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草原 竜の章 第6話 日常(1)

―――4月5日AM7:00―――

―――草原家・竜の部屋―――

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 ピピッピピッピピッピピッピ…カチャ


 目覚ましが5回鳴り終わる前にスイッチを押して止めた。一応低血圧では無いのですぐに目が覚めた。今日は夢は何も見なかったのは疲れていたからだろう。昨日、千穂が夜中過ぎに部屋に来てカードゲームを挑んできたのだが、意外に久し振りにやると熱くなってしまって気がついたら3時を回っていた。それから寝たので4時間睡眠だが、意外に眠気はあまりなかった。


 今朝は寒く、外は雨が降っていた。こんな日は普段なら体調が悪いハズなのだが不思議とそこまで気分が悪いという事はない。それも、人肌で温まっていたので気持ち良く眠れたおか

げかもしれない。――――人肌?


「!!!!?」


 声を上げそうになったが、流石に朝方なのでムリヤリ押し殺した。


「?」


 竜の横に千穂が眠っていた。竜が身体を起こしたのに反応して彼女も目が覚めたようだ。


「はふ……おにいちゃんおはよー ふえ?」


 一応千穂は服を着ていた。有り得ないが間違いが無かった事が分かって竜は安堵したが、それでもこの状況はよろしくない。 お約束のように竜の手が彼女の胸を鷲掴みにしていたのだが、一瞬で手を引いて誤魔化した。


「お・・・おい。何でそこ寝とんねん!」


 本当は大声で叫びたかったが、この場に声を聞きつけて、母が来た場合を考えて最小限の声で激昂した。


「あはは。暖かかったねぇ」


「そんな事聞いてへん! 節度無いんか!?」


「ううん。だってお兄ちゃん襲うような人じゃないのは分かったから。別に兄妹だし寝ても問題無いよ?」


「血ぃ繋がってへんし、元々他人や!」


「ええ〜。大丈夫だよ。こういうのは意識のもんだ……。問題あるみたいだね…」


「おお? そうやそうや。問題ある。よーわかったやんか…って何処見てゆーて…あ……」


 千穂の視線は竜のズボンの方に向いていた。


 今は朝だ。


 朝だからこうなった。


 朝だし。


 今日も元気一杯だった。


「お兄ちゃん…」


「こ…これはちが…朝には男はみんな―」


「ううん。ゴメンね。私が無神経過ぎたよ。じゃあ先に言ってるね」


 そういうと胸元を隠す様にしながらベットから逃げていく千穂を尻目に。


「いや、まて、最後まで聞いてい―」


 言い終わる前に部屋のドアがバタンと閉じられた。





―――4月5日(水)---------------AM7:15―――

―――草原家・居間―――

-----------------------------------------------------------------


「はよーもーにん」


「おはようございまーす」


「おはよう竜、千穂」


 居間へ行くと母が朝食を用意していた。食卓には大根の味噌汁とチーズ餃子が並べられている。


「チーズ餃子?」


「そんな名前じゃないわよ」


 形状はそんな所だが、たしかに中華では無い。母の得意料理の一つで名前は知らないが、結構美味しい。メリケン粉の皮に溶いた卵と小麦粉をかぶしてそのまま焼くんだそうだ。


「朝から高カロリーやなコレ」


「チーズは身体に良いんだからいいのよ」


 フローリングの居間のテーブルを母と、千穂と、竜の3人で囲む。父はまだ寝ているようだ。


「おとん今日休みなん?」


「今日は昼から少し顔出すだけらしいわ。良い身分よね移動してきたばっかりなのに」


 味噌汁を一口飲んでから食べ始めた母に、欠伸混じりにそう聞くと母は顔をしかめながら言った。


「お父さんは何の仕事してるの?」


 昨日、父とは夕飯で少し顔を合わせただけの千穂は、お茶と一杯飲み切ってから御飯に箸をつけていた。竜はまず米である。こうして見ると癖というのは違うものだと思った。


 父は出版社に務めているのだが、竜も詳しくは知らなかった。答えに困って母を見ると既におかずの大半を平らげていた。いや、いくらなんでも早い。


「ごちそうさま」


 そう早口で言い終わるとそそくさと、母は洗い物を始めた。分かりすぎるが逃げている。


「?」


「千穂。早く食べて着替えてしまいなさい。貴女まだパジャマでしょ」


「はーい」


 言われた通り千穂はピンクの半纏を羽織っていた。その下は黒猫のプリントがしてあるこれも地がピンクのパジャマだった。勿論これは千穂の持ち物で無くて母の物なので少しサイズが大きい。


 腕が出ない袖をパタパタ振りながら2階にある自室へ向かう千穂。


 2階は竜と千穂、母と父の寝室に書斎がある。


 

