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第九十三話 ソウジの最輝星

 フレンダが発動させた『アクエリアス・グラキエス・ベータ』。フェリスの『最輝星オーバードライブ』である『ヴァルゴ・レーヴァテイン・スピカ』とは対極的な氷の力。

 あらためて対面してみて分かったが単純なパワーならばフェリスの方が上と見ていいだろう。だからといって油断はできない。『最輝星オーバードライブ』は星眷のリミッターを解除した解放形態。いくらこれまで様々な星眷を打ち倒してきたソウジの『アトフスキー・ブレイヴ』とはいえ真正面からぶつかると敗北は免れない。通常モードの星眷と解放形態の星眷とではそこまでパワーに差がある。ましてや相手は『皇道十二星眷』である。

 だが、『黒騎士』ならば……『スクトゥム・デヴィル』に変身すれば恐らくこの場は何とかなる。しかしこの場で変身するという事はその正体を周囲にさらけ出すことと同意。

 ならばここはわざと負けてしまうことがベストと言えるのかもしれない。そうすれば正体を隠すことが出来る。


(でも……)


 それだけは、嫌だ。

 ソウジの師はソフィア・ボーウェン。世界最強の星眷使いである。彼女の弟子が無様に負けてしまえばそれはソフィアの名に傷がつくことになる。ソフィア本人は気にしていないとはいえ、そんなことはソウジには許容できない。「あのソフィア・ボーウェンの弟子というから見てみればこんなものか」。こんなことはまだいい。それはソウジが弱かったというだけ。でも、「だとすれば、その師であるソフィア・ボーウェンもたかが知れている」。こんな風に思われることだけは絶対に嫌だ。

 だからここは勝つ。勝たなければならない。

 変身は出来ない。負けることも許されない。ではどうやって勝つか。

 答えは、決まっている。

 目には目を。

 歯には歯を。

 星眷には星眷を。

 最輝星には――――最輝星を。


「……フレンダ」

「なんだ?」

「出来るだけ加減をするから……耐えてくれ」


 その瞬間、フレンダは目の前の光景に驚きを露わにした。


「――――――――ッ!」


 ソウジの全身から迸った大量の魔力。その漆黒の魔力が、同じ色の剣へと集約されていくのが見えた。そして、ソウジはその唇をゆっくりと震わせる。




「『最輝星オーバードライブ』ッ……!」




 放出されている魔力量はまさに最輝星そのもの。だが、おかしい。本来、『最輝星オーバードライブ』を発動すると『霊装』と呼ばれる、『星霊』の加護を宿した装備を身に纏うはず。フェリスやフレンダの身に纏っているドレスがそれだ。しかし、ソウジにはそれが無い。体の所々に歪な魔力の塊を纏っているのみ。衣のていを成していない。更に剣そのものもおかしなことになっていた。

 暴れ狂う魔力の塊となり、かろうじて剣のようなモノとして形を留めているに過ぎない状態。更に剣にしても霊装のようなモノにしても、ザザザザザザザザザッ! と、ノイズのようなものがかかっている。

 誰の眼から見ても安定していないということは明らかだった。


「悪いな、俺はまだコイツを使いこなせていないんだ」


 そこはまず釘を刺しておく。変なことを勘ぐられる前に。


「だから、加減も効かない。さっきも言ったけど……耐えてくれよ」

「未完成の状態のくせしてこちらの心配とは、余裕だな」


 とは言いつつも、フレンダは目の前のソウジを脅威として感じていた。未完成ではあるものの、パワーは最輝星とそん色ない。真正面からぶつかればどうなるか。フレンダ本人にも分からない。だが未完成であるということはそう長い時間発動できないということ。ならば時間を稼ぐことが勝利への鍵。

 しかし、ソウジの持つ魔力量は膨大だ。ソウジが魔力切れになるまでに同じく最輝星を発動させているフレンダの魔力が尽きる場合も十分に考えられる。それに、自分の腕を確かめてみたいというのも本音であり、逃げ続けることはあまりしたくない。そもそも今回の模擬戦はソウジが黒騎士と関係しているか否かを確かめるもの。逃げては意味が無い。


「…………いくぜ!」


 フレンダが改めてソウジと対峙したその瞬間――――ソウジの姿が、消えた。


(消えた……。転移魔法か!)


