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ラーメンは少しまずいくらいがちょうど良い

 ラーメン屋の店主が目の前で死んでいる。

 というか俺が殺してしまったのか。。。


 俺の部屋には一切の調理機器がない(包丁どころかハサミすらない。ただしヤカンだけはある。夜中、あまりにも空腹でしかたなく、ヤカンでレトルトカレー(ごはんなし)を温めてすすったときは情けなくて涙が出た)。

そのため週に4回は夕飯を食べに来ていた(残りの3回はこのラーメン屋からすぐ近くのうどん屋。良く考えたら毎日毎日、麺ばかり食べている)。


 かといって、『この店の味に惚れ込んで』とか『親父さんの人柄が』といったラーメンファンのような話は皆無で、

理由を順にあげると

〇俺の住んでいるアパートの周りには他の飲食店やコンビニが極端に少ない。

〇いつの時間帯に行っても空いている。

〇料金が安く、その割に麺の量が多い

※味は特にまずくもないが、おいしいと評判になるほどでもないお店です。

 

親父さんはいつも愛想もなく、黙々と働き、調理とお会計を一人でやっている。

お釣りを触った手でそのままラーメンを作るのはいただけないが、俺はそこそこ、そんな店が気に入っていた。


 今日も大学での授業が終わった後、ゼミ室でダラダラしていたが、小腹が減っていることに気付いた。

夕食ローテーション的には本日=うどん屋の日だったのだが(ちなみにこの日は火曜日。うどん屋に行くのは火・木・土)、昼間、学食で天ぷらそばを食べてしまっていたこともあり、自分ルールを曲げてラーメン屋に行くことにした。


この日のラーメン屋にも他に客はいなかった。

毎度のことながら経営は大丈夫なんだろうかと不安を抱かされる。


 ただし、いつもとちょっと違うのが、親父さんが腕組みをしたまま、空中の一点をじっと見つめていたということだった。

普段であれば「いらっしゃいませ」と決して目を合わせずに言ってくれるのだが。


親父さんは微動だにしようとしない。

 俺がカウンター席に着いても全くのノーリアクションなのだが、とりあえず話しかけてみることにした。

「あのー、今って、注文しても大丈夫でしょうか?」

 とりあえず下手に出ておけば、損はないだろうと考え、小声で話しかけてみる。

「ダメだ!」

「今日は定休日でしょうか? そうでしたらすみません。」

 この店が年中無休だったのは知っている。昨年から今年にかけての年末年始だって1日も休まずにやってたのだから。


「そういうわけじゃない。・・・ただ・・・」

「ただ・・・、何です?」

「今日はスープの出来がよくない。よくないんだ!」

「・・・そうなんですか?」

「コクもうまみも全然ない。何が違うんだ!」

「いつもと使う材料を変えられたんですか?」

「一緒だ。利尻産の昆布も、九州から取り寄せた特別な豚骨も、契約で育ててもらっている地鶏もだ。」

「そんなに原料にこだわってたんですか、・・・全く気付きませんでした。」

「何だと!」

「すみません・・・。でも材料に問題がないってことは機材のほうですか? ガスの火力が弱いとか。」

「それもすでにチェック済みだ。問題はない。」

「わかった。親父さんが風邪を引いてるとかじゃないですか?」

「馬鹿野郎! わかったようなことを言うな!」

「すみません!」

「俺は全身全霊でラーメンを作るために、毎日の体調管理を完璧に行なっている。もちろん今日も平熱だし、身長・体重や体脂肪率も問題ない。」

「身長は関係ないような気が・・・。(やばい、この人、マニアっていうか変態だったのか)。※以降、()内は心中ツッコミ。」

「くそっ! 一体、何が違うんだ。」

「ってことは、今日はお店は休みってことになりますか?」

「それはできない・・・。俺の中のルールでこの店は年中無休ということになっている。店を休んでしまったら俺の負けだ」

「確かに年末年始もやってましたね。(誰と戦ってるんだよ? 自分自身か?)」

「そういえば年始にも来てくれてたな。あのときはあまり良くない原料を使ったラーメンを食べさせてしまってすまなかった。どうしても市場が閉まってしまうからな。年末年始は。」

