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草原 竜の章 第3話 学校

―――時間軸不明―――


--------------------------------------------------------------------------------



 セピアの世界だった。

 自分は存在していない世界。


 誰かが泣いている。

 何が悲しいの?


 次に一人の男が見えた。

 少し乱れた服装の若い男だ。

 「足元」に少女が「転がっていた」。

 少女の服はボロボロになって所々破れていた。

 男は背を向けて歩き出す。


「どうして…」


 少女がポツリと呟いた。


「・・・で汚すの…」


 嗚咽と共に零した言葉に男が振り返った。


「うるさい」


 それだけ言うと男は少女を蹴り上げた。


「……!」


 悲鳴も無く崩れ落ちる少女に男は蹴り続ける。


「お前が誘ったんだ!お前が!」


「やめて!やめてやめてやめてやめてやめてやめて…」


「お前がお前がお前がお前がぁ!」


「いやっ!」


「好きだ!」


「……」


 男は我に返って少女を抱きかかえる。しかし、すぐにその身体を捨てる。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 男は逃げた。少女を捨てて。

 少女は……死んだ。





―――4月4日(月)AM7:01―――

―――草原家・竜の部屋―――

--------------------------------------------------------------------------------



 ピピピピピピピ…カチャ


「あほか…」


 まだ虚ろな目を擦りながら目覚ましを止めて、置きぬけにそう呟いた。


「殴り殺しとって何が「好き」やねん。こいつ死んだほうがええで」


 今見た「夢」を思い出して気分が悪くなった。朝の清々しい空気を吸う為に窓を開ける。


 外は寒そうな風が吹いていてすぐに、閉めたがその新鮮な空気を腹一杯に吸い込み、なんとか気分は収まりそうだった。


 竜はこういう悪夢をたまに見るが、その内容を忘れずに覚えている。


 妙にリアルで一時期「予知夢」かと思ったが、竜自身にこういう体験は無いし、しようとも思わなかった。


 どう考えても気持ち悪い狂った男だったので他人だとは思うが、実際にあるとすれば殺人事件なのだが竜の周りでそんな事件があったとは聞いていない。

 

 だから考えても仕方が無い。


 すぐに忘れる事にして着替える事にした。


 今日から学校である。




―――AM7:50―――

―――私立新海南高等学校―――

--------------------------------------------------------------------------------


 私立新海南高等学校。今日から通う事になった。この学校は丁度今年で創立100年目を迎え、伝統のあるこの学校だが、最近、校舎と体育館を改装工事をしたばかりなのでその古さは感じない。


