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草原 竜の章 第7話 日常(2)

―――PM0:15―――

―――新海南高等学校・2年C組―――



 お昼になって、竜は手提鞄から弁当箱を取り出した。もちろん母が作ってくれた物で、今日のおかずはウインナーと卵焼き、カボチャの煮付けにミックスベジタブルの炒め物だった。ちゃんとお新香も入っている。御飯はおかずと別にもう一箱あり、そちらには肉そぼろが敷き詰められていた。


 言うまでも無いが、早弁はしていないので満載である。


 それと水筒にコーヒーを入れてきたので暖かいままで飲める。御飯にコーヒーというのは人に気持ち悪られるが、竜にとってコーヒーは水のような物なので、あまり気にした事がなかった。


「りゅ〜くん♪」


 まだクラスメイトと親しくないので一人で食べていると、茜がやってきた。手には可愛いサーモンピンクの包みに入った小さな弁当箱を持っている。


「一緒に食べようよ。竜君」


 そう言いながら、前の席の机を勝手に動かしてこちらに向けてくる。その机の主は、食堂に行っているのか不在だった。


「あ…まあええよ」


 女子生徒と一緒に食べるのに恥かしさを覚えながらも、そう答える竜に、茜は笑顔で頷いて包みを開いた。楕円の弁当箱にはおかず半分、御飯半分。竜の4分の1の大きさの箱に収まったそれを見ながら「それで足りるん?」と聞くと茜は笑いながら「いつも残しちゃうんだぁ」と答えた。


「あーーー!」


 そんな声が突然響いた。見るとそこには手に菓子パンと牛乳を抱えて教室に戻ってきた田代が、こちらを指差して叫んでいた。


「てっめえ! なんて事してやがる!?」


 意味が分からなかった。「食事している」と答えればいいのだろうか?