「いえいえ。普段と変わらなかったですよ。」

「馬鹿野郎!」

「すみません。本当にすみません。」

「あんな時間の経った原料で作ったスープじゃ、俺特製の手打ち麺が可哀想だろ。」

「麺も手打ちだったんですね?」

「当然だ。毎日、温度や湿度が違う。それに合わせて水分量を調節、そして出来上がった麺を適切に揉むことで最適なウェーブを付けるんだ。」

「そうだったんですね・・・(そんなに麺は縮れてたっけ?)」

「それに食材についても、それぞれ旬の時期ってのがある。まあ野菜でも何でもビニールハウスで育てられる時代だから、あんたらみたいな若者にはわかりにくいかもしれないがな。」

「トマトとかもスーパーに1年中、ありますよね(ナイスフォロー、俺)。」

「そうだ。便利なことは便利だが、やはり食材の持つ『地力』みたいなもんが旬の時期はやはり違う。」

「今日の材料は、ちょっとお疲れ気味とか?」

「違う。念のために全部を生で食べてみたが、問題はなかった。」

「鶏肉とか豚骨とかは生で食べない方がいいですよ。菌がいますから(絶対に変態だよ、この人)。」

「俺の体の心配なんかより、ラーメンスープの出来のほうが大事だ。」

「命を・・・かけてたんですね?」

「わかってくれるか。あんたも週に4回程度来てくれてるってことは、間違いなく味の分かる人だと思っていたが・・・。」

「いえ、そんなそんな(全力で誤解されてるよ~。同志だと思われたら嫌だな。)」

「いわば、あんたは同志みたいなもんだ。」

「そんなことはないですよ(やばい。早速来た。語られたらどうしよう)。」


「この店を開いて4年・・・。死に物狂いでやってきた。」

「ご苦労されたんですね(まだ4年だったのか。店の古さからして20年くらいはやってると思ってた)。」

「この店を開くまで、俺が何をやってたかわかるか?」

「(わかるわけねーだろ!) どこかの有名ラーメン屋で修行とかですか?」

「馬鹿野郎。俺が誰かの真似をするけち臭い男に見えるか?」

「すみません(面倒くさいよ!)」

「正解はタクシーの運転手。」

「運転手さんだったんですか!(わかるわけねーだろ! ヒント0なんだから!)」

「タクシーはラーメン業界とは全然違うだろ?」

「確かに全然違いますね(じゃあラーメン業界に近い職業って何なんだよ! 製麺業者か?)」

「確かにラーメンは昔から好きだったが、店を開こうなんて思ったこともなかった。」

「そうなんですか? 一体、何があったんですか?(質問は続けない方がいいかな?)」

「・・・夢にな、出てきたんだよ。」

「何がですか?」

「俺がラーメンを作っている夢を見たんだ。すごいリアルな夢でな、使う材料とかも細かく出てきたんだぞ。」

「はあ。(何でそんなに嬉しそうなんだ?)」

「今、俺が作っているラーメンは、その夢で見たレシピ通りなんだ。」

「それまでにラーメンを作ったことは、一切なかったんですか?」

「なかった。全くなかったのに夢で見たんだよ。俺は自分のことが天才だと思ってな。」

「はあ・・・。ひょっとしてその日、寝る前にラーメンの番組とかやってませんでしたか?」

「・・・何でわかるんだ? お前、すごいな。」

「その番組に影響されたって可能性はありませんか? 寝る前に見た映像が夢に出てくるってよくいうじゃないですか?(絶対にテレビの影響だと思うけど)

