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草原 竜の章 第9話 「非現実 」

―――4月9日(土)――

―――PM1:28――

―――守矢公園内――


「では、諸君。これより不思議研究部野外調査を行う。各自作業に当たってくれ」


「ラジャー」


「了解です」


「はいは〜い」


「ほい」


「イエッサーボス!」


 初めから部長、竜、小山、茜。


 それと、普段来ない田代が欠伸混じりに答えたり、半分部員のような物な保科まで居た。


 勿論、全員普段着だった。竜は青のトレーナーにジーパン。

 茜は緑色のブラウスに白のシャツで、下は白パンという少しボーイッシュな感じだった。

 部長はコートに変な帽子を被っている。

 小山は何故制服だった。

 田代は、まだ寒いのに薄い茶色のシャツ一枚で、保科は何を勘違いしたのかゴスロリチックのドレスだった。


 昨日まで聞き込み調査を行っていた小山によると、矢崎という男は仕事もせずに、一人暮らしだったそうだ。

 彼が住んでいたアパートの管理人が言うには、何やら怪しい男達と付き合っていて、周囲の住人達から煙たがられていたらしい。

 山下嬢と知り合った経路は分からなかったが、彼女やこの守矢公園の裏手の山にある、神社の神主の娘だったらしい。

 神主らは2年前に死去。その財産と土地は親戚が引き取って山下嬢も引き取られたという事だ。

 それでも、その親戚とは上手くいっていなかったらしく、彼女も数日帰らない事が多かったという事らしい。

 その間や矢崎のアパートに泊まっていたのだろうか。そして、山下嬢もその頃から少しおかしかったという。


「意味の分からない事を言って時折その親戚を困らせたらしいですね」


 小山が茂みを掻き分けながら言う。


 一年以上経っている現場を調査と言っても、その間に立ち入り禁止になっているわけでもなく、人の入った痕跡がいくつもあった。ジュースの缶や、お菓子の袋、何やらゴム製の輪っか等…。それを拾い上げて首を傾げている茜。


「これなんだろ? 輪ゴム?」


「あ…茜ちゃん…」


 全員が溜め息をつく。


「なあ、部長こんな事しとっても何も出てこぉへんのちゃいます?」


 調査というより、公園のゴミ拾いをしているボランティア部のような気がしてしまう。


「そうですね。そろそろ本題に入りましょうか」


「本題?」


 部長は縞模様のツバの短い帽子を被っていた。これでパイプを咥えたら勘違いしたシャーロックホームズのようだ。もちろんコートは着ていなくてただのパーカーだったが。


「そこの中央の木にしましょう。草原君サイコメトリーをお願いします」


「はぁ?」


 部長はそう言って、公園の中央の一本の木を指す。


「スズカケの一種ですね。プラタナスという広葉樹です」


 小山もゴミ拾い作業を辞め、公園の中央に隔離されている大きな木を眺めながら言う。


「期待はしていませんよ。ただ、木に手を当てて念じてみてください」


 笑ってそう言う部長の目はキラキラと素敵に輝いていた。これが期待していない目なら、彼はポーカーが上手いだろう。その隣を見ると、茜と小山も同じような顔をしている。保科、田代は相変らず変な顔だ。


「その馬鹿がそんな事出来るのかよ」


「あら?出来たら素敵よ。妖精も見えるかしら」


 二人纏めてドロップキックを極めたい衝動にかられながら、部長に言われたように木に手を当ててみる。


 自分達より遥かに長い年月此処にあったであろう木は、手を触れると少し暖かいように感じた。そういえば、木の皮の下に住む虫というのが居るが、防寒としては相当賢いやり方だと思う。寒さを防げてしかも、根から栄養を絶え間なく送ってくれる。


 春の週末。六人はただ公園の風を感じていた。木々を揺らす風の音が静かな公園を通り過ぎる。竜が木に手を当てている間、他の者もそれを静かに見ていた。


「……」


「……」


「…………」


「……何も起こらないじゃねーか」


「……黙ってなさいよ」


 田代と保科だけは静かじゃなかった。


 そして竜は


「………」


 何してるんやろ?