 次にソウジが現れたのはフレンダの真上。ノイズがかかった剣をそのまま振り下ろす。迎えうつか、と一瞬考えたがやめた。見た瞬間分かった。あんなもの、受け止めきれるわけがない。

 咄嗟にステップでその場を離れる。当然、ソウジの振るった剣は地面に激突する。だが次の瞬間。

 轟音と共に地面が、爆ぜた。


「ぐっ!?」


 回避には成功したもののあまりの衝撃にそのままフレンダの体は宙を舞う。なんとか空中で体勢を整えつつ、身を捻って華麗に地面に着地する。

 爆発魔法でも使ったのかと思ったが違った。ソウジの持つ黒剣のあまりの破壊力に地面そのものが破壊されたのだ。もはやこれは剣ではない。『斬る』のではなく『壊す』ことに特化しているようにしか見えない。やはり安定性に欠ける状態だからだろうか。


(これは……そもそも逃げることすら難しいな)


 転移魔法による襲撃に加えてあの破壊力。

 避けるだけでも一苦労。逃げ続けることが出来れば勝てる、なんて考えた自分が甘かった。そんなことは不可能だ。

 ならば自分のすべきことは一つ。次に来る一撃に備えて魔力を集約させる。

 その力を、剣という一点に集める。

 フレンダの持つ剣が吹雪……否、氷を纏い、氷の力が増大されていく。それだけで彼女の周囲が凍結し、一切のモノを寄せ付けない氷の世界が完成した。対するソウジは暴れ狂うその力を制御するのに手いっぱいだ。加減をする余裕がない。


「『二ヴルヘイム』ッ!」


 青色に煌めくエネルギーを纏うフレンダに対し、ソウジは真正面から突っ込んだ。そのまま一気に刃を振るう。フレンダも望むところだと言わんばかりに『二ヴルヘイム』を叩き込んだ。

 黒と青の魔力が激突し、凄まじいスパークを起こす。

 周囲の地面が唸り、砕け、吹き飛んでいく。

 クレーターの中心にいる二人はお互いの力をぶつけ合いながらも、譲ることは無い。

 そして、時間がかかるかと思われた激突もすぐに決着が訪れた。

 二つの影が交錯し、まるで何かが食いちぎられたかのような破砕音が響き渡った。

 その光景を見ていた観客たちが「あっ」と思わず声を漏らし、フレンダの星眷へと視線を向ける。


「…………なるほど」


 彼女が持っていたその剣は、刃が途中から荒々しく砕かれてしまっていた。周囲には『アクエリアス・グラキエス』のものと思われる破片が散らばっている。


「どうやら、わたしの完敗のようだ」


 人間族の大陸が誇る二つの魔法学園。両校が誇る一年生のトップルーキー二人の戦いが、こうして幕を閉じた。


 ☆


「兄さん、フレンダっ」


 模擬戦を終えた二人を最初に出迎えたのはクリスである。そのあとからイヌネコ団のみんながやってきた。


「二人ともお疲れ様です」

「ありがとう、クリス」

「ん。ありがとな」


 ソウジとフレンダはクリスからタオルと飲み物を受け取った。

 やはり『最輝星オーバードライブ』を使用した後は消耗が激しい。模擬戦が終わり、どっと疲れが出てきた。


「あらためて、ありがとう。ソウジ・ボーウェン。完敗だ。わたしにとっても良い経験になった」

「いや、最後は危なかったし。俺も良い経験になったよ。ありがとう」


 フレンダが求めてきた握手にソウジは応じる。

 彼女からはその表情に裏のようなものは読み取れない。こればかりは純粋にソウジとの模擬戦に対して素直な感想を口にしているようにしか見えない。


「あっ、フレンダ、そういえばこの後……」

「む。ああ、そうか。定例会議の時間だな。すまないが、この辺りで失礼させてもらう」

「では兄さん、みなさん。また明日」


 留学生である彼女たちには定例会議と呼ばれる、定期的に行われる会議に出席して学園での様子を報告する義務がある。おそらくはその時間が近いのだろう。

 その後、ソウジたちはギルドホームに戻った。そしてさっそく話題はソウジが見せた『最輝星オーバードライブ』に移る。


「ソウジ、アンタ『最輝星オーバードライブ』が使えたのね」

「……わたし、ビックリ」

「オレも驚いたぜ。まさか使えるとは思わなかったなァ」


 そう思われても仕方がない。実際、ソウジはこれまでそんなそぶりは一切見せてこなかったのだから。


「まあ、一応な。でも見ての通り、まだまだ未完成で何とか維持するのが精いっぱい。形にすらなっちゃいないよ」


 そんなソウジの言葉に、オーガストが首を捻る。


「だが意外だな。ソウジならば既に『最輝星オーバードライブ』を完成させていてもおかしくはないと思っていたのだが……」

「実を言うとわたしもです。星眷が二つも使えるのだから、少なくとも片方は完成しているのかと……」

「二つ使えるから、かな」


 フェリスの言葉にソウジは苦笑する。意味がよく分からないのか、イヌネコ団のみんなはまだ頭の上に疑問符を浮かべていた。


「俺はなぜか星眷を二つ使える。それはなぜか分からない。けど、師匠が言うには『アトフスキー・ブレイヴ』の最輝星が安定しないのはそれが大きな原因の一つで、二つの星眷が干渉しあうせいでエネルギーが暴走して安定化しない……らしい」

