかを不幸にしかできない。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「はぁぁ」

「アピス、なんて大きなため息なの」


 呆れながらもルーナは甘い香りがするハーブティーを注いでくれる。なんでよりによって彼を思い出させるような色なのだ。恨めしくカップを睨んでしまう。薄紫の茶に罪はない。その横にあるカップケーキに手をかけ、また、ため息がもれた。心なしかお腹も痛い。


 例の事件から半月経っている。


 私と言えば、他国にさらわれそうになったというのに尾ひれがついて、先占いの仕事が増えている。ルーナいわく、私が視えないことはきっぱりとつげる分、信ぴょう性が増しているらしい。はっきりとは言えない私の性格と相まって、それがまた女子の間で本物の恋を見つけられると評判になっているらしい。

 魔女としては視えることだけ素直に伝えればいいし、正直美味しい商売だ。が、私としては心苦しいことこの上ない。だって、恋する女子の未来を紡ぐことになるのかもしれない。現実、色がなかった二入に、一生懸命になった相手の心が染みて、色が生まれたこともある。未来は確定したものではないのだ。常に変化するものである。


 悪いことに、それを素直に伝えたところ、余計に評判があがってしまったのだ。なんでだ!


 恋する乙女はよくわからない。でも、今の私ならちょっとだけだが、わかる気がする。彼との接点が、あのふくろうとの日々が次に続くと思いたいから。

 いやいや、ないだろう。私から拒絶したのだ。どうして今になって寂しくなるのか。込み上げた涙を、聞こえたベルの音で拭う。


「はい、いらっしゃい――」


 目の前に現れたのは、立派な魔法騎士団の法衣を身に着けた青年だった。あまりの神々しさに目を逸らす。ぎゅっと胸を掴んだ手をそっと包まれた。それは、恐る恐るといった調子だった。私が少しでも身を引こうとすると、艶めいた紫の瞳が揺らいだ。けれど、次の瞬間、きっと強くなった瞳と手に惹かれた。


「貴女の治癒術はすばらしいものです。どうか、魔術騎士団の薬術師として迎えたい」

「私には、公のつとめなど無理です」


 身を引いた私を引き寄せ、鼻先で彼は微笑んだ。見たことがないような優しくて、かつ、意地悪な顔つきで。


「ならば、どうか、俺を思って傷を労わってくれたように、我が団を見守って欲しいのだ。どうか、俺の傍に」


 はたして、森の魔女はあっさりと騎士に落ちたのだった。はりてつきで。


 魔女こと私は、月に何度か魔術騎士団の補助役としての任を受けた。あくまで専属となるのには抵抗がある。元伯爵令嬢としても、悪役侯爵令嬢の親友としてはね。

 今では、その立場は結構楽しい。

 ついでに、恋愛相談として先占いは行っている。なぜなら、ここの人は誰も私の能力を利用しようとはしないから。気まぐれに行われる占いは、いつの間にか祭りになるほどだった。あくまで行動の励みとする人たちの後押しは、とても楽しい。


「貴女のその瞳の先には、何がみえる?」


 そう問うたのは、私かルーナか。


 ルーナが本当に大好きな人と婚約し、団内に何組もカップルが誕生してからしばらくして、ようやく私は彼の口から直接、愛しのフクロウの正体を聞けた。

 その時の彼の様子は、団の中でも受け継がれるくらいだった。誰も見たことがないような色に顔を染め――私の指先を頼りなく握っていたから。



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