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草原 竜の章 第1話 樹の下の少女

暴力事件で転校してきた俺。


新しい町では何があるのか少し気分が高揚していた。




 ―――時間軸不明―――


--------------------------------------------------------------------------------


 モノクロの空間の中で、俺はただ立っていた。いや、地面の感触は無いので少し浮いているのかもしれない。


 何処かの公園のようで、大きな木が囲むように生えていて薄暗い。モノクロ調ではほとんど見えないのと大差が無かった。


 その中で丁度木々の隙間から光が漏れるのを狙ったように生える一本の木を見つける。


『行くわ。またな…』


 そう誰かが呟いたのが間近で聞こえた。しかし、暗くて見えないし、気配も感じなかった。


『私の…をよろしく……さん』


 今度もまた違った場所から聞こえてきた。始めの方は若い男のもので、後の方は女性としか分からない感じの声色だった。女性では無いのかもしれないが、やはり見えなかった。



 ……そして目が覚めた……






 

――4月3日(日)AM10・25――

草原家新居付近


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 朝霧もそろそろ消えようという頃、涼しげな空気をバリアで弾くように汗だくの男が二人白いワゴン車を押していた。


「まだかい…」


 一人が呟いた。もう一人は黙ったままである。


「おっさん何か言わんかいっ!誰のせいやと思っとんねん!」

 と、罵声をあげているのが草原竜クサハラ リュウ。16歳の高校2年になったばかり、少し目付きが悪いだけの青年である。

 その隣で死にそうになりながら無言で車を押しているのは彼の父だったが家庭内の地位は底辺に位置する。


「もう少し…で…あの青い屋根のトコまで…」


 そうして車を押して数分後…


「はぁ〜…。やっっっっっっと着いたでぇ……」


 あからさまに肩で息をしながら、力無くそう言うと、竜は嘆息した。横を見ると完全に衰弱してる父。


「もうちょっと前に押さな道の邪魔になるやろ!竜…」


「さ…さよか…」



 ショートカットの前髪がぐっしょりと濡れているのに顔をしかめて弱々しく呟いた。ところで今まで関西地方に住んでいたので当然の如く関西弁を喋る。父も同じだ。


 竜はその関西の学校を退学になってしまったので編入するためにここに越してきた。竜達が立っている街。神葉町へと…。


 そして、新居へ車でやって来たのだが…。


「しっかし、なんで壊れたんやこのポンコツ…はっ!はっ!はぁぁぁぁぁぃっっ!!」


 その言葉と共に目の前の車をガンガンと蹴る。振動に揺られて悲鳴を上げる車と父。


「あぁ!?まだローン1年残っとんのに!」


「まぁ、あなたの安月給じゃ仕方無いけどね…」


 車の中から厳しい声が聞こえて来た。中に乗っているのは竜の母親。草原クサハラ 美樹ミキだった。ちなみにまだ35なので若い。


 しかし、実際の年齢より10程若く見える程プロポーションも衰えてなく、なにより、童顔だったので年と共に艶が増した程だ。


 それと、先程から情けない声を上げている竜の父。草原クサハラ 蒼風ソウカ。印刷会社に務める35歳。


――――――と。三人がこの街に来たのには理由がある。


 竜は編入。父は仕事場の転勤。母は里帰り。偶然にも一致して新たな新居を構えて引越して来たのだ。


 竜は編入が決まった時に一人暮らしを主張したが、見事に却下された。


「ど〜でもいいけど、着いたんやから、はよ降りろや!」


 いつまでも車内にいる母に、竜はイライラしながら怒声を浴びせるが…。


「疲れるからまだ降りない。 それにまだ着いてないでしょ?車を隅に寄せないと駄目なんだから…」


 …と、揚げ足を取られる。……というか、思いっきり屁理屈―わがまま―だが……。

竜は黙ってそれに従った。



 仕方無い。


 仕方無いのだ!


 降りないと言っていた母が、車を降りて自分の息子に微笑んでいる。


 そこまでは良い。


 母の両手と右足が心持下がっていて、左足に重芯乗せているのが見えたのだ。


 そう。


 戦闘態勢である。



 例にあげるなら、この体勢から有無を言わさず神速のワンツー、ローキックで体勢を崩して、逆足で踵落とし…。グロッキー状態になった所をラッシュで急所狙いを決めてくるだろう。重いストレートや鋭い肘を食らって五体満足では済まない。


「はぁ…」


 ズタボロの自分を想像してかぶり振り、再び車を押しにかかった。




――AM10:45――

草原家新居内


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 新居は一軒屋だった。


 二階建てで、庭がある。「「サラリーマンの夢」的な家を35歳の若さで建てたんや。車が安物になって仕方が無いやろ?」と、父が言っているのを無視して部屋をグルっと見て回った。一階に畳とフローリングの部屋が2つづつ。それぞれに荷物を置き、ぐた〜……と、するのは年寄りだけだ。