 竜も食べ終わり、着替えようと部屋に戻りがてらに母を捕まえた。


「なあ、おかん?なんでおとんの仕事の事黙ってたんや?」


「は?何の事?」


「は?やないて。別に裏家業やあれへんねんから黙っとったら余計怪しいで?」


 いくら何でもあの場で、母の態度に気付かなかった事は無いので、その辺は省略して竜は問い掛けたのだが母はそれも無視して洗濯物を干しに行こうとした。


「ちょ…ちょっと…」


 その後を追おうとした竜に気を止めずに、母は行ってしまった。流石に強引に止めようとも思わなかったので竜は仕方無く支度に取り掛かった。





―――AM8:15―――

―――新海南高等学校・2年C組―――

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 竜の家から学校まで徒歩で20分程で着くので、気になる程では無いが、着いた早々に机に突っ伏している竜を見つけて茜が挨拶しながら顔を覗き込んできた。


「おはよう〜竜君。どうしたの?体調悪そうだね?」


 その声に反応して顔を起こすと昨晩の真剣な顔は無く、いつもの明るい顔があった。


「ああ、茜ちゃん。はよもーにん」


「何語?」


「あ、いや…」


 寝惚けていつも家でするような挨拶をしてしまって竜は舌打ちした。これは竜のオリジナルの挨拶で「グットモーニング」と「おはよう」を足した言葉だ。幼少の頃から気に入って親しい者にはこれを使うのだが、何か説明が恥かしくて、こちらではこの挨拶は封印していたのだが。


 昨日1日である程度打ち解けてしまったのだろうか?


 そんな事を自問していると、茜は「?」を浮かべながら自分の席――竜の斜め後――に戻っていった。


 それに入れ替わる様に今度は保科が現れる。


 この「現れる」という表現は彼女には適切であった。一体何時の間に近づいたか分からないからだ。その時も、竜が茜が戻るのを確認して後を向いている間に既に、目の前に居た。


「おっはよぉ〜♪ 転校生君。今朝の記事が出来たわよ!」


 こちらが驚いているのに構わず保科が持っていた紙の束を開いてみせる。


 そこには


『転校生初バトル!お前はリアルバウトの回し者か?必殺技は0.5秒の神速避け!』


…等と書かれていた。


「まてや〜〜〜〜!」


「あん♪ お気に召してくれたのね!」


「なんでやねん! 思いっきり事実捏造すんなや!コレもしかして昨日の田代とのヤツやろ!?」


 その記事の端に「フシケン」の部室が写っていた。そしてそこには部長のコメントまでもあり、最後には「勝者インタビューは後号!」と書いてあったりする。


「いや〜。あれから部の皆に話してみたら「それでいきましょう!」ってなっちゃって♪あ、教師方面にはこちらから話してあるから問題にはならないわよ」


 楽しそうに語る保科を見て、呆れながら記事を読み返した。


 なるほど。退屈な日常には刺激的で面白そうな事件ではあるが、その当事者としては迷惑である。名前が売れる。とか、そういう問題では無く、人権無視も甚だしい。それにこんな記事を読めば―


「こぉらぁーー!ほしなぁ!」


「あっれぇ?けーすけぇ〜おはよ〜」


「おっはよーじゃねえっ!なんだこの記事はぁ!」


 ―もう一人の当事者「田代 蛍助」にはたまったものでは無い。


「ごめんね〜?あまりに一瞬で負けたっていうのが意外だったし〜。それにしても今日は早いのね?」


「ああ、今日は妹に…。って!そんな事よりその「負けた」ってのが納得いかねえんだ!オレがいつ負けた!」


「激昂はごもっとも〜。でも経過と結果どっちから見ても「負けた」で構わないって言うのよ〜」


「誰が!?」


「クサハラ君が〜きゃっ♪」


 そう言ってチラリとこちらを見てくる保科。それを聞いて田代が鬼の形相で向かってくる。


「な…そんなん何時言うてん!?」


 当たり前だが抗議すると、保科はサラッと一言。


「昨日の部室で午後3時50分「…なんもしとらへんやないか……自爆やろ?」という発言を元に考察しました。てへ☆」


 それによって田代を軽視したという判断らしい。時間等が一瞬で返って来たのは何かで測っていたのだろう。


 なんにしろ、田代がこちらの胸倉を掴むまでの時間に短く言い終えると、彼女は早々にその場を少し離れて非難している。


「てめえ! 昨日は大人しくしてたが、もう許さねえ!」


「お…落ち着けや! 今日はそんな気分ちゃうねんて!」


 今日では無くても、基本的に暴力沙汰だけは避けたかった。転校2日目からまた転校したくは無い。前の学校でも暴力事件を起こしたのだが、それも彼には非が無い事件だったのだが、結果的に彼が全てを請け負う形になっただけだ。