「なかなか綺麗なとこやなぁ〜」


 校門を潜りすぐのロータリーをテクテクと歩きながら、そのロータローの横にその改装したと言う体育館を眺めた。


 ふいと風が吹いてきて、校門側に植えてある桜の木から花びらが一片、そっと頬を撫でる。その風に目を細めて竜は少し感慨に耽り始める。


 新しい学校……俺の新しい場所。もう、俺はここ以外の場所では存在できない…。前の学校に残してきた親友達……。


「アイツ元気にしとるかな・・・」


 退学の理由になった友人を思い出す。 最後に別れる時、しきりに謝ってきたが、自分が思った通りに行動しただけだったので後悔も無かった。


 だから、いや、それでもこの遠く離れた地で遠い昔のように懐かしく思い出していた。


 もうあの頃には戻れない。しかし、後に戻るつもりは無い。もう振り返らないと誓ったのだ。……そう…振り返らないと…。


 振り返らない事……それはよく言えば勇気を降り絞る事。悪く言えば……逃げているだけだ。


「そうや! 振り返らないと誓ったんや! 俺はっ!」


「あの〜……」


 後から声がかかる。


 だが、竜は振り返らずに虚空を見上げるだけだった。


「ね〜ぇ……」


 再び声が聞こえる。先ほどと同じ声だ。しかし、振り返る事はしない。


「振り返る言う事が、今までの失敗やったんや! 俺は振り返らへんぞぉぉっ!」


「おにいちゃあぁぁぁんっ!」


「やかましいぃぃっ!」


 再三声がかかり、あまりに煩いのでつい振り返ってしまった。人の決意など脆いという事を証明してしまったようで苛立ってしまう。


 そこには千穂がいた。相手をしてくれなかったので少しふくれ顔で。


 千穂も自分と同じ様に制服を着ているが、学ランの竜に対して、千穂は黄色いセーラーだった。出会った時の服はこの学校の制服では無かったようだ。


「もう〜なんでムシするのよぉ〜? しかも、なんかブツブツ言ってるし…。私、何かした!?」


「ああああああっっ!!」


 竜は頭を抱えて大きく仰け反った。


「やかましいわいっ! 人が真剣に悩んで「振り返らない」って決めたのにあんたはぁ!」


「それって無視するって事でしょ?なんで?どぉしてそんな事するのぉ!?陰険な意地悪?そんな事するっていうなら私だって考えがあるよお兄ちゃん!」


「それやっ!」


「な…なに?」


 最後の部分で聞き捨てなら無い事を聞いて、竜は叫んだ。他人にイチイチ「お兄ちゃん」等言われたらたまったものではない。


「その「お兄ちゃん」ってのやめぇ! あんたとは完全無比に他人やっ!」


「じゃ、これどうぞぉ。 はい」


「ん?」


 千穂は背中に背負っていたアライグマの姿をしたリュックから、緑色の紙切れを一枚差し出してきた。それを受け取りながら訝って見ると、紙には「住民票」と書いてあった。しかも、名前の所が「草原 千穂」となっていた。


「なんやこれ?偽造証?」


「ちゃーんと都知事の印あるよぉ!」


 昨日の日付で受理されているその紙を、破りたくなりながら千穂に返してかぶり振る。要するに書類上でも家族になっている

 …「兄妹」に…。


「昨日今日ですぐ出来るんかいな…。全くゲームの世界やなこれ…」


 見知らぬ美少女がイキナリ家に住む事になり、そのままその義兄妹と良い仲になったりするゲームを思い浮かべてしまう。…が、これは現実なのでそんな甘い事にはならないだろうと竜は思った。


