草原 竜の章 第2話 家族
守矢公園と書かれた石柱が入口にあるのを発見した。
何せイキナリ人が倒れたのでしっかりと見ていなかった。
「この公園はね。後ろに山への道があるんだよ」
千穂は簡単に説明してから公園を見つめている。
「ふ〜ん」
適当に頷いて竜も見るが、もう少し離れて見ないと山があるかどうかも鬱蒼と茂った木に邪魔されて見えない。
「よ〜わからへんな…。 あ、そういやアンタ何でこんなトコ居たんや?」
「むぅ〜!「アンタ」なんて名前じゃないよぉ〜。さっき名乗ったばかっりでしょ〜」
「ん…。あ〜じゃ森川さん。なんでこん―」
「ぶ〜!」
「……」
どうやら初対面でファーストネームをお望みらしい。
「ほな、千穂ちゃん」
「はぁ〜い♪」
呼ばれた途端に明るく手まで上げてくる。
「……じゃ、話戻すと…なんでこんなトコ居たんや?」
「あ…えと…」
千穂はそれを聞くと笑顔を消してしまった。何かを考えるように目を閉じるとゆっくり竜の袖を掴んだ。
「?」
強く握って数秒。そして離れた。
「はやく行こ…」
次に発したのはこちらの質問の解答とは違う言葉だった。何かから逃げる様に引っ張ってくる。
そこへ一人の少女が走って来た。付近の学生だろうか?
学生服に身を包んだ、自分と同じぐらいの感じの少女が、今出てきた公園に走りこむのが見えた。
その横顔に見覚えは無いが、何か引っ掛かった。ショートヘアーの元気そうな少女だったが…
「泣いて…?」
その竜の言葉に反応して弾かれた様に、千穂は公園の方を見やる。
「また…来たんだ…」
「え?」
「ううん。行こう」
千穂の呟きに聞き返すが、静かに首を振り公園から離れていく。
「どないしたんや? あの子知り合いか?」
「いいから!」
強くそう言う彼女の目にも涙が浮かんでいる。
「…さよか」
何か事情がありそうだが、本人が話したく無いようなのでこれ以上は聞かない事にした。
正直、これ以上泣かれても困る。
竜と千穂の2人はそのままその場を後にした。
――PM0:40――
――草原家――
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「ただいま〜」
靴を適当に脱いでキッチンへ行こうとし、ふと気が付いて玄関に戻ってくる。
「ヤバイヤバイ…」
適当に縦や横に向いた靴を揃えて置く。こうしておかないと、後でこの靴が頭に直撃する事になる。
どういう事かというと、揃えてない靴を見た母が投げつけてくるのだ。
竜の靴は軍隊で使われるような堅い鉄板入りの安全靴だ。それを履いて踵を頭に落とされると致命傷にもなりかねない。
かなり恐ろしい。
「ほら、上がってええよ」
ついででは無いが、玄関に立ったまま待っている者に声をかける。
「う…ん。お…おじゃましま……す」
千穂はおどおどしながらそろっと靴を脱ぎ、竜と同じように揃えてから上がる。
「どないしたんや? 別にそのへんから蛇とか虎とか出てこうへんで?」
「いや、そうじゃなくて…あの…家の人は?」
入ってすぐの柱に隠れてキョロキョロと見渡している。
「家の人? ああ、両親か?ん〜」
パタパタと部屋を覗いてきて、すぐ戻る。その間に千穂は少しも移動していない。
「おらんみたいやな。 どこ行ったんやろ? あ、ちなみに兄弟おらんからな。一人っ子やか
ら…」
「いや…だから…そうじゃなくってね…」
「なんや違うんか? ええと親父は怖い人ちゃうで? おかんは…怖い人かもしれへんな…」
「あの〜」
「あら?これも違うんか? 別に勝手に上がったかて何も言われへんで?」
「ああんもう!だ・か・ら!」
「あっ、何!?」
喋りながら考え込んでいた所に、大声を上げられて少し驚いた。
「きょうよりぃ、あすよりぃ、あぁいがっほぉぉしぃ〜♪」
「なに?」
「う……ううん。なんでも無いよ。気にしたら負けだよ(愛より愛する君が欲しい〜全てが〜)」
光の中で揺れてる、お前の微笑み。足音だけを残して闇に消えるシルエット。満たされ羽ばたき、女神が背中向けて今〜。
と頭の中で一通り謎な歌ってみる千穂だった。
誰にも理解されないようなネタはやめた方が良いと天の声が聞こえたような気がした。
「あのさぁ…。 誰も居ないんだよね。家に…」
「んん?…ああっ! 親父達どっかいったみたいやな」
変モードからイキナリ脱したので、ちょっとついていけなくなってしまった。
「あの…、年頃の男女2人が同じ屋根の下で2人っきりってちょっといけないとおもうの!