「どうしたの? 蛍助?」


 茜にも分からないようで、疑問符を2つ頭の上に装備しながら田代に聞くと、その反応に衝撃を受けて彼は頭を抱えながらヨロリと後退した。


「あ…あかねちゃん…。オレが誘っても一緒に食べてくれなかったじゃないかぁ…」


 なるほど。嫉妬しているらしい。


「え? そんな事あったっけ? けーすけいつも昼頃になったら席で食べずにいる事あるけど…。もしかしてソレ?」


「…ええと…」


 あからさまにうろたえている。どうやら肯定のようだ。


 だが、それだと、どう考えても「誘って」いない。かなりの奥手らしい。


「なんだ〜。口で言ってくれたらいつでも一緒したのに〜。だめだよ〜?ちゃんと口で言わないと」 


「ま…マジっすかぁ!?」


 茜の言葉に田代は急いで椅子を持って来て、竜の机の横につける。そのまま上機嫌に菓子パンの袋を開けて、食べ始めようとしたが、その前にこちらに顔を近づかせて来た。


「おい。今日はお前のおかげだ。海より深く感謝する」


 と、良く分からない礼を言ってくる。そうして笑顔のまま食べ始めた。


「なんや、お前調子ええなぁ。今朝の事忘れたんかい…」


 呆れて言うこちらの声も聞こえていないのか、彼の笑顔は崩れなかった。


「蛍助も悪い子じゃないんだよ? 今朝はきっと気が立ってたんだよ。ほら、全部ち〜ちゃんが悪いんだよウンウン」


「そうそう。あのバカがあんな事書かなきゃ殴ってねえよ」


 と、茜の言葉に続いて調子の良い事を言っている。


「簡単にキレるんは悪うないんか?」


 卵焼きをかじりながら顔をしかめてそう言うと


「まあ、元々気に入らなかったが」


 田代はやはり笑顔でそんな事を言った。


「なんやねんソレ!」


「うるせえな最初はお前が…」


 そこで区切って田代は小さな声で耳打ちしてくる。


「茜ちゃんにちょっかい掛けてるかと思ったからな」


「はぁ?」


 そして離れて笑いながら


「まあ、普通みたいで安心したぞ」


 等と言って牛乳パックの中身を一気に干した。


「?」


 それを見て茜は、当たり前だが分からないといった顔をしている。


「あほか…。思い込みの激しいやっちゃな…」


「あはは〜。けーすけは昔からそうだよね♪」


「おう! オレは昔から一途だぞ!」


「誰に?」


 茜は首を傾げる。物凄い鈍感というか能天気な女の子だ。


「そ…それは…」


 流石に聞き返されると思わなかったのか、田代は視線を泳がせている。


「うー…。あ、あれ保科じゃねえ?」


「ん?」


 彼の言葉に教室の入り口を見ると、姿勢を低くして入ってくる保科が見えた。


「あれ? ち〜ちゃん〜? おーい」


 保科を見つけて田代への質問はどうでも良いのか、そちらに意識をむけたようだ。


 そうされて、安堵と不満に思ったのか近づいてくる保科を睨む田代。


「は〜い♪ ラインハルトこと保科千奈ただいま参上! えへへ〜茜〜」


 上目遣いに茜を見て、手に紙袋を抱えていたのを茜に差し出す。


「うん? 何これ? …わあ♪ 文保堂のワッフルじゃない〜きゃ〜〜♪」


 目をキラキラさせて、紙袋の中からワッフルをひとつ取り出して口に入れる。


「ぶんぽどう?」


「うんうん。ベルギーワッフルに続いてこの近辺では有名なワッフルのお店なんだよ♪おいしい〜…って食べてよかったのかな?」


「口に入れてから聞くとは相変らずね…。えっと、今朝のお詫び。ちょっとやりすぎだったかなぁって思ったから走って買ってきたのよ」


「わ〜♪ そんなのいいのに〜ち〜ちゃん大好き♪」


「ふ〜ん。保科って意外に良い奴やねんな」


 今朝はそのまま逃げた形になったが、こうやって詫びに来るのは中々出来る事では無い。いくら自分に非があっても、中々謝ったり出来ず、そのままの者が、ほとんどのハズである。


 もし、自分が同じ立場ならそのまま逃げていたかもしれない。


 そう思うと、この保科という女に好感が持てた。


「これ、俺も食べてええんか?」


 美味そうにほうばる茜を見て、竜も涎を垂らして見てしまった。元々甘党で、これは秘密だが、たまにお菓子も作ったりするのである。出来たてのようで、湯気を立てているワッフルを前に黙っていられない。


「ええ。いいわよ。ダーリンもごめんね?」


「ええてええて、気にしてへんから…。おっ美味そうやなコレ。俺はチョコワッフルかハニーワッフルか悩む所やけど…ここはプレーンでええか♪」


 そうやって三人が嬉々として昼飯後のお茶会をしていると、田代が少しつまらなそうに見ていた。


「なんや?お前食べへんの?」


 紙袋の中にはまだ6つ以上残っていたので、たぶん彼の分もあるようだが、彼は手をつけなかった。


「俺、甘いのダメなんだよ」


「さ…さよか…もったいないなぁ」


 流石に甘党じゃないとこの砂糖タップリのワッフルは辛いかもしれない。歯が痛くなりそうな程甘い。チョコワッフルはそれほどでも無かったが、プレーンは常識より1.5倍程砂糖加減が増しているようだ。


「うっふふ〜♪ 新聞部の情報網を舐めて貰っちゃ困るわよ? けーすけ。アンタにはコレよ」


「お? ……おおっ! それはっ!」


 何処から出したのか、保科は今度は何かの缶と、ポリエスチレンの袋を取り出した。


 一つは緑茶の缶と、もう一つは煎餅だった。


「お煎餅好きだって聞いたから雷門近くのお店の草加煎餅! 特派員にお願いして買ってもらってきたのよ。それに甘いのが苦手って言っても洋菓子がでしょ? 和菓子はいける口だって聞いたわよ?」