 千穂も同じ学校に通う事になったのだが、学年は一つ下の一年生。正直中学生かと思ったがどうやら童顔なだけのようだ。


「入学手続きに必要なんだって。 お兄ちゃんも編入手続きしなきゃ、でそ? 職員室いこ〜」


「……!?」


 何気なしに校舎を指して、ポケットからその「編入手続き」を出してきた。


「な…なんでお前が持っとんねん? 確か手提げに……あら?」


 持っていたブルーの手提げ鞄には筆記用具だけ入っていた。教科書等は今日支給されるので、後は今日必要な書類だけが入っている。…ハズだったのだが…。


「にこにこにこぉ〜」


 千穂が微笑んでいる。


 その顔を見た瞬間、頭の中で一筋の光が駆けた気がした。どうやら竜は古い人間では無いようだ。


「私とて、ニュータ〇プのハズだ!」


「は?」


「いや…抜き取りよったな!?」


 聞き返す千穂を無視して拳を挙げて激昂すると、「きゃあぁ〜」と言いながら千穂は逃げていく。


 それを見ながら竜は嘆息してゆっくりと歩き出す。


 まぁ、どうでも良い。面倒臭い。


 新しいスタートが、一人では無いという事だけで、心強いのだから…。



―――AM8:25―――

―――私立新海南高等学校・職員室前中庭―――

--------------------------------------------------------------------------------


 き〜んこ〜んかーんこ〜んか〜んこ〜んき〜んか〜んどど〜ん


 ドタッ


「ど…どうしたの?お兄ちゃん??」


「い…いや、妙に外れたチャイムだなと…」


 学校が変わればチャイムも変わるのだな。と思ってはいたが、思いっきり吉〇風にコケてしまった。


「というか、予鈴ですかぁ? 早く職員室を見つけなくてはいけません」


「お兄ちゃんがこっちだって言うから来たのに〜中庭じゃない!…ってさっきからなんでそんな喋り方なの?」


 千穂が聞いてくるので、自身満々に答えてあげた。


「何を言っているんだい。立派な標準語じゃあ〜りませんか!」


「どちらかって言えば、怪しい訪問販売かチャー〇ー浜だよ……」


 妙に言葉の語尾のアクセントが高いので気持ち悪い。竜もそれは気が付いていたのですぐに頷いた。


「まぁ広い学校やからな…。ついでに見学したと思えばいいんや。ほら、そこやな」


 中庭から校舎の窓の中に「職員室」と書かれたプレートを下げた部屋を見つけた。入り口を探そうと千穂が見渡しているのを尻目に…。


「あ! お兄ちゃん!?」


 窓を開けてそのまま中に飛び込んだ。幸い廊下には人は居なかった。


「こっちのが早いで? はよ来いや」


「私スカートだよ!? できないよ!」


 そう言って走っていくのを眺めながら自分だけ先に職員室のドアを叩いた。


「失礼します」


 扉の「職員室に入る前はノックしましょう」という張り紙に基づき、ノックしてから中に入る。

 中に入ると、すぐの席にプラッチックのプレートで「教頭」と書かれた物が置いてある。そこから前に並ぶ様に各教師の机があった。流石に校舎が広いだけあって、職員室も広かった。


 とりあえず竜は、すぐ近くに座っていた女の教師に話し掛けた。自分の担任を探すためだ。


「あの、すいません。お…俺、新田っていうセンセのとこ行きたいんやけど…」


「社会科の新田先生? 新田先生なら…ほら、あそこにいらっしゃる眼鏡の先生がそうよ」


 女教師は、すぐ斜め前を指して教えてくれる。


 そこには、言われた通り眼鏡をかけたショートカットの地味な…さえない若い男が席に座っていた。女教師に指されて、ヘラヘラと愛想笑いをしている。


「あぁ…。草原君だね? 話は聞いているよ。 私が新田ニッタ ノボルだ。 しかし君もこんな中途半端な時期に編入とは大変だね」


「ええ。困ってますわ。何分右も左も分からん状態ですんでよろしゅう頼んます」


 そう言って握手を求めようとしたが、新田はその手を気付かない振りをして流してきた。


(なんや? いけすかんセンセやな。握手も出来へんのかい)


「き…君は確か前の翔星学園ショウセイガクエンをぼ…暴力事件で退学になったそうじゃないか。こっちではそんな事は無いように頼むよ…」


 なるほど。この先生は自分に怯えているようだ。どうやら見た目通り臆病な性格らしい。


 (あのハゲ校長チクりおったな…)


 当たり前である。


「考えとくわ」


 竜は憮然と答えた。おかげで新田先生は弱った様に頭をポリポリと掻いている。


「ま…まいったなぁ〜。そ…それじゃ君の妹さんは一年からですよね?」


 急に言葉遣いが変わってしまう。面白い先生だ。


「はい。一年の…A組と聞いているんですが…」


「おわっ!? いつの間に居たんや?」


 急に後ろから声がして驚いたが、いつの間にかそこに千穂が居た。


「今来たトコだよぉ〜ヒドイよお兄ちゃん! 先に行くなんてぇ!」


「ええと…職員室では静かに…」


 新田先生がぼそぼそと聞こえるか聞こえないかぐらい小さい声で諌めて来る。


「あぁ! すいませんええと仁井田先生」


「いや…私は新田だよ…。ええと、草原千穂君だね? 君は確か担任の先生はそちらの下々シジハラ 美奈ミナ先生だよ。物理を担当して下さっています」


 千穂の担任は先ほどの女教師のようだ。ロングヘアーが似合う落ち着いた綺麗な先生だ。


「さて、そちらはお任せして…。草原君。教室へ行こうか」


「あっ? あぁ…。ほな、千穂ちゃ……千穂、またな!」


「う〜ん♪」


 何故か咄嗟に呼び捨てにしてしまった。他の者に二人の関係を説明するのが面倒だったからだ。千穂は呼び捨てにされて嬉しそうだが……。



―――AM8:32―――

―――私立新海南高等学校・本館校舎三階廊下―――

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 少しうんざりした顔で歩く新田先生。その後ろでよそ見しながらダラダラと着いて行く竜。

