第九十一話 嘘つきと偶像
感想欄でご指摘をいただいたので第七十話の一部を修正。
第七十話にて、雷属性は風属性に弱いという描写がありましたが、それはこちら側のミスです。雷属性は土属性に弱いということで合ってます。ですので、その辺りの描写を修正しておきました。ご指摘ありがとうございます。
また、今回の修正はストーリーには何の影響もありません。
どうして自分がこんな面倒なことをしなければならないのだろう。
緑の魔人、グリューンはそんなことをここ最近ずっと心の中で愚痴っていた。
別にロートのように暴れたいというわけではない。この魔人としての力を存分に振るおうという気はそもそも起きない。ただ自分は風のように自由気ままにふいて生きていたいだけなのだ。面白ければ尚のこといい。正直な所、自分はリラのように魔王にそこまで忠誠を誓っているわけではない。ただ魔人として生まれたからそうしているだけだ。魔人として生まれたからこそ従っている。魔人として生まれたからこそ魔王復活の為に動いている。
本来ならばこんな面倒なことは放り投げてテキトーに面白おかしく生きていたい。魔王が復活したら面白そうだが、それだけだ。魔人として生まれたから従っているだけだし、リラが強いからこそ表面上は忠誠をしたがっているフリを装っているに過ぎない。リラは魔人の中でも別格だ。逆らえばどうなるか自分でもわからない。まあ、それはいい。そこまで強さに執着はない。リラや魔王様に表面上の忠誠を誓い、従うのも結構。
ただ、
(なぁんでワタシが人間たちに混じってこんなことをしなくちゃいけないのかしらぁ……)
現在、グリューンは人間態で行動している。つまりは人間の姿で行動しているのだが、彼女はとある人間が運営しているアイドルジムショというところに所属していた。
かつての勇者たちが伝えた異界の文化の一つ。それが偶像。話を聞いてみた感じでは、要するに人前で歌って踊ってヘラヘラするのが仕事らしい。戦後、疲弊した各地の民を元気づけるために某国の歌姫がその歌を届けてまわったのがきっかけらしい。
交流戦の裏方に潜り込むためにアナウンスとやらの仕事をしていたのだが、そこに目をつけられてアイドルをしようとかなんとかなんだとかスカウトされ、今に至る。紫の魔人リラから人間たちの中に潜り込んでおけとのご指示だったのでしぶしぶ従っているが、どうして自分がこんなことをしなければならないのかという気持ちが強い。
グリューンをスカウトした人間は「君には人々を勇気づけ、笑顔にできる才能がある!」とかなんとかぬかしていたが、くだらない。実にくだらない。リラが「そのアイドルという立場は街などに潜入する際には何かと便利だ」と言われなければすぐにバックれている。
(歌ごときで勇気づけられたり笑顔になる? 本当に人間っておめでたい種族ね)
グリューンからすれば脳内にお花畑でも咲いているのだろうかと思わずにはいられない。
勇気だの笑顔だの。そんなことが何の役に立つというのか。
ただまあ、自分には確かにこういう仕事は向いているのかもしれない。魔人たちにですら本心を隠し、表面上の忠誠を誓い、こうして仕事に励んでいる。
そんな嘘つきは偶像に相応しいだろう。そうした意味では、自分をスカウトしてきた人間の眼力は確かだ。それに、グリューンは強さにこそ執着はないが美には多少の興味はある。ルックスを褒められて悪い気はしない。初対面でかわいいと褒めたのはまあ合格だ。
人間の分際で、という一言はつくが。
(第一、魔人サマであるワタシが人間どもに勇気だの笑顔だのを与えるっていうのも変な話よね)
魔人であることに誇りはもっていないが自分がほかの種族より上位の存在であると思っている。だからこそ、人間のような下等種族に混じるのはなかなかに忍耐力を要する。だが不本意ながら、リラにはそれだけの忍耐力ぐらいは兼ね備えていたのだ。
「ユリアちゃーん、出番だよ」
「はーい♪」
楽屋(といっても仕切りで作られた簡易スペースだが)の外から人間の声が聞こえてきた。呼ばれたグリューンことユリア(偽名)は笑顔で返事をする。
今の自分はグリューンではない。気のすすまない任務に対し健気に従事する、人間界に彗星のごとく現れた人気爆発中の新人アイドルユリアちゃんだ。
「今日も頼むよ。王都での単独初ライブ! お客さんいっぱいだからね!」
「はいっ。頑張りまぁす☆」
完璧な作り笑いを浮かべながら、グリューンは心の中でひっそりと呟いた。
――――まあ、任せなさいよ人間。嘘をつくのは得意だから。
アイドルなんて、所詮は本来の自分を隠し、民たちに作り笑いを浮かべ、偶像を見せるだけのの簡単なお仕事だ。