 思いっきり冷めていた。


「な〜。やっぱりダメやで。分かったんはこの木が暖かいゆーぐらいや」


 そう振り返って言おうとした。振り返ってから違和感を感じて声は実際には出ていなかった。何が違うのか分からなかったが、部長、小山、田代、保科4人がこちらを見ていなかった。


「ん? どないしたん?」


 4人の視線は竜の後ろの木に集まっていた。


「?」


 疑問符を浮かべて竜も見るが、そこには別に変わった様子は無かった。ただ、先程手をついてみた時と。


「なんなん? え? ちょっとアンタラどないしたん?? 茜ちゃん?」


「うん? どうしたの竜君? ってアレ? 部長?」


 茜が部長を引っ張る。しかし、彼はピクリとも動かなかった。


「え?」


 その隣の小山、田代、保科も同様に瞬きもしていない。これは――


「…止まってる?」


 茜の呟きに竜はハッとした。そう、時間が止まっているように4人は動かないのだ。竜と茜を別として…。


「な…なにこれ…。竜君どうなってるの!?」


「そ…そんなん俺が知りたいわ! それに何で俺と茜ちゃんは動いてるんや?」


 問い掛けた答えが分かるハズも無く、茜はただ混乱したように部長達を揺さぶっている。


《き…こ……す…か》


「?茜ちゃん」


「うぃ? なあに?」


「いや…茜ちゃん何か言わんかった?」


「え? ううん。竜君には言ってないよ」


 何か聞こえた気がした。


「きこすか?って聞こえたんやけど…」


「着越すか?」


《…い…ます…きこ…すか》


「! またや!? いますきこすか?」


「ええ!? なーになーにぃ? なんの暗号?」


「知らんわ! 何か聞こえたんや! 茜ちゃん何も聞こえてへんの?」


 風が鳴っているのか、ザワザワという感じな音が声に聞こえた?そう思って耳を傾けると「ゴーゴー」と風が強くなっていたぐらいで何も聞こえなかった。そうしている様子を見て茜は顔をしかめている。


「精神病の末期症状なのかな…」


 とても小さな声で茜は酷い事を言っている。


「ん? 草原君どうしたんだい?」


 そうしていると部長達が動き出したようで、目をパチパチさせている。こちらが先程の場所から瞬間移動したように見えたのだろう。交互にプラタナスの木とこちらを見返していた。


「あ、ぶちょ〜戻って来たんですね!」


「…戻って?」


「なんやしらんけど、アンタラ止まっとったで? パントマイムみたいに」


「あ? 何言ってんだ? アホだろお前」


「アホちゃうわい! 蛍助お前だって止まってたんやで?」


「へっ」


 こちらの言葉に失笑する田代だが、部長は頭の横を押さえている。


「なるほど。それは本格的に超常現象だ」


「え? …ああ、サイキック収容が発生したんですね」


「ノイズはどうなったのか分からないがね。火鳥君言われた通り勉強したようだね」


「えへへ。任せてください」


 分からない話を交わし出した部長と茜。良く分からないといった顔をしていると、部長がこちらを向いて笑ってくる。


「竜君は無意識にトランス状態になったようだね。そもそもESPを発揮した瞬間から時間という概念は無くなるんだよ」


「は?」


「まずは…何処から説明すれば良いだろう…。そうだね…例えば透視。目の前に壁があったとして、その向こうの映像を見る事は普通は人間には出来ないだろう?」


 そして部長は手に一枚のカードを取り出した。


「これを茜君の理論を元にすると超時間の未来、または過去にこのカードに書かれている物を見る可能性がある。それを時間と空間を飛び越えて見る事が出来るのが透視だ。…今「飛び越えて」と言ったが、実は此処に時間の概念が無いとどうなるだろう? 知覚出来る物は、物体からのノイズ、そしてそれから発信された情報がチャンネルを通して収容器に収まって、脳に伝達される」


