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“K”iller  作者: YOHANE
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赤い手

人を殺すシーンがありますので、苦手な方はご注意を。

鉄臭い香りにはもう慣れた。鼻孔を刺激するそれは安らぎすら運んでくる。

手はヌメついている。せっかくうまく仕留めたと思ったのに、死亡を確認しようとしゃがんだ瞬間に血が噴き出してくるなんて。

顔に付いた血を手袋で乱暴に拭うが、手袋自体が血に濡れていてただ汚れが伸びただけだった。だがあまり気にすることなく手袋を外すとそれをポケットにつっこんだ。


血の海が徐々に出来上がっていく広すぎる寝室。

感情が払拭されている顔がぼんやりと闇に浮かび、その闇に溶け込む情も感じさせない冷たい瞳で部屋の中を見渡す。そうして抜かりがないか確認した。


ベットから転がり落ちて、顔は苦しみに歪んでいる2人。なぜこんな目に遭ってしまったのかも分らぬうちにこの世を去った無念。

だがもしも殺される前に気づく間があったとしても、黒い長袖のTシャツに黒いズボン、それに手袋までが黒色に統一され、無表情な顔をした男を見ていたら死神と思っただろう。死期を悟る一瞬ができるだけだ。


苦悶の表情を浮かべる2人の胸は赤く染まっていて、その染みも未だに広がり続けている。

こんな状況も見慣れたものだ。

大体の人は何が起こったか理解する前に全てが終わってしまっているだろう。

下手に騒がれて人を呼ばれると面倒だし、いくらすぐ死ぬ相手だからといって顔を見られるのは好まない。


暗殺者は顔を安く晒してはならないと教えられてきた。


目の前ですでに事切れている2体を最後に一瞥してから踵を返した。仕事は成して、用済みのこの場所はなるべく早く立ち去るに限る。

多量の血は毛の絨毯に染み込んで赤く染め、踏むとジュクっと乾いていない血が浮き上がった。


コードネーム“K”


組織につけられた記号。優秀と称される暗殺者。

本名は存在すらしていないし、名を付けられた事実があるのかすら分らない。

それくらい昔からもう一般的な生活はしていなかったようだ。あまり覚えていないが、殺しも幼いころからしていたような気がする。初めは、相手を油断させるところからだったような…。


罪悪感に苛まれるとか、辛いとかそういう感情は湧いたことがない。

死の、命の価値を教わる前に手を染めてしまったから。誰もそれを彼に教えなかった。


「お兄さま、誰?」

か細い声に、Kは目を見開き反射的に振り返った。血の付いたナイフを背後に隠しながらも握りなおす。

そして、目に入ったものに思わず眉根を寄せて目を疑った。油断は禁物だと熟知しながらも肩の力が抜けてしまう。


そこにはいつの間にか、6歳くらいの少女が目を擦りながら立っていた。パジャマ姿で、眠たそうにぼんやり立っている。殺しに物音はほとんど立てていなかったので、きっとたまたまトイレに起きたのかもしれない。自分にとっても少女にとっても運が悪いことこの上ない。


少女はKのことをぼーっと見ながら、小さく欠伸をしてまた目を擦った。


深夜3時であるのに子供が起きてくるなんて最悪だ。


いや、それ以前の問題は――

「…子供がいたのか…!?」

少女は質問の答え以外の返答に首を傾げ、Kは子供を睨みつけた。眠気のせいで彼女はきょとんとしている。

あからさまに舌打って鋭くを吐いた。


整った顔を不機嫌そうにしかめ、依頼を思い出す。


殺しの依頼は【榊原夫妻の暗殺】だ。子供の殺しは含まれてはいない。

暗殺者として目撃者を生かしておくわけにはいかないが、こんな少女が害になるとは思えなかった。


目撃者を殺すのは情報を漏らされたりする可能性を消すためであるから、この少女がかけつけた警察に事細かく話をできる能力を有しているようには見えない。

それに、依頼以上の無駄な殺しは好むところではない。無駄な事はしない主義だ。

さらにこの少女のことは自前に目を通した榊原家のデータにはなかった。榊原氏の裏の仕事の事情から、可愛い愛娘を世間に晒すわけにはいかないから当たり前なのかもしれない。