「誰が年寄りよ!」


 母が何か言っている。それを無視して愛用の黒ブーツを履いて外に出ることにした。


 新天地に着いたら、まず散歩と決めていたわけで…




――AM11:20――神葉町町内―


--------------------------------------------------------------------------------

「はあ、なんか、べっつに変わり映えせえへんな? 家もちょこちょこあるし、コンビニもすぐ近くにあったし…。後は…新しい学び舎でも見にいこか♪」


 そう言うと竜は頭の中に先程コンビニで見て来た地図を展開した。


 (確か近くに商店街があったよぉな…)



 5分後…


「あった!公園! ……………って!違うやん!ベタベタなお約束かいっ!」


(どこをどう間違えて公園なんや!)


 その答えは自分の深層心理にしか無い事を悟りボケモードを終了する。


 そこには、商店街どころか自動販売機も無かった。桜の木(梅かもしれない)の花が咲き乱れ、決して狭くない公園がある。公園と言っても、ブランコやベンチぐらいしかない。いわゆる自然公園タイプだ。


「………。都会のなかで、数少ない自然を守ろう!……運動?坂倉市・神葉町自然保護委員会……。賞金三十万円……って!?はぁ!? さんじゅうまん てなんや!? し…しかも 何したら貰えんのか書いてないやん! アホかこの町何考えてんねん…」


 公園の前にあった看板を見ながら竜は呟い…いや、叫んでしまった。看板の汚れ具合から見て、一年以上前からそこにあるのは明らかだった。しかし、その賞金に心惹かれるものがあるが、訳が分からないのでどうしようもない。


 自然保護の看板(?)は丁度公園の正面にあるが、その後ろの公園はまだ昼前にもかかわらず鬱蒼と茂った木々の葉に、陽光を遮断され闇を落としていた。


 桜の木―桜ともはや決め付けた―のある手前側は、そこまでと言わないが、奥は冗談抜きで真っ暗だ。


「えっ?」


 竜は目を疑った。


 別に昼間に真っ暗だった公園に訝ったわけではない。


 それは公園の中央にある、他と隔離された木……でもなく、その側に佇んでいる一つの人影だった。


 その人影は、公園の隔離された木を見上げているだけだったのだが…。妙に気になって、竜は公園に足を踏み入れた。


 ドサッ


 ……と踏み入れた足の下にスイッチがあるが如く…そんなタイミングで人影は倒れた。


 竜は驚き足を早めて人影に駆け寄ると、すぐに抱き起こした。


「大丈夫……ですか……えっと、お…お嬢さん」


 抱き上げてみて気づいたが女の子のようだ。長い髪が1.2割程度だけ三つ網にして垂らしたような変な髪形だった。まだ若く、自分と同じかそれ以下に見える。とりあえず介抱しながら慣れない標準語で話す。女の子は目を閉じたままで、気を失っている。


 ぺちぺち……。


 軽く頬を叩いてみる。


「う………ん…」


 妙に色っぽい声でうめく女の子。叩かれた事に反応したが、目を覚まさない。…というより、目を開けるのを拒んでいるようにも見えた。もしかすると、それほど衰弱しているのかもしれない。


 実際、体が小刻みに震えていた。


(もしかして、危険な状態なんか!?)


「おいっ! おいっ! 大丈夫かぁぁっ!しっかりせーやっ!」


 力の限り揺さぶって、叫ぶ!


「あ…あう〜〜……」


 そうされて女の子は情けない声を上げる。少し涙目にさえなっているようだ。 何にしろ女の子は目を開けて、フラフラと立ち上がると、口のへの字にして非難の声を向けてきた。


「むぅ〜〜………。 耳元で叫ばないでよぉぉ〜…」


「あ…ゴメン…」


 咄嗟に謝ってしまったが、自分に非はないと竜は思う。


 そんな事よりも、以外に元気な女の子に疑問を感じ、竜は首をかしげた。


「…って、大丈夫なんか?いきなり倒れたんやで? …なんともないんか?」


「ふにゅぅ?」


「いや…ふにゅ〜やなくて……。 分かった……、なら、なんで倒れたんや?どっか悪いんか?」


 女の子はフルフルと首を横に振る。そうすると長い髪も一緒に動いて首に絡まりそうだったが。そして頭を掻きながら「えへへ」と顔を赤くしながら一言だけ言った。


「あのね、お腹すいて動けなかったの♪」


「行き倒れか、おいっ」


 とてもしょ〜もない理由についツッコミを絶妙のタイミングで入れてしまう。何も無い空間にだ。


「良くある事だよね〜」


「ここはスラム街か」


 そう思うと納得したので、もはやこの場に居る理由は無い。竜は意味不明に微笑んでいる女の子を視界に入れないようにして半歩下がった。


「ほな頑張れや」


 出来るだけ冷たく聞こえないようにゆっくりと言いながら竜は公園を出る為に、先程下げた片足をバネに駆け出す――前に女の子の姿が無い事に気が付いた。


「…えっ……」


 急いで辺りを見渡すが何処にも人影は無い。竜が目を放したのは数秒程度なので走って隠れる事も出来なかった。第一足音を聞いていない。


(白昼夢?? なんか変な感じしたから早めに退散しよう思ったのに…。悪霊ちゃうやろな…)