不本意ながら、嘘つきの自分に偶像の仕事はピッタリだろう。
☆
新学期がはじまった翌日の放課後。
レーネシア魔法学園の講堂では留学生たちの歓迎会が行われていた。
学園側からすればここで交流してくださいということなのだろう。生徒会が歓迎の挨拶を行い、また留学生側もそれぞれの大陸の学園からやってきた代表者たちが挨拶を行う。それが終わったあとで立食パーティのようなものが行われる。会場は風紀委員が警備を行っている。
ソウジたちも交流戦に参加した選手としてそのパーティに参加していた。そうすると、中には見知った顔もチラホラと見られる。
「久しぶりじゃな、ソウジ・ボーウェン」
「マリアさん」
多くの人の賑わいを見せるパーティの中、最初にソウジたちの前に姿を現したのはマリア・べレストフォードである。魔族の中でも強力な力を持つ彼女はソウジと同じ黒魔力を有しており、交流戦の第一競技では一時的にとはいえ共闘した仲である。
「お久しぶりです。怪我はもう?」
「うむ。見ての通り、全快しておる。そしてそこの、エドワードもな」
マリアの視線の先を追うように振り向くと、そこにいたのはエドワード・クルサード。エルフ族の少年であり、マリアと交流戦で戦った。また、乱戦の際にはソウジとも少しだけ戦ったことがある。
「やぁ。お久しぶり。二人とも元気そうだね」
「エドワード。お前も怪我は……」
「見ての通りさ」
肩をすくめながら全快したことを告げるエドワード。マリアとエドワードの二人は交流戦の第三競技の際に赤の魔人ロートの襲撃を受けて傷を負った。魔人を止められなかったことに責任を感じていたソウジとしては二人の怪我がどうなったのかは気がかりだったことである。が、どうやら全快したようでなによりだ。同時に、次はこの二人を守らなければという気持ちが生まれる。
「よかった……」
「あの時はお礼を言いそびれたからな。改めて礼を言わせてもらうぞ。ソウジ・ボーウェンとその仲間たちよ」
「ん。僕もお礼を言わなきゃね。ありがとう、君たちのおかげで死なずにすんだよ」
二人が言っているのは、魔人が去ったあとに駆け付けたソウジたちがマリアとエドワードに応急処置を施した時のことを言っているのだろう。
「それにしても、あいつらはいったいなんだったんだろうね」
エドワードが複雑そうな表情をしている。それはマリアも同様で、苦々しげな表情をしていた。
「ヤツは魔人と名乗ってはいたがな……凄まじい力じゃった」
「僕たち二人がかりで挑んでもまったく歯が立たなかったからね」
二人は強力な星眷使いと魔眷使いである。その二人で挑んでも歯が立たないほどの圧倒的な力。ソウジですら変身しないと厳しい。そもそも魔人という存在が何なのかがソウジたちですら分からない。エリカならば何か知ってはいそうだが……。
(……あれ、そういえば)
そのエリカがいない。生徒会側からの挨拶の時も副会長が出てきていたし、いつもなら壇上にいるはずの彼女がいないのだ。
「そういえば、君たちの生徒会長はどうしたんだい?」
まるでソウジの思考と重なったかのようなエドワードが投げかけた疑問にその場にいた全員がそういえばと首をかしげている。
「新学期なのにやけに静かだと思ったら……」
「そういえば、見てねぇなぁ」
新学期の挨拶の時に姿を見せなかったことは生徒たちが驚いていたものの、春の時も姿を見せていなかったし、そういった何かしらの用件でエリカは姿を見せていなかったのだろうと思っていた。実際、ソウジやイヌネコ団のメンバーもそうだと思っていた。
だがフェリスはどこか影を落としたような表情で首を横に振る。
「わたしにもわかりません……交流戦以降、あまり姿を見ていませんから」
最初はまた何かの用事があるのだとフェリスも思っていた。だがこの留学生の歓迎会という重要なイベントにも生徒会長として顔を見せていないとなると心配してしまう。なんだかんだといいながらエリカは生徒会長としての仕事をきちんとしているのを知っている。今回の春の時のようなことでもない限りはこのイベントに代表として姿を現すはずだ。
いつものような笑顔ではなく、どこか心配そうな表情をするフェリス。ソウジにはエリカがどうなっているのか分からなかったが……きっかけというか、心当たりのようなものは何となく知っている。
(もしかして……魔人と戦った時の影響がまだ?)
エリカは魔人と戦う為に、自らが生み出した星遺物の力で魔人の領域へと踏み込んだと言っていた。そして代償とも。もしもあの時の『代償』が未だ彼女を苦しめているとしたら?