「いや。ない! 絶対ない!」

「(断言かよ!) そうなんですね。じゃあ、親父さんは天才ですね。」

「やっぱりそう思うか?」

「ええ、まあ(否定しろよ!)」

「それからすぐに実家から金を出してもらってこの店を開いたんだ。俺はギャンブルにはまってたから貯金がゼロでな。」

「ご実家はお金持ちなんですか?(だとしてもクズだよ。自分で貯金しろよ)。」

「いや。全然。だから実家の家を売らせた。両親は現在、ボロい1Kのアパートに住んでる。」

「そうなんですか・・・(とんでもないクズ発言だよ、しかも何で自慢げなんだよ!)。」


「開店から4年間、ずっと味が一定してたんだけどな。何でだ?」

「いや。わかんないですけど。・・・このお店ってラーメン以外のメニューってありましたっけ?」

「ない。醤油ラーメンとそのアレンジであるチャーシューメン、メンマラーメンだけだな。あとは隠しメニューで店主特製チャーハンもあるが。」

「少数精鋭のメニューだったんですね。でもチャーハンなら今日は大丈夫では?」

「塩ラーメンとかは味のブレが出やすいしな。味噌ラーメンは他店と味の違いが出しにくい。」

「そうなんですか。では今日はチャーハンを頼んでも、」

「味噌っていう調味料はそれ自体が美味しすぎるからな。あれは日本の誇る発酵技術の固まりだ。ただそれにバターやらコーンを入れるのはな、味音痴な人間の食うもんだよ、あれについては俺は絶対に許さん。」

「では、チャーハンをできれば早めにひとつ(こっちの話を聞けよ!)」

「醤油もな~、俺は夢のお告げがあったから使うメーカーが一発で決まったが、あれが無かったら今でも悩んでいたかもしれん。味噌と同等、いやそれ以上に奥の深い調味料だ、醤油は・・・。」

「いや、チャーハンは?」

「おい、小僧!」

「はい?(小僧って・・・、一応、客なんだけど、俺)。」

「俺のラーメンへのこだわりを聞いておいて、その上でチャーハンを食う気か?」

「でもラーメンは今日、食べられないんですよね。親父さんがスープの出来に納得できなくって。」

「それとこれとは話が別だろ?」

「一緒ですよね(やばい。逆に心の声が出てしまった・・・)。」

「一緒だ? ・・・そうか、良く考えたら話は一緒だな。お前の言う通りだ。ははは。」

「ハハハ(ビビらせやがって!)」

「じゃあ、特製チャーハンを作るからちょっと待ってな。」

「お願いします(とにかく何か食べられたらいいや。お腹ペコペコだし。そもそもがここのラーメンが特別に好きなわけでもないんだし。)

「うちのチャーハンはちょっとこだわりがあるんだよ。」

「チャーハンにもですか・・・(お願いだから、こだわりとか語らないでください。心からお願いします。)」

「シンプルな割に結構手間がかかってしまうもんで、隠しメニューにしてるんだよ。」

「俺も結構、この店に来るんですけど、初めてです。」

「そりゃそうだ。お客に出すのは初めてだからな。」

「ん? 全体的に初めてってことなんですか?」

「そうだよ。元々、まかないメニューだしな。」

「でも名店のまかないメニューっておいしいものが多いって、よくテレビでやってますよね。」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。今日は特別にチャーハンのレシピを教えてやるよ。」