 あれから、三階へ上り、二年の教室へ向かう。


 この学校は本館が4階建てで、4階が一年、三階が二年。二階が三年と下がっていき、一階は職員室や、事務室がある。他の校舎には技術棟となっていて、機械室や実験室等の棟がある。


「しっかし、気の弱いセンセやな…。あらぁまだ結婚してないで。よく学校一番の美人のセンセに片思いとか……。なんや変態趣味の一つや二つ…。まさか! 隠し撮りビデオとかが引き出しにぃ!?」


「そんな事はしていませんっ! 失礼な」


「あ…」


 いつの間にか立ち止まって、こちらを見据えている。どうやら思慮を声に出してしまっていたらしい。


「ええと……それぐらいボキャブラリーあった方が面白いかなぁっと…」


「そんなボキャブラリー産業廃棄物並に使えません! 調合したって賢者の灰にもなりやしない!」


 怖い事を言う。最後の方は意味が分からなかった。


「はぁ…。君はいつもそうなのかい?」


 心底深い溜め息をつく新田先生。


「え〜〜〜〜と………あっ!ここが俺のクラスやな!? 2年C組〜ほな、新田センセお先にどうぞ〜!」


「はぁ…………」


 何か竜には、今の自分の一言でかなり勝手に「納得」された気がした。




―――AM8:35―――

―――私立新海南高等学校・本館三階二年C組教室内―――

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 出席と取って。


「ええと、今日はこのクラスに新しい仲間を紹介します。皆さん仲良くしてください」


 新田のその言葉に生徒達は色めき立つ。


「センセ〜転校生ですか!?」

「変な時期に転校生だな? 変な時期じゃない転校生ってのも知らないけど」

『カッコイイ(カワイイ)かな〜?』

「萌えか燃えかどっちだ!?」

「ちくしょーめぇ〜〜 イベント発動〜〜〜!!」


「ほらほら。静かにしなさい。教室に入りづらくなるだろう? こういうのは最初が肝心なんだよ? ほら、皆がうるさいから入って来ないじゃないか〜お〜い草原君〜入りたまえ〜」


 …………


「あれ? どうしたのかな?」


 教室の扉の前でまっているハズの竜は中々出てこなかった。


「もう出てきていいんだよ〜?」


 それを聞いてかどうか、教室の扉が勢い良くガラッ!と開いた。それと共に竜は妙に腰を低くして手をパチパチ叩きながら入って来た。


「ども〜! はいっ! よろしくおねがいしますね〜草原 竜っていいますわ〜。今日は学校へ来たんですけど学校って言えばアレですね、私としては制服を思い出しますねっ! 世界は俺の物だ〜! そりゃ征服やろ! ・・・はいはい。そこの人唖然としない〜。………なんて芸人ノリした関西人違うからよろしゅう」