「……………………」
「ソウジ?」
「えっ、あ……」
考え事をしていると、クラリッサが心配そうな表情をこちらに向けているのが分かった。
「考えごと?」
「う、うん。ただの考えごと」
「ただの考えごと、ね……。まあ、そういうことにしておいてあげる」
クラリッサはまたもやお見通しと言わんばかりの目でソウジのことを見たものの、この場でそれ以上の追及はしなかった。あれだけ言われて隠し事は辛い。特にフェリスには。だがこれはエリカが望んだことである。フェリスに心配をかけたくないという気持ちもわかる。彼女にソフィアの背中を重ねてしまった今となっては尚更。
「……クラリッサ」
「なぁに?」
「ただの考えごとだけど……でも、俺が頼りたくなったら遠慮なく頼るから」
ソウジから言えるのはこれが精いっぱいだ。クラリッサはそれを聞いてきょとんとしていたが、すぐににっこりとかわいらしい笑顔を見せる。
「ん。それでよろしいっ!」
思わず撫でてあげたくなるようなクラリッサの表情。だがそこはぐっと堪える。
「今の、どういう話なんだい?」
「ふふっ。教えてあーげない」
「???」
首をかしげるエドワードにクラリッサは上機嫌ではぐらかす。
そんな彼女のことを眺めつつ、ここで考えても仕方がないことだとソウジは結論付けた。エリカならばきっと大丈夫だと。心のどこかでそんな確信のようなものが確かに存在していた。
☆
「ッ…………! げほっ!」
ぺちゃっと真っ赤な血が手に吐き出され、こびりついた。
「ぁぐ…………げほっ……ホント、うざったいわね……こんなザマじゃ、愛する妹を抱きしめにもいけないわ」
交流戦以降、ずっとこんな感じだ。不規則に発作のようなものが起きてこうして吐血してしまう。
昨日は発作が起きず、少し調子が良いと思っていたのに今日になったらこれだ。
「大丈夫? エリカちゃん」
と、エリカの部屋で彼女を看病するのは食堂の料理長、ブリジット・クエーサーである。
「……すみません。ご迷惑をおかけして」
「別に迷惑じゃないんだけどさ。あんなモノに頼って無茶するからこんなことになるんだよ? そこはちゃんと反省してねっ」
ぷんすかとかわいらしく怒るブリジットにエリカは俯く。
「……ですが、あの場ではああするしか無かったんです」
「んー。確かにわたしたちみたいな、ただ強いだけの人間じゃあ魔人たちに勝つことはできても殺すことは出来ないよね。でも、人間には踏み込んでいい領域ってのがあるのだよ」
そこを突かれると痛い。黙り込んだエリカを見て、ブリジットが何気なく付け足す。
「まあ、気持ちは分かるからあんまり強くは言わないけどね。わたしだって立場が似たようなもんだし、同じような状況になったらきっとあなたと同じことをしてたと思うから。でも……フェリスちゃん、きっと心配してるよ?」
それを思うと胸が痛くなる。あの優しい妹のことだから、こんなどうしようもない姉のことですら心配してくれているのだろう。
「……どうにもね。嫌ってくれないんですよ、あの子。こんなどうしようもない姉なのに。わたしがあの子なら、こんな姉願い下げだって言いたくなりますし。そう思われるように振る舞ってきたつもりなんですけど」
わざわざ変態的な姉を演じてきたのにどうにもいっこうに嫌ってくれない。嫌ってくれればもっと無茶が出来るのに。もっともっと守ってあげられるのに。
だがブリジットはクスクスとエリカのことを笑っている。
「そりゃあ、フェリスちゃんだもん。それに……隠しているようで、ダダ漏れだしね」
「何がです?」
「エリカちゃんが、フェリスちゃんのことを大切にしてるって気持ち」
そういわれると、何も言い返せない。振る舞ってきたつもりでも、もしかするとぜんぜん振る舞えてなかったのかもしれない。
そんなエリカにブリジットはニコッと微笑みかけながら、魔法でエリカの体調を検査する。
「んー。もう体内の毒素はかなり消えてるから、あとは今日の分のお薬を飲んで安静にしてれば大丈夫っ!」
そういって、ブリジットは自らが調合した魔法薬をエリカに手渡した。コップいっぱいに入ったそれはドロッとした液体である。見た目は不味そうだがこれを飲み続けたおかげでエリカは今こうして生きていられる。
「……これ、もうちょっと味が何とかなりませんか?」
「良薬は口に苦しっていうしねぇ。あ、それと残すのは許さないからね?」
ニッコリとした笑顔を見せるブリジットに対し、エリカは苦笑いを浮かべていた。
だが、かわいい妹に元気な姿を見せられるのならこれぐらいただの美味しいジュースと変わらない。
エリカは愛する妹の笑顔を思い浮かべながら、良薬を一気に飲み干した。