「……よう分かりません」


 竜はそう呟いたが、部長はそれを無視して続ける。


「この物体から読み取るというのがサイコメトリーだと考えるなら、時間という物の概念がなくなっても不思議では無いと思わないかい? まあ、私は透視も、予知も、サイコメトリーも同じ物だと考えているけどね」


「はあ…」


 何となくだか分からなくも無かった。実際そういう現象に身をおいたので、素直に受け入れる事が出来たのだろう。


「しかし、これはそういう能力を肯定した場合の理論で、否定した場合は過去に知っている事が、再生されただけだと思う。デジャブだね」


「ええー!部長! そんな事言っても実際に…」


 茜が批判の声を上げる。全面的に超能力の存在を信じている彼女としては当然の反応だった。だが、やはり部長はそれを聞かずに指を立てて言う。


「しかし、それを証明するものが無いだろう。私が言いたいのはどっちにしろ彼の…草原君の能力を証明するまでには至らなかったという事だ」


「そ…そない言われたかて…。俺としては…」


「デジャブを感じるような精神状態の時に、時間が止まったと感じても不思議では無いだろう。これが君の言う「時間が止まったような状態」の証明では無いだろうか」


「……」


 そう言われてしまったら反論のしようが無かった。今まで起こった不思議な事は、確かに竜の心が不安定だったから起きた事かもしれない。


 遠く離れた土地から来て疲れていた。


 良く分からない少女と共に、暮らすようになった事での動揺もあった。


 新しい学び舎には変な奴と変な部活が始まった。


 そういえば今朝の母の様子もおかしかった。


 それらの不安が一気に襲い掛かり、精神が乱れたとしても何も不思議が無い。自分はそんなに弱い人間では無いとは思っているが、無意識にではどうなのかは知るよしもない。



 その後、一応全員でもう一度付近を調べてみたが、結局何も発見出来なかった。竜と茜だけが感じた不思議な現象も部長の弁で、証明され以後は話題には上がらなかった。


「それじゃあまた、明後日部室で」


「またな」


「またねー」


「さようなら」


 それぞれが帰路に足を向けた時には既に陽が暮れていた。





―――PM7:19―――


 薄暗い公園の中で、茜と竜の二人は居た。


「じゃあね」


 諦めきれずに最後まで残っていた茜も流石に暗くなってしまったので帰ると言い出した。何か気になって竜も木をもう一度触ってみたり、色んな所に目を向けてみたが、何も変わった事は起きなかった。


「ああ、茜ちゃんまたな。風邪引かんように気いつけて帰りぃ」


「うん。 ありがとうじゃあね!」


 それでも元気良く走り去っていく茜を目で追いながら、竜も家路を辿る事にした。ゆっくりと歩き出すと、公園の入り口に人影があった。


「!? うわぁっ!」


 茜の悲鳴。見ると人影が茜に組み付いているようだった。


「こ…こらぁ!何しとんねんっ!」


 急いでそちらに駆けようとするが、その前に人影が倒れた。


 一つだけ。


 もう一つはすぐに走っていく。その人影の手にはキラリと光った物が握られていたようだった。


 遠目からでも分かった。倒れたのは茜だ。


「茜ちゃん!」


「りゅ…ダメっ! 追って!」


 顔だけ上げて叫ぶ茜の顔が赤く汚れていた。


「茜ちゃん!? 何処怪我したん! はよ病院に…」


「ゴメン。刺された…くっ…。私の事はいいからはやく…早く追って!」


 茜は気丈にも笑ってから、すぐに真剣な顔をして人影が去って行った方を指差す。


「あ…アホかい! 病院行くのが先や!」


「ダメなの! 今の…矢崎よ!」


「!?」


「早く追って! でないと……うぅ…」


「茜ちゃん!茜ちゃん!? クソっ!どないしたらええねん…」


 茜を抱き抱えながら、近くの公衆電話を探したが見当たらない。携帯電話が普及した最近では工数電話の設置数も減っていると聞くが、こういう場合はそれを恨んだ。竜は携帯を持っていない。