『…………………………』


 竜以外のその場に居た全員が何があったのか解からずに、唖然としている。


「おぉ〜!関西弁じゃん!」


 一人の男子生徒がそう叫んだ瞬間から、時間がまた動き出したように騒がしくなった。


「なんや。外したかと思ったわ…」


 竜にしても第一印象は大事だと思っていたので、この台詞は前の晩に考えていたのだ。少し緊張して中々入れなかったが、それも間を取ったと考えれば成功だと納得した。

 となりで小さな声で「そんなボキャブラリーもいらないよ・・・」と呟いている眼鏡が居るが知った事では無い。


「この学校関西人以内から驚いたよ」

「アレ?確か先生に居ただろ?ほら、保科とか、矢尾とか…」

「でも、生徒には居なかったわよね?聞いた事無いじゃない」


 ――という証言を元にこの学校には関西人は竜一人のようだ。


「俺、標準語嫌いなんやけどな…」


 関西人は関東人とは性に合わない気がする。関西人に言わせれば、関東人のアクセントが生意気に聞こえるし、関東人に言わせれば関西人の喋る方はキツそうなのだ。


 竜の場合、母がこちらの人間なので慣れてはいるはずなのだが、生活はずっと関西だったので今一つ割り切れないでいる。


 しかし、全く関西人が居ないなら居ないで、人間は環境に適応していくものだと感じた。嫌になってキレるぐらいでもなさそうだ。


―――AM10:41―――

―――私立新海南高等学校・本館三階二年C組教室内―――

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 それから休み時間になって、雪崩れのように質問攻めが続くので、初めは愛想笑いをしながらなんとか凌ぐが、時間が経つにつれて段々と疲れてきて鬱陶しくなってしまう。しかし、三時間目の休み時間には人がやっと少なくなった。


「ねぇねぇ、竜君。 ウチのクラブ入らない?」


 それを見計らって小柄な女生徒が近づいて来た。


 竜君!?馴れ馴れしいなぁ。………でもかわいい…やん。


 クリクリとした目と、ショートカット…ちょっと外に跳ねている癖があるが、それもまた似合っていた。 しかし、この感じにはちょっと記憶にある。どこかで感じたような…。


「あっ!」


 何処かで見たような!?


「私、火鳥カトリ アカネって言うのぉ。よろしくね。 そういえば竜君ってどっかで会わなかった? 何か初対面って気がしないんだよね?」


「お…俺もそんな気が……まてよ…公園…公園でだ!」


「えっ!? 公園って守矢公園?…き…昨日?」


 昨日、守矢公園で出てくる時に走りこんできた女の子に似ていた。というか…本人のようだ。


「ああ、アンタが泣きながら走りこんでいったのを覚えとるわ」


 やはり、昨日の女の子のようだ。まさか、同じ学校の同じクラスとは思わなかった。


「うえぇぇ…。恥かしいよぉ…」


「あんとき何かあったんか?」


 流石に気になって聞いてみるが


「ええと、こんな所で再会したのは運命の出会いだよね! それで…」


 全く聞いていない。というか無視された。


「それで、この出会いを記念して一緒にクラブやらない?」


 あらかじめ用意していた台詞なのだろう。完全に棒読みだった。


「あのねあのねっ。それでねこの学校の…」


「ちょ…ちょっと待てや! こっちの話を…」


「東に不思議な事があれば東に! 西に怪事件があれば西に!我々は―」


「じゃー…かましいっ!!」


「ひやぁぁぁっ!?」


 新調してもらった教科書を丸めて思いっきり後頭部を叩いてやった。それでやっと止まったが、殴られた辺りをさすって「?」を浮かべているようだ。思いっきりトランス状態だったようである。


「まあまあ落ち着いて話しようや。なんや? クラブの勧誘かいな? まあ部員勧誘ってのは大事やと思うけど、人の気持ちも考えてもらわんと…。なぁ火鳥さん」


「う……ん」


 やっと話の主導権を握り、余裕を持って話し出せた。神妙に話を聞いてくれるようで悪い人では無いようだ。


「…うん。ごめん…。迷惑だったよね…。強引過ぎたよ」


「そ…そやな。まぁお互いの事もあんま知らんし、もうちょっと仲良ようなってからまた頼むで」


 それを聞くと茜は下を向いてサラサラのショートカットの下に暗い表情を覗かせてしまった。流石にそこまで落ち込まれるとは思っていなかったので竜は「ぎょっ」として慰めの言葉を掛けようとするが、人間焦ってしまうと上手く右脳が働かない。