「まあ、最中とか小豆だったらな。くぅ〜それにしても、お茶は仕方無いが、これは泣かせるじゃねえか♪」


 田代のお茶菓子も揃って、改めてお茶会が始まった。


「…しかし、アンタ今どっから出したんや…」


「女の子は隠す場所が一杯なのよダーリン」


 訳が分からない事を言っている。しかし―


「そのダーリンってなんやねん! さっきから」


 ―聞き捨てならない言葉を聞いて今度こそ咎めると、保科の様子が一変して艶っぽい感じに上目遣いをしてくる。


「あ〜ん♪ 今朝ので惚れちゃったって言ったでしょ? 有言実行の女よ私は。きゃ☆」


「なんやて!?」


「おぉ! 草原、良かったな!」


「ええ〜! ち〜ちゃん本気ぃ?」


 それぞれに驚き―一人は喜んでいるが―の声をあげるが、保科は横から腕を絡めてきた。


「もちろんよ〜。私の身体にビビッって来たっていうか、もう運命って感じ?」


「ななな…なんでやねん!」


 保科は自分の胸を押し付けるように密着してくるので、恥かしさで動揺して声が震えてしまった。しかし、流石に振りほどくのも気が引けるので、睨みつけるが、保科は逆にその視線が違う意図を示したと思ったのか目を閉じてきた。


「ほんとのお詫びは…わ・た・し♪」


「……」


 口を尖らせてこちらに迫る保科を、無言でそのショートポニーを掴んで止める。


「きゃあ! いったぁい!」


「迫んな! ちょっと見直したらコレかい!」


「ええ〜! ダーリン私の事嫌い?」


「そ…それ以前にアンタとは昨日会ったばっかりやろ!? そのダーリン言うのもヤメぇ!」


 保科も強引な性格で、変な所はあるが、別に可愛く無いわけでは無い。そのショートポニーも少し子供っぽいが、似合っているし、意思の強そうな眉と悪戯っぽく輝く瞳も悪くは無い。だが、イキナリこんな事されても困る。据膳喰わずはなんとやらと言うが、そこまで鬼畜では無い。


「じゃあ、せめて「竜」って呼び捨てていい? いいよね? 茜も名前で呼んでるんだから」


「ちょまて…まあアンタ言うても分からんみたいやし、呼び名ぐらいええよ。ただ、それぐらいで

「惚れたはれた」言うてたら世話ないで?もうちょいお互いに知らなあかんやろ?」


 それを聞くと保科は大きく首を振ってショートポニーを揺らせた。意識して見ると、可愛い物だ。


「はあ〜。でもち〜ちゃんってそういう方面は全く興味無いと思ってたよ。素直に驚きだね」


 茜はワッフルを一通り征服して一心地着いたように溜め息混じりに言ってきた。


「そう? 今まで部活一筋だったけど、彼ってカッコイイでしょ? 乙女としては当然の反応よ。そうだ。茜はどうなのよ?」


「ええ!? 私?」


「そうよ〜。人の事より我が身を心配しなさい。アナタだって部活一筋じゃないの」


 保科に言われて「あはは」と苦笑いを浮かべる茜。それに静かに田代は聞き耳を立てていたが。


「考えた事も無かったよ。私なんてち〜ちゃんより全然可愛く無いし」


「そんな事―」


「そんな事ない! 茜ちゃんはビーナスだ! 太陽だ! 絶対神だ!」


 保科を押しのけ田代が鼻息荒く激しく異議を唱えた。彼にしてみれば「惚れた贔屓目」があるだろうが、竜の目から見ても、茜は希に見る美少女だった。性格は保科より強引さが無いが、少し難がある。しかし、見た目と雰囲気だけを見ると可愛い。ショートカットで少しボーイッシュな印象を受けるが、大き目の瞳と、そのあどけない笑顔で確かに、田代の言う「ビーナス」と言えなくも無い。ただし、少し幼いビーナスだが。


「あ、ありがとけーすけ」


 と少し顔を紅潮させる感じもGOOD。


「何にせよ、好きな人出来たら我が新聞部恋愛コラム部に連絡してね。待ってるわよ♪」


 それを聞いて竜は先程の記事の端に「恋愛コラム・恋愛相談も請け負っています。お気楽に参加よろしく」と書いてあるのを発見した。その下に「今月のカップル」という所に「藤田啓太&芳川愛子」と描かれた所に二人のコメントが書かれている。「私達とっても幸せです!」と顔写真付きである。しかし、流石に此処に列記されるのは遠慮したい。


「じゃ、竜。此処に私達の事書いておくから後でコメント頂戴ね」


 保科、言ってる側からこれである。


「こらぁーーーー! おのれは勝手な事ばっかすんなぁ!」


 そんなワッフルのような甘い時間(?)を過ごした今日の昼。


 とても平和だった。


 そして、時間は放課後。

 茜の時間になった。



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