第八十九話 クリス・ノーティラス
わたしには同い年の兄が二人いる。父親は同じで、母親がそれぞれ違う。バウスフィールド家は魔法の名門、『十二家』の一つである。だがバウスフィールド家は『十二家』の中でも特殊だ。基本的に他の魔法使いの家系とは関わりを持とうとしない。それなのに高い魔法の素質を持つ者を取り入れようとする傾向がある。だから、わたしの家に母親は三人いる。父親は一人。とりあえずうちの父親は、うちの家は、高い魔法の素質があればそれでいいらしい。
そこに愛があったのかは知らない。知る必要もない。ただ確かなのは、わたしの母親も、ソウジお兄ちゃんの母親も、既にこの世にはいないということと、わたしはこの家が嫌いだということだけだ。
わたしには兄が二人いる。一人はソウジお兄ちゃん。もう一人はエイベル。
ソウジお兄ちゃんにはかなり大きな魔力があるけど、そのコントロールが出来ない。だから魔法が使えない。魔法の才能というものが無いと父親は言っていた。だからソウジお兄ちゃんは家の中で居場所を無くしていた。家の誰もがソウジお兄ちゃんを除け者にしていた。
どうしてみんなそんなことをするのか不思議だった。ソウジお兄ちゃんは優しいし、エイベルと違ってわたしにいじわるをしない。他の大人たちのように薄っぺらい笑いを浮かべない。
「お兄ちゃん……」
ソウジお兄ちゃんはいつも頑張っている。一人で。たった一人で頑張っている。夜遅くまで魔法に関する書物を読み込んだり、一生懸命になって魔法の訓練に励んでいた。そして、魔法に関する書物を読んで得た知識をわたしに教えくれたりした。お兄ちゃんは自分の為だけじゃなくて、わたしの為に、わたしの力になれないかと思って勉強してくれていた。そんなお兄ちゃんの力に少しでもなりたかったから、お兄ちゃんの訓練に付き合った。でもある日、周りの大人たちにばれた。「そんなくだらないことに時間を割くな」と言われ、そしてお兄ちゃんが罰を受けた。
わたしが関わるとお兄ちゃんが傷つく。でも少しでも支えてあげることぐらいは出来るかもしれない。そう思っていた。だけど、ソウジお兄ちゃんは言った。
「大丈夫だから」
それが強がりだということは分かっていた。でもお兄ちゃんはわたしを巻き込むと、わたしに迷惑がかかると思っていたようだった。でもわたしはそんなこと考えてほしくなかった。巻き込んでほしかった。迷惑をかけてほしかった。
わたしは魔法の才能があるらしかった。でも家の人間たちの駒にされるのは嫌だった。だから魔法の練習は乗り気じゃなかった。でもお兄ちゃんが頑張ったから、わたしの為に頑張ってくれたから、わたしも頑張れた。
でも周りの環境はそうじゃなかった。誰もお兄ちゃんの頑張りを認めようとはしなかった。それどころか勝手に家の書庫から本を持ち出して罰を与えていた。わたしが書庫から本を持ち出しても何も言わないのに。そんな環境にわたしは違和感を覚えていた。明らかにおかしい。家の誰もがお兄ちゃんを軽蔑し、蔑んでいた。
とても歪な状況。
わたしはいつかこの歪んだ状況からお兄ちゃんを守れるようになろうと思って頑張った。そして魔法の力を高めていった。周りの大人が驚くほどのスピードでわたしは強くなっていった。
そんなある日だった。
ある日を境に、お兄ちゃんの様子が変わっていった。
前までは日に日に暗くなっていくばかりだったのだけれど、ここ最近は表情に明るさを取り戻していた。
気になったわたしはお兄ちゃんの様子をこっそり窺ってみる事にした。すると、お兄ちゃんはこっそり家の外に出ているという事が分かった。その後をつけていると、どうやらバウスフィールド家の屋敷がある山の麓にある村に行っているようだった。そこでお兄ちゃんは、知らない女の子と一緒に遊んでいた。綺麗な金色の長い髪をもった、かわいらしい女の子。
それに遊んでいるだけじゃない。一緒に魔法関連の本を読んで勉強したり、魔法の練習をしたり。遊んでいるにしろ勉強しているにしろ。お兄ちゃんはとても楽しそうだった。
わたしはそんなお兄ちゃんたちのところに行くことが出来なかった。物陰からこっそりとその様子を見ていることしか出来なかった。