 しかし、そう考えていると、今まで聞こえていなかった辺りのヒソヒソ話が妙に聞こえやすくなっているのに気付いた。というか、聞こえる程声が大きくなっていただけだが。


「ほら〜、また火鳥の奴クラブ勧誘してるわよぉ。 ほんっと迷惑なのよね! あの娘」

「一年の時も田代君入っちゃったもんねぇ。図々しくて〜」

「ウチも部員少ないのにな…」


 のんびりした女と、内気そうな女と、キツイ女の三人。の内声がデカイのは最初のキツイ女だけだったが、何故か三人とも良く声が通ってきた。



 ええ様に思われてへんねんなぁ。この娘…。


 そう思うと可哀想になってきた。一度でも知り合った人間をけなされるのは気分が良い事ではないし、本音を言えばこんな可愛い娘が回りから虐げられるのを見るのは嫌だ。


 もっと極端に言えば顔が気に入ったし、お前等は圏外!


 …ぶっちゃけた話、なりふり構わない言動で一言言うとすれば「黙れブス」だ。


 まあ、そんな事はいいとして…。


 茜の方を見ると、どうやら彼女のも聞こえたらしく、顔が青ざめている。それを見ていると、目線が茜と交わり、茜は表情を明るくして言ってきた。


「…あっ!ゴメンねぇ。それじゃね」


 そのまま、力無く肩を落として席に戻ろうとするから、余計に同情してしまって次の瞬間、竜は引き止めていた。


「まった!」


「え?」


「クラブってどないして入るんや?」


「えっ……」


 茜は一瞬分からない顔をしたが、すぐに手を合わせて歓声を上げる。


「えっ?ええっ!? いいの?」


 気の良さそうに笑いならがら……反面、苦笑しながら竜はその笑顔を見返してあげた。


「ああっ。どうせ家帰ってもヒマやからな〜」


「うわ〜ありがとう♪ウチ部員少なくて困ってたんだぁ」


 凄く嬉しそうにはしゃぎ回る茜。それを見ているとこっちまで嬉しくなって、いらない事まで言ってしまう竜。


「それで? どんなクラブなんや?」


「あれ? 言ってなかったっけ? …良く入る気になったね?」


「うっ…」


 こう返ってくるのは目に見えているのに…。流石に同情と下心で入ろうとしたとは言えず、フォローを入れようとするがますますドツボにはまる。


「それは、アレや! 学校のパンフレット見たんや!」


「……でも。私まだクラブの名前言ってなかったよね? …あれ? 言ったっけ?? あれぇ〜?」


 竜の苦し紛れの言い訳は、ほぼこの一言でかき消されてしまった。


「まっ…せっかく入ってくれるんだから別にいいわ。 それで、ウチって副部長いないのね。竜君よろしく♪」


「はぁ? 聞いてへんで!?」


「当たり前だよ。今言ったんだもん。ホントは部長と私合わせて4人居るんだけど、皆違う役に就いてるんだぁ。副って名前だけだからいいよね? というか決まりで決まったぁ! それじゃね〜」


