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“K”iller  作者: YOHANE
9/13

狙われる生命

なぜアイラの居場所がバレた?

それよりも、アイラの存在を知られているのはなぜだ?


頭に浮かんだのは胡散臭い笑顔を浮かべた男―――榊原彰。


彼しかいないと確信する。


アイラは一見すればただの小娘で、わざわざ大金を出して殺す価値など無い。

けれど、“榊原”アイラなら話は変わる。

政治の話には疎いが、アイラが榊原雄二の実の一人娘となれば、莫大な遺産相続の話が絡んでくる。アイラの存在一つで、取り分は数億単位で増減するのではないだろうか。


そうなれば、彰がアイラの存在が公表される前に消そうと考えつくのは自然のこと。



昼間も訪れたこの家は薄暗くなった景色の中にぼんやりと浮かび上がっている。

タクシーは玄関の前で静かに停車するとドアを開けた。


「お前はここで待っていろ」

「早く戻ってきてね」


アイラは眉を下げながら不安げにKに乞う。Kはアイラの頭を無造作に撫でると運転手に運賃の他余分にお金を渡して出て行った。


アイラの胸にはシロクマとネコのぬいぐるみがある。目を覚ました当初はキリンが無いことを不思議がっていたが、お留守番していると言って納得させた。

運転手はアイラの事を気にする様子もなく金勘定をしながら鼻歌を歌っている。

アイラは2つのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、不安を紛らわせるように顔を柔らかな毛にうずめた。




インターホンは鳴らさずに敷地内に侵入した。

道路からは死角になる位置まで回り、人気を確認すると塀と雨どいを使って二階のベランダに降り立つ。

セキュリティーの事は癖で午前中の内に確認してあった。役立たせることがあるとはその時は思っていなかったが。

そういう癖を持っていて良かったと、この時ばかりは暗殺者として生きていたことに感謝し、その皮肉に笑えた。


降り立ったベランダから部屋に誰もいないことを確認すると、ナイフの柄でガッ!と窓ガラスを叩き割った。

小さい穴が開き、手をわずかに傷つけながらも指を差し入れる。素早く大きな音を立てないで割ることができる限界の大きさだ。


その穴を使って器用に鍵を開けるといよいよ家の中へと足を踏み入れた。ガラス片を踏むとパキッとさらに細かくなる音がして顔をしかめる。どんな状況にせよ、物音をたてて都合がいい事はない。