「ソウジくん、きょうは……その、おべんとう、つくってきたんですけど……」
「ありがとうっ。ぼく、おなかへってたからたすかったよ」
「ふふっ。たくさんたべてくださいね」
お兄ちゃんはロクに食事も与えて貰っていない。お腹が減っているのは当然だ。わたしは以前、お兄ちゃんの為に何かを作ってあげようと思った時があったけれど、それも練習しようとしたら「無駄なことに時間を割くな」と言って無理やり止められた。
でも、あそこにいる女の子は違う。わたしと歳が変わらなさそうなのにお料理をちゃんと覚えて、お兄ちゃんに食べてもらっている。
いいなぁ、羨ましいなぁ、なんてことを思った。
本当はわたしだって……、という気持ちもあった。
けどそこにいるお兄ちゃんは笑っていた。
だから、良いんだ。
それでいい。
お兄ちゃんが笑顔になってくれるなら。
あの地獄のような環境に身を置いているお兄ちゃんが笑顔でいてくれるなら。
わたしはそれで、いい。
…………でも、家に帰ってきたお兄ちゃんからは、笑顔が消える。
前よりも多少は明るくなったといっても四六時中そうというわけではない。勝手に抜け出したことは大人たちには筒抜けで、それで罰を受けることになった。そんなお兄ちゃんの事をわたしはただ見守ることしか出来なくて。ここでわたしが出ていっても、事態を悪化させるだけだ。
自分の唇を噛みしめることしか出来ないわたし。でもソウジお兄ちゃんの弟で、一応はわたしの兄であるエイベルはその様子を――――お兄ちゃんが罰を受けている様子を愉快そうに見て笑っていた。わたしはそれがたまらなく嫌だった。
あの、すべてを見下したような態度と顔が嫌だった。
すべて自分の思い通りになるとでも思い込んでいるような顔が、嫌だったのだ。
わたしたち兄妹は生まれた日が数日遅いか早いかの違いで兄か妹かの区別がつけられているので、結局のところほぼ同じ年齢でしかない。でもわたしはソウジお兄ちゃんを兄として慕い、尊敬できる。でもエイベルはどうしてもダメだ。エイベルからは嫌な予感がするのだ。それはわたしが魔法の腕を上達させていくにしたがってより顕著なものとなっていった。
でも当時のわたしはそんなことよりも、日に日に増えていくお兄ちゃんの体の痣、罰を受けた痕の方が気になっていて、心配していて。こっそりと回復魔法をかけてあげることしか出来なかった。
『十二家』の者として、わたしとエイベルは幼いころから他の『十二家』との交流会のようなものに参加しなければならなかった。父親は『十二家』という位置に固執している面もあったので、さすがにこういった場には出席するらしい。そこでわたしは、よくお兄ちゃんと一緒にいる金髪の女の子を見つけた。
名前はフェリス・ソレイユというらしい。話に聞いたところによると当初は魔法の訓練を嫌がっていたそうだが、ここ最近は積極的に魔法を覚えようとしていて、メキメキとその腕を上達させているらしい。わたしはその場でフェリスさんを見た時には驚いた。
(『十二家』の子、だったんだ……)
同じ『十二家』で生まれたのにどうしてわたしはお兄ちゃんの隣にいられないんだろう。どうしてフェリスさんはお兄ちゃんの隣にいられるのに、わたしはいられないのだろう。向こうはわたしに気づいておらず、わたしもフェリスさんには話しかけなかった。そんなこと、できなかった。ここで下手に行動を起こせばお兄ちゃんとフェリスさんの時間を壊すことになるかもしれない。そう思うと動けなかった。
結局わたしは、何も動けなかった。
家に帰ってから、わたしの頭の中を占めていたのはフェリスさんのことだった。
(フェリスさんみたいになれば、わたしもお兄ちゃんを笑顔にできるかな……)
そんなことを思ったわたしは変わることにした。
まず言葉づかいを変えることにした。出来るだけ丁寧な口調になるように。お兄ちゃんのことも「兄さん」と呼ぶことにした。そして髪も伸ばした。訓練も重ねて強くなったし、本もたくさん読んだ。魔法の実力もどんどん上がった。兄さんを笑顔にしてくれた、フェリスさんのようになろうと思って頑張った。