「あ! おいっ!?」


 またも強引に話を進められて、勝手に戻っていった。竜の呼び止める声は完全に無視された形である。


「忙しいやっちゃな…」


 きーんこーん…

 竜の呟きと同時に例の気の抜けたチャイムが鳴る。この音と共に忙しい日々の幕開けのような気がしてならない竜であった。



―――PM0:06―――

―――私立新海南高等学校・本館三階二年C組教室内―――

--------------------------------------------------------------------------------



「午前の授業も終わり、お昼の時間。 草原 竜のような生徒の場合、学校に来る理由の一つがこれの為だと言える…」


「勝手に決めんなや! ……ていうかイキナリ出て来て何やねんあんた!」


 チャイムが鳴ってから数分後、竜が伸びをしながらアクビをしていると、急に横から声と共に小柄な学ラン姿の怪しい者が立っていた。


 その者は言われてフフッと不敵に笑い、そのまま親指で自分を指して名乗り出した。


「誰だ! と言われれば答えるしかあらんかな…。 我はこの学び舎の支配者……その名もラインハルト!」


「なにぃ!? って! ライン…ってどう見ても日本人やろあんた…」


 竜の冷静な声は聞こえてないのか、ラインハルトと名乗った者は台詞は喋るのに熱を上げている。


「転校生というのは貴様かぁ! この学園は我が支配の内に成り立っている! 貴様の……あいたぁっ!」


 ラインハルトは後ろから現れた茜に殴られていた。


「なにやってんのよ! ち〜ちゃん! またそんな格好してぇ! 転校生いじめちゃ駄目でしょ!? まったく」


「うぅ…。茜ぇ良い拳持ってるわ。危うく三途の川見る所よ。心なしか真っ赤に燃えてない? でもねぇ。最近ネタ無くってさぁ〜。「転校生初バトル!おまえは炎の〇校生か!?」的なノリで良い記事になると思ったのよぉ」


「今時そんな三面記事いらないよ…」


 ラインハルトは急に女言葉に変わると茜と気軽に話している。竜は気になって辺りを見渡してみるが、それをポカーンと見つめながら佇んでいるのは自分だけのようだ。皆慣れている様に、特に気にした様子は無い。数人「ほら、まただぜ」と面白そうに言っているだけである。


「なんやねんアンタ…」


 良く見ると確かに女のようで、学生服が微かに膨らんでいる場所を眺めて最後に改めて顔を見る。何処にでもあるような顔だが、元気な笑顔と意思の強そうな眉が印象的なショートポニーの女性だった。 ちなみに天辺に触覚のような毛が一本伸びている。目は擬態ではないだろうが、電波を受信したり出来るかもしれない。

 まぁ電波だ。


「私はらいんは…」


「もうええて…」


 またも偽名を名乗ろうとする彼女を寸秒で止めると、横の茜に視線を転じた。茜は呆れた顔をしながらラインハルト君を睨んでいる。


「この迷惑暴走娘は、保科ホシナ 千奈チナってこの学校の新聞部の部長さんよ」


「あいさ〜! よそしゅ〜たのんます〜てへへ」


 紹介されて少し恥かしそうに関西弁で話す保科千奈さん。


「ん?アンタ関西人かいな?」


 妙に熟達した関西弁に竜は訝った。微妙なアクセントがしっかりと発音されていて、変に懐かしさを覚えるぐらいだ。


「この学校には関西人おらへんゆうてなかったか?」


 その言葉に保科はキラリと瞳を輝かせて雄弁に語り出した。


「ウチのおとうはん、関西人やね。ヒラカタって所が実家や。だから昔からよう聞いとったし、よう実家帰っとったから嫌でも覚える。 あぁそうそう。ウチの学校におかあはんがおるんよ」