「あれ?お兄ちゃん何してるの?」


 そこに明るい声が響いた。薄暗いそこに光明が差したと錯覚したぐらいだ。


「千穂! なんで此処におるねん! …って今はそんな事言っとる場合やない! ちょっと茜ちゃんを頼む! 病院連れてくから!」


 千穂は言われて一瞬訝ったが、足元に横たわる茜を見て瞬時に状況を察してくれた。


「この人…この前の人だよね…。お兄ちゃん私が看てるから早く病院に電話して!」


「分かっとる!」


 一先ず茜を千穂に任せ、公園の周りを走る。


 ジュースの自動販売機がすぐに見つかるが、そこには電話ボックスが無かった。竜は焦りながらそこから見渡すが、近くに公衆電話は無さそうだ。


「しゃーない! 一大事や!」


 竜はそう叫ぶと、近くの民家のインターホンを押す。


「すんません! すんません! 怪我人が! 電話貸してください!」


 インターホンの音が掻き消えるぐらいの声量で叫ぶ竜。その内インターホンから「はい?」という声がして、竜はまた激しく叫んだ。


「すんません! 電話貸してください! 友人が大変なんです!」


 熱を上げる竜の声量が納まるのを待ってから、インターホンの声は落ち着いた声で


「はあ? 訳分からない事言ってるんじゃないわよ! 警察呼ぶわよ?」


「怪我人や! 警察でも何でもええから呼んでくれ!」


「怪しい訪問販売だったら間に合ってます!」


「ちょ…ちょっと! アホかこんな時にそんなんあるかい!」


「………」


 苛立って抗議するが、それきりインターホンから何も聞こえてこなかった。


「…なんやねんっ! ホンマこっちのモンは薄情なんばっかりかいっ!」

 勢い余ってインターホンを殴り壊したくなったが、此処で本当に警察にお世話になったら手遅れになるかもしれない。そんな事を考えながら竜は元来た道を戻る。


「茜ちゃん携帯持っとるやろか…」


 近くに公衆電話が無かった時にまずそれを確認するべきだった。己の無能さを恨みながら、竜は公園の前まで戻った。


「お兄ちゃん! 救急車は何時くるって?」


 千穂はこちらの姿を確認すると、すぐに聞いて来た。竜はそれに手を振って答えて茜の側に座り込む。


「? お兄ちゃん?」


 すぐに茜のスカートを触ってみる。何も硬い物は無い。


「お兄ちゃん!? こんな時にセクハラ!?」


「ちゃうわい! 携帯探しとるんや!」


「携帯?」


「ああ、千穂も探せ! 近くに公衆電話無かった」


「う…うん! …って電話?」


 女には隠す場所が一杯あるのよ?


 そんな保科の言葉を思い出した。特にカバン等を持っていない茜に、携帯を入れる場所はスカートのポケットか上着のポケット以外思いつかなかった。それ以外にポケットは無い。それ以外に隠す場所と言えば…。


 心持ち膨らんだ二つの胸の間とか…。


「そんなトコにあるわけないやん!」


 自分で突っ込みながらも、カッターシャツのボタンを上から外す。4つ程外すと、茜の白い肌と下着が露になった。そこで気付いたが、腹部を刺されたようで、それより下半分は血で汚れている。


「お兄ちゃん! 何してるの!」


 茜の胸元に手を入れようとした時、何か硬い物で千穂に殴られる。


「こんな時に何してるんだよ!」


「ち…違うわい!携帯隠してないかと…」


「そんな所に隠すのはどっかの怪盗だけだよ!」


「不〇子?…って千穂それ!?」


 何か硬い物だと思ったら、千穂の手には携帯電話が握られていた。


「うん? ああ、これ私のヤツ。持ってたの忘れてたよ♪」


「あほぉぉぉ! はよ出さんかい!」


 竜は急いで千穂の手からそれを奪うと、病院に電話する。


 それから15分程で救急車が到着。竜と千穂も乗り込んで、茜はすぐに車内で応急手当てを受けて、近くの病院に運ばれた。


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