神経を澄ませるが誰かが駆けつけて来る気配はなかった。まだKの侵入には誰も気づいていないようだ。


安堵に息をついたのも一瞬で、Kは慎重にドアを開けて廊下に出る。2階には誰も居ないのか、シンとしている。

階段を降りている途中で、足音がこちらに向かってくるのに気づいた。足音が軽いのできっと女性だろう。

身を隠そうかと逡巡したが得策では無いと判断しそのまま足を進めた。


「え…ぁ―――!?!?」

「黙れ」


降りきったところで、予想通り若い女とばったり出会った。

女はすごく驚き目を見張っていたが、Kはすばやく女の背後に回ると冷静に女の口を塞いだ。

ナイフの刃をチラつかせると、女はコクコクと必死に頷く。女性の目に一瞬映ったKは闇のように暗く、そして非常なまでの冷たい印象を与えた。

口を塞いでいる手から女の震えが伝わってくる。ガタガタと足まで震えていて、Kが抑え込んでいなければ崩れ落ちてしまうかもしれないくらいだ。


「榊原彰の…妻か…?」

昼間は外出していたらしく顔を合せなかったが、たぶんそうだろう。香水の匂いと化粧の臭いがツンと鼻をつく。

Kの質問に女はまた必死に頷いた。


「彰は何処にいる?」


リビングか、食堂か、応接間か、居間か、書斎か…。探る場所は少ないが、余計な力も時間も使いたくない。


口を塞がれているため、視線だけで居場所を示す。女の視線をたどってKもそちらを確認した。

「あの部屋か…」

彰の妻は未だ喉元に添えられているナイフを見て体を震わせる。

少しでも下手をすれば殺される…。慣れた手つきで自分を捕え、今にも切っ先を引きそうな闇に生きる男。臆せずにはいられない。

上手く回らない頭は護身術だとか通報だとかの知識を絞り出す前に、本能的な恐怖だけを与え続けた。


「お前など殺す価値もない…邪魔をしなければの話だが」


そう言ってKは女を解放する。

彰の妻はドタッと腰を抜かし、叫び声も出せずにKから離れようと後ずさった。ある程度距離を取りやっと息がまともに吐ける様になっても、彼女は叫びそうになる口を押さえて必死に身の保身を図っている。



仮にも愛し合い、結ばれた仲だというのに…。コイツは自分が助かるために夫を売った。躊躇うことなく、脅しに屈して自分の命を取った。


人は簡単に相手を裏切り、その上に生きようとする生き物。そんなことは十分に分かっていたはずなのに、少しでも情けをかけるという選択肢が頭に浮かんで、そしてすぐに消え失せた。


この女よりはまだ刺客として送り込まれてきたあの男の方がマシだ。暗殺者としての信条を貫き通して死んでいった。


こんなヤツは、殺す価値もない。ナイフに余計な汚れが付くだけだから。

震えるだけの妻を冷たく一瞥すると背を向けて示された部屋へと向かう。



書斎の前で立ち止まるとわざと気づくようにドアを開けた。

彰は机に向って仕事をしていたようで、苛立った声を出しながら面倒くさそうに入口を振り返る。

「ノックぐらいしろと……なっ!!?君は昼間の――」

彰はいったん言葉を切り、そして笑顔を貼り付けると平静を繕った。


「どうしたんだい?また来るとは言っていたが…私の予想より少々早いな。まだ準備は整っていないのだが…」


キィと椅子を軋ませて立ち上がると、Kの方に歩み寄る。


「白々しい事を言うな」

「…何の事かな?私にはまったく心当たりがないのだが…」


ピタリと足が止まり、彰の声のトーンが落ちる。

しかし、笑顔を張りつかせたまま妙な雰囲気を漂わせている。裏に渦巻くものは笑顔一枚じゃ隠しきれていない。


「お前がアイラを殺すように仕向けた」


Kは彰を睨みつけるが、彰は平然と受け止めている。

けれど、Kが手にするナイフに目が行きはっと身を強張らせたのも一瞬で、口元を妖しく歪ませた。

取り繕ってきた笑顔はあっさりとその姿を変貌させた。


くくっと抑えきれない笑いが喉から漏れ出す。


「ずいぶん物騒なものを持っているな。そうそう手に入らないような物だが…雄二が与えたのか?血が付いていないようだから、妻はまだ生きているんだろう。まったく、無断でこんなところまで侵入させて声のひとつあげないとは」