でね、出来ればそのおじさん達が帰ってくるの待って…ってちょっと! 近づいてくるなんて反則だよ!…きゃ!」
ポクッ
「きゅみゃ!?」
「俺はそんな変態やない! とゆうか飛躍しすぎ!」
手加減してチョップをかます。それを受けて「あっちの世界」へ行っていた千穂が現世に戻ってきたようだ。
叩かれた頭を押さえて「あれれぇ?」と?マークを浮かべている。
「はあ…。やっぱ変やわこの娘…」
竜が溜め息をつきながら眉間を押さえて力無く呟いているのに、千穂は「どうしたの?」と聞いてくる。
確かに自分も常識人とは言えないかもしれないが、ここまで根本的に変ではない。
―はずだ― 初めは「女の子に出会えてラッキー☆」程度しか思っていなかったが、今思うと後悔し出してきた。
「何か頭痛そうだね? 風邪?だめだよぉ気をつけないと〜」
その頭痛の原因が何か言っている。
あんたの事で痛いんじゃい!…とは流石に言えなくてバレない程度の作り笑いを優しく声を出す。
「いや、何も無いよ。ほら、こっちやで」
後で考えるとこの声は震えていたかもしれない。何にしろ、気付いて無いようでニコニコとしながら後をついてきた。
「はぁ…」
本日二度目の溜め息をついて、竜は台所に足を運んだ。
家族の顔が見れるキッチン。広いテーブル。
綺麗に並べられた調理器具は雪平鍋や中華鍋、圧力鍋にフライパン…
一見して一式揃っているのが分かるが、一般家庭のそれよりは少し多いような気がする。
フライパンだけでも5つある。
炒め物用、卵焼き用、和え物用…と後は竜には分からなかった。何にせよ、良く洗ってもフライパン一つでも臭いが移るらしいので母は絶対それを雑には使わせてくれなかった。
だから竜自身のフライパンがあったりする。
「え〜と、人参にピーマン、玉葱に〜、豚肉は…切り落とし?まぁベーコンにするか…ホールトマトは何処にあるんや?…ケッチャプだけでええかこの際…うーむ…」
ざっと見て適当に材料があるので後は竜の腕次第となった。その辺のコンビニで買ってくれば済むのだが折角だから火の通った物にしたかったのだ。
「あら?ゴマ油切れとんの? ええわっ、なんとかなるし! 後は…」
「あの〜」
「ああ、すぐ済むから…」
それだけ言って後ろからの声を無視してまた冷蔵庫を漁る。
「あのぉ〜…」
「なんや?」
再度、後ろから声が掛かって煩そうに振り向く。
「今から作るの?」
「そやで?」
そう千穂に言うと、また採集作業に戻ろうとすると、千穂は竜の肩を掴んでぐらぐら揺らしてきた。
「ちょ…ちょっとぉ!」
「なにぃ? いらへんの?」
再三作業を止められて恨めしそうに竜は振り返ると、千穂はそれより恨めしそうに見つめ返してくる。
「そんなの待ってられないよぉ!限界来てるんだよぉ〜〜!何かすぐに食べれる物無いの?」
「すぐに食えるもん? ん〜、チキンピラフがあるけど……?何時のやろ?今日行ってる間やと思うけど…」
「そ…それでいいよっ! 十二分だよ!」
「そぉか。 これと、これと…これっ…」
チキンピラフが入ったカレー皿を持って、そのまま調理場に向かう。千穂が言ってる事は完全に無視している。
「あっ! そのままでいいよぉ!? 今日作ったんだよね?」
「そんなわけあるかい。 そのままやったら冷えて腹壊すで? 一応さっと火ぐらい通さなな。 え〜と…」
電子レンジという選択肢は頭に浮かばない。
自分用のフライパンに火を掛けて、調理油では無くバターを一欠入れて延ばす。油はあらかじめ少し塗ってあるので少量でも大丈夫そうだったが、甘味を少し出す為だ。
「よっ…と!」
そこにさっき持ってきたチキンピラフを入れて、適当にひっくり返したりして炒める。
そこまで見て千穂は驚いていた。慣れているので、こぼしたりはしなかったのだが、そこで驚かれるのは竜にとって心外だった。
炒め終わったピラフをカレー皿に戻し、今度はそこに溶いた卵を流し込む。ただ、その時間はほんの数秒だ。
