つかの間の休息
熊野の記憶を買い取ってから数日後…
「結局、15億で手を打ったって訳か。」
城之内はbarカウンターの椅子に座り
ビールのカクテル シャンディ・ガフが入ったグラスを傾けた。
「あぁ。あの男も始めに提示した金額で、取り引きをしないことは分かっていたとは思うが…。
それにしても珍しいな。お前がビール系のカクテル飲んでるなんて。ビール苦手だろ?
それに、だいぶ飲んでるだろ今日。」
そう言って記憶屋はウイスキーのロックを飲み干した。
「いいだろ…たまには。
苦手なビールでも飲まないとやってられない時があるさ」
「ビールよりアルコール度数低いからって、飲みすぎるなよ?? また痛い目みるぞ?…マスター。ウイスキーのロックもう一杯」
話を静かに聞いていたbarのマスターに記憶屋はグラスを揺らしながら注文した。
「…かしこまりました。少々お待ちください」
ロックグラスに丸い氷が入れられそこに、ウイスキーが注がれた。
「お待たせいたしました。貴方もお酒に呑まれ無いようにお楽しみくださいね。」マスターはニヤリと笑うとグラスを記憶屋に差し出した
「マスター。わざわざご忠告ありがとう。」記憶屋は無表情でグラスを受け取った
「…あの後、熊野を黒薔薇に引き渡した時 あの女嬉しそうな顔をしてたぞ。」城之内はため息まじりにつぶやいた
「それはそうだろう。仮にも熊野は世の中から『美形』だの『イケメン』だの言われてたからな。そんな男の顔を創り変えれるとなれば、彼女はそうなるだろ」
「あの女も生粋の闇の住人だな。…闇の住人である前に、あの女の性格には難があるとは思うけどな」城之内はから笑いをした
「あぁ…そうかもしれないな。今回は、いつにも増して大掛かりた準備もあっただろ?」
記憶屋は城之内に語りかけた
「そうだな。今回こそ嶋崎がこちら側に付いてくれて助かったと思ったことは無いな。」そういうと、城之内はグラスに残ったシャンディ・ガフを飲み干した
「今回に関しては、芸能の世界の人間が相手だったからな。色々ややこしくならないように、代役…立てたんだろ??」
「あの男の力のお陰で"熊野十吉郎の失踪事件"は劇的な展開で幕を降ろすだろうな。」ニヤリと城之内が笑った
「嶋崎の元へ記憶の無くなった熊野を城之内が渡した後の事は俺も知らないから、明日どんな話が聞けるか楽しみだよ」
独り言の様につぶやいた後、記憶屋はチラリと城之内を見た
「…どうせ、部下の組織の下っ端だろう。あの男のことだからな…あの男の話は止めろよ…折角の酒がまずくなる。」イライラを隠し
きれない城之内は前髪を乱暴にかきあげた
「…そうは言ってもな。お前が今この仕事をしているのも、嶋崎のお陰だろ??」
「だからこそ、会いたくないんだよ!!…お前には分からないだろうな!? 記憶屋として今までなに不自由なく生きてきたお前には!!」酔っ
払った城之内は記憶屋の胸ぐらを掴んだ。
「…ッ!!城之内てめぇ!!言わせておけばッ!!」
記憶屋が珍しく感情を表したその時…
「お2人とも…喧嘩は止めてください。貴方がたは二人とも冷静になった方が良いのではないですか??」
静かにカウンターに立っていたマスターが冷静に声をかけた
「…それに、私も貴方がたと同じ 闇の世界の住人です。
ここで私を敵にまわすのは、貴方がたにとっても
得策ではありませんよね??」
2人より10歳は若い物静かそうなマスターだが、記憶屋や城之内と並ぶ程の実力を持った闇の人間でもあり彼の言葉には冷酷さがあった。
「…すまないな、マスター。熱くなりすぎたみたいだな。
頭を冷やすために俺はこれで失礼するよ。」そういって、ポケットから1万円札を取り出すとカウンターに置いた。
「今日の分のお釣りは、今までのツケの返済にでもしてくれ…じゃあな。」そう言い残すと城之内はbarを去って行った
「かしこまりました。またお待ちしております。」マスターが城之内の背中に話しかけた数分後…
「…すまないな。君にこんな役回りをさせてしまって。」そういって、記憶屋がため息をつくと
「いいえ。そんなこと無いですよ。城之内さんと私はある種、同じ物を扱う同業者ですから。」とマスターがニコリと笑った
「マスターも人が悪いな。顧客の情報を扱うという意味では同じとも言えなくは無いな。」
「…貴方ほどの悪ではありませんよ。今日はどんな御依頼でしょうか、記憶屋様。」
マスターは闇の人間が集うbarのマスターをしているがそれも彼の一面にしか過ぎず、彼のもうひとつの顔は闇の情報を扱う情報屋なのである。
「君の情報屋としての実力を見越しての依頼だ。
『嶋崎仁志と、例の黒い太陽の男 この2人の動きを探ってくれ』」
「…かしこまりました。お任せください。」そういってマスターは深々とお辞儀をした。
「…頼んだぞ。なんせあの2人は、俺の記憶に関わる情報を持っている様だからな。」