 公園が薄暗い事が災いし、怖い事を考えてしまう。


 竜は少し息苦しさを感じてきた。この世に存在しない者を見たのはもちろん初めてだったが「見たのは」で、「感じた」事は何度かあった。だから取り乱す事も無かったし、冷静に行動したつもりだった。しかし――


(常識通じる相手や無い…)


 ざわざわと広葉樹が風に葉を揺らしている。それを眺めながら、自分の心も揺れているのを代わりに表現してくれているようだと思った。


「まぁ一般論で言うたら…」


 言って握り拳を固めながら


「可愛い子〜が幽霊なったら勿体ないやんっ!」


 そして中指を立てる。無論、その相手は誰も居ない。さしずめ運命の神様にだろう。


「一般論違うっ!」


「……を?」


 一人ボケツッコミをしたわけでは無い。


 真正面に先程消えたハズの娘が立っていた。――ちなみに膝から下が無いわけでは無い。


 しかし、不気味に笑ってはいる。


「ねぇ〜君ってさぁ〜面白いね〜」


 何が面白いのか笑いを堪えるように片手で口許を押さえて笑う彼女。


「ゆ…幽霊に面白い言われたら敵わんわ…」


「幽霊?」


 彼女は言われてキョロキョロと回りを見渡してから急に背後を振り返った。そしてもう一度向き直った時には眉根をひそめて自分を指差した。


「………私の事?」


 竜は無言で頷いた。


 頭のテンプルにハンドボール大の汗を抱えたまま彼女の眉がバルサミコを間違えて使ったイチゴのタルトを食べた様にひん曲がった。分かりにくいなら塩分20%の梅干しでも良い。


「はぁ?」


 その声が漏れる前に予想出来たがやはり実際に聞くと恥ずかしい物である。


「と…急に消えたやん」


「消えた…?んと、座ってたけど…。 あ!それが消えたって事?あははぁ〜☆うける〜☆」


「は?」


 解答『疲れててしゃがんだ気配も読めず、そこには居ないという固定概念があった』というわけだ。


 とても面白みのない話だ。


「あはははは〜………う…笑ったらまたお腹がすいてきたのらぁ〜…」


「忙しいやっちゃな…」


 またも倒れそうになったのを支えてやりながら、今更ながら彼女の服装が気がついた。白の清潔そうなシャツにチェックのスカート。どこかの制服なのかもしれない。……が上着が無い。


「なんや君上着どないしたん?」


 いつの間にか関西弁に戻っている。


 それを特に気にしないようなので安心した。関東人は関西弁に嫌な気になる事もあるからだ。

 ――もちろん竜の偏見である――


「おなかすいたぁ」


「答えになってへん」


 まったく話を聞いてないようだ。


「おなかすいたぁぁ」


 連呼する程らしい。


「君、何年生やねん」


「んと。一年生だよぉ」


 小学?と聞き返したかったがどう見ても外見は中学生以上に見える。背は低いが……発育は良い。


「?」


 我知らず上から下まで穴が空くほど見ていたらしく彼女は少し身を堅くしながら睨んでくる。


「あ、いや。しゃあないなぁ〜なんか奢ったるわ」


 『見物料として』という言葉を飲み込んだり。


「わぁ♪優しい〜私の目に狂いは無かったよぉ」


「確信犯の台詞やソレ…」


 町中で、自分より若そうな女の子が行き倒れている事に、再び疑いたくなる。


「それじゃいこ〜♪あ、おべんとでよいよぉ〜」


 こちらの呟きを聞いていなかったのか聞いてない振りをしたのか分からないが明るく腕を掴んで来た。


「私の名前は森川千穂モリカワ チホ〜貴方は?」


「え?」


「え?じゃないよ〜!自己紹介ぃ! まだ名前聞いてないもん」


「あ…あぁ…」


 名前を言う程付き合うつもりが無かったので完全にソレが頭に無かった竜は自分に苦笑しながら大きく息を吸い込んだ。それを吐くと共に名乗る。


「俺は草原竜。ソウゲンと書いてクサハラ。ヨロ」


 何がよろしくなのかその時は分からなかったが、その一言がこれからの事件の始まりを予感していたのかもしれない。



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