まじまじとナイフを観察したあと、忌々しげに悪態を吐いた。それから、ふっと笑いを洩らす。

妻が死んでいないということは、殺せなかったということではないだろうか。大人びた独特の雰囲気を持っていても、所詮は十代の若造。怖気づいたに違いない。

無表情で食えない奴だとばかり思っていたが、可愛いところもあるものだ。


「あの小娘の存在で私の人生は大きく変わるんだよ。せっかく雄二が死んで全てが私の物になるはずだった…。会社も、遺産も。全てが私の物にね」


若い君には分らないだろうが、と付け加えて首を振った。

隠すつもりもなくなったのか、彰は目を細めて理想の未来を思い浮かべ、そして眉をぎゅっとよせて不快感を露わにした。

Kの事など眼中にないという感じで言葉を続ける。


「なのにっ!あの小娘がいればそれが大きく変わる!!…金の大切さは分るだろ?小娘1人がいなければ私はさらに安泰なんだ」


金欲に溺れ、醜さを露呈させた彰をKは静かに見つめていた。

頭に血が上るでもなく、蒼い炎が冷たく己の中で燃えているのを感じる。


「…榊原彰。お前が、アイラを殺すよう依頼したのか?」

「あぁ。お前等が帰ってすぐに」


悪びれる様子もなく、あっさりと答えた。

Kの反応を窺っている。怯えたり、怒り狂ったりすることを期待している。


「どこに依頼した?」

「知らん。金さえ払えば何でもやってくれるとこだ」


Kの無反応さを見て、彰はつまらなそうに肩をすくめて見せた。


隠しているわけではないだろう彰の様子にKは眉を顰めることしかできなかった。

そんな組織団体は探せば数え切れないほど存在している。暴力団が絡むところがあれば、Kの所属するような組織的なところもある。


「アイラは安かったよ…」


挑発する様に鼻で笑った。

Kがアイラを育ててきたと思っている彰はさらに次のネタでKを逆上させて楽しもうとしている。

にたにたした笑みにKの冷たい炎が煽られる。


「雄二たちを殺してもらったときよりもだよ。あぁ、小娘1人分だから当たり前か……?」

「な、に…!?」


Kは耳を疑った。

神経を逆なでする笑い声に混じって、確かに聞こえた言葉。


「アイラの両親を殺すよう仕向けたのも…」

「そうだ、この私だっ!」


悪びれる様子もなく高らかと言い放った。

それが正しく当り前のことであるかのように言い切ると、無表情を崩したKに向かって説明を始める。


「弟のくせに会社を継いで、おかしいと思わないか?お蔭で私はこんな惨めに暮らさなきゃならなかった…。妻だって私が会社を継ぐものだとばかり思って嫁いだも同然だ」


アイラの祖父母にあたる人たちは、弟の雄二ばかりを贔屓にしていた。口が上手く何かと世渡り上手な弟にすっかり手綱を握られていた。

それに妻が金目当てで求婚に応じてくれた事も分っていた。

けれど、それでも良かった。擬似的なものでも、愛を感じ、肌を重ね…子供こそ出来はしなかったけれど、夫婦の絆は築かれていると信じていた。

ならば自分は与えられた地位でできる限り頑張ろうと思っていた。弟に対する嫉妬を妻のための労力と愛にすり替えていた。


なのに――。


「…知ってるか?アイツは最近雄二の所に通っていた。……愛人の座を狙ってるんだ!!」


一方的であったが、愛していたのに。

そして妻も相愛は叶わなくても自分の愛を受け入れてくれていたのに…。

弟に対する嫉妬を妻の笑顔を見て紛らわせていた。その存在さえも、弟は奪っていこうとする。


「アイツには沢山のものを奪われたんだ…!!だからせめて、命3つくらい奪う権利、私にはあるだろう?」


ひどく極端で、残酷な見解。

すり替えたつもりでも心の奥底で(くすぶ)っていたどす黒い感情は簡単にタカが外れて表へと溢れだした。それはもう制御不可能で、行動のすべてを支配していく。


「雄二もヤツの妻も死んで、愛しい愛しい隠し子さえも死んだ。これで全ては私の物になるんだ。妻も、私から離れはしない。また受けとめてくれる…!」


言葉の端々には憎しみと、嫉妬と、愛が見え隠れする。

歪んだ愛し方だ。最愛の妻は簡単に彰の命を売ったというのに、それでも手放せないのだろうか?