 友達がイジメられていたのを助けたのだが、その事が担任に知れ、「お前は最低の人間や」と言われた事に嫌気がさしてついでに教師も殴っただけだ。自分に非は無い。


 そんな事を思い出していると、右頬に強い衝撃を受けて倒れる。殴られたようだ。


「いった!なにさらすねん!」


 殴られた右頬をさすりながら起き上がると、今度は顔面を狙った拳が見えた。


「おらぁ!」


 物思いに耽っていた先程とは違い、今度は難なくそれを避ける。竜は手早く立ち上がると、田代の鳩尾を狙い、鋭い蹴りを放つ。ヤクザキックというヤツである。


「ぐはっ!」


 急所に綺麗に入って倒れこむ田代を見ながら、冷やかな視線を避難している保科に向けた。


「お前ええかげんにせえよ?」


「え?私?」


 保科は投げかけられた言葉の覇気に怯んで冷汗を流しながら答えた。


「お前や! 面白い記事かなんか知らへんけど、アンタが焚き付けたバカが怪我して、責任取れんのかい!」


「ええと…そんな事言われても、これは娯楽の一環で…」


 少し涙目になっている保科を見て可哀相にも思えたが、自業自得である。こういう事ははっきりとケジメを付けないと気がすまないので、竜は呼吸を整えて告げる。


「うるさいわ! アンタ…田代もよう聞いとけ! 俺は、俺に危害加えてくるヤツは容赦せえへん。言っとくけど手加減でけへんからな? 命までは取らへんけど、格闘術はほぼ素人やから保証せえへん」


「……」


 竜が言い終えると、教室内は静寂に包まれた。言われて田代は震えながら立ち上がっている。保科は放心したようにこちらを見ている。他の者は…、事情を知らないまでも、重苦しい雰囲気に目を逸らしているが。


「分かったんか。保科、蛍助」


「お…」


 保科が下を向きながら近づいて来た。


「お?なんや?」


「面白い!」


 そう言って顔を上げた保科の目はキラキラと輝いていた。


「はあ!?」


「いい! 断然良い! これこそ漢字の漢と書いてオトコだね!心意気やヨシ!」


「な…なやんねんそれ! お前俺の言うた事聞いてへんかったんかい!」


「よ〜く聞いたわよ♪ う〜ん私惚れそうよ♪」


 保科は楽しげにそんな事を言ってくる。


「クサハラぁ!」


 そこに田代が拳を震わせて復活していた。


「カッコイイ事言いやがって! 格闘術は素人? へっ! 知るかそんなもん! 誰が自分の身が可愛くて殴るんだよ!」


 こちらにも馬鹿がいる。


「蛍助!? お前も何言うてんねん! こんな茶番つまらんやろ!?」


「つまるつまらにじゃねえよ! これはオレのプライドをかけた戦いだ!」


 熱い。


「こらぁ〜。ち〜ちゃん! けーすけ! 何してるのよ!」


 そこにやっと茜が割り込んできた。今まで傍観していたようだが、流石に収拾がつかなくなっているので出てきたといったところか。


「ち〜ちゃん! 昨日転校生に迷惑かけちゃ駄目って言ってたでしょ忘れたの? それに蛍助! 昨日から竜君にちょっかいかけてるけど何か恨みでもあるの!?」


「あ、そろそろHRだわ〜戻らないと〜」


 そう言って保科はそそくさと自分の教室に戻っていく。


「う…茜ちゃん。これは…」


「言い訳無用! ちゃんと竜君に謝りなさい!」


 田代が言い終わる前に茜は激しく田代を叱責する。元々、田代は茜に弱いが、ここまで真剣に言われると素直に「迷惑かけたな」と頭を垂れてきた。


「あ…ああ、分かればええねん…」


 そんな田代と竜を身がならウンウンと頷く茜。


 この学校で一番難敵かと思った保科より強い彼女は、実質上学園最強のようだ。普段の可愛らしい印象も、こんな折には逞しく見える。


 昨日の人懐っこい彼女。


 部活での元気一杯の時の彼女。


 昨日の公園での彼女。


 そして今の彼女。


 竜の知らない彼女がまだ色々ありそうで見ていて飽きない。彼女と同じ部活になったのは正解かもしれない。最低でも退屈はしない。


「覚えとけよ」


 そんな事を言いながら田代は自分の席――竜の真後ろ――に戻っていった。それに茜が「こらー」と言っているのを横目で見ながら担任が来るのをまた机に突っ伏して待った。


 早く静かになってほしい。


 そう強く願いながら。


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