加えて莫大な資産を所有しているらしいこの家を陥れようとする輩は掃いて捨てるほどいるのだ。悪質な陰謀に利用されないとも考えられない。


さんざん悪事を働いておきながら、自分の血を引く子供は可愛いのか…。

その甘さには反吐が出る。


「なにかあるの?」

少女はKの後ろに倒れている何かを見ようと首をのばした。

「見るな…!」

つい怒鳴ってしまった。あまり大きな声ではなかったが鋭く制する声に、少女はびくっと肩を震わせて首を引っ込めた。


幸い部屋は暗くて近寄らなければソレが何なのかは判断できないだろうが、あまり興味を持たれては困る。

少女が一瞬泣いてしまうかとひやっとしたが、それには至らなかった。まぁ、鳴き声を上げられるくらいならそれを理由に始末してしまえるのだが。

だが、もう血でぐっしょりとした手袋はポケットの中で丸まっているし、首を絞めるのは証拠が残りやすいのでなるべくなら避けたいところだ。


Kは少女の前に立ちはだかりながら、半ば無理やり寝室から追い出し、自分も退室した。細い手首を血まみれの手で掴む。

拭い切れなかったぬるっとした感触に少女は気持ち悪そうに眉をしかめるが、大人しく手を引かれている。抵抗できないほどの力で引っ張っているからかもしれない。


「お前、名前は?」

苛立ちを抑え、Kは目的の物を探しながら暗い屋敷を電気も点けずに徘徊する。Kの早歩きは少女には少し早すぎるようで小走りになっている。けれどそれに気付きながらも歩調を緩めることなく歩き続けた。

「あのね、わたし教えちゃいけないんだって!」

少し息を弾ませながら少女は言った。

「なんで」

「駄目って言われてるの」

「誰に?」

「それも駄目って…」

困惑して眉を下げる少女を見てKは大きくため息を吐く。いろいろな事を口止めされているらしく、簡単には状況は改善されそうにない。

そこでようやく目的の物を見つけ、足を止めた。

「なぜ?」

それでもやはり、一応聞いておこうと思う。

「危ないからって」

ふうんと頷き、眉を寄せながら少女を引っ張っていた手を離すと、受話器を上げた。これが探し回っていた物だ。

いったん会話を止め、少女に見えないよう注意しながらダイヤルを回す。

少女は眠気でほんのりと充血したつぶらな瞳で見上げているがそれを無視して私用を済ませようとした。


「コードネーム“K”」


決まりの言い出し。これを言わないと沈黙が流れるだけだ。

苛立ちを隠していないKの声に相手はククッと引きつった笑いを返してきた。

『どうした?失敗でもしたか??』

「ふざけるな。何を間違えてもありえない。それに失敗したなら生きているはずがないだろう」

お前等がそう教育したくせに分ったことを聞くな、と心中悪態を吐いた。

予想外な状況ではより冷静であることが求められるが、生命の窮地に立たされたのならいざ知らず、少女が湧いて出てきたこの状況は苛々すること他ならない。Kは眉間に縦じまをくっきりと刻んでいる。


『では何だ?何にそんなに苛立っているんだ?』

「……この家の家族構成は?」

質問に質問を重ねた。先に答えを返したのは電話の相手だ。自分の質問を無視されたことなど気にしていない様子だ。

『ターゲット夫妻だけだ。双方の両親は亡くなり、子供はない。家政婦の出入りはあるが、基本的に2人暮らしだな』

Kは目線を下げ、不安げに見上げている子供を見た。少女は何か言いたそうに訴えかけているが、大人しくKの様子を窺っている。

夫妻の面影があるかなどは分らないが、娘の可能性はかなり高い。

危険だから名乗るなと言い付けていたことからもそう予想される。隠し子というやつか…。


「なら仕事は成した。報告はこの電話で済ませておく」

『お前が本部に顔を出さないのは珍しいな』

興味を滲ませている声を遮る様に受話器を置いた。電話の向こうではきっと口元を歪めているだろう。



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