擬似的な愛でも“愛”は“愛”と彰は受け止めている。それ欲しさに、命を簡単に削除していく。


けれど彰の代わりに、俺が手を下した。

アイラの両親とこの現状はまぎれもなく自分が手を下した結果。最終的に引き金を引いてしまったのは自分…。


「雄二が裏の仕事をやっていたのも知っている。私が紹介したんだ」

引きつった残忍な笑み。

嫉妬と劣等感、そして歪んだ愛は彰をずっと前から蝕んでいた。命の重さの感覚さえも麻痺させるほどに。


「殺されるに十分な理由にするためにな」


いずれ警察は雄二が裏でやっていた所業を知る。そうすれば、捜査の手はそちらに伸び、彰に及ぶ可能性は少なくなる。

すぐにでも殺してやりたい衝動をぐっと堪え、彰は今まで機会を窺っていたのだ。


「アイラは死なない」

「なに?まだ息があるということか…?」


それまで口を閉ざしていたKはゆっくりと言葉を発し、彰をまっすぐに捉えた。

依頼した暗殺者も存外使えないものだと落胆する。


「まだ死んでいない」


はっきりとそう告げると彰は不満げに鼻を鳴らし、けれどまた口端を釣り上げて不敵に笑う。さっさと死んでおけば良かったのにと言うかのように。


刺客は間違いなく再びアイラを襲う。その幼く無垢な命の灯を完全に沈黙させるまで。

一度受けた依頼は完遂する。それがルール。


「殺させない」


Kは静かに彰を見据えた。


「…くくくっ!お前に何ができる!?1人目はなんとかうまくかわしたか?だがそれは無駄な徒労に終わるだろう!」


その表情には侮蔑が含まれていた。ただの餓鬼に何ができる、と。

Kは並ぶ者がいないほど強い。アイラを連れて逃げる事も可能だ。けれど例え逃げ回ったとて、いつかは必ず痛手を負い、殺されるだろう。そして幼いアイラは常に何かに脅える生活をしなければならない。


普通とは無縁の、不幸な人生を送らせたくはない。



「契約を取り消せ」


契約を取り消す1つの方法は契約者が多額のキャンセル料を払ってそれを破棄すること。


「違約金というものがあるんだよ」

「俺が払う」


正確な金額は分らないが、おおよそ分かる。アイラを日の元に送り出す資金にしては安いくらいだ。

彰はマシな嘘を吐けという視線を投げかけ、口元を歪めて肩を竦めて見せた。これだから世間知らずは、と。


「貴様は馬鹿か?ここまで来てそんな事するはずがないだろう!」


望んだ未来はすぐそこにあると信じている。あと一人の少女の命は風前の灯火なのだから。


「これはお願いではない。“警告”だ」


予想通りの答えに、Kは脅しを含めつつも諭すように彰に言う。

しかし、彰はその言葉と言い方に機嫌を害したようで、眉間に皺を寄せただけで首を縦に振ろうとはしない。


「馬鹿を言うな。金が入れば、貴様を消すことすら容易い」


彰は逆にKを脅す。欲に溺れた笑みがKの神経を逆撫でる。


「最後の警告だ」


彰が雄二の会社を奪う様に引き継ぐことも、妻を振り向かせようとすることにも興味は無い。アイラの財産でさえ、好きに使えばいいと思う。

勝手にやってくれて一向に構わない。


けれど、彰はアイラを殺す気だ。

自分のことしか見えていないこの男にとってアイラはただ邪魔な存在。邪魔ならば、殺してしまえという考えは簡単には拭えないだろう。

この男ももう戻れないところまで来ているのかもしれない。


それでも、彰はアイラのたった1人の親戚。

社会的にアイラを保護し育てられるのは彼しかおらず、そしてまた契約を取り消せるのも彰しかいないのだ。


「契約を取り消せ、榊原彰」

「――断る」


鼻で嘲笑する音が聞こえたかもしれない。けれどそれは一瞬でくぐもった呻きに変化した。


光が一瞬で真横に流れただけだった。

少し遅れてヒュッと息の漏れる音がした。そしてぱたたっと数滴の赤が床に斑点をつける。


ぴったりと寄せた体を離すと、彰は血を噴き出しながらずるずると崩れ落ちた。

Kに距離を詰められたと気づいたか否かですぐに呼吸が乱れ、首から何か噴き出すような感覚。痛みも熱さ感じる前に目の前に暗幕が引かれた。


蚊の鳴くような苦しそうな呼吸もすぐに消え、体の痙攣も間もなく止まった。

血が広がっていく床の上に這いつくばった彰の濁った眼は、Kに何かを問う前に完全に光を失った。


Kは全身に返り血を浴び立ち尽くしながらその様子を黙って目に映していた。

握っているナイフからは鮮血が滴り落ちている。


アイラの親族はすべて消えた。

冷たい視線で亡骸を見下ろし、充満していく慣れた血臭にゆっくりと目を伏せた。


 



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