「なるほどなぁ。まさか星眷を二つ持ってるっつーことでそんなデメリットがあったなんてな。そりゃ今まで最輝星を使わないわけだぜ」


 うんうんとライオネルが頷いている。星眷を二つ持っているせいで最輝星に不具合が生じてしまっている。無理やり発動させても先ほどのフレンダとの模擬戦で見せた時のような維持するのがやっとの未完成な状態が出来上がるだけ。だからこそ、これまでソウジは最輝星を使わなかった。使おうとはしなかった。

 それに、


「……正直、『最輝星オーバードライブ』はあんまり使いたくないんだ」

 

 さっきはああするしかなかった。だから使った。大好きなソフィアの名を汚したくなかったから。

 だが、ソフィアを傷つけたのは間違いなく自分だ。自分の最輝星のせいなのだ。

 脳裏によみがえるのは、過去の苦い記憶。

 忘れるはずもない。

 自分が最輝星を制御できないせいで起きてしまった出来事。

 許せない過去。

 今でもたまに夢で見る。

 ソウジを護るソフィアの背中に突き刺さる、無数の鎖を――――


「……ウジ……ソウジ……ソウジっ!」

「っ!」


 クラリッサに呼ばれてはっと我に返る。


「どうしたの? なんかぼーっとしてたけど」

「え……あ……うん。なんでもないよ。大丈夫」

「……そう」


 大丈夫、と言ったソウジに対してクラリッサはぴこぴことイヌミミを動かしている。


「一人で考えたいこともあるかもしれないけど、無理せずいつでも頼っていいんだからね」


 ぽんぽんとその小さな手を、ソウジの頭の上にのせるクラリッサ。身長的にちょっと足りないのか背伸びしているのが微笑ましい。


「うー。なかなか届かないものね……」

「……クラリッサ、背丈に合わないことするからこうなる」

「う、うるさいわよチェルシーっ! いいじゃない別にこういうことしたって」


 クラリッサはちょっぴり恥ずかしかったのか顔を赤くしている。

 思わず抱きしめたくなりそうだ。思い出していたことがことだけに。


「と、とりあえずわたしが言いたいのはあれよ。その、一人で考えたいこともあるし、言いたくないことぐらい誰にだってあるけど……心がぺちゃんこに押しつぶされちゃう前に頼ってもいいのよってことっ! こういうことは何回も言っているけどっ!」


 あえて深く踏み込まずに、無理のない範囲で、優しく心をほぐそうとしてくれる。

 クラリッサがいつも言ってくれるおかげで、ソウジも頼るべきところで友達を頼れるようになってきた。


「こんなわたしの胸でよければいつでもかしてあげるわよっ」

「……小さいけど」

「チェルシーだって似たようなもんじゃないっ!」

「……残念。クラリッサより少しおおきい」

「うそっ!?」


 がーん! とクラリッサはかなりの衝撃を受けたようだ。にわかに動揺している。


「そ、そんなことないもんっ! わたしの方がおおきいもんっ!」

「…………(むふー)」

「なに一人で勝ち誇った顔してるのよぉ!」


 まあ、悲しいことにドングリの背比べではあるのだが。

 でもこのクラリッサの明るさや頼っていいという言葉には救われている。

 

「ソウジくんって、やっぱり小さい方が良いのでしょうが……」


 フェリスはフェリスで変な勘違いをしている。

 でもこのギルドの明るさには本当に救われている。このギルドにいてよかった。そんな思いが、ソウジの中からこみあげてくる。



「むぅぅ~~~~! 上等よ! こ、ここここここうなったらソウジに比べてもらうんだから!」

「……ん。うけてたつ」

「ほ、ほらソウジ、触って確かめてみなさいっ! 遠慮はいらないわ!」

「……わたしの方がおおきいもん。ソウジ、どう?」

「えっ。ど、どうって言われても……」

「ソウジくん、まさか本当に触るなんてことはありませんよね?」

「ソウジさん。もしその気なら…………ちょっとお話をしなくてはなりませんね」

「ちょっと待ってくれ、二人とも。まずはその殺気を収めよう。話はそれからだ」




 …………いきなり身に覚えのない修羅場に突入するのはご愛嬌だが。





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