わたしの変化に兄さんも最初は驚いていたけれど、すぐに受け入れてくれた。それがわたしには嬉しかった。少しでもいい。真似でもいい。兄さんを笑顔に出来た。それが嬉しかった。
でも、そんな日々もあっけなく終わった。
『色分けの儀』。七歳となる子供の魔力を色づける日。その日は朝から家の者達が不自然なぐらいに兄さんに親切だった。きっと、『色分けの儀』で何かしらの成果を見せることを期待しているのだろう。兄さんは膨大な量の魔力を有していた。それがコントロール出来れば……という思惑が視え透けていてわたしは家の者達を白々しいとでもいうような眼で見ていた。
……でも、この『色分けの儀』で何かきっかけさえつかめれば、兄さんの周りの環境も変わるかもしれない。そう思った。わたしのそんな思いはあっけなく打ち砕かれた。
兄さんの魔力の色は黒を示していた。
父親は狼狽し、そのまま兄さんをこの家から追放した。
わたしはそれを止めようとした。が、体が動かなかった。見えない何かに体を拘束されていた。
相手の動きを封じるタイプの魔法。
誰が行使しているのかはすぐに分かった。
「エイベル…………ッ!」
睨みつけるわたしを、エイベルはどこか勝ち誇ったような、汚らしい表情を浮かべていた。
わたしはそれが気に食わなかった。今すぐにでもこいつを殺してやりたいと思った。
「おいおい。兄に向ってなんだその態度は?」
ニヤリと歪な表情を浮かべるエイベル。
だがおかしい。どうして周りの人たちは何も反応しないのか。兄さんがこの場でいきなり追放されて、この家では価値ある者として管理されているわたしがこうしてエイベルに魔法で体を拘束されている。そのことに誰も疑問に思わないのだろうか?
エイベルの傍にいる、彼の母親も何も言わない。こうやって拘束されているわたしを見て、父親も、何も、言わない。
「ぐッ……!」
「無駄だよクリス」
そうやってわたしを見下すエイベルを見て、わたしは分かった。
「まさか……」
エイベルは洗脳系の魔法を得意としている。よく動物を洗脳してはわたしと兄さんの前で操った動物を残虐なやり方で殺害していた。わたしは怖くて隠れていて、そんなわたしに兄さんは付き添ってくれていた。動物たちの苦しむ声は、わたしの脳裏にたまに蘇る。
そして彼の、エイベルの洗脳の魔法は、わたしの想像を遥かにこえるスピードで成長していたのだ。その成長スピードは、周りの大人たちをも操るほどに。
巷ではエイベルの才能は歴代のバウスフィールド家で最も高いのではないかと囁かれていたらしいが、それも間違いではなかった。まだわたしと歳の変わらない、もうすぐ七歳になる程度の子供が、ここまで……。
エイベルの才能はかなり驚異的なものだ。それも、彼はこと洗脳魔法にかけては恐ろしいほどの才を持っている。それに洗脳魔法は防御が難しい魔法であり、不意打ちをとられるとアッサリ術者の支配下に陥ってしまう。言ってみれば、洗脳が成功さえすれば相手が大人だろうが、実力がどれだけあろうが関係ない。だからこそわたしはエイベルの魔法を警戒していた。常に洗脳を警戒していた。それにわたしはエイベルとはあまり関わらなかったのも功を奏したのかもしれない。でもわたしは捕まってしまった。こうして、エイベルに操られた大人たちによって。
結局わたしはその場から動けずに、エイベルに操られているであろう大人たちに地下牢に連れられ、閉じ込められた。
「邪魔なヤツは消えた。ここからボクの理想のバウスフィールド家が始まるんだ」
「……………………!」
「ああ、安心してよクリス。どうやらお前はボクの洗脳に対する対策を講じているらしいからね。絶望を味あわせてからどこか別の国の田舎にでも飛ばしてやるよ」
そう言うと、エイベルは高笑いをしながらその場から去った。
「…………兄さん」
わたしは泣きそうになったのを懸命にこらえ、兄さんの無事を祈った。
数時間後、再びやってきたエイベルは兄さんを殺したことを自慢げに語っていた。
たっぷりと苦しめてやるために『龍の大地』と呼ばれるドラゴンの住まう危険地帯に兄さんを強制的に転移させたらしい。あんなところに転移させられたら、もう助からない。
