草原 竜の章 第12話 春の終わり
―――PM2:16―――
―――草原家――
「了承します」
「は?」
家に帰ってきて、母の顔を見たと思ったら、イキナリ母はそんな事を言った。
「その娘行く所が無いんでしょ? 見た瞬間に分かったわよ。千穂も居ないし特に前と状況は変わらないでしょ?」
「あぅ…ええと、よろしくおねがいします。薫と言います」
薫がぺこっと頭を下げた。その頭を撫でて母は優しい声で「はいはい」と言って笑っている。
「ちょう…ちょう待ってや? なんでオカン千穂おらんなったって知ってるねん。それにこの娘が行く所無いって分かるんや?」
竜は当然の疑問を母にぶつける。
そういえば、今思い出したが、千穂の時も母はすぐに状況を察したように家族に迎え入れた。
「…貴方ももう知ったんでしょうけど、私は初めから知ってたって事よ」
「はい? オカンそれはどういう――」
「ほらほら、薫って言ったわよね? 記憶が戻るまで貴女はこの家の家族だからね」
竜の問いかけに母は一瞥だけすると、薫を抱き締めた。
「は…はぅぅ〜ありがとう〜お母さん」
「あらあら情報処理が早いわね〜。頭の良い子は好きよ♪ じゃあ、先にお風呂にしましょうか、洗ってあげるわ。貴女ちょっと臭いわよ」
「ええ? …あ〜うちょっとドロ臭い〜」
「そうね、じゃいきましょう」
母は何故かとても嬉しそうに薫の手を引いて浴室に向かう。
「…ちょう! 俺放置!?」
「放置」
それだけしか答えが返ってこなかった。
流石に浴室まで行くわけもいかず、竜は訳の分からないままその場で頭を抱えるのだった。
―――4月15日(金)AM7:45―――
―――神葉町―――
「あの日」から4日後
「おにいちゃーーーーーーーーん!」
春の町並みに元気な声が響き渡る。
「ん?」
その声に振り返って、欠伸混じりにその姿を確認して、竜はまた歩き出した。
「ああ〜! 無視! おにいちゃん! 先に行くし、無視なんて…私の事嫌い!?」
元気に走って来るが、あまり二人の差が縮まらない。竜は早足で歩いているからだが、それでもその者の足は遅かった。
丁度守矢公園の前まで来て、竜は伸びをして立ち止まった。そこには桜の木が、風に揺られて花びらを舞わせていた。足元はピンク色の絨毯のようになっている。
「花は散るから美しい…なんて言うのもキザやな」
ふと気になって、入り口の方からプラタナスの切り株を見る。昨日見たままの姿でそこにある切り株を眺めてから、後ろを振り返ると、少女がやっと追い着いたようで、肩で息をしながら座り込んでしまっていた。
「ふぅふぅ…はーやーいーよぉ〜…」
追い着いた少女はあからさまに頬を膨らませて抗議した。
「花は散るから美しい。とか言うけどそれは「みている人の主観」で、散ってる方にすれば美しいなんて言ってらんないよ?」
「……」
「ん?何見てるの?お兄ちゃん?」
返事が無い事に訝って、竜の視線を少女も追った。そこには切り株がある。その少女が生まれた場所だ。
「…よくおぼえてないけど…。私あそこから出てきたんだよね?」
「ん? …ああ、そうやで薫」
千穂の生まれ変わりの少女は、やはり千穂と同じ年らしかった。生まれ変わったばかりなので0歳なのかもしれないが、見た目からして大体15ぐらいだと母が言っていたので、やはり同じ学校に通う事になった。
学校へ行くと、不思議な事に誰も「千穂」の事を覚えていなかった。そしてやはり薫の担任は下々原 美奈先生だった。
これはどういう事だろう? 矢崎の事件は、流石に傷害事件として、警察が、今も追跡中みたいだが、それ以外のフシケンの野外調査の事等誰も覚えてなかった。
茜と竜以外は…。
「ねえねえ。お兄ちゃん」
「なんや?薫」
「伝言〜」
「伝言?」
「うん。伝言ええと言うよ?」
「うん?」
「ありがとう だって♪」
そう言って薫は今度は一人で元気に掛けて行った。
「………」
声も出せずに涙がこぼれた。
「こちらこそや…ありがとう…千穂…」
そうして、竜は涙を制服で拭うと顔を上げて歩き出した。
季節は春。これから暖かくなっていくのだろう。
俺は一人じゃない。
これまでも、これからも…ずっと心の中に彼女が居るのだろう。そして薫が、茜が、田代が、
部長が、小山が、保科が…。
竜の不思議な事件は始まったばかりである。