「ありがとうございます(別にいらないんだけど)。」

「まず準備するのは茶碗一杯分のごはん、それにタマゴ2個とみじん切りにしたネギだ。味付けは塩コショウのみ。」

「すごくシンプルですね。」

「チャーシューとか入れない方が、コメのうまさが引き立つからな。」

「お米もおいしいんですね? さすがにこだわってる。」

「このコメも料亭で使ってるようなグレードの契約栽培米なんだよ。」

「契約栽培ですか・・・(また来たよ・・・、食材自慢)。」

「本当にうまいんだぞ。シンプルにおにぎりにしただけでもな。まあその場合、使う塩は天然塩に限るが。」

「塩でそんなに変わるもんでしょうか?(この場の空気に負けて余計なことを聞くなよ、俺)」

「塩は人間の生命の源みたいなもんだからな。精製塩を使ってるラーメン屋の気持ちがわからんよ、俺には。」

「ここではどんな塩を使っているんですか?」

「そればっかりは言えない!」

「(クソが。こっちだって別に知りたくねーんだよ。) それは残念。」

「でも今日は特別に教えちゃおう。」

「(教えんのかよ!)」

「うちで使っているのは沖縄の自然塩とヨーロッパの岩塩をブレンドしたものだ。」

「岩塩ですか?」

「細かい話だが、俺クラスになると塩それぞれが舌のどこの箇所にインパクトを与えるかがわかるんだよな。」

「そうなんですか。さすがですね(いいから早くチャーハン作れよ!)」

「じゃあまずこの中華鍋に油を入れる。これもこだわりの油だ。」

「(勘弁してくれ。空腹がさすがに限界。) あれっ? お客さんですよ。」

 フラフラとスーツ姿の中年男性が店に入ってくるのが見えた。


「お客さん、申し訳ないんだけど、今日はお休みなんだよ。」

 中年男性に声をかける店主。

「やってるじゃん。他にお客さんだっているし。」

「この人はタダのお客さんじゃないんだよ。俺の同志なんだよ。」

「いや。普通のお客ですよ(やっぱり親父さんから同志だと思われてるよ、俺)」

「ほら、普通の客だってさ。じゃあ俺、ラーメン。」

「お客さん、今日はスープの出来がよくないから、ラーメンが出せないんだよ・・・。」

「そうなの? 俺も何回かこの店のラーメン食べてるけど、そんなにこだわって作ってるとは思ってなかったな。酔っぱらってるとおいしいように感じるけど、普通の状態で食べると、そこそこの味なんだもん。まさにTHEそこそこなラーメンって感じ。」

「(激しく同感です、酔っ払いの人)。」

「俺に喧嘩、売ってるのか?」

「マスターに喧嘩なんて売ってないよ~。むしろラーメンを売ってほしいだけですよ~。あんまりおいしくないラーメンを~。」

「喧嘩売ってるな? 間違いなく。」

「親父さん、落ち着いて(酔っ払いの人、これ以上、刺激しないでよ。)」

「この店って味噌ラーメンはないの? できれば味噌バターコーンラーメンがいいな。」

「帰れ・・・。さっさと帰れ。」

「客を追い出すの? いいよ。ネット上でつぶやいて、この店を潰してやる。」

「死ね。オラァ。」

 店主の投げた豚骨は酔っ払い客の鼻先をかすめ、入口のガラスを粉々に粉砕した。


「親父さん! 落ち着いて。」

「今日は厄日だ。ラーメンはうまく作れねーし、変な客ばっかりくるし。」

「(俺もっすか? 親父さん)」

「お前も帰れ。」

「あの・・・俺のチャーハンは?」

「つべこべ言うとお前の頭も豚骨でかち割るぞ。」

「いや、あの、すみません!」

「さっさと出てけ!」


 驚くべき身軽さでカウンターを飛び越え、俺の目の前にやって来た店主は、自身の右手を後方に思いきり振りかぶり、豚骨を俺のほうへ投げつけようとしていた。

あんなに大きくて重そうなものをぶつけられたらと思い、店外へ逃げようとした俺の目に映ったのは、店主が自分の後頭部をその豚骨で強打するところだった。

 今までに聞いたことのないような、『変な音』を立てる店主の後頭部。

 そしてゾンビのような足取りで俺に抱きついてくる。


 あまりの恐怖に店主を突き飛ばしてしまったのだが、その方向が悪かった。

 先ほどの店主の第一撃ですでに割れていたガラスのところに倒れ込む店主。

 またとてつもないガラスの破砕音が聞こえたすぐ後、店内は店主の血で真っ赤になっていた。


誰も聞いていないとわかっていても、つぶやかざるをえない。

「やっぱり今日はうどん屋に行くべきだった・・・。」


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