わたしは目の前が真っ暗になった。
もう何もかもが絶望に包まれた。
そんなわたしを見たエイベルはその場から満足げな表情のまま去ってゆき、地下牢にはわたしだけが取り残された。
「う……あ……ああ…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
それからのわたしはただの抜け殻になってしまった。なにもかもがどうでもよくなった。
ほどなくしてから、わたしは隣国にある片田舎のノーティラス家と呼ばれる弱小貴族のもとへと養子として引き取られた。いや、バウスフィールド家が押し付けた、ということになるだろうか。
わたしは『十二家』の交流会に何度も顔を出していたし、殺してしまうとその部分から怪しまれる。エイベルの理想とするバウスフィールド家というのがどういうものかは分からないが、バウスフィールド家が彼の手中にあることを他の家に悟られたくなかったエイベルは養子という形でわたしを外の国へと追いやったのだ。表向きには、ノーティラス家の領地にある豊かな自然に目をつけ、何かしらの取り引きの材料として養子に出された、名目になっているらしかった。
ノーティラス家はとても良いところだった。新しいお父さんとお母さんはとても優しいし、周りの自然は豊かだ。でもわたしにはどうでもよかった。ただ思うのは、兄さんが一緒だったらな、ということだけ。
第一、ノーティラス家だってわたしを『十二家』の一つであるバウスフィールド家の取り引き材料としてしか見ていないだろう。だからわたしを引き取ったのだ。それなのに、お父さんもお母さんもわたしに積極的に話しかけたり、領地にある豊かな自然の風景を見せに外に連れて行ってくれたり。正直いって、鬱陶しかった。邪魔だった。そして怒りにまかせてわたしのことを取り引きの材料にしか見ていないのだろうと言った。お父さんとお母さんは、そんなわたしに言った。とても優しい、兄さんのように優しい表情を向けて。
「僕たちがクリスを引き取ったのはね、君が抜け殻のようだったからだ。君が、この世界に絶望してしまっていたからだ」
お父さんはバウスフィールド家との交渉の際に連れてこられたわたしを一目見て、わたしがこの世界の全てに絶望していることに気がついていたらしい。最初はこの交渉を拒否するつもりらしかったのだけれども、お父さんはわたしの目を見てわたしを引き取ることを了承したのだという。
でも、それ以外は何も貰わなかったらしい。何も、望まなかったらしい。
その時のわたしはその言葉が信じられず、わざわざ正式な書類を見せてもらったほどだ。その程度には心が荒れていた。
どうしてそんなことをするのか分からなかった。わたしを引き取っても何もメリットなんか無いのに。
話を聞いていると、どうやらお父さんは友達だと思っていた人間に裏切られ、領地経営が上手くいかなくて、家も本当に没落寸前だった時があったらしい。更に不幸が重なり、両親を病で亡くしてしまい、お父さんは世界の全てに絶望していたらしい。死のうとも思った。でもそんな時にお母さんに出会った。そうして何とか二人で力を合わせて領地を立て直した。特殊な薬草の栽培に成功し、その利益で何とか領地を維持することに成功している。
「あのまま絶望して死んでいたら、今の僕は無かった。母さんとも出会うことは無かった。だからこそ、僕はクリスを見て、この子を僕たちの家の子にしようと決めた。母さんが僕の希望になってくれたように、僕たちも君の希望になりたいと思ったからだ」
わたしの眼は、かつて絶望していたお父さんの眼とそっくりだったらしい。
だから放っておけなかった。
「君はもううちの子だ。だから、一緒に背負わせてくれ。君の悲しみも、絶望も、僕たちが受け入れて、共に支えたい。君の希望になりたいんだ」
この日、わたしは本当の意味でノーティラス家の子になった。
そこからわたしは少しずつ立ち直っていった。少しずつ、少しずつ……。
ノーティラス家にはわたしの一つ下の男の子もいる。つまりわたしはお姉ちゃんになったわけで、それが少し不思議に思うと同時に守ってあげなくちゃという気持ちも生まれてきた。