 保科は腰に手を当ててフフンと鼻を鳴らした。


「さて♪ 無難な所で、趣味とか自己紹介してもらえるかなぁ? 転校初日で学校一有名な生徒にしてあげるわよ」


 保科は何処から取り出したのかボイスレコーダーを取り出して、ずいっとにじり寄って来た。


「なんでや! いちいちそんな事せんでも普通に暮らしとるだけでええやろ!」


 鼻先に当たるマイクを押し返しながら、竜は叫んだが、保科は怯む様子は無い。長年の取材で強引さと忍耐力には自信がありそうだった。


「まあまあ。アナタが裸電球舐めまわしたり、緑色の妖精が見えるとかそんな変態でも驚いたりしないからさ。根掘り葉掘りずずいとお願いお願い」


「あ…あほかっ!そんな例あげるアンタのが変態やろ!?」


「あぁ〜ひどいんだぁ! 女の子にそんな事いうなんてぇ〜」


「さっき思いっきり男装しとったやんけっ!宝塚かアンタ!!」


「竜君〜。ち〜ちゃんの質問は答えた方が楽だよ? じゃなきゃ家まで着いて来ちゃうよ?」


 茜から恐ろしい助言が聞こえた。自分より確実にこの新聞部とは付き合いが長そうな者の助言なので素直に聞いた方がよさそうだ。


「そうそう。名前からお願いね。撮ってるから〜。恋人とか居る?スポーツは何が好き?」


「俺は草原 竜。16歳。恋人はおらん。スポーツはやってへんけど身体は昔から鍛えとるな」


「ふむふむ。草原 竜君16歳現在恋人募集中、女性に襲い掛かる体力は並では無い…と」


「またんかいっ!?」


「何よ?」


「何よ? とか聞くか!? 誰が襲い掛かるねん!」


「あぁ、比喩よ。襲い掛かるキケンがあるとは誰も言ってないでしょ? ええと…次は…」


「勘弁してえや…」


 その後次々と質問をされて、その度ツッコミを入れ続けたので、竜はこの休み時間には全く休めなかった。どうも茜といい、この保科といい人の話をちゃんと聞かないヤツラばかりのような気がして、竜の関東人の印象マイナス1。




―――PM3:15―――

―――私立新海南高等学校・本館三階二年C組教室内―――

--------------------------------------------------------------------------------



「ほうっかっごぉ〜♪」


 元気良く跳ねて、竜の前まで来た茜は目の前で踊っている。竜の精神ポイントが下がった気がしてしまう。 どうでもいいが声がピンク色だ。


「元気やなぁ茜ちゃん…」


 今日一日で質問責めばかりだったので、精神的に参ってしまっている竜は、放課後だというのにまだ机から離れられないでいた。


「竜くん歳寄りだよ。 ほらほら〜楽しい楽しいクラブ活動にいざ行かんイスカンダル〜」


「遠すぎるやろそれ…」


「そうそう。せめてガンダーラにしときましょうよアカネ〜」


「それでも国外やろ…っておわっ!?またアンタかい!」


 とても自然に話しに加わってきたツインテール元気娘保科が、カバンとボイスレコーダー片手に机に座っていた。今度はちゃんとセーラー姿であったので改めて女性だと感じれる。


「神出鬼没が新聞部員の鉄則よ。追いかける側が足取り見破られるのは愚の骨頂だもの」


「さ…さよか」


 全てを信じるわけではないが、人間離れした隠密行動が本当なら「支配者」という言葉もあながち嘘だと言いがたいかもしれない。この新聞部に逆らえる人間は校内には居なさそうだ。


「それでち〜ちゃん何しに来たの? 質問とかってお昼に一通り済んだんでしょ?」


「いやーだぁ☆ アカネと私の仲じゃないの〜」


「どういう事??」


「幼稚園から始まって小中高と同じ学校で家も近所の幼馴染にしては、まだまだ保科千奈という私を知らないようね」


「…高校の願書出す時に脅迫まがいに志望校聞きだした癖に…」


 仲が良さそうだと思ったら幼馴染だったようだ。そして、昔から強引な娘だったようだというデータを竜は頭のメモりーに記録させる。保科千奈、危険度Aに認定。


「要するに…」


 スッと机から飛び降りて、右手を開いてこちらに掲げてくる。動作がイチイチ演技臭いのだが、彼女の場合それが普通なのだろう。


「久し振りにフシケンにお邪魔しようと思ったのよ。ほらほら、海洞先輩にも会いたいし〜なんたって―」


「同じ穴のムジナだから…でしょ?」


「ムジナってタヌキ?」


良く分からないが、フシケンという所に行くようだ。


「フシケンって何なん?」


「ん? ええと論より証拠〜ごーご〜GO〜!」


「よっしゃ〜デッパツ〜やでクサちゃん〜」


「誰がクサちゃんやねんっ!?」


 そう言うと少女二人に手を引かれて、竜はクラブの部室が集まっている文化煉がある校舎へと向かう。教室がある校舎と、クラブの部室や実習室等がある校舎が別にあって、中庭を挟んである。その途中で食堂と駐輪場、駐車場が広く場所を取っている。


 連絡通路を歩く竜達の横に、野球ウェアに身を包んだ一団が号令と共に通り過ぎる。遠くでは吹奏楽のルパン3世のテーマが流れている。とてものどかな放課後の空気と春の気配にいつの間にか気分は良くなっていた。



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