表面がほぼ半熟の状態でピラフの上にのせて、それを指で左右に広げる。そこから半熟の卵が流れ出した。
「オムライス出来上がり〜♪ほいお食べ〜・・・ぷっ☆」
そう言いながら、コンと千穂の前に出してやる。まるで子犬に餌をやっている気分になってしまって竜は吹き出してしまった。
「うわぁぁ…美味しそう〜♪」
テーブルの椅子に座り何処から持ってきたのかスプーンを構えて既に戦闘態勢だった。征服するのは目の前のオムライス。
「そんなん…、出来てんのを卵被せただけやん! だ…誰でも出来るわっ!」
「そんな事ないよぉ。ほら、これってバターで炒めたんだよね?卵もこんな感じに半熟なのってくりーみぃだよぉ♪ああっ!?チーズ入ってる?」
言われて恥かしくなってしまう竜。
「そのまま出すんもアレやし…」
もぞもぞと肯定してしまうが、それを聞いているのか千穂は一心不乱に目の前の敵を攻撃し続けた。既に敵は数秒で半分を食い尽くされている。
「ほ…ほんまやったらもっと美味いもん作ったったのになぁ」
「いい奥さんになるよぉ〜お嫁に来てぇ〜」
喋りながらもその食欲が収まらない千穂を見ながら余計に恥かしくなってしまった。が、とりあえず義務を果たしたので話を切り替えることにした。
「なあ、食べながらでええけど聞いてええか? なんで、あんな所に倒れてたんか……」
「おいしぃ〜♪ くそぉ〜ホントにちゃんと待ってれば良かったかなぁ〜 どんなのが出てきたのかなぁ〜」
「聞いとる?」
目の前に乗り出して見上げ、竜は苦笑する。そうされて千穂は冷や汗のようなものを浮かべ、スプーンを動かす手を止めた。そして観念したような素振りを見せて一言だけ言った。
「孤児になったの」
その一言で、辺りの時間が止まる。
「ただいま!」
その声で2人共びくっと身震いして時間を再度動くのを認めた。声からして母だと竜には分かった。トントンと軽い足取りで近づいてきて、台所に顔を出した。
「あっ!竜帰ってたんなら「おかえり」の一言も……あらお客さん? いらっしゃい…ってあなた!?」
「え…どういう…」
母と千穂が煮たような表情で驚愕しながら指を差し合っている。
「なんや知り合いなんか? おかん? ……おかん!」
放心したように自分の息子の声が届いて居なかった。それでも千穂を見る目を離さずに、そして千穂も同じように見つめ返している。
「ええっ! 何を……ちょっとあなた来てっ!」
そう言うと千穂を引っ張って台所から出て行く。
「え…ちょ…」
「あなたはそこで正座っ!!」
「ハイッ!!」
一喝されて、素直に床に正座してしまう。それを見て満足したように笑い、母はそのまま出て行った。
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条件反射とは言え忠実に座っている自分を、他人事の様に見つめる自分がいる。
生理的にも物理的にも母親には逆らえないのだが、ここまで来ると息子というよりペットに近いのでは無いかと思えて来てしまう。
そんな卑屈さに呆れてしまうが、そろそろ立ち上がろうかとした時、千穂と母が戻ってきた。
「よろしい。ちゃんと「待て」出来たわね」
「俺ゃ犬かい!」
前言撤回。「ペットに近い」では無く「ペット」らしい。
「ふふふ、やっぱりおもしろ〜い」
千穂が気楽な感じで笑っている。そういえば、先程までの暗い表情は、欠片も見当たらなかった。母と何か話をしたのだろうか?
「あのね、私、この家の人間になったから」
「はい!?」
「養子として向かえるのよ」
二人が冗談を言っているようには見えない。
冗談を言ってる時のような楽しそうな感じでは無く、「嬉しそう」な顔をしていたからだ。母は少しだけ苦笑しているようにも見えたが。
「私、十五だから「妹」だよ! よろしくね、お兄ちゃん♪」
「はあああああああああああああああああああいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
竜は絶叫した。