もう兄さんのように、何もできずにただ見ていることしか出来なくなるなんて嫌だから。
きっと神様はわたしにチャンスをくれたのだ。
この弟という存在。お父さんとお母さんを含めた新しい家族を今度こそ守れるようにと。
だからわたしは変わることにした。
この家を護る為に。
今のままでは気を抜けばまたいつ没落寸前になるか分からない。今は特別な、この領地の環境でしか栽培できない薬草があるからいいがそれぐらいではまた何かあった時に危険な状況となる。だからわたしが救うのだ。この家を。
わたしはひたすら訓練に励んだ。領地経営の助けになる為に少しでも多くのことを学んだし、積極的に社交界に出てコネクションを構築するように励んだ。もともとわたしはあのバウスフィールド家の人間だったのだ。元とはいえ『十二家』の子。興味を持つ貴族はたくさんいた。それを利用して、ノーティラス家の利になるような関係を作るきっかけをどんどん生み出し、同い年の子供たちとの交流も重ねて友人関係を作った。子供であるわたしに出来るのはそれぐらいで、あとはお父さんやお母さんのお手伝いをして過ごした。領地経営なんて大それたことは、わたしには出来ない。せいぜい、手伝いしか。
その成果もあったのかは分からないが、ここ数年でノーティラス家の領地経営は上手く軌道に乗っている。安定というにはまだ弱いが、それでも以前よりはマシになった。
わたしは十六歳になり、『王立ヴェルディア魔法学園』に入学した。そこで、この学園に剣技を学びに来ているキャボット家の子と出会った。
キャボット家。
王都レーネシアを代々守り続けている騎士の家系。
フェリスさんのいる『武のソレイユ家』と対を成す『守護のキャボット家』と呼ばれている。
そんなキャボット家の女の子、フレンダ・キャボットはアクアブルーの髪をもつとてもかわいい女の子だ。わたしたちはすぐに仲良しになった。今ではフレンダは大切なわたしの友達になった。
そんなフレンダがある日、とある記事が掲載された新聞を読んでいた。それは交流戦に関する記事が書かれていた。それは別によかった。交流戦のことなら知っている。今年もレーネシア魔法学園が代表になったらしい。でもそんなことはどうでもよく。
記事に載せられていた写真にうつる男の子。
その男の子を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。
一目で分かった。
見間違えるはずもなかった。
(兄さん…………!)
どういうわけか兄さんはソウジ・ボーウェンと名乗っているらしい。
あの世界最強と呼ばれているソフィア・ボーウェンの弟子だとも書かれていた。その圧倒的な実力で獣人族のルーキーすらも軽くあしらったとか。でも、そんなことはどうでもいい。重要なのは、兄さんが生きているということだ。
わたしは何度も何度もその記事にうつっている兄さんの姿を確認した。
そこにいたのは確かに兄さんで、あの頃よりも立派に成長していた。
(よかった……。ほんとうに……よかった…………ッ!)
いきなり泣きじゃくったわたしを見てフレンダは驚いていたけれど。
でも、これは悲しいから流している涙ではない。
嬉しいから流している涙なのだ。
夏休みが明けようとした頃、レーネシア魔法学園への留学の話が舞い込んできた。
大人たちの間には様々な思惑があるのだろうが、わたしはそれに乗っかることにした。
それにここで何かしらの成果を出せば実家であるノーティラス家に何かしらの利益をもたらせるかもしれない。それに……兄さんに会える。
わたしはフレンダと共に、レーネシア魔法学園に留学生として訪れた。
尞の一室に案内されて、一晩過ごした後。
夏休み明けの朝の食堂に、兄さんを探しに行った。
そして見つけた。
兄さんの姿を。
わたしは安心した。
そこにいた兄さんはとても楽しそうだったから。
自分の居場所を見つけられたようだから。
よかった。
本当によかった。
「――――――――兄さん」
「――――――――クリス」
わたしたち兄妹は、およそ九年ぶりに再会した。